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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
番外編3 The beginning
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EX-3-28 覚悟

『……ところで、仁、敵の相手をしながらでも聞いてくれよ』

(うん?)


 4体の大アルカナたちは“教皇”“女教皇”を前面に出し、“恋人”がビーム・サブマシンガンが援護をするという布陣でなおを俺に向かってきていた。本来は砲戦用の改造人間であろう“廻る運命の輪”も俺にボコられ過ぎて頭に血が回ったのか、それとも仲間を援護するためか格闘戦を挑んでくる。


『本来の作戦じゃ私は格納庫と外部とを結ぶエレベーターのコントロールを奪取する予定だったじゃないか……?』

(ああ、上手くいかなかったんだろ?)

『気付いていたのかい?』

(まあな!)


 世界さんは俺の変身機能にかけられたセキュリティロックの解除にはしばらく時間がかかると言っていたのに俺が変身する事ができたという事はつまり、しばらく時間をかけてロックの解除に取り掛かっていたという事。

 とてもエレベーターのハッキングと、俺の変身機能の解除の両方を行う事ができた時間があったとは楽観的な性格の俺でも思う事はできなかったのだ。


『……すまない。いつの間にかエレベーターが物理的にネットワークから遮断されていたようなんだ』

(気にすんなっての! いや、むしろ機転を利かして俺の変身機能の解除に回ってくれたおかげでゼロ君のピンチに間に合わせる事ができたんだ。むしろ礼を言うべきだろうな。ありがとよ!)


 敵の4体の大アルカナたちは熟練の武道家だってこうはできないだろうというほどの巧妙な連携で幾度も俺を攻めたててくるが、俺の両手両足、両肘両膝、その他の全身は俺の意思の赴くままに動いて敵の猛攻を跳ね返していた。


 何故、単体での格闘能力が遥かに俺よりも劣った大アルカナたちがこうも巧みに連携を取れるのか?


 答えは単純。

 俺のカメラを通して得られる視界とは別のもう1つの視界。そこに映っていたのは自分の身体の現況などの他、周囲の敵、味方の状態なども含まれていて、その中には周囲の物体の未来位置予測なども含まれていたのだ。


 つまりは敵は仲間がどのような軌道で、どのくらいの速度で、どのように動くかを簡単に把握できているという事。

 この辺りの機能はもしかしたら2体1組での運用を前提に設計されている“教皇”“女教皇”なんかは俺よりも高度な物が搭載されているのかもしれないが、どの道、俺に届かなければ同じ事。


 さらに言うと、気付かない内に俺も脳内に薬剤を流し込まれているのだろうか?

 魂は熱く燃え盛っているというのに、冷たく研ぎ澄まされた精神は周囲の空間を一瞬一瞬ごとに完全に把握して敵の動きを逃す事が無い。


 そのために俺は世界さんと通信で会話をしながらも1対4の状況で戦う事ができていたのだ。


『さて、話は戻るがエレベーターが使えない以上はなんとかこの場を切り抜けてから脱出するしかないわけなんだけど……』

(切り抜ける? そいつはちょいと違うな、世界さん)

『は?』

(“皇帝”って野郎が敵のボスなら、コイツらとっととボコって、高見の見物を決め込んでいる野郎を戦いの場に引きずりだす。で、奴をコテンパンに叩きのめせばARCANAとかいうトンチキな連中も今日で御仕舞ってわけよ!!)


 “教皇”の顔面に裏拳を叩き込み、“女教皇”が破壊された槍の代わりに取り出したビームの刃を持つ短剣を躱して、飛び掛かってきた“廻る運命の輪”の肩部装甲を引き千切って“恋人”に投げつける。


 “恋人”が投げつけられた破片を躱そうとビーム・サブマシンガンの連射が途切れたほんの僅かな空白の時間。

 俺は遠くでこちらにじっと視線を送ってきていた“皇帝”へと右手の人差し指を突き付けていた。


 俺と“皇帝”の視線が交わったと感じた後に今度は親指だけを立てた右手で喉を真似をして俺の意思を伝える。


「次はお前だ」

「どうするというのだ?」


 互いに言葉は無い。

 俺は喉を掻き切る動作を、敵の首魁は首を傾げて見せるだけ。


 だが、それだけの動作で俺と“皇帝”はこれ以上ないほどに互いの意思を確認しあっていたのだ。

 そういう実感が俺にはあった。






「……凄い! アレが大アルカナの力……。あんなヒーロー、私が住んでいる街にだっていませんよ!!」


 栞奈が熱で浮かされたように叫ぶ。


 石動仁が姿を変えた長い髪の黒い改造人間は4体の敵を相手に戦い続けていた。


 暴風のように竜巻のように荒れ狂っているようで、武道でいうところの残心を事あるごとに見せていた。


 静と動。

 緩と急。

 黒い長髪が舞い、赤く光る目の残像が線を引いていく。


 その姿は栞奈のような素人が見ても一目瞭然の熟練の武道家のものであり、そして石動仁のどこまでも真っ直ぐな性格が偲ばれるようで黒い改造人間の禍々しい姿をおして栞奈を安堵させていた。


「でも、なんで? 敵も同じ大アルカナだというのに……」


 佐々木栞奈という人間はその生い立ちからして、この国の同年代同性の者たちの大多数に比べて、数多ある悪の組織やそれらと対峙するヒーローたちについて詳しい自負があった。


 先にルックズ星人の男がロクに動く事もできないというのに負傷をおして石動仁に援護射撃を行おうとしたのを制したのも、彼女が幼い頃より戦う事もできないというのに中途半端に戦いに手を出す事の危険性を耳にタコができるほどに聞いてきたからであった。


 その彼女の目から見ても石動仁が姿を変えた改造人間の戦闘力は異常である。


 ルックズ星人の男や世界と名乗る女性から大アルカナと呼ばれるARCANAのハイエンド(クラス)の性能が脅威的なものである事は聞いていた。

「最強」の二つ名で呼ばれた羽沢(魔法少女)真愛(プリティ☆キュート)が戦えなくなった今、大アルカナとマトモに戦えるヒーローなどは存在しない。

 同じ大アルカナである石動仁を除いては。


 ARCANAの脅威から地球を救うためにルックズ星人の男は洗脳処置前の石動仁を逃す事にしたのだという事も聞いていた。

 複数の候補者の中からARCANAと戦い抜いていける可能性がもっとも高い石動仁を選んだという事も。


 だがそれにしても納得はできない。


 石動仁はあくまで敵と同じ大アルカナ。

 敵と同種の存在であるから対抗する事ができるという理屈は分かる。


 だが変身した石動仁は多勢に無勢の状況も物ともせず、赤子の手を捻るように4体の大アルカナをあしらい続けているのだ。


 これではまるで大アルカナを遥かに凌駕する存在のようではないか!


「……気になるかね?」

「は、博士!? 動いて大丈夫なんですか!?」

「……気にするな」


 自分の目に映る物が信じられないような顔で呆けている栞奈にルックズ星人の男が声をかけた。


 男の声色は弱々しく、おびただしい出血は栞奈の目から見ても彼の容態は予断を許さない状況であるのは間違いない。

 ゴテゴテとしていたボディーアーマーは“恋人”のビーム射撃から栞奈を庇った時に生じた小さな穴が至る所に空いており、そこから肉の焦げる嫌な臭いが立っていた。


 だが異星人の男は彼の言葉を気にする栞奈の事も軽くあしらい、石動仁へと視線を向けていた。


 しかしその視線に栞奈は違和感を持つ。


 大アルカナを相手に一方的に戦い続ける石動仁に対して、どこか苦々しい表情をしているようにしか思えないのだ。


 もっともルックズ星人の顔はいわゆるのっぺらぼうのような、目も鼻も口も無い物であるので栞奈が感じた感覚も杞憂なのかもしれなかったが、それでも短い付き合いではあったがこの男の感性は悲しいほどに地球人の感覚と近い物である事を思い知らされていただけに栞奈は自分の感覚が正しい物であるように思えてならない。


「石動仁、デビルクローの主動力炉である時空間エンジンは他の大アルカナと全く同一の規格の物……」

「だったら……」

「君の感じた疑問の答え、カラクリの内の1つはデビルクローが装備する専用武装である籠手にある」


 異星人の男が指さす石動仁(デビルクロー)の両腕、肘から先には大型の籠手(ガントレット)が装備されており、その爪先が鋭く尖った籠手はデビルクローのシルエットを大きく人間からかけ離れた物としていた。


「あの籠手の内部には私が独自に開発したエネルギーセルが内蔵されていてな、時空間エンジンが生み出す余剰エネルギーを蓄積しておく事ができるのだ」

「セル? 電池みたいな物ですか?」

「ああ。最大出力を超えるエネルギーが必要とされる時、セル内のエネルギーを使う事によりデビルクローは他の大アルカナに比べて125%の出力を発揮する事ができるのだ。そしてエネルギーセルは私が奴ら(ARCANA)に渡していない技術を使って作られているために他の大アルカナが装備する事は不可能!」


 なるほど、と栞奈は納得して一人頷く。


 ルックズ星人の男は地球の命運を石動仁に託したとはいっても彼一人で戦わせるつもりはなかったのだ。


 石動仁にただ一人の人間に背負わせるには重すぎる重荷を背負わせてしまう事に異星人の男も心を痛め、自分の身を危険に晒してでもデビルクローに他の大アルカナと戦い抜けるだけのアドバンテージを与えていたのだ。


 それが彼の弟や他のARCANAの構成員にバレてしまっていたら、彼は粛清されてしまっていたであろう。


 だが、それでも彼は自分の身を危険に晒す事を選んだ。

 世界の助けがあったかもしれない。

 それでも製造途中の改造人間に彼独自の改修を行う事がどれほどの困難が伴うかは栞奈の想像を遥かに超えるものである事は間違いない。


 しかし栞奈の疑問はまだ完全には晴れないでいた。


 ルックズ星人の男がデビルクローに装備したエネルギーセルの効果は出力を25%ほど向上させるだけ。


 もちろん、それは確かな効果を生む物なのだろう。

 だが所詮はたかが25%と言う事もできるだろうし、エネルギーセルが電池のような物だという事ならば蓄積しているエネルギーが枯渇してしまえばそれはただのデッドウェイトにしかならないのだ。


「な、なら、それが『カラクリの1つ』という事は他にも何かあるんですか!?」

「ああ、それは石動仁自身だ」

「石動さん自身……?」


 栞奈にとっては石動仁という男はどこにでもいるような気の良い好青年だった。


 いや、いくら改造人間にされてしまったからといって変身もできない状態でARCANAの戦闘用ロボットを素手で何体も破壊するというのは常人ならざる腕前であるという事は理解できる。


 それでも彼の人懐っこい笑顔に少し短慮の気があっても底なしに明るい性格、独り死地に残ったルックズ星人の男を見捨てる事のできない情け深さは栞奈にとってARKANAのアジトの中であってもどこまでも落ち着かせてくれる快男児としか思えなかったのだ。


「君は石動仁が変身する前から尖兵ロボットを次々と破壊していくのを見て驚いたかね?」

「そりゃあ、もちろん……」

「なら、もっと驚く事になるぞ。彼は改造人間にされる前、正真正銘、ただの地球人だった頃でも尖兵ロボットを数体破壊しているのだ。それも素手でな」

「……は?」


 栞奈は自分の記憶、つい先ほどの事を思い出していた。


 確か、世界やルックズ星人の男の話ではARCANAの尖兵ロボットとやらは他の組織の前線指揮官級の怪人と同等程度の性能を持つのではなかったか?


 もしそうならば、石動仁は生身の時でさえ世を震撼させる悪の組織の怪人を倒せたという事になってしまう。


「分かるかね? 石動仁はそれほどの逸材なのだ。ゼロ君や世界君がその頭脳のためにARCANAに攫われたのと同様、石動仁の格闘センスもまた天才の領域。それも『10年に1人』なんて月並みな言葉ではとても収まらないような稀有の才能だ。

 それに比べたら石動仁の弟、石動誠などは見てくれが可愛いだけ、彼のついでに過ぎないようなものだ。探してみればこの狭い日本という国でも石動誠と同程度に可愛いだけの者など何人か見つかるのではないか?」

「え? ちょっと待って、石動さんの弟って、弟って事は男ですよね? そんな日本で指折りのかわゆさなんスか? あのマッチョの弟なのに?」

「……いや、そこは今はそんなに大事な事じゃないだろ?」


 そもそも「地球人には稀有な空間認識能力の持ち主」だとか「10年に1人という言葉が陳腐に思えるようなレベルの格闘センスの持ち主」だとか、あるいは異星人だとかが素体の大アルカナが、石動誠に関しては選定理由が「可愛いから」?


 栞奈もどういうこっちゃ? と思わず口にしてしまうほどだが、ルックズ星人が言うように確かに今この場においては重要な事ではないのでそれ以上の追求をグッとこらえておく事にする。

 第一、脳味噌まで筋肉でできていそうなルネッサンス期の彫刻のように鍛え上げられたマッチョの石動仁だって、よくよく見てみれば顔だけはイケメンと言っても良いくらいなのだ。

 彼の弟が可愛くたって何の不思議もない。

 そう思う事にしたのだった。


「……ま、まぁ、そこは置いといて。それはともかく、ようするに博士の賭けは当たって石動さんは、デビルクローは4体、いや、まだ様子見を決め込んでいる敵の首領を加えて5体の大アルカナを倒す事ができるって事ですよね!?」

「…………いや……」


 そこでルックズ星人ののっぺらぼうのような顔面に浮かんでいた苦虫を噛み潰すような表情が一層と険しくなる。


「格闘技という点においては比類無き才能を発揮する石動仁も、ただ一点だけ大きな欠点が存在するのだ……」

「欠点? だって石動さんは今だって一方的に戦い続けているじゃないですか!?」

「それが問題なのだ!」


 栞奈の目には石動仁の戦い方には一辺の瑕疵もあるようには思えなかった。


 石動仁、デビルクローの攻撃は重く鋭く、押し引きも巧み。

 防御面においてもまるで後頭部にも目が付いているかのように四方八方からの攻撃を捌き続け、その様子はまるで水が流れるかのよう、柳の枝が風にそよぐよう。

 一切の付け入る隙が見当たらないと言っても過言ではないだろう。


「分からないか? ならば、あえて言おう。なんで石動仁は一方的な戦いを続けているというのに未だ1体の敵も戦闘不能に追い込めていないのだ!?」

「え? 石動さんは手を抜いていると……?」

「その自覚は彼には無いだろうな」


 確かに変身して直後に“女教皇”の持つ槍は破壊していたものの、それから敵を殴っても損傷を与えているようには見受けられない。


 今も殴りつけてきた“教皇”の腕を取って捻り上げたはいいものの、そのまま敵の腕を圧し折るような真似はせずに突き飛ばして床へと叩きつけていたのだ。


「心理考察の結果、判明した事なのだが、石動仁が戦いという局面において石動誠に対して1つだけ劣っていると思われる事がある。それは人間を殺すという事に対する覚悟だ」

「覚悟……」

「石動誠ならば自分で納得を付けて命を奪う事の覚悟をすぐに決めるのだろう。石動誠のような戦いに向いていない性格の人物ならば、すぐに『窮鼠、猫を噛む』という状況に追い込まれるという事だ。だが石動仁は違う。彼が修めてきた武道の精神は彼の魂に染みついて大きな枷となりうるのだ!」


 栞奈はルックズ星人が「格闘技」と「戦い」という言葉を使い分けている理由を察する事ができた。


 あくまでも格闘技、武道は競技スポーツ、あるいは自己の研鑽を目的としたものであって、敵を殺す事を目的としたものではない。


 恐らくは石動仁のそのような性格もARCANAは承知しているのだろうが、洗脳処置によって矯正可能な事なのだろうか。


 だが洗脳処置が行われていない石動仁には人間、改造人間であっても人間の脳が使われている以上は殺す事ができないという事なのだ。


 今も石動仁はその戦闘力によって敵を殺す事が可能だろうに、武道によって培われてきた克己心を奮わして何とか殺さずに無力化する事を模索しているというところか。


「彼のそういう所を見込んで私は地球の命運を託す事にしたのだ。時間をかけて少しずつ彼に覚悟を促していくつもりで。そうでもなければ石動仁になんでこのアジトから脱出させる事を選んだと思う? 少し時間を掛ければ変身機能のロックを解除できるなら、どこかアジト内に潜伏して変身機能のロックを解除してアジトを制圧すればいいだけではないか? そもそも当初の予定ではこのアジトにこれだけの大アルカナが集結してくる事など想定外なのだ」


 これがルックズ星人の男が苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた理由だと知って栞奈は今度こそ納得する。

 だが、その事が意味する事を理解して視界が真っ暗になっていくかのような錯覚を味わう事になっていた。

殺す事ができない兄ちゃんが「番外編1」の頃には普通に敵を殺すんだから、戦いの中に身を置くって怖いね。

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