EX-3-27 コードネームは“悪魔”
駆ける石動仁の姿が光に包まれたかと思うと、続いて光の代わりに闇が現れ、闇が晴れた時、そこにいたのは人の姿を捨てた異形だった。
全身を覆う甲冑にも似た黒い装甲。
膝や肩には山羊の角を模した突起が。
指先が鋭く尖った形となっている大型の籠手はモグラのようでもあり、その者のシルエットを大きく人間からかけ離れたものとしていた。
仮面に取り付けられた人間の目に当たる2つのアイカメラは高さが違い、その者が人間ではないことを知らしめるようでもある。
背中の中ほどまで伸びた長い黒髪をはためかせ、青白いイオンの光芒を引きながら飛ぶ異形は今まさに槍で“愚者”を貫かんとする“女教皇”の前へと飛び込み、その槍の柄を右手で掴む。
「変身できた……、いや、変身できるようになったのか!? この……」
“女教皇”が苛立ちも隠せない言葉を吐きながらイオン式ロケットエンジンを吹かすも、迸る青白いイオンの奔流とは裏腹、槍の柄を掴んだ改造人間は僅かに膝を曲げたくらいでビクともしない。
「…………ッ!!」
「く……、こ、この……!!」
槍の突進を受け止められ、逆に顔面に左拳を叩き込まれた“女教皇”は思わず槍から手を離してしまい、敵の手に渡った得物を取り返そうと右脚のローキックで敵の膝を狙うも、石動仁が姿を変えた改造人間は難なく左掌で鞭のようにしなるローキックを受け止めていた。
逆にエネルギーの供給が絶たれた事でエネルギー体の穂先が消失した槍の柄を黒い改造人間は振りかぶり、袈裟斬りのように“女教皇”の左肩へと叩きつけると特殊合金製の柄は砂糖菓子であったかのように粉々に砕け散る。
そのままサイドステップキックを腹部へと叩き込むとそのまま“女教皇”は悲鳴を上げる事すらできずに吹き飛ばされていく。
「おい……」
敵へと追撃はせず、黒い異形は背後を振り返って赤く光るアイカメラを“愚者”へと向けていた。
「無事か、ゼロ君?」
「……う、うん!」
「呆けている場合じゃあ、ないぜ?」
「うん、ゴメン……」
新たな名を「ゼロ」と定めた“愚者”にとっての新たな異形の姿は恐ろしいものだった。
戦闘用改造人間としての性能もさることながら見る者への本能的恐怖感を煽るために作られたデザインに、大アルカナの攻撃を真正面から受け止めて叩き返すその能力。
ゼロでなくとも思わず畏怖してしまうであろう威圧感を放つ新たな大アルカナ。
だが、その声は石動仁のものであり、彼の性格をそのまま表しているかのような声はどこまでもゼロを安心させていた。
自分が人間ではなくなってしまった事をその姿から実感してしまっているのであろう。
仁の声は深く沈み、陰の見えるものとなっていた。
それでもゼロにかけられた言葉には深い慈しみの色がありありと見え、言葉では叱咤するような事を言っていながらもその優しさに包まれるかのような声には“皇帝”の威圧に気圧されていたゼロも思わず魂を震わして奮起せざるをえない。
(……そうか、これが博士が地球の運命を託した石動仁か……)
『ぶっつけ本番だけど、いけるよな、仁!?』
(まかせとけっての!!)
『時空間エンジン 異常ナシ! 両腕部エネルギーセル、接続正常! 電脳データリンク完了! 思考接続、99.999999%! 全イオン式ロケットエンジン全力運転可!』
(悪いが日本語で頼むわ!)
『日本語だっての!!』
俺が変身、いや人間に擬態している状態から本来の改造人間としての姿へと戻ると、カメラの目から通してくる視界の他にもう1つの視界が現れて、新たな視界には機械の身体の状態やら周囲の状況がモニターされていた。
俺の新たな体は“皇帝”ほどではないが重装甲のようで、それでいて各関節の動作を阻害しないよう設計されており、ナントカエンジンとかいう動力から得られるパワーは大質量の体を人間の時と同様、いやそれ以上に機敏に動かす事を可能としていた。
そのパワーで“女教皇”の槍を破壊し、蹴りの1発で敵を大きく吹き飛ばすと、仲間を守ろうと倒れた“女教皇”の前へと“恋人”が空中から高度を落としてビーム・サブマシンガンの連射を浴びせてくる。
だが俺の後ろにはゼロ君がおり、すでに全身の至る所をビームに撃ち抜かれている彼をこれ以上やらせるものかと籠手の嵌められた右腕で頭部だけを守ってビームを受けた。
「南無三ッ!! ……って、え?」
『安心しろ! その身体を守る装甲材の「超合金Ar」は“超合金”といっても、それはあくまで秘匿名称のようなもの、実際はナノマシンの集合体なんだ。低出力のプラズマビームなんか、ナノマシンが熱を全身に流して無効化してくれるさ!!』
頭の中で響く世界さんの言葉通り、俺のもう1つの視界には全身に5ヵ所の被弾があった事を示して脳内で警報が鳴るが、被弾箇所を見てみてもわずかに煙が立っているだけ。
「便利なモンだなぁ、おい! それじゃ反撃開始といきますか!!」
『あっ、そんないきなりロケットを吹かして!?』
走るよりももっと早くと頭で思うだけで俺の身体の至るところからあの青白い光が湧き上がって、何かに押し出されるように俺の身体は加速していく。
「せっかちさんは女の子に嫌われるわ……、がはぁっ!!」
「バーロー、女の子って歳でもねぇだろ?」
ナントカロケットエンジンとやらでまっすぐに“恋人”目掛けて加速する俺に対して、敵もビームガンを連射してくるが俺の装甲は幾条ものビームを受けても表面すら溶けるという事もない。
そのまま“恋人”の剥き出しの腹部を狙って中段の回し蹴りを放つも、向こうも防御のためにサブマシンガンから手を離した左腕を差し込んできたためにそのまま敵の胴を圧し折るというわけにもいかなかった。
だが腕を入れてきたくらいでは俺の蹴りの威力を殺しきる事はできずに“恋人”は床の上を勢いよく転げまわっていく。
(さすがに凄いな。世界さんとイっ君が大アルカナの能力をあれほど恐れていたわけが分かったよ)
『今さら遅いよ……?』
敵の大アルカナに使われている脳味噌が俺ほど格闘戦に慣れているわけではないという事が幸いしてか、“恋人”も“女教皇”も俺の敵ではないようだ。
だが、敵はまだ残っている。
世界さんの恨みがましいような、あきれ果てているような声を聞きながら左右から迫ってくる“教皇”“廻る運命の輪”の対処のために俺は体を捻らせる。
「石動仁が変身した以上、四の五の言ってられん、脳さえ残していれば修復はできるんだ。遠慮はするなッ!!」
「分かってる!!」
「へっ、10年早えんだよッ!!」
性懲りもなく超低姿勢からのタックルを仕掛けてくる“廻る運命の輪”の頭部を踏みつけて床へと叩きつけ、球体状の重石にエネルギー体のスパイクを発生させて殴りつけてくる“教皇”の一撃をスウェーで躱してすれ違いざまに脇腹に拳を叩き込む。
人間の姿の時は脳へ衝撃を伝えて脳震盪を起こさせるくらいしかダメージを与える事ができなかったというのに、いとも容易く敵をねじ伏せる事ができて俺自身、過剰とも思える性能に半ば呆れ果ててしまうほどだ。
(ところで世界さん、“世界”さんや“愚者”“廻る運命の輪”“教皇”“女教皇”“皇帝”“恋人”みたいにこの体にもタロットカードの名前が付いているのかい?)
『ああ、そりゃあモチロン。意外と君にはおあつらえ向きなのかもね……』
(うん?)
『裏切り、誘惑、そして「混沌」を意味するタロットの15番目のカード、逆位置では再生や覚醒を意味するそのカードの名は悪魔!』
「なるほどね。……俺が“悪魔”か」
確かに誠も助けたい、ゼロ君や栞奈ちゃんの事も助けたい、かといってイっ君の事も見捨てられない。
そんな俺には「混沌」を意味するカードがお似合いなのかもしれないと仮面の下で1人笑う。
『君のコードネームは“悪魔”、デビルクローだ!!』




