EX-3-25 友よ見てくれ、この拳 8
階段ホールで栞奈ちゃんが俺たちに披露してくれた作戦はこのようなものだった。
格納庫と階段ホールとを結ぶ防火扉が階段ホール側へと開く構造なのを利用し、ゼロ君がその怪力を使い階段ホールの壁のコンクリートを破壊して、その残骸で防火扉を物理的に開かないようにする。
当然、そうなれば俺たちも第一格納庫から逃げる事もできないわけだが、どの道、第一格納庫には“教皇”“女教皇”の2体の大アルカナがいるわけで通らなくても良いならば近寄りたくもないわけだ。
そのために世界さんがハッキング技術で第一格納庫、第二格納庫、そして外部へと繋がる大型エレベーターの制御を奪取する。
上手くいけば俺たちは皆揃って第二格納庫からエレベーターを使ってアジトの外へとおさらばというわけだ。
そして俺は第二格納庫で独り戦うイっ君の救援へと向かい、彼を助けて“廻る運命の輪”をどうにか昏倒させるというわけだ。
「どうにか」ってどうするんだよ? と自分でも思わないでもないが、まるっきり打つ手が無いというわけでもない。
いかに大アルカナがいかに強力といえど、その頭脳は生身のまま。
ならば脳震盪を起こさせて昏倒させる事はできるのではないかと俺は楽観的ながらもそう考えていた。
いや、ルックズ星人の脳の構造がどうなってんのかまるで分からない状況。もしかしたらルックズ星人は脳震盪なんて起こさないのかもしれないし、異常に高い耐性があるのかもしれない。
だが、かといってイっ君を見殺しにできるわけもなく、俺はか細い可能性に賭けるしかなかった。
たとえ“廻る運命の輪”を昏倒させる事ができなくても、なんとかゼロ君が来るまで凌いでおいたら、俺が敵の動きを止めてゼロ君に四肢をへし折ってもらうという手もできなくはないかもしれない。
さすがにイっ君の前で彼の弟である“廻る運命の輪”の四肢を次々とカニの脚のように折っていくのは気が引けるけど、向こうも機械の体なんだし後で修理すれば良い事だ勘弁してもらおう。
それが俺たちの作戦の全容。
あまりに希望的観測の強い、作戦というよりもそれは上手くいったら良いな、こうなったら最高だよね程度のものだった。
それでも俺もゼロ君も、世界さんですら反対しなかったのは皆、イっ君の事をこのまま見捨てたくはなかったからだ。
俺もゼロ君も世界さんも栞奈ちゃんも世の中が自分の思い通りにはいかないと嫌というほどに思い知らされてきた。
俺とゼロ君は拉致られて脳味噌を抜き取られて機械の体に押し込められた。ついでにいうなら俺は両親も殺され、弟の誠もARCANAとかいう連中の手の中だ。
世界さんも拉致されてきたのは同じだが、機械の体を与えられる事すらなく、ミサイルの中の水槽に脳味噌だけの状態となって外界とはネットワークを介したやり取りしかできない。
栞奈ちゃんもごく普通の女の子だろうになんでかARCANAなんてヤベぇ連中に攫われてきて明日をも知れぬ身。
でも、俺たちは世の中が思い通りにならないものだと分からされてきたからこそ、それでも捨てられないものをなんとしてでも守りたいのだ。
そして自ら背負った重圧に押しつぶされそうになっている善良な一人の異星人こそが俺たちが守りたいものだった。
今の所、作戦は半分失敗、だが完全に目が潰えたというわけでもない。
ガッバガバの作戦と呼ぶのも憚られるような作戦はガバガバゆえにいくらでもリカバリーの利くものでもあったといえよう。
俺の救援は遅れイっ君は重傷を負っているようだが、まだ生きている。
“廻る運命の輪”も脳震盪を起こすようだが、完全に昏倒させる前に上階の“教皇”と“女教皇”が床を繰り抜いて第二格納庫へと姿を現して3体の大アルカナがついに揃ってしまう事となっていた。だが、“廻る運命の輪”の改造人間としての能力は砲撃戦を主としたものらしく自前の拳法の腕前は変身できない俺でも対処可能なもの。“教皇”に“女教皇”の2体にしたところで変身できない俺を捕えようと手を抜いている事は見え見え。
たしかにそれでもその性能に1対3という状況は中々にキツいものだが、ゼロ君も駆けつけてきてくれた今、まだまだいくらでもあがいてやるといったところか?
「ぐはぁッッッ!!」
「ば、馬鹿な!? 何が起きた!?」
「これは……?」
ゼロ君が投擲した床材のタイルは彼の体の前に発生した赤い光のリングに入ると一瞬で目にも止まらぬほどに加速して“教皇”へと直撃して、その勢いに敵はビリヤードの球のように飛んでいく。
“教皇”の身体が格納庫の壁へと叩き込まれ、“女教皇”と“廻る運命の輪”があまりの事に驚愕の色を隠そうともしない声を上げる。
「気を付けろッ! あのリングは時空間エネルギーで作られたものだ!!」
「なんで!? 制式版の大アルカナである私たちにすらそのような機構は持たされていないのに、何故、ただのテスト機の“番号無し”にそのような機構が!?」
「馬鹿を言うな! アイツの電脳にだってそんな機能は無い! 奴は、奴は自力で生身の方の脳で演算を行っているのだ!!」
2体の大アルカナがなにやらごちゃごちゃと話ている内にもゼロ君の巨体は床材を1足ごとに破壊しながら駆けだしていた。
「忘れたのか? お前らがなんでオデの事を大アルカナの素体としようとしたのかを!!」
いかにゼロ君が怪力を誇ろうとその巨体の持つ重量は彼の体を素早く走らせるという事はできなかった。
だが、走るゼロ君が再びあの赤い円環を自身の前方へと発生させると、今度は自身の身体を赤いリングの中へと飛び込ませる。
「ちぃッッッ!?」
「自分の境遇を嘆くのはヤメだ! オデは、オデはお前らが与えた力で仁を、栞奈ちゃんを、そして博士を守る!!」
一気に加速して“女教皇”の眼前へと躍り出た。
そのまま何のフェイントも無ければテクニックもない、ただ腕を振って敵に叩きつけるだけのパンチをお見舞いするも“女教皇”は後ろへと跳びながら槍の柄で迫る拳を受け止める。
「“番号無し”は石動仁と違い破壊措置命令が出てるんだ! 遠慮はするな!!」
「も、もちろん!」
“廻る運命の輪”がその手にした電柱のように巨大な砲身を向けると背に背負った金色の輪が赤く染まっていく、だがもちろんそれを黙って見ている俺ではない。
「おっと! 俺を忘れてもらっちゃ困るぜ!?」
「クソっ! 調子に乗りやがって、地球人風情が!!」
下から上へと振り上げる俺の脚によって“廻る運命の輪”の砲身が跳ね上げられたその直後に夥しい閃光が砲身の先端から発生して格納庫の天井に大穴が空いていた。
俺たちのいる第二格納庫に空いた穴は直径3メートル程度のものだったが、さらにその上階、第一格納庫の天井にも穴が空き、地下にいる俺たちの目にも白い雲と青空が見られるようになったほど。
しかも破片や解けた金属、溶岩が落ちてくるという事もなく、“廻る運命の輪”の砲によって完全に蒸発してしまったのだろう。
「は!? おま、人になんてモンを向けてんだ!?」
「ええい! うるさい!! 私はお前ら地球人に教えられたんだよ! 自分が守りたいものは失ってから守ろうとしても遅いって、だったら一気に磨り潰してやるのが合理的だろ!!」
「馬鹿野郎ッ!!」
砲身を押しのけて懐へと飛び込んだ俺の右拳が“廻る運命の輪”の胸板へと叩き込まれる。
拳は俺の意思が宿ったかのように曲面で作られた改造人間の装甲に対して滑る事もなく打ち込まれ、床にしっかりと足を付けて踏ん張りの利く状態の拳は敵を後ろへとのけぞらせる事に成功していた。
「何が合理的だ!? お前の兄貴がどれほど悩んでいるか考えた事はあるか!?」
「うるさい!! お前らさえいなければ私の兄者は……!!」
「言わせねぇよ!!」
“廻る運命の輪”の側頭部へと俺の上段回し蹴りが叩き込まれていた。
すでにイっ君からもらったジーンズは戦いによって敗れ、俺自身の膝関節の耐久も心配になってくるほどの動きをしていた。
それでも“廻る運命の輪”に甘ったれた事を言わせるつもりはない。
イっ君も仲間を失ったのは同じ。
だが、彼は滅亡した移民船団の誇りを胸に、自身が移民船団で暮らしていく上で育んできた良識を捨てず、自身を犠牲にしてでも図らずとも自身が冒してしまった罪を償おうともがき苦しんでいたのだ。
そこに合理性は無い。
弟と同じく悪の道に染まってしまえば楽だっただろう。
あるいは自分には関係の無い事だと1人で出奔してしまえば苦しむ事もなかっただろう。
だがイっ君は自分自身に対してそうする事を許さなかった。
あまつさえ自分の死は覚悟していても、弟の事はなんとかこの地球で生きていける道を模索して俺に頼みこんできたほど。
その行動にもやはり彼の情と罪の意識が見てとれるが、合理性とは無縁といってもいいだろう。
その彼の目の前で、安易に復讐のため悪の道へと墜ちていった“廻る運命の輪”が合理的だなんだと言う事が俺にはできなかったのだ。
上階へと行ったハズの石動仁に続いてゼロまでもが再び第二格納庫に姿を現し、戦いは大アルカナたちと2対3の混戦へとなっていた。
ルックズ星人の男は大量の出血のために未だ床に膝を付いたままだったが、彼は彼の仲間たちがこのような状況に陥っているのをひとえに自身の責任だと考えているが故に、重症を負った身なれど蚊帳の外に置かれている状況を黙って見ている事ができなかったのだ。
「…………つぅぅぅ……」
砕けた骨が神経に触れる激痛に耐えながら左手を震えながらもゆっくりと動かし、腰の左脇のレールガンへと持っていく。
もはやマトモに戦う事ができなくとも残り少ない残弾と震える手で何か効果的に援護射撃は行えないものかと思案しながらそののっぺらぼうの顔にじっとりと脂汗を浮かべている。
だが、その彼の肩を優しく叩く者がいた。
「えと、こう言っちゃなんですけど、彼らに任せましょうよ?」
「……栞奈君か」
「生半可な事しかできないのに戦いに手を出しては敵の意識をこちらに向かせて、それはかえって仁さんとゼロ君の身を危険にさらす事になるかもしれませんよ?」
栞奈はポケットからハンカチを取り出し、男の右腕の傷口に乗せるものの、押さえたらいいものか、それともどうしたらいいものかを悩んでいるようであった。
その様子にどこか幼さを感じた男はクスリと笑って、心配するなとばかりにわざとおどけて首を振って見せる。
地球人が異星人の手当の仕方を知らないのは当然の事だが、それは地球人自体が他の種族から軽んじられる理由でもある。
そもそも地球に異星人が訪れている事がおおやけになったのもここ数十年の事。
それまでは異星人との接触談は雪男だの絶滅したハズの恐竜などの目撃談などと同じく与太話に過ぎないと思われてきたのだ。
男のような異星人にとって、地球人は公園デビューしたばかりの幼児にも等しい幼稚さを持っているとも言えるだろう。
幾度かの不幸な遭遇と悪意ある者の来訪により地球人の幼稚性は過剰な攻撃性ともなっていたが、だが彼の仲間たちが持つイノセンスな優しさはまたかけがえのないものであり、その優しさもまた地球人の幼稚性の一側面であるように感じられて男は満足気に頷いた。
「君は強いなあ。異星人の自分たちとは違う色の血液が怖くはないのか?」
「怖くはないですけど、こう酷い怪我だと変な事しちゃって余計に容体が悪くなるのは怖いですね……」
大昔、地球の空想科学小説家が書いた小説では地球を凌駕する技術力と軍事力を持った宇宙からの侵略者は地球上に存在するバクテリアのせいで全滅の憂き目を見る結末であったという。
その文脈からするならば逆に異星人の体内に生息する微生物もまた地球人に深刻な被害を与えそうなものだが、実の所、星系間を旅する異星人たちは事前に体内の微生物を無害化する処置を経ている。
少女はその事を知っているのだろうが、知っている事と実際に感覚的に怖くないというのは別物。
栞奈はその生活の中で実感的に異星人の体内の微生物が脅威とならない事を知っているのだろう。
恐らくは先ほど男に「ロクに戦えないのに戦いに手を出すのは危険だ」と言ったのも、彼女がその生活の中で耳にタコができるほど言われてきた事なのだろうと男は苦笑する。
「君は本当に強い。さすがはあの街で暮らしているというだけはある……」




