EX-3-23 友よ見てくれ、この拳 6
「……え?」
「あ、あれ? 博士?」
直径2メートルほどの円形に切り取られた天井が床に落ちる大音量に続いて格納庫内へと降りてきた2体の改造人間に俺は背後を取られた形となっていたが、向こうは向こうで人間の姿のままの俺が変身している“廻る運命の輪”をボコっている光景に呆気に取られたような声を上げていた。
気の良さそうな青年を思わせる男の声に、落ち着きのある大人の女性の声。
壁に背中を預けた状態で尻もちをついたままの“廻る運命の輪”をひとまず置いておいて振り返ってみた俺が見たものは今まで戦っていた改造人間に勝るとも劣らない異形だった。
「イイイイイ博士は戦闘不能の状態……」
男の声の方は鎧とマントが融合したような出で立ち。
手にはメイスというのだろうか。片手持ち、両手持ち両方に対応しているような長さの柄に球形の重しが付けられた棍棒を右手に持っていた。
「となるとイィ博士は変身できない石動仁にやられたというの?」
女の声の方はドレスのようなローブのような物とこれは男の方と同じくブ厚いマントが融合したような出で立ち。
手には赤く輝くエネルギー体で作られた穂先の手槍を手にしている。
両者ともに装甲色は黒く、顔面の人間の目に相当する位置には小さく赤く光るアイカメラが取り付けられていた。さらにはセンサーの類だろうか? 2体の頭部には同型の冠を模したゴテゴテとした物が取り付けられていた。
となるとコイツらが……。
「仁ッ! “教皇”と“女教皇”だ!!」
イっ君が叫ぶがそんな事、俺の貧相な脳味噌でも想像がつく。
さらにいうならばコイツらは“廻る運命の輪”のような砲戦仕様の改造人間ではなく、自分たちと同様の者を仮想敵とした格闘戦においてその真価を発揮する存在である事すら両者の姿を見るだけで想像する事ができた。
上階の第一格納庫の重量物にも耐えうる丈夫な構造の床材ごと俺たちのいる第二格納庫の天井をくりぬいたのは女の声の方が持つ槍だろうか?
長いエネルギー体の穂先は床面の軽金属に構造上の補強のための鉄骨にその下の岩盤、さらに第二格納庫の天井も一緒くたに切り抜いていたのだ。
俗に「剣道三倍段」という言葉があるように剣などの武器を持った相手に対し、俺のような徒手空拳の空手家が互角に戦うには3倍の段位が必要だと言われている。
だがこと槍という武器が相手ならば事情が変わる。
槍という武器は長い柄に穂先という構造上、初撃の前に先んじて、あるいは躱して敵の懐に飛び込めるかどうかの勝負となる。
俺の渾身の一撃が大アルカナにも通じる事はこれまでの“廻る運命の輪”との戦いで証明済み。敵の懐に飛び込めさえすれば敵の穂先がどれほどの切れ味を持っていようが関係ないのだ。
だが、それも1対1の状況ならばだ。
敵は2体。
“教皇”の方が持つメイスの柄の長さは1メートルほど。
この長さの柄ならば両手で持つ事もできるであろうし、片手で持ったとしても持ち手の位置を変える事で幅広い間合いに対応する事が可能だろう。
球形の重しに近い場所を持てば間合いは小さくなり、その代わりにクイックな動作が可能になり“女教皇”の槍の間合いに飛び込んできた敵に対応する事もできるであろうし、逆に石突近くを持てば間合いが広くなるというわけだ。
改造人間、大アルカナのパワーで振られるメイスの威力はいかほどのものだろうか?
さらにいうとメイスの先端に取り付けられた重しにはいくつかの穴が開けられていて、もしかするとこの穴から“女教皇”が持つ槍の穂先のようなエネルギー体の刃を発生させる事ができるのかもしれない。
「はぁ……、話を聞いて覚悟はしていましたが、本当に組織を裏切ったのですね……」
「博士と“番号無し”には廃棄処分命令が出ています。お覚悟を……」
ロングコートのような腰の辺りから出た裾を翻しながら2体の改造人間がイっ君へと告げる。
イっ君の負傷は深刻なのか、彼は未だ床に膝を付いたまま。
「待てよ。俺が相手だ。洗脳だかなんだか知らないが、壊れたモンは叩いて直すのがウチの流儀でな、覚悟してもらうぜ!?」
“教皇”“女教皇”ともにメインとなる装甲の上にコートのような装甲を着込んで重ねられているような姿。
これは俺は詳しくは知らないが、以前にミリオタの友人から話に聞いた事があるいわゆる空間装甲という奴なのだろうか?
装甲と装甲の間にわざと隙間を作って衝撃や化学エネルギー弾の効力を弱めるだったか? 要するにコイツらには俺の打撃は通用しにくいという事。
立てられた襟を除けば見るからに装甲を重ねられていない頭部なら打撃は有効かもしれないが、向こうだってそんな事は織り込み済みだろう。防御するべき箇所が限定できるだけでもかなりのアドバンテージとなるハズだ。
だが、それでも俺は退く事はできなかった。
「ああ、石動君。僕たちは別に洗脳は受けていないんだ」
「なんだと?」
「私たちは2人とも脳以外の全身がガンに侵されていてね。殴って直すってのは論外だけど、私たちの洗脳処置を解除する対抗手段が出てくるかもしれないでしょ? だからね、貴方が格闘能力を買われて大アルカナの候補となったように私たちは忠誠心を買われて大アルカナとなったの」
確かに全身がガン細胞に侵されていたのなら、脳味噌だけを機械の肉体に移植する事だけが生きながらえる唯一の手段なのかもしれないし、そんな脳移植手術だなんてマトモな医療機関では施術してもらえるわけもない。
だからといって悪の組織に忠誠を誓うかと言われたらけして頷く事はできないが。たとえばウチの弟の誠ならば上手く移植させた後で忠誠を誓えと言われても平気で約束を反故にするだろう。
「そもそも洗脳を受けていないから洗脳処置を解く事はできず、2体1組で戦う私たちの存在理由が想像できるかしら?」
「……俺らみたいな裏切り者の抹殺ってところか?」
「ご名答」
男の方が手にしたメイスを肩に担いでから両手を小さく叩いて拍手してみせる。
「大アルカナが一騎当千の存在であったとしても、同じ大アルカナが2体でかかれば問題無いというわけさ。ましてや君は変身機能にセーフティーロックがかかったままの状態みたいだしね。……ていうか君、よく人間態のままで博士をそこまで追い込めたね?」
「どんだけガワを頑丈に作ろうが、中身がナマなら問題ねぇよ。そこんトコお前らにもこれからキッチリ叩き込んでやらぁ!」
「それは無理よ。だって……」
そこで背後から殺気を感じた俺は身を翻し、ロケットを吹かしながら殴り掛かってきた“廻る運命の輪”の槍のように突き出されてきた右手を躱しながら顔面へと裏拳を叩き込む。
攻撃を回避しながらの裏拳。もとよりダメージを与える事を狙ったものではない。
半分は長年の修練によって体が勝手に動いたというのと、半分は敵の視界を奪うためのもの。
地球人同士の格闘技で「何でもアリ」を標榜するバーリトゥードの世界においても目つぶしと金的は禁止されているものだが、何も視界を奪うために相手の眼球に指を突っ込む必要はない。
不意を突いて顔面を叩けば、それだけで思わず相手は目を瞑ってしまうものなのだ。それで視界を奪えるのは一瞬のものだが、眼球を狙うよりも狙いがアバウトで良いという利点がある。
まあ正直、視界をアイカメラから得る改造人間相手にそれが効果があるかはともかく、少なくとも意表を突く事には成功したようだ。
尻もちをついた状態から青白いロケットの噴射炎を盛大に吹き出しながら突っ込んできた“廻る運命の輪”ではあったが、攻撃を躱され顔面に裏拳を叩き込まれたその体は前のめりとなって俺の前へと飛び出していた。
そのまま俺が腰へと前蹴りを叩き込むと、“廻る運命の輪”は俺の蹴りの勢いすらも利用して救援に駆けつけた仲間の元へと飛んでいく。
「博士、大丈夫?」
「問題無い。脳震盪を起こしてきたがやっと薬剤が回ってきた所だよ。それよりもお前ら第一格納庫はどうした? “番号無し”が捕えていた女とともに上がっていったハズだけど?」
「それが下で戦闘が始まったっぽいのにいくら待っても誰も来ないし、イイイイイ博士以外はこっちに回すって言ってたのになぁって思ってこっちに来ようと思ったら階段ホールの防火扉が開かなくてさ!」
「それで何かあっては遅いと思って床に穴を空けて様子を見にきました」
防火扉が開かないという“教皇”の言葉を聞いてゼロ君たちも上手くやっているようだとは思ったが、それは計画通りだとして、まさか上階の二人がまさか床を繰り抜いて下へと降りてくるとはさすがに想定外だ。
「ていうか博士、随分とやられているみたいじゃない? 今のを見るだけでも石動仁はなかなかにやるみたいだけど……」
「“なかなかに”どころじゃないよ、まったく。強い、っていうかヤバい……」
敵が俺をさして「強い」だとか「ヤバい」だとか仲間へと注意を促しているところを見て俺も自尊心をわずかにくすぐられる。
ある意味では直接的に賞賛されるよりもお世辞が含まれていないという分だけ信憑性が感じられるのだ。
「ヤバい、ですか……」
「ああ、なんかいきなりか〇は〇波のポーズとったかと思うと、いきなり技が出なくなったとかいちゃもん付けてきてボコボコに蹴られるんだ。ヤベェぞコイツ!!」
「……は?」
「え? まさか……」
“廻る運命の輪”の言葉を聞いて、“教皇”と“女教皇”が俺へと向けてきた視線が並々ならぬ敵への畏怖から頭の可哀そうな人を見るものへと変わっていってなんだか俺もいたたまれない気分になった。
異星人の脳を使った“廻る運命の輪”に氣功を使えるなどと主張する兄ちゃんの両者に対して、“教皇”と“女教皇”は誠君とヴィっさんの2対2で負けるという設定なので普通の人っぽい感じにしようと思いました。




