EX-3-22 友よ見てくれ、この拳 5
宇宙ロケットの打ち上げを思わせるアッパーカットを顎先に叩き込まれてついに“廻る運命の輪”も膝をつく。
電脳の制御により合成薬物が脳へと送り込まれて脳震盪の影響を打ち消そうとするがその間隙を仁は見逃さない。
「オラアァァァ!! まだまだ行くぞ! 殺しはしねぇがしばらく足腰立たねぇようにしてやるぜッ!!」
駆けだす仁のフォームは彼が反撃を回避しようなどと考えていない事は一目瞭然。
ただただ一直線に弱った敵へと駆けるその姿は2本脚の獣をルックズ星人に思わせた。
「ッッッくぅぅぅ……」
「オラァァァ!!」
なんとか立ち上がろうと時空間断裂砲の砲尾を床に付け砲身を杖代わりにして立ち上がろうと“廻る運命の輪”がやっとこさ膝を床から離したところで顔面に仁の足裏が叩き込まれる。
仁もまた“廻る運命の輪”が床に立てた時空間断裂砲の砲身を掴んで飛び上がり、敵の武器を支柱とした強烈な跳び蹴りを放ったのだ。
「馬鹿なッ、な、なんで変身もできない奴に……!?」
「ふんッッッ!!!!」
よろめきながらもなんとか立ち上がった“廻る運命の輪”が追撃を警戒して敵の狙いである頭部を守ろうと手持ち砲でガードしようとするも、すでに距離を詰めていた仁が大きく体を回しながらくりだしたフック、空手式にいうならば鉤突きを側頭部へと打ち込まれる。
仁が所属していた空手の団体はいわゆるフルコンタクト系と呼ばれる直接相手に打撃を加える流派であった。
一般的にそのようなフルコン系の空手団体において鉤突きはあまり使われない。
鉤突きが有効な間合いに飛び込んでいくというのは敵の全ての攻撃の間合いに入るという事と同義でもある。拳、脚、肘、膝、ありとあらゆる攻撃を警戒しなければいけないというのは、敵が攻撃してくる箇所を局限する事で自身の防御範囲を小さく、それでいて最大限に有効化するという近代格闘技の潮流から大きくかけ離れている行為であった。
さらにいうと空手家同士の試合で用いられる技は当然ながら対地球人を想定した技である。
当然、地球人を倒すだけならば大振りのフックは必要なく、むしろ相手の間合いの中で隙を晒すリスクの方が大きい。
そのため逆突きが使われたとしても極めて小さな動作で隙の少ないものがほとんど。試合はもとより道場での修練においてもそのようにあくまで隙は少なく素早い、それでいて最大限の効果を狙った逆突きだけを繰り返し技を研ぎ澄ましていくのだ。
だが石動仁にはそのような常識は通用しない。もとより常識など彼は修めていない。
野生の勘ともいえるような嗅覚によって必要だと思えば空手の枠から逸脱した大振りの逆突きで敵のガードを躱し、改造人間の強固なフレームが持つ強力な対衝撃性能を上回る打撃を加える事ができたのだ。
それこそがARCANAが格闘戦特化仕様の大アルカナの候補者として石動仁を選び、またルックズ星人の男がかの組織に反旗を翻す事を決めた後に彼が望みを託す事に決めた理由でもあった。
天才、鬼才、俊英、英傑。
天賦の才を現す言葉は多々あれど、石動仁が天から与えられ、自らの努力によって磨き上げた格闘技能は月並みの言葉を陳腐にさえ思えるほどに花開いていたのだ。
さらに仁が渾身の右拳を“廻る運命の輪”へと叩き込むと先ほどとは逆に黒い装甲色の改造人間は5、6メートルほど吹き飛ばされて壁面へと叩き込まれていた。
この拳もまた空手の技を大きく逸脱していた。
それは空手の型というよりかはボクシングの、それもスーパーヘビー級の筋肉の上にうっすらと脂肪ののったボクサーが自身と同等の相手へと叩き込む渾身の右ストレートに似ていた。
フォームを崩して防御を捨ててでも威力を増さなければ相手へ有効打を与えられないと悟っている者独特の全力渾身の右拳。
その効果は絶大。
ついに大アルカナ“廻る運命の輪”は殴り飛ばされ、壁面に叩きつけられて尻もちをつく形となっていたのだ。
さらに……。
「こいつで終わりだッ!! はあぁぁぁ……」
仁は敵に向けて半身を開いた状態で腰を大きく落とし、左手を軽く開いて右腰の脇に持っていき、ゆっくりと同じく開いた右掌を左掌へと持っていく。
敵の眼前で目を閉じた仁であったが、その身体から放たれる威圧感はむしろ激しさを増していき、傍から見ているルックズ星人であっても息をするのも忘れるほどであった。
そして閉じられた仁の瞼が一気に開け放たれて敵を射る。
「螺旋氣功ォ! 波動拳ッ!!」
右腰の脇で合わされていた両手が体を捩じる動作とともに倒れた敵へと向けられて、上下に手首を合わせた状態の両手の平はまっすぐ5、6メートル先の“廻る運命の輪”へと突き付けられ大アルカナが手放してしまった時空間断裂砲にも勝るとも劣らない存在感を放っていた。
だが……。
「…………?」
「…………?」
何も起こらない。
仁も空手の技を決めた後の残心のつもりなのか、敵へ両掌を突き出したまま固まっていて、かつて兄弟であった2人のルックズ星人も何が起きたか分からず敵対してしまったのも忘れたかのように互いの顔を見合わせる。
「…………うん?」
「……な、なあ、石動仁。どうかしたのか?」
「あるぇ~? 波動拳でねぇなぁ……」
格闘技の天才、石動仁の最終奥義「螺旋氣功波動拳」とは一種の氣功術である。
氣功術の分類においては自身の体内へ作用する物を「内氣功」、体外へ作用する物を「外氣功」とするが仁の「螺旋氣功波動拳」は内氣功で練り上げた生体エネルギーを外氣功式に放出する技であり、実戦で使用可能なレベルでまで練り上げられた氣功術を使用できるのは世界広しといえども現代においては石動仁ただ1人であった。
「いや、1つ聞くが螺旋“氣功”波動拳って事は氣功術の一種なんだろうが……」
「まあ、そんな感じ、察しが良くて助かるぜ」
大きく腰を落とした状態を解いてから心底不思議そうに自身の掌を見つめる仁へとルックズ星人の男が問いかける。
「その“氣功”“氣”というのは一種の生体エネルギーなのだろう?」
「多分な。小難しい話は分かんねぇけど」
「……それって脳味噌だけの状態でも使えるのか?」
「あ……!!」
改造人間とはいうが現在の石動仁は脳を機械の体へと移植された状態。
当然、心臓の鼓動を主とした波動により氣を抽出する事も、ライフル弾をイメージした全身の細胞を使った氣に螺旋の運動を与える事もできないのだ。
「この野郎! こんなポンコツに人の脳味噌を押し込みやがって!!」
「し、知るかよ!!」
「おい、弟よ。石動仁が空手のみならずあらゆる格闘技に精通し、氣功術をも修めているというのは資料にあったハズだが?」
「兄者も! そんなのヨタ話だって思うに決まってんだろ!?」
だが弟を責める兄も石動仁が修めていた氣功術とはつまり肉体の硬化や、痛覚の遮断、あるいは自然治癒能力の増大などの内氣功だけだと思っていたのだ。
「ヨタだとこんチクショー!! ウチの弟が小さい頃にド〇ゴン〇ールのリマスター版の放送見てたから兄ちゃん頑張って覚えたんだぞ!!」
「か〇は〇波かよ!? くそメンドくせぇ名前つけやがって!! 中学2年生かよ!?」
「あっ! 言いやがったな! この野郎、とっとと気絶しやがれ!!」
螺旋氣功波動拳が使えたならば、家電製品の電気回路が落雷によるサージ電流によって機能を停止するように“廻る運命の輪”の体内の気の流れを崩して気絶させる事も可能であったのだが、それも叶わず仁は苛立ちもあって尻もちをついた状態のままの敵へと駆けよってヤクザキックの連打を浴びせていた。
実戦で使用可能な外氣功を使えるのが世界で石動仁だけである以上、氣功術に対する防御法などは確立されておらず、打撃の衝撃と同様に“氣”は装甲の内部へと浸透しうるハズだったのだ。
なお石動仁が弟に自慢するために氣功術を修め、螺旋氣功波動拳を独力で編み出したのは事実であるが、完成した頃には当の石動誠は魔法少女物の特撮ドラマに夢中になっていたために大して喜ばれなかったどころか「兄ちゃん、魔法は使えないの?」と言われてしまっていたのだった。
苛立ち紛れにドカドカと“廻る運命の輪”の顔面へと足裏を叩き込み続ける仁も、その様子に圧倒されていたルックズ星人の男も気付かなった。
石動仁の背後の天井から熱く溶解した金属の雫が垂れてきているのを。
仁とルックズ星人の男がそれに気付いたのは丸く切り取られた天井が落ちてきて大きな音を立ててから。
そして天井に空いた大穴から2体の黒い装甲をした改造人間が姿を現してからだった。




