EX-3-21 友よ見てくれ、この拳 4
(なんだ? 私は一体、何を見せられているのだ? これが現実に起きている事だというのか?)
ルックズ星人の男は自身の目を疑っていた。
目を疑うどころか己の正気をさえ疑わずにはいられないほどだ。
弟の脳が移植された改造人間、大アルカナ“廻る運命の輪”は幾度となく繰り返し石動仁へ拳を叩きつけ、脚を叩き込み、体を投げ飛ばしていた。
その度に仁の体はまるで質量を失ったかのように吹き飛んでは壁面や天井へと叩きつけられている。
石動仁も改造人間とはいえ、彼の脳は生身の物。人口の頭蓋の中の装甲カバーに収められた脳へ加えられた衝撃は彼を脳震盪へと陥らせるハズであった。
それが幾度だろう?
壁面に叩きつけられ、高い天井へと飛ばされてバウンドするように今度は床へと落ちても仁はその度に立ち上がるのだ。
ただ立ち上がるだけではない。
立ち上がる度に仁は空手の構えを取り、その目から溢れ出る闘志が陰る事はない。それどころか口元にはうっすらと笑みを浮かべているようにさえ思える。
無論、“廻る運命の輪”が石動仁を破壊せずに捕獲するために手を抜いているというのがその最大の理由であろう。
だが変身機能にロックがかかり人間の姿に擬態している状態の石動仁が立ち上がり続けるのはルックズ星人の男にとっては理解の範疇を完全に超えていた。
「……あっ!」
ルックズ星人の口から思わず声が零れる。
今また仁の体は投げ飛ばされ、天井へと叩きつけられて天井を構成していた軽合金のパネルを大きく凹ませてから床へと落下してくるが驚嘆すべきは仁が投げ飛ばされるその直前にあった。
低重力下での格闘戦に対応するため、脚力のベクトルを前進方向へと大きく傾けるアンドロメダ拳法独特の低重心の突進、そして超低位置から繰り出されるアッパーカットに対して仁は極めて小さな体捌きによって僅かに体の向きをズラし、突き上げられる砲弾のような腕の手首を取っていたのだ。
天井へと仁が投げ飛ばされていたのは“廻る運命の輪”が投げ技を選択したというよりも、予想外の事態に慌てて自分の手首を掴む仁を振り払おうとしたが故の事である。
石動仁と“廻る運命の輪”。
同じ大アルカナであっても能力を最大限に発揮できる怪人態に変身した“廻る運命の輪”と、地球人の姿に擬態する事を主眼とし、各機構の作動に制限のかかる人間態の石動仁。
両者が発揮できる性能の差があったが故に仁は天井まで投げ飛ばされていたが、これが両者が同等の条件で戦っていたならばどうなっていたであろうか?
「へへっ……」
「……何がおかしい?」
またもや平然と立ち上がった仁は構えを取り、今度は確かに声を出して笑っていた。
その笑みを自身への侮蔑と受け取った“廻る運命の輪”が呆れたような声をあげるが、石動仁は逆に妙に人懐っこい笑顔で返す。
「いやなに、昔、両親に連れられていって観た映画を思い出してよ」
「こんな時に昔観た映画の話? アレか? 地球人がいう『走馬灯のように昔の思い出が……』って奴かい?」
「いや、そんなモンじゃねぇよ。青い狸型ロボットと眼鏡の男の子の映画でな、月に行ったそいつらが普通に歩いているだけでビョンビョン跳ねて苦労していたのを思い出したのさ」
「……!?」
思わず“廻る運命の輪”も兄へと顔を向けていた。
何故、石動仁がアンドロメダ拳法が想定している戦場を知っているのか?
兄へ問うように顔を向けた弟に言葉は無い。
だが兄の方も弟とまったく同じ理由で驚いていたがために弟が驚いている理由を察する事ができていた。
そして兄も言葉無く自分が教えたわけではないと首を横に振って答える。
「あん? 別にお前さんの拳法を見りゃわかるだろうがよ! もちろんお前がクソ真面目に練習してたって事もな! ん? アレ、もしかして改造人間ってオートで体を動かす機能とかあったりする?」
「……いや、この技は私が覚えたものだ」
仁へと向き直った“廻る運命の輪”の構えが変わる。
低い姿勢はそのままに、僅かながら構えが小さくなっていた。
だが、それ以上に大アルカナが纏う空気が変わっていたのだ。
それは戦意や殺気がこもったというよりかは、纏う空気、雰囲気が張りつめたものとなったような印象。
変身できない仁を昏倒させて捕えれば終わりだろうという仁の事を舐めた半ば弛緩した意識が、仁を敵として認識したためだろうか?
あるいは滅んでしまった移民船団での思い出を仁に土足で踏み入れられて汚されたとでも思ったのだろうか?
確か男が記憶する限りでは弟が拳法のレッスンを受ける事にしたのは船団でのレクリエーションが切っ掛けであったハズだ。
だが弟の学者としての気性がそうさせたのか、レッスンを受ける内に熱は入り、ベルサー星人の元で随分と生真面目にトレーニングを受けていたのは仁の言のとおりであった。
「ヘヘっ、そうかい、そうかい。おかしなモンだなぁ。お前の事ははっきり敵だって分かってんのにどうしても嬉しくてしょうがねぇ」
「……何がだよ?」
「広い宇宙にも俺らと同じようにゲンコツ鍛えて腕白盛りの奴らがいるって事がこんなに嬉しいとは思わなかったぜ。お前にその拳法を仕込んだナントカ星人ってのもお前と同じくらいは強ええのか?」
「安心しなよ。大アルカナとなった今の私の方が実力は上だ」
「そうかい!」
そこで仁の姿が消える。
少なくとも床に膝を付いたままただ両者の戦いを見守っていた男はそう感じた。
だが大アルカナのセンサーは敵の姿を見失う事なく瞬時に眼前へと飛び込んできていた仁の右拳を受け止めていた。
(…………ッ!?)
だが仁の全体重が乗せられた跳び前拳は300kgを超える“廻る運命の輪”の身体を小さくではあるが後ろへと揺らし、一気に拳を引いた仁は拳を掴まれる事なく次の一打へと移る。
「シャアッッッ!! オラアァァァッ!!!!」
右拳とともに仁の右半身は後ろへと引かれ、その反動、交換動作として仁の左拳は飛燕の速度を得た。
それは美しくはなかった。
空手のフォームからは大きく逸脱し、むしろ原始の闘法にさえ似ていた。
だが、であるからこそ仁の連撃は閃刃のように鋭く、そして重い。
「……かはっ!? こ、こいつ!?」
「いくぜぇ!! 地球の格闘技も覚えてってくれよ!!」
“廻る運命の輪”が石動仁に脳震盪を起こさせて捕縛しようとしていたのと同様、“廻る運命の輪”もまた脳は生身であり、脳震盪を起こさせる事ができるのだ。
跳びあがって顔面への前蹴り。
着地して両膝のバネを一気に伸ばして突き上げる上げ突き。
しっかりと地面を掴んだ軸足から繰り出される回し蹴り。
最後に再び左右の正拳を上段で“廻る運命の輪”の顔面へと叩き込む。
「ふうううぅぅぅ……、押ッッッ忍ッ!!」
一連の連撃は一瞬の出来事。
それでいて一連の動作には一切のフェイントが含まれていない。
左右の拳も前蹴りも回し蹴りもいずれもが仁にとっては本命。
石動仁という男の精神の発露。
速攻一気呵成の連打であった。
事実、石動仁はその迷いの無い速攻によって大学時代の空手道選手権において3連覇を成し遂げていたのだ。
ルックズ星人の男も石動仁のその経歴こそはデータとして知ってはいたが、実物を目にするのは初めての事である。
男がゼロと共に石動仁と合流した地下第三格納庫で彼がロボット軍団相手に見せていた技は石動仁の空手の片鱗にしか過ぎなかった事を理解せざるをえない。
「な、く、くそっ、調子に……」
「おっと、そいつはよろしくない」
連撃を受けた“廻る運命の輪”もそれで倒れる事は無かったものの、2歩3歩と後ろへとフラついていき、苛立ち紛れに手元へと自身の専用武装である時空間断裂砲を転送する。
だが全長3メートル近い大型の大砲である時空間断裂砲は威力こそ絶大であるものの、当然ながら身軽な相手との格闘戦で用いる物ではないのだ。
脳震盪の頭痛に耐え、ふらつく脳を電脳でなんとか補佐しながら背部に背負った円輪上の加速器にエネルギーを流すその僅かながら確実な隙を仁が見逃すわけがない。
石動仁としてもその長大な小さな電信柱を半分ほどにしたような巨大な筒は地球でいう所の大砲の類であるのは容易に想像できる事であったし、“廻る運命の輪”が背負う金色の円輪が白光に包まれていくのを見れば次に何が起こるか理解できるというもの。
再び“廻る運命の輪”の懐へと飛び込んだ仁は左手で巨大な砲身を脇へと押しのけながら両足を床に踏ん張って敵の顎下へとアッパーカットを叩き込む。
(これは……、私の想像通り、いや想像以上ではないか!!)
ルックズ星人の男にとってはARCANAのアジトから逃す大アルカナの候補者は限られた選択肢から選んだ取りうる限りにおいての最善の候補者として石動仁だったのだ。
だが、ルックズ星人も知らなかった。
石動仁が後に魔法少女プリティ☆キュートが姿を消したこの時代において「第二の最強ヒーロー」と称される逸材であったことに。
なんかアレよね。
なんで誠君は可愛いだけで大アルカナの候補者にされたんだろうね?
兄ちゃんのついでかな?




