EX-3-19 友よ見てくれ、この拳 2
『……ろ、おい……、目を覚ませッ!!』
俺の頭の中で世界さんが叫ぶ。
おかげで人の言う走馬灯の臨死体験のようについ先ほど階段ホールでの出来事を思い出していた俺も現実へと戻ってくる事ができていた。
だが俺の視界はオートフォーカスの機能がイカれたカメラのようにぼやけては焦点を結ぶのを繰り返していて、金属製のロボットを殴った時にも感じなかったリアルな痛み、それも脳震盪直後特有の鈍い痛みが俺の頭を支配している。
「どうした、石動仁? 立てよ。学者の生噛りの拳法は通用しないんだろ?」
気が付くと俺は格納庫の壁面に背中をもたれかけるような形で倒れていた。
軽合金のパネルで作られた壁面は俺の身体が叩きつけられた事で大きく凹み、革ジャンの牛革が焦げる嫌な臭いが立っている。
未だ脳震盪の余波でフラつく脳でなんとか肉体を制御して立ち上がろうとするも、足が生まれたての小鹿のようにフラついて、それでも俺は再び倒れこみそうになるのをこらえて何とか立ちあがる。
「……や、やるじゃないか」
敵の攻撃が見えなかったとは言いたくなかった。
事実、気が付いた時には脳震盪を起こしていた事から俺は“廻る運命の輪”に先ほどの意趣返しとばかりに頭部、あるいは顎先を殴られたのだと思っていたのだが、革ジャンに付いた拳大の焦げ跡から察するに胸板に拳を叩き込まれ、吹き飛ばされ壁面に叩きつけられた際に受け身を取る事ができずに後頭部を壁にぶつけ、その結果として脳震盪を起こしたのだ。
さすがは、というか聞きしに勝る大アルカナの戦闘力というべきだろう。
先ほどまでは紺色のウェットスーツ、あるいはボディタイツのような体に密着している薄い服だけを身に纏っていた“廻る運命の輪”であったが、「変身」の発生の後にブレスレットから生じた闇、そして闇を打ち消すように現れた光が晴れた時、奴の体は装甲に包まれていた。
その姿はまるで仏像を、中でも優雅さすら感じさせる観音像を思わせる。
“廻る運命の輪”の銘の由来か、背には金色に輝く光輪を背負い、女性的な印象すら受ける細い胴に長い脚。
だが反面、地球人はおろかルックズ星人としても異様に長い腕部は直立した状態でも膝下にまで届くほどで、そのスラリとしたシルエットからはかけ離れた歪さを感じさせる。
その長い腕よりもさらに威圧感を放つのが艶の無い黒い装甲色で、俺は黒い観音像を連想していた。
マトモな仏像、たとえば有名な千手観音像の腕があれほど多いのは、あまねく全ての衆生をその腕で救い上げるという決意の表れだというが、黒い観音像“廻る運命の輪”の長い腕もまたあまねく全ての衆生へと向けられる物なのだろう。
ただし、“廻る運命の輪”がもたらすのは救いではなく破壊であろう事は間違いない。
少なくとも奴の側頭部で赤く光る2つの小さなカメラアイに込められた敵意が剣呑な物であり、それが今現在、俺へと向けられている事だけは確かだ。
「……気を付けろ。弟のあの長い腕はかつて私たちの仲間だったベルサー星人を模したもの。そしてベルサー星人は宇宙屈指の格闘巧者として知られた存在。弟にアンドロメダ拳法を授けたのもベルサー星人だ」
「けっ! 師匠の技で仲間たちの仇を討つために戦うか……、嫌いじゃないぜ、そういうの」
未だ床の上に膝を付いたままのイっ君が俺へと警戒を促してくるが、そんな事を言われるまでもなく俺は今までに感じた事のないようなヤバさに精神をすり減らしていた。
軽口を叩いて見せるものの、ギリリと噛みしめた奥歯の音を聞かれて焦りを悟られるのではないかと気が気でないくらいだ。
オーソドックスに体を半身に開き中段に構えるべきか?
違う。
普通に構えたところで、そのまま普通にやられてしまうのがオチだろう。
沖縄式に三戦で敵の攻撃を確実に捌いてカウンターを狙うか?
駄目だ。
三戦のような小さな構えで大アルカナのパワーが捌ききれるか!
ならば……。
「へえ……? 地球人のフレームでそんな構えを取ってどうすんのさ?」
「へへっ……。どうするって、試してみろよ?」
俺が取っていたのは両足を大きく広げて、両膝に腰を大きく落とした構え。
空手でいうところの“四股立ち”だ。
奴が変身する前に繰り出してきた超低姿勢からの突進、突き上げるようなアッパーカット。
アレもアンドロメダ拳法特有の技だとするならば、拳法に適した体を奴が手に入れた今、次のアンドロメダ拳法を防ぐにはそれに特化した技が必要だという判断。
「ふふふ、石動仁、君の狙いは分かっているよ。でも無意味さ……」
奴が強い前傾姿勢を取る。
足の指先だけで倒れそうになる体を支え、四足獣に似たシルエットになりながらも手は床につく事はなく自由なまま。
さらに奴が背負う金色の円輪の外縁部に側頭部に付いている物と同じ赤い輝きを見つけて思わず俺は唾を飲み込む。
円輪のカメラはレールに沿って可動して死角を生じないようにしているのは一目瞭然。
横に飛んで突進から逃れようとしてもすぐに奴は察知してしまうだろう。
次の瞬間、奴の姿が消えた。
「……ッ!?」
地球人の格闘技の中でも屈指の低姿勢を誇る四股立ち、そこから肘を支点に内小手で払うようにする下段受けで奴がいた場所から俺を結ぶ直線上の軌道を防御しながら横へとステップするように跳ぶ。
狙いは的中。
だが奴の突き上げるような腕は受ける事に成功するものの、そのまま払う事はできず、そのまま俺は弾き飛ばされて再び壁面へと叩きつけられていた。
「……か、がはッ!?」
今度は奴の攻撃が直撃したわけじゃあない。
むしろ俺が自分で跳んでいた事もあって、いくらかではあるが奴が振るった長い腕のエネルギーは殺せていたハズだ。
その証拠に叩きつけられた壁面は先ほどと違ってあまり大きくは凹んでいない。
壁面へと激突する瞬間に顎を引いて受け身を取る事にも成功、後頭部をぶつけるという事もなかった。
だが体を伝わる衝撃自体が脳を揺らして、短時間で2度も揺らされた俺に残された生身の部分は赤信号を出していた。
「安心しなよ、石動仁。殺しはしないさ。君はARCANAの大アルカナとして働いてもらわなきゃいけないんだ」
「だ、誰が……!!」
「それに君が倒れれば、いい加減に兄者も諦めてくれるだろうしね!」
今回の会話で出てきたベルサー星人は前にZIZOUちゃんトコの寺で大天使とプロレスやってやられた人。




