表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
番外編3 The beginning
524/545

EX-3-18 友よ見てくれ、この拳 1

 時系列は前後する。

 俺がゼロ君に手を引かれて格納庫脇の階段ホールへと連れていかれた時の事。


 機器の整備のためか眩いくらいに照明の焚かれていた格納庫とは違い、階段ホールは電灯も少なく仄暗いコンクリートの打ちっぱなしの場所だった。


 ARCANAのアジトはどうも改造人間基準で設計されているらしく、ただの人間であれば足元を見るのも苦労するほど、先ほどまで格納庫の明るさに目が慣れていれば猶更だろう。


 俺はすでに改造人間にされてしまった身の上、カメラが切り替わったような感覚もなくシームレスに視界が暗所に適応してくれていたがために不便はない。


 だが、それでも俺は自分自身が暗い場所へと移った事も理解していた。


 それがまるで俺の未来を暗示しているようでギョっとさせられたのだ。


「……なあ、ゼロ君は本当にこれでいいのか?」

「…………」

「世界さんも、イっ君1人を置いて俺たちだけが逃げて……、それで良いと思うか?」


 俺たちが通った後に格納庫と階段ホールとを隔てるブ厚い防火扉は世界さんの遠隔操作によって締め切られ、それでも冷たい鋼鉄の扉を震わして聞こえてくる重低音により俺たちがさっきまでいた格納庫で戦闘が始まった事が嫌が応にも突き付けられた。


 格納庫に残るはイっ君ただ1人。


 そして敵は数えきれないほどのロボット軍団に大アルカナの1体である“廻る運命の輪”。


 イっ君が高い知能に身体能力を持つ異星人といえど、“廻る運命の輪”がイっ君と同じルックズ星人である以上は知能で出し抜く事は難しいであろうし、イっ君の攻防一体のボディーアーマーがいかに優れた物であったとしても大アルカナにどこまで対抗できるかははなはだ心もとない。


 彼を残していくのが彼の計画であり彼の指示であったとしても、また俺たちに大アルカナに対抗できる手段がないとはいえ、イっ君を1人、殿に残して行くことは彼を見殺しにする事に等しい事を俺も世界さんもゼロ君も、そして栞奈ちゃんですらも理解していた。


 その証拠に栞奈ちゃんは力なくゼロ君に手を引かれる俺のさらに後ろをのろのろと歩いていて、ゼロ君の俺の腕を掴む手も震えているのだ。


『仁、ゼロの気持ちも考えてやってくれよ。頼むよ。なあ……』

「だから世界さんはどうなんだよッ!?」

『いいわけないだろうッ!? 博士を……、博士に世話になった私たちが……、博士をたった1人で……、そんなのいいわけがない』


 世界さんの声が僅かに震え、紡ぐ言葉の抑揚も滅茶苦茶になる。

 脳味噌だけにされ、生体部品としてミサイルのカプセルに入れられてしまっている世界さんには泣く事もできず、涙を流す事もできず、ただそうする事だけが彼女の感情を表現する術だった。


『博士は脳味噌だけになった私に、自分1人じゃ暇潰しすらできなくなった私に目をかけて色々と話をしてくれていたんだ。宇宙の話、自分が生まれ育った移民船団の話、そして私が好きだった数学の話……』

「お、オデも……」


 俺の脳内へと話しかけてきている世界さんの言葉は同時にゼロ君の脳内へも送信されているらしく、世界さんがイっ君との思いでを語りだすと彼の足が止まる。


「オデも博士からいっぱい教えてもらった! ARCANAの奴らは移植手術が失敗したとかってオデの事を馬鹿にして、洗脳処置すらする事がなかったっていうのに、博士はそんな事を気にしないで色々な事を教えてくれたよ。学校の先生もオデの答案用紙に計算過程が書かれていないからってカンニングを疑ってきたっていうのに、博士はそれが俺の才能なんだって褒めてくれたんだ……」


 イっ君の話では世界さん、ゼロ君ともに地球人には珍しい素質を持つらしい。


 空間認識能力とか言ったか、その能力は2人に高い数学的素養を与えたがゼロ君の話からすると地球の一般的な教師では彼の才能を見抜く事ができなかったようだ。


 教師の卵である俺としては耳の痛い話ではあるが、学校教育の限界という奴かもしれない。


 数学のテストの回答を見る時、教師は答えだけではなく、その計算過程をも見る。だが生徒が何を思って書いたかは答案用紙から窺い知ることはできても、何を思って書かなかったかまでは理解する事はできないのだ。


 単純な四則演算の計算過程を答案に書く事を省く事は何を思う事なく認めても、複雑な公式や方程式の計算過程が省かれる事を一切認めないのが学校のテストである。

 例えゼロ君にとって微分積分が九九とたいして変わらない難易度であったとしてもだ。


 そのゼロ君の才能を認める事ができたのはイっ君と同じ才能を持つ世界さんだけ。

 そしてイっ君の作った問題を通して彼の才能を理解したARCANAの連中。だがARCANAの連中は移植手術の失敗によりゼロ君の知能が低下してしまったとして彼に“番号無し”の“愚者”の名を与え軽んじてきたのだという。


 ゼロ君が“愚者”の肉体に移植された後も洗脳処置が行われなかったという事はどれだけ彼が軽んじられてきたか窺い知ることができる。


 そのゼロ君にとってイっ君を失うという事がどれほど辛い事なのかは想像するにあまりある。


「でも、でも! でも!! でも博士が言っていたんだ!! ARCANAの奴らと戦えるのは石動仁だけだって!! だからオデはぁ!!」


 ゼロ君は自分でも納得しきれない気持ちを振り払おうと俺の手首を掴んでいた手を離してコンクリートの壁を殴りつけた。


 彼の拳によって壁面には30cmほどの深さの穴が生じ、その大馬力を受け止めた階段にも夥しい亀裂が走っていく。


 悔しいだろう。

 これほどの力を手にしたとて、制式版の大アルカナには歯が立たないというのだ。

 他の誰かの言葉ならば無視する事もできただろうが、自らの才能を唯一見抜いてくれたイっ君がそう言うのだ。

 だから彼はその言葉を信じるしかない。


『仁、頼む。これ以上ゼロを苦しめないでやってくれ。君の言葉は道義的に間違ってはいないし、心情的にも縋り付きたくなるような物だ。だが正しくはないんだ。君の言葉は私たちにとっては『悪魔の囁き』そのものだよ。君だって弟さんを助けに行かなきゃいけないんだろ? なら、ここは……』

「それだよ。確かに俺は誠を助ける。でも俺は誠に自分のせいで俺がダチを見捨てただなんて思ってほしくはないんだ」


 仮に誠を助け出した後で、今日の話をしたとしよう。

 たとえここでどんな苦しいギリギリの戦いをしたとして、ウチの弟は「は? 僕の事を放っといて何してたの?」とは言わないだろう。むしろ誠の事だから「はあ? やっぱウチの兄ちゃんって凄ぇなぁ!」くらい言ってくれるだろう。弟の呆れたような、それでいて俺の事を褒めたたえるような笑顔が思い浮かぶようだ。


 かえって自分のせいで俺たちが誰かの事を見捨てただなんて知ったら、そっちの方がよほど気にするのではないか。


「俺は誠の事も助ける。でもイっ君だって助けたい。ゼロ君、世界さんだってそうだろう?」

「…………」

「……あ、あの!」


 揺れるゼロ君の事を後押しするように今まで黙って俺たちの話を聞いていた栞奈ちゃんが口を挟む。


「私のパパの知り合いの木村さんが言っていました。人の命に関する後悔はけして薄れる事はないって、たとえどれほど時が流れたとしても、その何倍もの人の命を救ったとしても」


 栞奈ちゃんのパパとか、そのパパの知り合いの木村さんって誰だよ? というツッコミはさておき、ゼロ君も世界さんもこうまで思い悩んでいるのだ。

 実際にイっ君が死んでしまえば、2人の心にどれほどの傷を残すかは俺の想像以上だろう。


 だが、今ならばまだ彼を助けに行けるのだ。

 故郷を無くし、見ず知らずといっていいような地球で一人孤独に戦う彼を。

 移民船団とルックズ星人の誇りに彼自身の良心を背負って潰されそうになり、たった1人残った弟に命を狙われている哀れな異星人。

 今ならまだ助けられる。


「こういう手はどうでしょう?」

「栞奈ちゃん、何か策が……?」

「無いよりマシ、博士を見殺しにすれば50%の確率で逃げられる所を5%の確率で皆で逃げられるようになる程度のものですが……」

 ………………

 …………

 ……


 栞奈ちゃんの作戦は本当に思い付きの域を出ない、しかも希望的観測を多分に含む物。

 俺たち各人の行動が上手くいくという事に加えて、敵が俺たちにとって好ましい行動を取ってくれたらワンチャンいけるという作戦と呼ぶのも憚られるもの。

 第一、策を立てた栞奈ちゃんは世界さんやイっ君があれほど恐れていた大アルカナの本当の戦闘能力を知りもしないのだ。


 だが、それでも俺にゼロ君、世界さんまでもが縋り付きたくなるような、そんな作戦だった。


「どう思う、世界さん?」

『少し黙っててくれ、色々と細工に忙しいんだ』


 すでに細工を始めているという事は世界さんもこの作戦に乗り気という事。


「んじゃ、ゼロ君は?」

「うん。頑張る」


 腋を締めて大きな拳を握りしめた小さなガッツポーズに俺も思わず笑みが零れる。


「オーケー! その意気だ!!」

「なあ、仁……」

「うん?」

「博士の事、頼む……」


 ゼロ君の大きな顔に付いたガラス玉のように小さな2つの瞳が俺にまっすぐ向けられていた。

 作戦上の事とはいえ、自分の恩人であり「博士、博士」と慕うイっ君の事を俺に任せなければならない彼の心情を察して俺はわざとらしいくらいの笑顔を作ってサムズアップで答える。


「任せとけっての! イっ君の事は付き合いは短けぇけどダチだと思ってるし、ダチの頼みでもあるしな!」

「うん? オデもダチ?」

「嫌か?」

「いや、良い。オデと仁はトモダチ、なら俺も仁の弟を助けるの、手伝う!!」

「そりゃ頼もしい!」


 ゼロ君の見てくれは一般的な地球人とはかけ離れたものだけど、ウチの弟の誠は情に脆いところとドライなところと両方あるし、俺が世話になった相手となれば見てくれなんか気にしないのではないだろうか。

 案外、ゼロ君と誠も友達になれるかもしれない。


 か細いが確かな希望が俺たちの胸中に芽生えていた。

木村さんと言えばH市の災害対策室長。

な~んで栞奈ちゃんのパパは木村さんと知り合いなんでしょうかねぇ……(伏線)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ