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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
番外編3 The beginning
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EX-3-17 弟にとって兄は

 俺は自分の身体がまるで一つの嵐になったかのように感じていた。


 イっ君が俺たちを無事にこのアジトから脱出させるために自分を犠牲にしようとしているのは分かっている。

 俺だってARCANAとかいうわけの分からん連中に脳味噌弄り回されて好き勝手使われるだなんて御免だ。

 栞奈ちゃんやゼロ君の事も無事にこのアジトから安全な場所へと逃がさなくてはいけないという事も分かっている。

 第一、弟の誠がまだ生きているのなら俺はこんな所で終わるわけにはいかないのだ。


 そんな事は百も承知。

 だというのに、それなのに俺はイっ君の事をただ1人置いて行くことができなかったのだ。


「馬鹿げてんだろッ!! お前ら、せっかく生き残った最後のルックズ星人なんだろ!? なんでその2人の兄弟が殺し合わなきゃいけねぇんだ!!」


 次から次へとロボットどもを蹴散らしながら、俺は叫ぶ。


 その一方で自分自身、馬鹿なのは俺の方なのだろうという自嘲が心の奥底で湧き上がるが、自分自身の事、自分自身で考えた事だというのにそれを認めたくない俺はその憂さを晴らすかのようにただロボットに拳をぶつけ脚を振るっていた。


 やるせなさに固く握りしめられた拳はロボットの曲面装甲をものともせずに陥没させ、手刀は人の骨格を模したロボのフレームは容易く破断させる。

 そして俺の蹴りはロボットの膝や肘などの関節を一撃で砕き、回し蹴りはロボットの首をゴルフのティーショットのように撥ね飛ばしていた。

 中拳(中華式拳法)式の飛び上がって大きく脚を回す旋風脚は詰め寄ってくるロボットを2、3体まとめて吹き飛ばす事すらやってのける。


 だが、それでも俺の気が晴れるという事は無い。


「何のつもりだい? 石動仁」

「……うるせぇ」


 自分でも説明の付かない激情に突き動かされるままロボットを倒し続け、ついに俺の前を塞ぐ一段は全てスクラップに変える事に成功する。


 7歩か、8歩ほど先には腕を捻りあげられて右腕からダラダラと紫色の血液を流しているイっ君に、彼の背後に立つウェットスーツのような体に密着している服を着た1人のルックズ星人。

 その2人の後ろにもまだ何体かロボットが残っているが、すでに俺の注意は軽装のルックズ星人へばかり向けられていた。


「これは僕たち兄弟の問題なんだ。地球人は邪魔しないでくれるかな? 遊んでほしいなら上の階に“教皇”と“女教皇”がいるって言っただろ? とっとと行きなよ」

「うるせえよ。俺たちのダチをそうボコスカやられて黙ってられるか」

「……何故、もどってきた?」

「イっ君よ。地球人もアンタに守られるだけじゃねぇってこった」


 2人のルックズ星人の兄弟がめいめいに俺に向かって非難の言葉をぶつけてくる。


 弟の方、“廻る運命の輪”はイっ君に向けていた愛憎入り混じった声ではなく、俺に対してはただただ邪魔な物、面倒な物を払うかのように興味なさげな乾いた声を。

 兄の方、イっ君は自分の計画をブチ壊しにされた事で恨みがましい湿った声を向けてきたいた。


 もっとも、俺からすれば兄弟が2人で殺し合うさまを見せつけられるよりかは2人揃って俺にブーたれているのを見ている方がよほど好ましい。


「アンタが犠牲になってそれで俺たちは逃げられました? それでアンタはいいだろうけどよ、俺たち地球人は馬鹿だからそれじゃ納得いかねぇんだわ!!」

「なっ……!?」

「第一よ。アンタが犠牲になって、それでゼロ君に世界さんは何て思うか考えた事はあるか?」

「1人が犠牲になって残りの者が逃げられればそれでいいではないか!?」


 確かにそれが合理的だとは思う。

 俺だってそう思う。


 多分、俺も自分がイっ君と同じ立場で、誠が今の俺と同じ立場ならば間違いなくそうするだろう。

 そして誠が俺と同じ立場なら、なんだかんだ言いながら、それでもアイツはアイツで意外とドライなとこがあるから結局は俺の意思を組んですんなり脱出するのではないかと思う。


 でも俺は戻ってきた。


 誠は助け出さなければならない。

 ゼロ君と栞奈ちゃんを連れてこのアジトからとっとと脱出しなければならない。

 俺だって捕まりたくはない。


 だが、それでも俺はイっ君の事も助けたいのだ。


 矛盾しているだろうか?

 明確な矛盾ではなくとも、相反する要素ではあるのだろう。


 それでも俺は自分が間違っているとは思えなかった。


「で、地球人の君が僕たちの兄弟喧嘩に口を挟みに来たって事かい?」

「……いや」


 俺の身体は俺の意識がそうさせるよりも先に反応していた。


 それは脳味噌が移植された作り物の身体に持たされた機能ではない。

 俺の脳が意識よりも先に体を動かしていたのだ。


 1歩ずつ“廻る運命の輪”へと近づいていき、あと2歩という距離まで詰めた時、奴の体は跳ね、俺がいた位置に向けて鋭い突きを放っていたのだ。


 その低い軌道でこちらへ飛び込んでくる動きの起こりを俺の目は捉え、小文字の「y」を描くような形で脚は動いて半身になって、その反動を使って飛び込んでくるルックズ星人の顔面へと拳を叩き込んでいたのだ。


「……口を出しに来たんじゃねぇ。手を出しに来たんだ」

「この野郎。調子に乗りやがって!」


 さすがは大アルカナという事なのか。

 これまで散々にロボットを打ち倒してきた俺の拳をもろに受けても“廻る運命の輪”は倒れるという事はない。


 一瞬だけふらついたように見えたものの、足取りはしっかりとしたまま、そのままバックステップで俺から距離をとって殴られた顎先を撫でていた。


 のっぺらぼうのような顔から確かに殺意のこもった視線を感じるものの、むしろ俺にとっては自分が何をすべきかなどというまどろっこしい話よりも分かり易い展開は大助かり。


「いかん! 石動仁、逃げるんだッ!!」

「イっ君、怪我してんだろ? 大人しくしてなよ。ま、弟さんにも怪我させちまうかもしれねぇが少しくらいは勘弁な!」


 負傷のせいかイっ君は立ち上がる事すら困難なようで、起き上がろうとしてそのまま床に顔面から突っ込み、それでも体を起こして俺へ逃げるように促してくる。

 良く見ると血塗れの右腕の他にも、左腕の手首の辺りもボディーアーマーが砕けていて手を震わしているあたり左腕の方も使えないのだろう。


 それでも自分の事よりも俺の事を考えてくれるあたり、彼は異星人らしく人間離れしていて、それでいながら地球人よりもよっぽど人間らしい人なのだろう。


「なあ、アンタにとって自分の兄貴ってのはどういう存在だったんだ?」

「お前ら地球人に絆されて私を裏切るまでは自慢の兄だったよ。その自慢の兄者を取り戻すんだ。邪魔しないでくれよ」

「断る! 俺も弟にとって自慢の兄貴でありたいんだな」

「……そう、かいッッッ!!」


 再び“廻る運命の輪”が跳ぶ。


 先ほどよりも大きく姿勢を落とした突進は地球式の格闘技には無いもの、強いて言えばレスリングのタックルに近いのかもしれないが、レスリングのように体重を乗せたタックルでそのまま押し倒していくような動きではない。

 異様な前傾姿勢で跳んだまま、足の指先だけで床を蹴ってさらに加速、そのまま腕を振り上げる。


「アンドロメダ拳法だッ、地球人!!」

「ふんッッッ!!!!」


 そのナントカ拳法とやらは知らないが、低い姿勢で突っ込んできて、俺の懐で飛び上がりながら腕を回して先ほどのお返しとばかりに俺の顎を狙うアッパーカットは十分に対処可能なものだった。


「あっ……、回し受け……!?」


 弟の代わりにイっ君が驚愕の声を上げる。


 俺の小さな構えに両手を回す受けによって“廻る運命の輪”の異星人の身体能力を活かした異様に低い位置からの強烈なアッパーカットはしっかりと捌かれていたのだ。


 そしてアッパーカットを捌いてしまえば、俺の間合いに無防備ののっぺらぼうの顔がある。


 左の正拳は胸板へ。

 右の正拳は再び顔面へ。


 俺の連撃を受けて“廻る運命の輪”は床を転がっていく。


「そう。空手家にとってはレスリングも柔道もカポエイラもサンボもボクシングもすでに返し技が確立しているんだ。アンタら学者先生が付け焼刃の技を出したところで無意味!」


 “廻る運命の輪”が仕掛けてきた超低姿勢の突進からのカエル跳びにも似た突き上げるアッパーカットは確かに見た事のない技ではあった。


 だが低姿勢のという意味ではレスリングのタックルに似ていて、俺の間合いのさらに内へと飛び込んでくる戦法となれば柔道にサンボで経験がある。

 さらに顎先を狙うアッパーカットはボクサーを相手にした時の経験が活きるし、そのアッパーの大きな軌道はカポエイラの技にも似ていた。


 故に初見でも十分に対処可能。

 そもそも俺も“廻る運命の輪”も同じ技術で作られたボディーに脳を移植された改造人間ならば、狙うのは唯一残された生身の部分である脳が収められている頭部、中でも顎なんかは定番中のド定番。


 学者先生らしく最適解を狙ったつもりだろうが残念! フェイントも無しに空手家の急所を狙って当てられるわけがない。つまりは最も正解からほど遠い場所と言ってもいい。


「どうだい? ちょっとくらい怪我しておいたら兄貴を逃がしてもお仲間に申し訳も立つんじゃないか? アンタももう気付いてるんだろ?」

「……気付いてるって、何が?」

「アンタと兄貴、すでに道は分かれているって事に。だからといって兄弟で殺し合うのも違うだろう?」


 “廻る運命の輪”はゆっくりと立ち上がり、右手首のブレスレットへと手を添える。

 また性懲りもなくロボットどもをけしかけてくるつもりだろうか? 

 もしかすると脳震盪のような症状が落ち着くまでロボットたちで時間稼ぎをするつもりなのかもしれない。


 まだ俺は楽観的に考えていたが、そこでイっ君が今までになかったような張りつめた声を上げて俺に注意を促す。


「仁ッ、下がれ! 退くんだッ!!」

「えっ?」


 “廻る運命の輪”がブレスレットの表面を撫でるように操作するもロボットたちは動かない。

 代わりにブレスレットから闇が広がっていき、その闇は“廻る運命の輪”の身体をゆっくりと包んでいく。


「……変身ッ!!」

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