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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
番外編3 The beginning
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EX-3-16 この惑星で兄は空を見た、弟は地の底を見た 後編

 地球人とルックズ星人。

 血の色は違えども肉体から大量の血液が失われるという事の意味はまるで変わらない。


 いや、むしろ神経組織を通じた電気信号によって筋組織を収縮させるヒューマノイド種とは違い、体液の操作によって筋組織を可動させるルックズ星人の肉体メカニズムの方が大量出血に対して弱いという事もできるだろう。


 だが男は止まらない。


 すでに右腕を動かす事はできないのか、紫の血が滴る腕をぶらりと下げたまま急激な出血によるショックのためか足元をふらつかせ、それでも倒れるという事は無かった。


 半ば朦朧としかけた意識のまま、当座の難敵であった大型ロボットを撃破した事で左手の防御フィールドを解除し、腰部のレールガンへと手を伸ばして新たに迫りつつある尖兵ロボットの一団へと銃口を向ける。


 だが……。


「もう興ざめだよ……」

「……チィっ!?」


 いつの間にやら背後ににじり寄っていた弟が男の左手首を掴んでいたがために銃弾はロボットたちへと届く事はなく、あらぬ方向の壁へと命中して火花を飛び散らせていた。


 そのまま弟は兄の手首を捻り上げていき、手首に肘はおろか肩までもが悲鳴を上げ始める。

 無論、男もただなすがままにされているわけではないのだが、パワードスーツのパワーと質量を乗せたローキックも弟の膝を砕く事はできず、腹部へ渾身の膝蹴りを叩き込んでも万力のように男の手首を捻り上げる弟の力が緩むという事はない。


「ええ! どうだい!? 兄者も僕たちの仲間のための復讐に手を貸すと言いなよ?」

「……ぐぅッ!? こ、断るッ!」


 そのまま弟は捻り上げた兄の手を上手く操作して跪かせた。


「ハハハ! そうやって強情言ってても私の手を振り払う事すらできないじゃないか!!」


 事実、男もなんとか弟の手を振り払おうとするものの、重量級のパワードスーツに仕込まれたモーター類をフル稼働させても改造人間と化した弟の拘束はびくともしないのだ。

 それどころか過負荷を掛け続けた事によって、周囲には焦げ臭い匂いが漂いだしていた。


 後いくらか、そう長くもない内にパワードスーツのモーターは焼き付いて使い物にならなくなってしまう事は明白。


 対して弟の方はというと、フラッグス移民船団の技術で作られたパワードスーツの力をものともせず、跪かせた兄の顔をおちょくるように覗き込む余裕があるほど。


 高い技術力で宇宙にその名を轟かせたフラッグス移民船団のパワードスーツが、未開の原始人も同然とされる地球製の改造人間に能力で圧倒されるなど本来はありえない事である。

 そうとしか言いようがない。


 なのに大アルカナとなった弟は怪人態を取らずとも故郷の技術力を圧倒する能力を有していたのだ。


「なあ? 詰まらない意地なんて張るのは止めときなよ? “皇帝”にごめんなさいして2人でARCANAの地球征服に手を貸し、その後で香川県民どもに復讐してやろうじゃあないか!?」

「つ、詰まらないだと……?」


 小手返し式に捻り上げられ、床に両膝を付けられた状態で兄は身動き取れない状態。

 仮にスーツのロケットエンジンを吹かして拘束から逃れようとしても、その直前で手首に肘、肩の関節は完全に破壊されてしまうだろう。


 だが、それでも男は僅かな光明を、糸のように細い道筋を見いだせていたのだった。


 裏切者の兄を粛清すると称して石動仁にゼロ、佐々木栞奈を先に行かせたのも、ようするにこうやってじっくりと時間をかけて兄を屈服させて心変わりを待つつもりであったのだ。


「こうやって香川県民どもを跪かせてさぁ! 奴らの口にスパゲティを、フェットチーネを、カッペリーニを詰め込んでやるんだ! どうだい? わくわくしてこないかい?」

「い、いや香川の人だってパスタくらい食べるだろ……。パスタ屋がやりたいならアンドロメダにでも行けッ……」


 意気揚々と弟が捻り上げた手首を動かす度に男に激痛が走るがただ今は耐える。

 それだけが男に残された唯一の抵抗手段であった。


 上階へと言った石動仁たちの事は“教皇”“女教皇”が待ち構えているだろうが、石動仁とゼロが協力すれば勝利する事はできないまでも出し抜いてこのアジトから脱出する事はできるのではないだろうか?


 石動仁には機能制限により変身機能にロックがかかっているが、彼の空手の実力は男の想像以上。

 そしてARCANAの連中は移植手術の失敗により、ゼロの知能が低下してしまっていると彼の事を軽んじていたが、彼の真価をARCANAの奴らはまだ知らないのだ。


 ならば“教皇”“女教皇”の2体を一度だけならば出し抜いて逃走する事だって十分に可能だろう。


 そのためには自分が弟を引き付けておかなければならない。


 もはや武器を振るう事はできなくとも、それでも拷問じみた関節技で愉悦に浸る弟をこの場に引き留めておく事こそが自分にできる戦いなのだと男は魂を震わせる。


 手首を捻りあげられて跪かされ身動き取れない状態に追い込まれたと思えば自分が拘束されているのだろうが、弟をこの場から動かさないと思えば逆に男が弟を拘束しているとも考える事ができた。


「第一、先に地球を侵略するための部隊を降下させたのは我々が先だったのだ。その事実は変わらん、たとえどんなやむにやまれぬ事情があったとしてもだ」

「移民船団の皆がそんな悪逆非道の連中ではなかった事くらい兄者だって知っているだろう!? オーストラリアの土地を求めたとはいってもそれはあくまで一時的な話、疫病を克服したならば十分に補償をして船団は地球を後にしていたハズさ!」


 弟を刺激してとどめを刺す事を決意させてはならない。

 いや、自らの命などドブに捨てても構わないが、弟は自分を殺したならば上階へと上がって石動仁たちの捕縛に手を貸すだろう。

 そうなれば“教皇”“女教皇”、そして弟に仁たちは挟撃されかねないのだ。

 それだけは避けなければならない。


「お、移民船団の者たちが船団のために命を捨てる覚悟で地球に降下したように、香川の者たちもオーストラリアの小麦を守るために必死だったのだ! お前が復讐しようとしている香川の人達は移民船団の者たちと同様、人を愛する事のできる人間だと何故、気が付かない!?」

「なら兄者は何なのさ!? 良心だ良識だに固執して、何故、仲間たちの仇を取ってやろうとしない!? なのに地球人のガキどもにほだされてさッ!!」

「ぐがッ!?」


 肘の関節が砕ける鈍いような、それでいて甲高い音とともこれまで以上の激痛が男を苛む。


「あの子たちは希望だ」

「希望などもう無いッッッ!!」

「希望はまだあるっ!! もう移民船団は無い、だがあの子たちは我々が、移民船団が育んできた知識を託す事ができる希望なのだ。あの子たちがいればついぞ安住の地を手に入れられなかった移民船団の事もその知識とともに語り継いでいってもらう事もできるだろう」


 男の言葉はあくまで時間稼ぎの物。

 ARCANAの洗脳方式は対象者が持つエゴや執着心を巧妙に利用してARCANAに都合の良い存在へと仕立て上げる方式の物である以上、大アルカナとなった弟に自分の言葉が届くとは思えない。


 それでもどうしても弟に伝えておきたかった言葉でもある。


「お前は良いのか? フラッグス移民船団が最後を迎えたこの地で薄汚い侵略者として、ルックズ星人がARCANAに与した侵略者の残党として語り継がれていっても!?」

「汚名を着せられて恥じるべき相手はもういないだろッ!!」


 肘に続いて今度は手首。

 大アルカナの超握力は男の手首を無残にも完膚なきまでに砕いていた。


 男はただただ悲しかった。

 弟に自らの言葉が通じなかった事だけではない。


 弟が悪の道へと自ら堕ちていったというのに、だというのに堕ちていった先でも微塵も光を見いだせていないのだ。


「……お前は私と2人、地球へ降下した時に何を感じたのだ?」

「まるで生きたまま地獄へと落ちていくような感覚だったよ。兄者は?」

「ガス星雲の中、心細い心境で宇宙船のカメラ越しに明るく光る星を探すような、そんな感覚だったよ。そして私が見つけたのがゼロ君と“世界”君、そして石動仁なのだ……」


 ふと男の脳裏に地球で暮らす自分の姿が夢想されてきた。


 ARCANAのアジトのような暗がりの穴倉ではない。テレビで見るような明るい地球の一般的なオフィスのような事務所に自分がいて、地球式の椅子に腰かけてパソコンに向かい合っている。


 佐々木栞奈が逃走中に言っていたヒーローチームの話が意外と自分でも気にいっていたのだろうか?


 そこには自分の他に石動仁とゼロもいて、大学帰りらしい佐々木栞奈も遊びに来ていたようだ。

 さらに新しい義体に脳を移植した“世界”に石動仁の弟である石動誠、さらには自分の弟もその場にいて、どこからかの通報によって仁、ゼロ、“世界”、誠、そして弟の5人は出動していく。

 もちろん彼らのサポートを務めるのは自分だ。


 そんな明るい未来もどこかにはあったのかもしれない。

 あくまでこれは夢想、妄想に過ぎないのは分かっている。


 それでも弟にはこの妄想のような明るい未来を夢見る事ができないと思えばただ悲しい。

 手首や肘の激痛などこの虚しさ、悲しさに比べれば気にするほどの事でもようにすら思えるほどだ。


「……お前は香川県民を絶滅させた後でどうする?」

「そんな事、今は考えられないよ。毎日寝る前に考えるんだ。奴らさえいなければ今頃は私たちは今頃、地球を離れていつも通りの生活にいたんじゃないかってね。……もう兄者の決意は分かったよ」


 不意に男の手首を掴んでいた握力が消える。

 無論、弟が自分を解放するつもりではない事は分かっている。

 恐らくは数秒後に降ってくる弟の握りしめられた拳によって自分は命を落とす事になるであろう。


 だが、その時、格納庫中に怒声が響き渡る。


「そこまでだッ!! ええ? そこまでやりゃあ十分だろうがよッ!?」

「なっ……、なんで……!?」


 2人のルックズ星人を取り囲むようにしている尖兵ロボットたちの集団によって姿は見えない。

 だが、怒りとやるせなさに満ちたその声はゼロと佐々木栞奈とともに上階へと行ったハズの石動仁のものであった。

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