EX-3-14
俺はどれほどの時間、思考停止した状態でいたのだろうか?
いや、実際にただ立ち尽くしていたのは数秒といったところだろう。
だがゼロ君に手を引かれた事で俺は我を取り戻し、“廻る運命の輪”と奴の指揮下にある無数のロボット軍団を目の前にして茫然としてしまっていた事に焦りを隠す事ができなかった。
両親とともに死んだと思っていた弟の誠がまだ生きているというのはそれほど俺にとって衝撃的な事実であったのだ。
思えば両親がロボットどもの短機関銃に撃たれて赤い花が咲いたのは目にしていたのだが、そういえば誠が死ぬところを見たわけではなかった。
最初はお袋を庇おうとした親父が撃たれ。
それで逆上して冷静さを失ったお袋も倒れ。
そして俺もテーザーガンで昏倒させられていたのだ。
俺が両親とは違い、テーザーガンの高電圧で気絶させられたのは今から思えば改造人間として俺の脳を利用するつもりだったから殺すわけにはいかなかったのだろうと世界さんの説明を聞いてから勝手にそう思っていた。
自分でこう思うのもなんだけど俺は大学在籍中は空手の大学生大会で3連覇を達成していたので、その経歴を買われてとの事だと思っていたし、“世界”の候補者であった世界さんにゼロ君は地球人には類稀な感性を持っていなければ解けないような数学の問題を解く事ができるという、言ってしまえば一種の天才だ。
それに“廻る運命の輪”は一般的に地球人よりも頑強な肉体と優れた知性を持つと言われる異星人であるルックズ星人だ。
それに比べて誠は大アルカナの候補者として選ばれるような才は無い。少なくとも兄である俺の目から見ればの話だが。
そりゃあ自分に懐いてくれる歳の離れた弟は可愛い。
体格の不利にもめげず、中学に入ってから始めた陸上部ではレギュラーの座が勝ち取れなくとも腐らずもくもくと練習に励み、家族での夕食時に「今日の測定でタイムを縮めた」と喜んで話していたが、それも誠の美徳と言えるだろう。
だが、それが大アルカナの候補者になりうるかと言われると疑問符が付く。
事実、俺は誠の話が世界さんからもイっ君からも出なかったというのに、自分で勝手に誠は死んだものだと思い込んでいた。
思えば弟が生きている事を先に伝えてしまえば、俺は1人での脱出に同意しないのではないだろうかとイっ君か世界さんが気を回したのだろう。
実際のとこ、もし、あの俺が目覚めた研究室のような場所でその事実を告げられていたら、俺は世界さんの事は無視してアジト中をあてもなく弟の姿を探して走り回っていたのではないだろうか?
そして今、脱出を目前として弟が生きているという事実を告げられた今、俺の脳はそのキャパシティーの限界を遥かに超えてしまっていたのだ。
誠の事は助け出さなければならない。両親もそうする事を望むだろうし、第一、俺自身がそうするべきだと思っている。
かといって栞奈ちゃんの事も捨ててはおけない。
こんな地下奥深くにまで伸びる巨大なアジトが建造されているのだ。
アジトを出たらすぐ近くの交番が、なんていう都合の良い事はないだろう。むしろこのアジトは山奥深くにあると考えるのが自然だ。
守らなければならないと言えばゼロ君も。
“廻る運命の輪”の言葉からするとゼロ君は改造手術の失敗により知能が低下してしまっているという事だし、そもそもゼロ君は大アルカナの実験機という立ち位置だそうな。巨人のように大柄で重機のように力強いゼロ君も正式版の大アルカナと比べると雲泥の差があるらしい。
そしてイっ君だ。
「何を愚図愚図している! 大アルカナ3体がかりで来られる事に比べれば僥倖と言ってもいいような機会なのだぞ!!」
「あ、アンタはどうする!?」
「後から行くさ!」
「まさか! 裏切り者の兄者を私が逃すと思ったのかい!?」
イっ君がゴテゴテとしたやたらゴツいボディーアーマーを着用しているのに対して、彼の弟“廻る運命の輪”は体に密着したダイビングの時に着るウェットスーツのような物を着ていた。
大アルカナの力があればイっ君のようにゴテゴテと武装する必要もないという事だろうか?
もっとも“廻る運命の輪”の目的が組織を裏切ったイっ君の粛清にあるのは嘘ではないようで、彼の視線は自身の兄を見据えて離さない。
のっぺらぼうのルックズ星人が兄を見つめ、もしくは睨みつけたまま右の手首にはめていた鈍銀色のブレスレットを触る。
特に模様や細工があるわけでもない、シンプルな形状なブレスレットだった。
だが何かしかの思い入れのある物なのか、銀の円環を撫でるその手付きは愛おしい者を愛撫するかのようでもある。
そして、それが合図だったのか、それとも俺には分からない操作方がブレスレットにはあるのか、それまで“廻る運命の輪”の後方に控えて微動だにしなかった無数のロボット軍団が前進を開始したのだ。
「ほら、さっさと行きなよ! 上の階には“教皇”と“女教皇”がいるから遊び足りないなら、そっちで相手してもらいなよ!!」
「行けッ!! 幸い弟はARCANAを裏切った私に御執心のようだ!」
敵対してしまった異星出身の兄弟が立場は違えど揃って俺たちにとっとと行けという。
両手の前腕部のアーマーから展開された短銃身のビームガンを狙いを付ける必要もないとばかりに乱射して迫りくるロボットたちを次々と打ち倒していくイっ君だったが、その声は焦りと緊張がまるで隠されていない。
対して敵のロボットたちは倒された仲間の残骸を踏み越えて前進し、ロボットらしい恐怖やらなにやらの感情の欠如した進軍はまさに圧巻の迫力であった。
この場にイっ君を残して行く事は彼を見殺しにする事に等しい。
そんな事は説明されなくたって分かる。
「だ、だって弟が……」
「ここに君の弟がいたら一緒に逃がすに決まってるだろ!! 君の弟のサイズに人間への擬態機能をもりこんだ大アルカナを制作するのは難しいらしくてな、こことは別のアジトに移送されているんだ!! さあ、君がここにいる理由もないだろう!?」
イっ君の焦りの混じった怒号は彼の言葉が嘘ではない事の証明のように思えた。
そもそも短い付き合いだが彼は地球人を超える高い知能の持ち主でありながら、嘘を付く事が苦手な性分のように思える。
きっとイっ君は俺がなかなかに動き出さない事の苦し紛れでも嘘を付こうと思ったら、もっとあからさまにぎこちないサマになってしまうのではないかと思う。
このアジトに誠はいない。
オーケー。そこまではいい。
だったら俺はどうしたらいいというのだ?
誠は助けたい。
栞奈ちゃんの事だって助けてやりたいし、ゼロ君の事も見捨てられない。
俺自身だって奴らに捕まって脳味噌弄り回されて悪党の手先だなんて真っ平御免だ。
だが、それでも俺はイっ君の事も助けたいのだ。
ならイっ君と一緒に戦う事を選んで、大小様々、軍隊アリのような数の暴力で仲間がいくらやられても臆する事なく進軍してくる一つ目ロボットたちに、さらに世界さんがあれほどその性能を危険視していた大アルカナとやらに立ち向かい、そして誰も守れる事なく死ぬ、あるいは捕まってしまうのか。
あちらを立てればこちらが立たずというべきか、俺は自分の力の無さを恨む事しかできなかった。
「ゼロッ!! かまわん引きづっていけ!!」
「う、うん……。仁、ごめん……」
力を無くした俺の身体はゼロ君のダンプカーのような怪力に腕を引かれて格納庫脇の上階へと続く階段へと引かれていく。
そういや前に本作は当初やる夫スレにする予定だったものの使いまわしだったって話はしたっけ?
そん時にはルックズ星人の2人は流石兄弟にする予定だったのよ。
今は世界さん、皆と話をする時はイっ君のハンドヘルド・コンピューターを使ってるけど、やる夫スレの時にはF〇V使って話してたり。




