14-1
3階から屋上へと上がる階段を登る間に僕は自身の体を操作する。
ステルスモード、起動!
「ステルス」と言っても光学迷彩ではない。赤外線放射を周囲に合わせてサーモグラフィーで見えないようにして、足音を消す。さらに心臓や動力炉、その他の音も体外に漏れないようにする。それだけだ。だが、それだけでも効果はある。と思いたい。
屋上へのドアを開けた瞬間に例の最新型高性能対空砲座の水平射撃を受けたら堪ったもんじゃないからね。
そして右手にビームマグナムを転送。
僕が人間態でもステルスモードが使えたり、武装を転送して使えるのは僕が暗殺用の改造人間として設計されたからだ。
ドアノブを掴んで深呼吸。
熱源センサーに特異な熱源は5つ。5つの内、2つはほぼ同じ反応。
他はよくある業務用のエアコンの室外機の反応くらいだ。
もっと多数の反応があると思ったけど?
ま、悩んでいても仕方がない。行くか……。ビームマグナムのグリップを握りなおす。
バンッ!
ドンッ!ドンッ!
思い切りドアを開け放ち、屋上に飛び込みながらビームマグナムを発射! いかにもな対空砲座の動力源を撃ち抜く。2つの同じ熱放射パターンは対空砲座だったが、2基の砲座はそれぞれ1発ずつの光条に撃ち抜かれ沈黙する。
ドゥーン!!
残る3つの熱源。2人の怪人と、鉄塔の基部のど真ん中に位置する半永久機関と思しき四角い機械。僕は2人の怪人を優先して2発ずつビームをお見舞いする。ファニングで銃声が1発にしか聞こえない。
2人の怪人。
その内の1人は真っ黒な髭をヘソの辺りまで垂らして海賊三角帽を被り、海賊旗を仕立て直したかのような黒いコートの背中には髑髏と交差したカットラスが描かれている。彼が悪名高いハドー船長、通称「闇髭」だろう。
闇髭はビームをその肥満体には似付かわしくないほど素早い動きで躱す。
もう1人の怪人はロボットだ。だが、これまで数えきれないほど破壊してきた量産型の戦闘ロボットとはまるで違う。その姿は古代ギリシアの剣闘士を思わせる端正ながらもはち切れんばかりの人工筋肉をミラーシルバーの曲面装甲が覆っている。滑らかな動きと作動音の小ささは工作精度の高さゆえだろう。
ロボット怪人は襲い来る2本のビームを装甲で受ける。いかなる装甲材のなせる業か、装甲に触れたビームは霧散してしまう。兄ちゃんの正面装甲を想定して設計された僕のビームマグナムの直撃を受けて後に残ったのは微かな痕だけだ。研磨剤をつけて布で磨けば数分で元に戻るんじゃないかな? さすがにこれは驚いた。
「ほう……。ここまで辿り着いたのは1人だけか!」
言ってることは普通なのに闇髭の声質のせいか、妙に下卑て聞こえる。
「対象検索、目標、イスルギ・マコト、デスサイズを確認」
THE ロボット! みたいなことを言ってるロボ怪人。顔面の中央に付いた単眼型カメラアイの周囲が白く光る。
「ここにいるのは2人だけ? っていうか船長が旗艦に乗ってなくていいの? 今、ブレイブロボと戦ってるでしょ? 御宅の旗艦」
ハドーの旗艦は陣形を組んでブレイブファイブの駆る巨大ロボットと艦隊戦を繰り広げていたハズだ。
「んん!? 勝てるわけなかろう? あんなモン! だが攻め続ければ、いずれはブレイブロボとて力尽きる。そこを叩くのが海賊流ってモンよ! そんな事よりも変身しなくていいのか、坊主!?」
「変身することを推奨する。現状でイスルギ・マコトの勝率は1パーセント未満だ」
飲んだくれのような顔に薄汚い笑みを浮かべる闇髭とロボ怪人。両者は共に僕に変身を勧めてくるが、印象はまるで異なる。無感情で、機械に感情を見出そうとしてしまう日本人の性として、実は本当に僕の事を心配しているんじゃないの? と思いたくなるようなロボ怪人に対して、闇髭は何か仕掛けてくること間違い無しだ。
「……へえ。1パーセント近くも勝率があるなんて意外だなぁ。ブレイブロボに乗ってる人たちなら、それで結構と突っ込んでいきそうだけど……」
んなこたぁない。いくら「蛮勇も勇気だ!」とか言ってる人たちだって変身できるならするだろう。
軽口を叩きながらゆっくりと半身の姿勢になる。闇髭が何を仕掛けてきても対処できるように。
「変……身……!」
右手を胸の前にかざして発声すると、顕現したブレスレットに取り付けられたホイール・オブ・フォーチュンが回りだす。
思った通り闇髭が腰から引き抜いたピストルを撃ってくる。
左に倒れ込むように転がり回避。
さらに闇髭はカットラスを投げつけてくるが、それも脚力に物を言わせて飛んで躱す。
「とうっ!!」
鉄塔の水平材に飛び乗った時には、僕はもう一つの姿。忌まわしい呪われた姿であるデスサイズに変身していた。
僕が変身し終わってから突っ込んできたロボ怪人に目掛けて、イオン式ロケットと脚力を使って突っ込む。背中のラッチからマーダーマチェットを抜いて、左手に大鎌を転送して。
「ハアァァァ!」
「…………!」
洋鉈の一撃は怪人の腕に防がれ、続く大鎌は距離が近すぎて刃ではなく柄の部分で敵の頭部を殴る形になったがクリーンヒット。止まらずに後ろを向いて振り戻した大鎌の石突の一撃をロボ怪人の腹部に叩き込む。
だが大鎌の柄を掴まれて放り投げられる。予想以上のパワーによる加速度にヒヤリとしながらも難なく着地。
「先ほどのデスサイズの疑問に回答する」
「?」
「『何故、我々が2人しかいないか?』、それは本機が最新式の格闘ロボットであり、この国に現存する全てのヒーローに対処可能だからである」
「ぐふふ、本国の保証書付きよ!」
なるほど、言うだけあってロボ怪人の装甲には傷が付いていない。むしろ石突の一撃を入れたときはツルッと滑るかと思ったほどだ。
対空砲座だけではなく、護衛まで最新式とは。
「我々の懸念は複数のヒーローによる未知の連携。それだけだ。ただ単独のヒーローと相対した場合、対象デスサイズ、本機の勝率、87.5%」
姿勢を低くして突進してくるロボット怪人!
正面玄関ホール2階部分にてマクスウェルは死闘を続けていた。
ハドーの兵員に尽きることはない。
馬鹿正直にエスカレーターを登ってくる者。
空を飛んで迫ってくる者。
2階の手すりに鉤爪付きのロープを引っかけて上ってこようとする者。
ジャンプ力を活かして直接、1階から跳び上がってくる者。
2階の手すりに幾つものロープが掛けられ上がってこようとするところは、いかにも海賊らしい。だが、手すりが重さに耐えかね崩れ落ちると共に落ちていく怪人たちを見るとマクスウェルは「阿呆か……」と脱力する。
無論、それでハドー怪人がダメージを負うわけではない。いずれは何らかの手段でまだ上がってくるだろう。
莫大な魔力量を誇るマクスウェルと言えど、単位時間当たりに放出できる魔力量には限りがある。丁度、貯水タンクがいくら大きくても蛇口が小さければ注げる水の量に限りがあるように。
このままでは魔力が尽きる前に気力が尽きてしまう。
現に魔力を通して切れ味と硬度を増してある愛剣の切れ味が鈍ってきている。
今もまた両断してやるつもりだったワニ型怪人の肩口で止まった剣に慌てて、怪人に前蹴りで1階に突き落としてやったところだ。
辛くも怪人から剣を引き抜くことはできたが、剣を落としていたら徒手空拳で戦わなくてはならないところだった。
マクスウェルにはこの状態を打開できないわけではない。
元々、彼がいた世界で「禁呪」と呼ばれた対軍勢用の大規模術式。世の良識ある人に忌み嫌われ、グレーターデーモンですら苦笑いすると言われるその大魔法を使えばこの程度の烏合の衆を蹴散らすのは造作も無いことだ。
だが彼が禁呪を使う事は無い。
理由は至極、単純。使えば、この建物が持たないからだ。街を焼く外道共などどうなろうと知ったことではなかったが、このビルの中には友がいるのだ。おいそれと崩落させるわけにはいかなかった。
禁呪を使えば友が死に、使わなければ自身に訪れる緩やかな死。
彼はそれでいいと思っていた。
自分が死ねば、あの少年は何と言うだろう? あの少女は泣くだろうか? きっと心に傷を負うだろうが、あの悪魔がきっと抱きしめてやるだろう。
家臣に裏切られ異世界へと来た彼だったが、自分は友を裏切らなかったぞ! そうやって胸を張って死にたいものだ……。
マクスウェルは甘い死に誘われていた。
「シャナロッ! シャアナロ!!」
アーシラトの唸る弓なりナックルアローがゴリラ怪人に炸裂する。幾度も、繰り返し。
だがゴリラ怪人は蚊に刺されたほどにも効いていないようだ。
「フンっ!」
逆にゴリラ怪人に殴りつけられたアーシラトは吹き飛んで壁に叩きつけられる。
コンクリートの壁が砕けて突き抜けて、廊下の壁に打ち付けられ、ようやく止まる。
ダメージは甚大。だが止まっている暇は無い。痛む肋骨を押さえて立ち上がる。ヒビが入っているか、最悪、折れているかもしれない。
アーシラトの額に油汗が浮かぶ。
「どうした? そんなものか?」
ゴリラ怪人が手の平を向けてクイッ、クイッと曲げて挑発する。
「ハッ! お前こそ、こんなんで勝ったつもりかい? 私に勝ったと言いたいのなら……」
右拳の親指だけを立てて、喉の前を水平に横切らせる。
「かっ切ってみろ!」
蛇の下半身の瞬発力を活かして怪人に突進するアーシラト。
迎撃の右ストレートをジャンプで躱して、怪人の背後に着地。
「ダァッッッシャアアアア!!」
腰に両手を回して後ろへ放り投げる。バックドロップだ。
すかさずジャンプして倒れたゴリラ怪人へと追撃のフライングエルボードロップ。
が、怪人が天に向けた右足がアーシラトの腹に突き刺さる。
ゴリラ怪人とアーシラト、リーチの差は如何ともしがたい。
「ふんっ!」
怪人にこめかみを掴まれアイアンクローの状態で持ち上げられる。
「ガァァァァァッァ!!!!」
アーシラトも必死で引き剥がそうとするがゴリラ怪人の怪力はアーシラトを上回る。
そのままアーシラトは壁に叩きつけられてしまう。
「ふっ、かつては神だったと言えど、神性を失ってしまえばただの蛇か……」
ゴリラ怪人がアーシラトを何度も踏みつける。頭部を、胸を、腹部を、繰り返し何度も踏みつける。
床の軽量合金の床材はへこみ、まるでアーシラトを地の底へ送ろうとしているようだった。
アーシラトの産まれたのは今でいう中東、地中海地方だった。
古代カナン人、古代フェニキア人の信仰を集めてきた彼女であったが、神格を賭けた一戦でシナイの山の神に敗れ、地を追われ極東のこの国まで流れてきたのだ。
統一王者となったシナイの神の栄華をよそに、彼女の舐めてきた辛苦は筆舌にしがたい。彼女のタッグパートナーであったバアルは消滅を余儀なくされたと言えば、ある程度は想像してもらえるだろうか?
だが彼女はそれでも人が好きだった。それを思い出させてくれたこの街の人を守りたかった。言葉にして「愛してまーす!」とは言えない彼女には戦うことしかできないとしても。
だがゴリラ怪人の非情なるストンピングは止むことがない。まるで彼女が3千年もの味わってきた苦難のように。
3階、ここでも一組の死闘が繰り広げられていた。
山本組長とカマドウマ怪人。
魔術師を名乗る怪人の操る火球を掻い潜り、魔法少女の短刀が迫る。
「ちぃっ!」
「惜しかったですねぇ!」
切りつけたドスは怪人を包む甲殻に阻まれる。外骨格を持たない哺乳類型などのハドー怪人でも20mmや25mm機関砲を受け付けないと言われているのだ。ましてやソフトインセクトのカマドウマと言えど、その外骨格の堅牢さは尋常の物ではない。
嘲笑うように、さらに火球を出現させた怪人が指を振る。
火球は一つは正面から、残る二つはそれぞれ左右から山本組長へ襲い掛かる。獲物を逃さぬ必中の射法だ。
山本も躱すことを諦め、障壁魔法で防御する。
爆ぜる火球にスプリンクラーが作動して山本を濡らす。
止めどなく降る水に、ただでさえ乱れていた山本の呼吸がさらに大きくなる。
「ふむ。これならどうです?」
次に怪人が出現させた火球は、怪人がパチリと指を鳴らすと次第に回転を始め、やがて細く錐のように、槍のようになる。
直感的に不味いと思った山本が飛び退けるが、3本の内の1本は直撃コース。火槍は障壁魔法を貫通して山本の右足に着弾。爆裂する。
「ぃった~~~い!」
山本が感じたのは熱さよりも痛み。むしろ右足を包むヒリつく痛みは、ともすれば冷たさすら感じさせるようだった。幸い、魔法少女に変身している時は衣装が変わるだけではなく、肉体も強化されているのでこれで済んでいる。生身で食らっていたら右足を持っていかれてたかもしれない。
負傷は治癒魔法で治せるが、欠損は治せないのだ。例え「治癒魔法」が特化能力である宇垣であろうとも。
「どうします? 降伏しませんか?」
「誰が!」
「そんな無理して戦う必要もないでしょう? 貴女のような可愛らしい子供なら愛玩動物として売れるでしょうし、いい飼い主に巡り合うかもしれませんよ?」
怪人は本気で降伏を進めているわけではない。嘲笑う様子を隠そうともしないのだ。
「それにしても貴女が相手で良かったですよ! これが『シューティングスター』や『ダブルトリガー』なら私もうかうかしてられませんからねぇ!」
「…………」
山本も反撃の機会を探すが、ほぼ使えなくなった右足を引いては戦えない。それが分かって怪人は余裕を見せているのだろう。
「貴女! 確か『ブラディ・フェイス』でしたっけ!? 私から言わせて頂ければ、ただの卑怯者ですな! 不意に近づいてグサリ! なるほど返り血を浴びた顔はショッキングでしょうがねぇ! 私が言うのも何ですが、貴方、正々堂々と勝負したことがありますか?」
「…………!」
「私共もこちらの世界のヒーローの情報収集には余念がありませんので色々と調べてまいりましたが、貴方! 去年までは先輩の後ろにくっ付いてばかりだった貴女が組長になったと聞いて驚いていたのですが、何のことはない。お守が付いていなきゃ何もできないままなんじゃないですか!?」
怪人が高らかに笑う。
「……そうだね。私は誰かがいなきゃ何もできないのかもね……」
山本組長が自嘲するように言うが、カマドウマ怪人は気付いただろうか? 彼女がニタリとヤクザスマイルを浮かべているのを!
「苦戦してます」感は出てるでしょうか?
反撃は次回から始まります。




