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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
番外編3 The beginning
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EX-3-13 兄と弟 後編

「……先を急ごう」


 落ち込んでいるように思えたイっ君だったが、すぐに自らを奮い立たせて前進を再開するように俺たちを促す。


 その声はどこか陰のある深く沈み込んだものではあったが、同時に彼の辿ってきた運命によって打ち鍛えられた鉄のような強さを感じさせるものでもあった。


「最初、我々は石動仁の逃走に気付いたこのアジト管理者が逃走を阻むべく次々と尖兵ロボットを送り込んでくるものと予想していた」


 塗装もされていない軽合金とタイルで作られた通路はやがて地下深くで見たような岩肌剥き出しのものへと変わり、さらに打ちっぱなしのコンクリートへと変わる。


『私が最初、この脱出に栞奈ちゃんが耐えられないだろうと言ったのは四方八方からいつ尖兵ロボットに襲われるか分からない状態の事を言っていたんだよ。博士もゼロも尖兵ロボが相手ならそれなりに戦えるとはいっても2人は生粋の戦士というわけじゃあないんだからね』


 心なしか先ほどよりも足早になったイっ君も警戒を緩めてはいないが、先ほど通風孔から飛び出してきた細身のロボットから奇襲を受けた事を考えれば世界さんの考えも理解できないわけじゃない。


「だが逆に言えば、幾度もロボットたちから襲撃を受けるというのは我々にとってはチャンスでもあったのだ。少数のロボットたちを逐次撃破していけば、時間はかかるだろうが比較的安全に敵戦力を削いでいく事ができるのだからね」


 確かに先ほどの通路で“廻る運命の輪”の指揮下である事を示すマーキングがされたロボットたちとの戦闘では最後に奇襲を受けた事を除けば狭い通路での戦いであったが故に回り込まれるという事もなく、イっ君のビームガンの連射であっという間に10体以上のロボットたちは数の優位を活かす事もできずに倒されていったのだ。


 だがイっ君たちの予想とは裏腹に俺たちが襲撃を受けたのは地下格納庫と先ほどの通路の2回だけ。


 それは俺たちの脱出行が順調に進んでいるという見方もできるだろうが、このアジトにいる敵戦力はあまり減ってはいないという事。


 では敵はどこにいるのか?


「私とゼロが君たちと合流したのが地下第三格納庫……」

「第三? という事はつまり……」

「ああ、我々が脱出するにはどうしても地下第二階層にある第二格納庫とその上階である第一格納庫を通らなければならないのだ。……空でも飛べれば話は別だがね」


 どこかにヘリコプターや垂直離着陸機が出入りするのに使う縦穴があるという事だろうか? あるいはその空を飛んで逃げるというのもイっ君だけならば可能なのかもしれない。


 彼が着込んでいるやたらゴテゴテとしたボディーアーマーの脛や腰、背部のでっぱりは飛行、もしくは飛翔用のロケットのような機構が仕込まれているのではと思うが、どの道、縦にも横にもデカいゼロ君を抱いて飛べるだけの推力は無いだろうし、イっ君が自らのせいでARCANAの魔の手にかかってしまったと思い悩んでいるゼロ君を置いて1人、逃げるような事など考えられない事であるので考えるだけ無駄な事なのだろう。


「ようするにその第一格納庫と第二格納庫にわんさかロボットが詰めかけているという事だろ?」

「さらに言うなら“廻る運命の輪”“教皇”“女教皇”の3体の大アルカナもな。私の裏切りがバレているのでもなければその3体がいないハズのこのアジトにいて、しかもアジトのシステムから自身を隠蔽している説明がつかん」


 イっ君が説明するには“教皇”“女教皇”の2体は同時運用する事を主眼に設計された改造人間のようで2体はまず間違いなく一緒に行動をとっているだろうという事。

 さらにはこのアジトの本来の管理者は“隠者”らしいが、この“隠者”も大アルカナの1体ではあるらしいがどちらかというと人体改造のスペシャリストという面が強いらしく積極的に戦闘に出てくる事はあまり考えられないらしい。


 俺がこのアジトで眠らされていたのも、ここが“隠者”管理下のアジトであるからなのだろう。


 一行はさらに途中で何度も折り返してさらに続くような長い階段を昇り、その途中で息を切らした栞奈ちゃんのために休憩を取る事にした。


「す、すいません。無理して連れてってもらってる立場なのに迷惑をかけてしまって……」

「いや、君が謝る必要はない。それに後から全力で走り回る事になるかもしれんのだ。休める内に休んでおく事だな。なにせ石動仁を見てもらえば一目瞭然だろうがARCANAの偽装人体の技術力は地球人の水準を大きく超えているのだ。君は拉致されてきたからといって自分に人質としての価値があるとは思わん事だな」


 ようするにこんなとこで殺されてしまっても、後から栞奈ちゃんのふりしたアンドロイドみたいなのを作る事も十分に可能という事。


 その偽栞奈ちゃんを使って本人はすでに死んでいるにも関わらずに人質として栞奈ちゃんの両親なり政府なりへ要求を突きつける事も可能だろうし、なんなら人間社会に紛れ込ませる事もできるだろう。


 だが、そこで俺はふと気になった事を訪ねてみる事にした。


「そういや栞奈ちゃんはなんでさらわれてきたんだ? 俺みたいに大アルカナの候補者とか?」

「さあ……、私も大学の帰りにいきなりあの一つ目のロボットたちにトラックの荷台に詰め込まれて……」

「ああ、彼女は大アルカナの候補者ではないよ」

「そうなのか?」


 異星人や改造人間を見ても特に驚いた様子もない栞奈ちゃんはそれなりにワケ有りのようだし、どのような理由で拉致されてきたか気にはなるが俺たちの会話をゼロ君が遮る。


「モ~! 博士も仁も栞奈が怖がるような事、言うの、良くない!」

「うん? ああ、確かにな。済まない君を脅かすつもりではないんだ。ただ君にも何としても生き延びてやろうという覚悟を決めてもらいたくてね」

「俺もこんな辛気臭いとこで無神経だったわ。ゴメン、ゴメン!」

「あ、いえいえ」


 ゼロ君が言うようにこんな薄暗い冷たいコンクリートに囲まれた場所で殺されてもおかしくないだの、人体改造だの、そういった話をするのは栞奈ちゃんを精神的に追い詰めるだけなのかもしれない。


 俺もイっ君もゼロ君の言葉でわざとらしいくらいに明るく栞奈ちゃんを安心させようとしていたが、俺には「何としても生き延びてやろうという覚悟を決めてもらいたい」という言葉はイっ君自身にも言える言葉だと思う。


 階段に限った事ではないが、このアジトは改造人間基準で作られているせいか灯りも少なく、コンクリートは冷たい。こんなとこにいつまでいたって体力を奪われるだけと栞奈ちゃんの呼吸が整ってきた頃、俺たちは前進を再開する。


「さて、この階段を上がりきれば第二格納庫の入り口、さらにその上階が第一格納庫だ」


 彼の言葉通りに休憩を終えてから5分かそこらで階段は終わり、代わりにブ厚い鋼鉄製のドアが俺たちの前へと現れた。


「それでは行こうか? ここから先は気を抜くなよ! ゼロ君」

「うん。分かってる」

「よし!」


 何故かイっ君は俺や栞奈ちゃんにではなく、ゼロ君にだけ確認するように視線を交わすと俺が尋ねる間もなく鋼鉄製の扉を蹴って勢いよく開け放つ。


「……これは、話には聞いていたけどよ」


 それは俺も思わず固唾を飲んでしまうほどの威容だった。


 大型バスが4、50台は止まれそうなほどの広大な格納庫内はこれまでの道のりとは違って高い天井に幾つも水銀灯がともされて明るく、生身の人間である栞奈ちゃんは目が眩んでいるのか目を瞑りそうになるのを何とかこらえているくらいだ。


 その格納庫の奥には数えきれないほどの一つ目ロボットたちが詰めこんでいて、銃を装備している物、両手にブレードを展開している物、先ほど通路で見た細身のタイプの物、あるいは身長2.5メートルほどのゼロ君とほぼ変わらない体躯の物など多種多様のバリエーション。

 だがいづれの個体も胸には「X」のマーキングが施されていた。


 そして……


「やあ、兄者、待ちかねたよ……」


 そのロボットたちの最前列中央に1人のルックズ星人がいた。


 両生類を思わせるヌメっとした皮膚の顔面に目や鼻、口がないのっぺらぼうの状態であるのはイっ君と同じ。

 だがロボットたちを引き連れている者はイっ君に比べていくらか面長だろうか?


「“番号無し”に石動仁、……ええと、そっちの女性の名前は何だっけ? まあ、いいや。3人は先に行っていいよ。私は裏切り者の兄者を粛清しなければならないから暇じゃないんだ」

「ハッ! お前の言う事なんか聞くかよ! 今から俺たちがお前をきっちり締め上げて……」

「……いや、君たちとはここでお別れだ」


 ロボットたちを引き連れているルックズ星人が指で指し示す方向、俺たちの右手側には小さな通路があり、そこには上階へと通じる階段が設置されていた。


 だが当然、俺にはイっ君1人を置いていくなんて選択肢は無く、どうやって多数のロボットたちを相手に栞奈ちゃんを守りながら戦うか考えていたのを当のイっ君が自分を置いて先に行けなどと言いだす。


「ちょ待てよ! ロボットなんか物の数じゃねぇ! 3人で弟さんシバいて頭冷させりゃ済む話じゃねぇか!!」


 俺の声にもかまわずイっ君は2歩、3歩と前へと出ていき、着込んでいるボディーアーマーの装備を次々と展開していく。


 両の肘部にはビームガンの放熱を行うための物だろうかラジエーターらしき板が飛び出し、腰の左右のサイドアーマーだと思われていた物は折り畳み式の銃だったようでジャックナイフのように展開して銃身を露わにする。

 俺が飛行か飛翔のためのデバイスでも仕込まれているのかと思っていた背部は脛、腰の出っ張りからはカバーが脱落してそのマズルが露出して内部でファンが回りだしたかのような高周波音が鳴り始めていた。


 先の格納庫での戦闘でも、そして“廻る運命の輪”の配下と戦った通路での戦闘でも使っていなかった機構が次から次へと飛び出していき、イっ君は臨戦態勢へと移るがその姿をみても俺は勇ましさよりも妙な胸騒ぎを感じざるを得ない。


 世界さんは先ほど彼に死ぬ気なのかと問うていた。

 その言葉がまるで真実であったかのようにイっ君はただ1人、戦いに赴こうとしていたのだ。


「石動仁、君が戦う事のできる人間である事、そして、それ以上に善良な魂を持った人間である事を私は嬉しく思う。これから先、この惑星には君が必要なのだ。ゼロ、後は手筈通りに……」

「分かった……」

「お、おい! 離せ!」


 いつの間にか俺の背後へと動いてきていたゼロ君によって俺の右手は硬く握られていた。


「行こう。仁」

「おい! 何、考えてんだ!?」

「そう彼を責めないでやってくれ……」

「そうそう! その木偶の坊、改造手術がミスったのか知能がアホみたいに低下しちゃってさ~! つまりはその木偶の坊が何かしたら、責められるべきは“番号無し”じゃなくて兄者の方さ!」


 イっ君の言葉を茶化すようにもう1人のルックズ星人が笑い飛ばす。


 人んチの事を言えたもんじゃあないが、とてもイっ君と目の前の邪悪に笑う者が兄弟とは思えなかった。


 俺の腕を掴むゼロ君の力はまさに怪力。自分の腕がブルドーザーに縛り付けられてももう少し自由に動けるのではと思うほどだ。だがそれでも俺はイっ君の悲壮な決意を、そして彼がゼロ君に対して抱いている罪悪感を笑うルックズ星人をどうしても1発、ブン殴ってやらなきゃ気が済まねぇと闘志を燃やすがイっ君はこちらを軽く振り返って小さく頷いて返すばかり。


「なあ石動仁、君のような好青年が黙って見てられないというのも分かるがね。君が私に対してそう熱くなる必要はないのだよ」

「何言ってんだ!?」


 こちらを振り返っていたイっ君は敵へと向きかえり、それでも俺が聞き逃す事がないように大きな声でしっかりと言葉を紡ぐ。


「言っただろう? 私はARCANAと戦ってもらうために何人かの候補者の中から君を逃すという決断をした。つまりは他の候補者たちは私から見捨てられたに等しい」

「なんでもかんでも自分の責任にするんじゃねぇ!!」


 フラッグス移民船団の罪。

 ARCANAの罪。

 弟の罪。

 そして自らの罪。


 それら全てを背負って立つ男の後ろ姿は厚い装甲服に包まれてなお悲しかった。


 友人になれそうな、いや、わずかな時間を共にしただけだが、俺は彼の事をすでに友人だと思っていたのだ。その友人がけして背負えるわけもない責任という重圧に押しつぶされそうになっているのを見て、俺は思わず叫んでいた。


 だが……。


「その候補者たちの中に君の弟が含まれていたらどうかね?」


 一瞬、俺は彼が何を言っているのか理解できなかった。

 それほどの衝撃。

 死んだと思っていた弟。


 俺に弟は1人しかいない。

 父と母と一緒に死んだと思っていた弟だ。


「……誠、誠は生きているのか!?」

「ああ、そうだ。君と同じく大アルカナの候補者として君の弟である石動誠も殺されずに拉致されている。だが私は石動誠を見捨てる決断をした。そして君は弟を助け出すためにここから生きて脱出しなければならない。分かっただろう? さあ、行きたまえ!」

すでに読者には分かり切っている事をさも衝撃の事実みたいに書くのってどう思う?

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