EX-3-12 兄と弟 前編
イっ君のボディーアーマーから展開した2基の短銃身型ビームガンはさながら西部劇に出てくるガンマンの2丁拳銃の如く敵をバタバタを撃ち倒していく。
さらにイっ君の着ているゴテゴテとやたら物々しいボディーアーマーの背部から4体の小型ドローンが飛び出して、彼の背後にゆっくりとホバリングするように飛行していた。
最初、俺はそのドローンは地球人が使う物と同じようにプロペラで飛行しているものかと思ったが、どうもそうではなさそうだ。
俺の知る地球のドローンは機体上方にプロペラが取り付けられているものだが、イっ君の4基のドローンはどれも機体の周囲に、しかも上から下へ風を吹き降ろして浮かんでいるのではなく、固定翼機のプロペラのように縦軸を中心とした回転をしているのだ。
それでどのようにホバリングのように空中に留まっているのかは分からないが、俺には分からない理論で浮いているのだろう。
そして飛行には意味を為していないプロペラの存在理由はすぐに俺も理解する事になった。
次々と通路奥から現れてはイっ君のビームガンに撃ち抜かれていく細身のロボットたちだが、奴らだってただの案山子じゃあない。
仲間が次々と破壊されていくのも構わずに手にした短機関銃を撃ちまくってくるのだ。
だがイっ君のドローンはホバリングの状態から急加速と急制動を繰り返して、ロボットたちが放つ銃弾はドローンのプロペラへと弾き落とされていく。
「あのドローンのプロペラは盾なのか!?」
『……らしいね』
なるほど。
確か飛行機が実用化されてまもなく起こった第一次世界大戦において、飛行機も新兵器として各国で採用されていたが、当初は偵察や弾着観測のために用いられていた飛行機もすぐに武装を加えられて俺も知る戦闘機という兵器へと進化していったという。
だが最初期の戦闘機は機関銃を装備したといっても、プロペラに撃った弾が当たるような位置には機関銃を設置できなかったのだとか。
そのため、操縦主席の後方に旋回式機銃を取り付けた機銃主席を設けたり、極端な設計では機体前方のプロペラのさらにその前に機銃主席を設けたりしていたそうだ。
パイロットが自身で操作できる機銃を胴体に装備できるようになるのは、回転するプロペラの隙間を通すように銃弾を発射するプロペラ同調装置の開発を待たなければならなかったという。
イっ君のドローンは逆に、弾を通さぬほどにプロペラを高速回転させる事で防御装置としているのだ。
確かにそれならばプロペラと同じサイズの盾を飛ばすよりも軽量、そして折りたためば小型にできるのかもしれない。
だが、さすがは異星の技術は地球人とは発想が違うと感心していた俺に対して、世界さんの声はどこか浮かないものだった。
「世界さん、どうした?」
『いやね、分かっちゃいた事だけどさ、あのドローンはエネルギーの消費が大きいんだ……』
「ああ、まああんな小さな本体だからバッテリーも小さいだろうし、長時間使えるもんでもないだろうな」
プロペラ・ブレードの材質は何だろうか?
銃弾を弾くような超硬質の物質、地球人の感覚からすればそれなりの比重はありそうなものだが、もし仮に異星の技術とやらで硬質ながら軽量という相反するように思える物質であのプロペラが作られていたとしても、超音速の銃弾を確実に弾くように高速回転しているそのエネルギーは馬鹿にできないものであろう事は間違いない。
『つまり“廻る運命の輪”本人がまだ出てきていないというのに私たちは消耗させられているって事になるだろ? それが気になってさ……』
「そうかもしれないけど、もしかしたらこれはイっ君の弟さんからのメッセージなんじゃないか?」
『メッセージ?』
「そう。兄貴に俺が来ているぞって、実は弟さんは自分の兄貴を見逃そうとしてくれてるんじゃ……。現にこうやって今回の攻撃はさっきに比べて随分と数が少ないみたいだし、イっ君も上手く捌けているじゃん?」
そう思ったのは俺にも弟がいるから、いや、いたからだろうか?
歳の離れた弟だったし、性格もまるで違う兄弟だった。
だが誠は俺に良く懐いていてくれたし、俺も弟の自慢の兄貴であるよう努力したものだ。
イっ君の弟の事は彼の話でしか知らないが、この広い宇宙に2人だけ残された兄弟が争いあうなんて間違っているよう、そう無性に思えてならないのだ。
だが俺の多分に希望のこもった予想はすぐに裏切られる事になる。
前方から現れるロボット群は10体を過ぎたあたりで打ち止めとなり、それもイっ君のビームガンで撃ち抜かれておしまい。
ゴツいボディーアーマー越しでも分かるほどに彼が纏っていた張りつめた緊張の糸がわずかに緩んだその時。
『仁ッ!!』
「分かってるッ!!」
前へと出ていたイっ君のすぐ後ろの天井から細かな埃が落ちてきた事を俺も世界さんも見逃さなかった。
アジト内の換気のための物だろう通風孔から通路天井をブチ破り、3体の細身の一つ目ロボットが現れたのだ。
3体のロボットは通風孔から飛び降りながらイっ君の背後に控えていたドローンをあっという間に破壊し、続いて腕部に取り付けられたブレードを振りかざしてイっ君へと斬りかかろうとする。
緊張が弛緩していたイっ君には振り返ろうとするのがやっと、重量級のアーマーを着込んでいるが故に瞬発力が失われているのもあるだろうか。
だがイっ君を背後から襲おうとするロボット連中も逆に後ろから走り寄る俺がこんなに素早く動いてくるとは予想していなかったのだろう。
「フンッ! ハッ! オラアァァァ!!」
1体は正拳で頭部を打ち砕き、1体は回し蹴りで頭を刈り取り、最後の1体は装甲に継ぎ目に指剣を差し込んでそのままコード類をまとめて引き千切るとそれで動力が切れたようで一つ目の赤い光が消灯して力を失う。
「……す、済まない。油断したようだ……」
「良いって事よ! ほとんどイっ君にまかせっきりだったしな!」
動揺したように言葉を詰まらせるイっ君に親指を立てて応えながら、たった今、破壊したばかりのロボットのマーキングを確認する。
3体にはいずれも「X」の刻印が。つまりはイっ君を背後から襲ったロボットも“廻る運命の輪”の配下の物だという事。
「……アイツらしいやり方だな」
「弟さんか?」
「ああ」
前方から道を塞ぐように現れたロボット部隊の数が少なかったのはイっ君の弟が俺たちをわざと見逃そうと手を抜いたからではなかった。
それどころか、弟さんは、“廻る運命の輪”は自分の兄の性格を知っているのを利用し、戦いが終わった後の間隙を狙うような真似をしてイっ君の命を狙ってきたのだ。
自分でも希望的観測に過ぎないと思っていた俺ですら胸に鉛を詰め込まれたように気が重くなっているくらいだ、実の弟に命を狙われたイっ君の落ち込みようはいかほどであろうか。
「博士、可哀そう……」
ロボットが姿を現した時に俺たちの最後尾で殿を務めていてくれたゼロ君は栞奈ちゃんを守ろうと彼女の前へと出て、自分の背を盾にしていたが、物音が無くなったのを確認してからおずおずとこちらへ物悲しそうな顔を向けていた。
「大丈夫。私は大丈夫だ。」
それはゼロ君に気にするなと、ゼロ君の事は自分が守るという宣言であったのだろう。
だが、俺たちには「フラッグス移民船団」の生き残りとして良識の徒であろうと気丈に振舞う彼がまるで自分自身へ言い聞かせるように聞こえていたのだった。
一方、その頃、「UNDEAD」に身を寄せているルックズ星人は仲間とともに慰安旅行を楽しんでいた……。




