EX-3-7 ARCANAと大アルカナ 前編
「ええと、アンタの事はイっ君で良いのかな? で、そっちの……」
「俺は“番号無し”でいいぞ!」
「ああ、彼は過去の記憶を消されているせいで、どうも元の名前で呼ばれても違和感を感じるそうだ。まあ他人を“愚者”と呼ぶのに抵抗があるのは分かるよ」
全身が大岩のように肥大化した巨人の男の皮膚はまるでプラスチックかビニールのようにあからさまな人工物であり、脳以外が作り物という点ではそれは俺も同じなのかもしれないが、俺の皮膚の質感はじっくりと見てみても生身だった頃との違いが分からないほどでそこには天と地ほどの違いがあった。
そもそも身長2m50cm以上、お化けカボチャのように大きな頭部に、その巨体を受け止めるために片足でもスケートボードを2つ横に並べたほどのサイズ感の足裏と、マトモな地球人のサイズとはあまりにもかけ離れているために皮膚の質感などで周囲の人間を欺く必要がないからかもしれない。
もう1人のルックズ星人を名乗る異星人の方もそれは同様。
宇宙には地球人とさして見分けの付かないようなヒューマノイド種と言われる種族も広く分布しているそうだが、このイイイイという異星人はまるで両生類のようにヌメっとした質感の青紫色の肌を持ち、のっぺらぼうのように顔には目も鼻も口も無いのだ。
もっとも見てくれはともかく、2人が人の良い連中だというのはすぐに分かった。
世界さんが共に来れない以上は彼ら2人に頼らなければならない以上、俺はロボットたちを片付けた安堵感もあってかホッとする。
2人に助けられた栞奈ちゃんもそれは同様のようだ。
「いや、でもよ、確かに助けられた相手を“愚者”って呼ぶのには抵抗があるのは事実だけどよ。かといって“番号無し”って呼ぶのも抵抗あんだけど?」
「それもそうだろうが、彼は彼で自分の記憶を取り戻して本当の名前がしっくりくるようになるまでは“番号無し”で良いというのだ」
「あの……、それじゃ仇名というか、そんな感じで『ゼロ』っていうのはどうでしょうか?」
そう言ったのは栞奈ちゃんだった。
「ゼロ? ゼロって数字の零か? なんでまた?」
「いえ、“世界”に“愚者”、それにARCANAってタロットカードがモチーフですよね? タロットの愚者には確かに番号を付けないものもあるそうですが、22番目のカードとするものや0番目のカードとする物もあるそうですし……」
「ですし?」
巨人と異星人に気圧されたのか、栞奈ちゃんが控えめに言い淀んだので俺は続きを促すためにわざとらしく首を傾げて見せて彼女の言葉尻を繰り返して見せる。
「そ、それになんか『ゼロ』ってヒーローみたいでカッコ良いじゃないですか!?」
「オデがヒーロー……?」
俺の真似をするように首を傾げて見せた巨人の様子はなんともユーモラスで、それで栞奈ちゃんの緊張が解れたようだった。
巨人の双眸はその大岩のように巨大な頭部には不釣り合いに小さく、だがつぶらな瞳をパチクリとさせているところなどは見ようによっては可愛いと言ってもいいのかもしれない。
「ふむ。あの子は地球人の割に他者の外見に怯えたりはしないようだな」
「そういや栞奈ちゃん、俺が改造人間だって知っても大して驚いているようには見えなかったな……」
たしか俺の時は「改造人間なんて珍しいっちゃ珍しいけど、そう驚く事でもない」なんて言っていたけど、栞奈ちゃん、一体どんなトコに住んでるんだ?
「……そういやアンタらには謝らねぇとな」
「何がだね?」
「栞奈ちゃんの事だよ。世界さんから計画に無い事だから止めとけって言われていたのに俺が勝手に栞奈ちゃんも連れて逃げる事にして、情けない事に2人に助けてもらわなければ栞奈ちゃんを守る事ができなかった……」
「君は自分の決断を後悔するかね?」
イっ君ののっぺらぼうの顔が見定めるようにしっかりと俺へと向けられる。
目が無いというのに彼からは強い視線を感じ、俺の胸の内まで丸裸にされてしまったような錯覚すら覚えるほどだった。
「いや……」
むしろ俺自身が彼に胸の内を伝えなければならないと思っていたのかもしれない。
「実の所、栞奈ちゃんを連れて逃げるという選択は後悔していないんだな、これが。恥ずかしいかなアンタらに頼らなきゃいけないっていうのは分かってるのに、アンタらが何と言おうと彼女を置いていくなんて選択肢は無いと思ってる」
自分でもまるで子供が駄々を捏ねているようだとは思う。
この地下アジトにある敵のロボットがあれで全部だとは限らない。
またロボットの集団に襲われたら2人に頼らなければならなくなるだろう。
1体1体のロボットは俺でも十分に戦える。
先に戦った集団の半分近くは銃を装備したタイプだったが、改造された俺の肉体と空手で鍛えた技と感覚はロボットたちに照準すら付けさせない動きを可能としていた。
だが誰かを守るとなれば話は別だ。
俺に栞奈ちゃんを守る力は無い。
だと言うのに彼女をここに置いていくという事など考える事もできず、それなのに自分に力が無いだけではなく、このアジトの情報も分からない俺は2人に頼りっきり。
情けない話だとは思う。情けないついでに恥ずかしさすら感じる。
だが異星人は俺の言葉を聞くと満足気にゆっくりと頷いてくれていた。
「うむ。それでこそだ。なあに、我々だって君を頼りにしているんだ」
『おいおい、大丈夫なのかい?』
イっ君が着込んでいる随分と物々しいボディーアーマーは防御のためだけではなく、先ほどロボットたちを撃ち抜いていたビームガンなどの武装や情報通信端末などの機能もあるらしく、左手の携帯型ゲーム機のような端末のスピーカーから世界さんの声が聞こえてくる。
「なあに大アルカナが3人もいて女の子1人、守れないという事もないだろうよ」
『はあ? 私は動けないし、仁の機能解除キーの解析にはまだかかるって、アイツはあんなんだし……』
「お、君もいれば4人か」
「なあ、大アルカナって何だ?」
俺を改造したこのアジトの持ち主とやらがARCANAという組織らしいし、それと関係あるのだろうか?
それに世界さんや、栞奈ちゃんに「ヒーローみたい」と言われてデレデレしているあの巨人も、しかも俺までその大アルカナってどういう事だ?
「ハハ! 3人目は私だよ! 仁君、私が“廻る運命の輪”だ」
『はあ? 博士、貴方は何を……?』
「ああ、仁君、大アルカナについて、そしてARCANAという組織については歩きながら話そうか?」
俺が栞奈ちゃんを守りたいという言葉のどこがそんなに気に入ったのかは分からないが、イっ君は随分と上機嫌な様子で巨人へと声をかける。
「そろそろいいかね?」
「おう! 博士、決めた! オデ、今日から本当の名前を受け入れられるようになるまで、オデはゼロだ!」
「それは良い! お嬢さんもそろそろいいかね?」
「あ、ハイ」
そこで俺は1つ気になった事ができた。
世界さんもゼロもイっ君という異星人の事を博士と呼んでいる。
ARCANAという悪の組織のアジトの情報に詳しくて、異星人の博士……。
「なあ、アンタの事を疑うわけでもないが1つだけいいか?」
「なんだね?」
「アンタ、もしかしてARCANAのメンバーなんじゃ、……いや、“だった”んじゃないのか?」
イっ君とARCANAが俺の中で結びついた最大の理由は俺自身の作られた体だった。
俺の身体が作り物である事はもはや疑いようもない。
だが人間の脳を機械の身体に入れ込んで、何の違和感も抱かせないで動かせるとはとても地球の科学力によるものとは思えないのだ。
それはまるで異星人の進んだ科学技術を想像するのはもはや必然であろうし、そして目の前に異星人の、それも仲間内で「博士」と呼ばれる人物が現れたら、そう思ってしまうのも当然だろう。
そしてイっ君は俺の質問にえらく軽く答えた。
「ああ、そうだ。私は元々、フラッグス移民船団という所で時空間理論学者をしていてね。仁君やゼロ君に搭載されている時空間エンジンの基礎設計を担当したのは私だよ」
『博士、その話も先に進みながら、このロボットたち……』
世界さんが先へ進むように促す。
彼女の言葉からロボットたちの残骸に目をやると、先ほどは家族たちの仇が目の前に現れた事で頭に血が上って気にも留めなかったが、ロボットの胸部装甲の左上部や右肩には「Ⅱ」や「Ⅴ」といったギリシャ数字がマーキングされていたのだった。
風邪ひきました……




