EX-3-6 巨人とのっぺらぼう
冬のアスファルトに張った薄氷を踏み砕いたような硬く軽い感触と、鉄柱を叩いて曲げた時の感触が同時に俺の右拳へと伝わってくる。
やはり痛みは無かった。
その原因が俺が改造人間にされてしまった事にあるのは明白だったが、その時、俺の胸の内を占めていたのはもはや痛みを感じる事もできなくなった我が身の事でもなければ、胸部を俺の拳で打ち抜かれてゆっくりと動作を停止していく赤い目のロボットの事でもない。
親父。
お袋。
そして、誠……。
傍から見たらヘンテコな家族だったのだろう。
50を過ぎてもまるで紅顔の中学生のような父に、競輪選手の太腿のような二の腕をした母。
そして母親似の俺と父俺似の弟の誠と見てくれはちょっとアレだったかもしれないけれど、極々、普通の幸せな家族だったのだ。
それが何故、どこにでもある当たり前の幸せを奪われなければいけなかった?
父も母もこの一つ目のロボットに殺され、もはや弟も生きてはいないだろう。
そして俺は脳味噌だけを作り物の体に押し込められ改造人間に作り変えられた。
何故、俺たち家族がこのような仕打ちを受けなければならないのか?
「仁、大学卒業おめでとう! 頼りないかもしれないけれど、僕は君の父親だ。いつでも応援しているよ!」
「仁ッ! 魂の炎で拳を焼き固めろッ!! 鉄よりも硬く、岩をも砕くほどに!!」
「はあっ……? 兄ちゃん、卒業旅行だってバイク乗って出かけてしばらく帰ってこなかったけど、香川で怪人と喧嘩してきたの……? ……やっぱウチの兄ちゃんは凄ぇなぁ!」
3人の声が思い起こされ、色鮮やかだったハズの家族との思いでは俺の心の中を真っ黒に塗りつぶしていった。
『退けッ! 頼むから、ここは退いてくれ! 仁ッ!!』
俺の頭の中で世界さんの悲痛な叫びが幾度も響いていたけれど、家族の仇を前に後退することがどうしてできようか。
「……なあ、世界さん? 前に俺のお袋が聞いてきた事があってよ。世の空手家は『一撃必殺』なんて言葉を至上命題のように掲げちゃいるが、フルコン系の空手の大会でだって滅多にそんなの見る事はないんだ。じゃあ一撃必殺って言葉は夢幻、妄想の類なのだろうか? ってな……」
『随分と個性的なお母さんだったんですね。……って、そんな事いいから!!』
空手というものは武道であって武術ではない。
ならば強くなりたいっていう子供の頃の思いを抱いたままの者が目的を成し遂げるためには空手は不適なのではないだろうか?
例えば茶道や野球など、戦うための武術は他にいくらでもある。
武道は、空手は戦うための力に対して無力なのだろうか?
……いや、違う。
「まあ、俺はあまり賢くはないからお袋の言わんとしている事はなんとなくしか分かんなかったから親父が教えてくれたんだよ。『レベルを上げて物理で殴れ』ってな!」
一つ目ロボットの背まで貫通している拳を引き抜き、前蹴りで突き飛ばしてから続々とエレベーターから降りてくるロボットたちへと飛び掛かっていく。
『ちょっ!? 仁、今のお前は人間に擬態している状態であって、機能を十全に使えない状態だって、そんな状態でマトモに戦えるわけが、戦えるわけが……、戦えてる……?』
ボクシングの高速のジャブは人間の反応速度を超え、そのためにボクサーは足技を捨てて下半身をフットワークに専念させて両腕で頭部を守る特異な姿勢を取る。
テコンドーの一気呵成の華麗な足技はその全てを防御する事は困難。故にテコンダー同士の試合は攻撃一辺倒となる。
それと同様。鍛え上げられた空手家の技は敵の全身全てを急所と変えるのだ。
実力が伯仲した相手の急所を攻めあぐねるから一撃必殺を為す事ができないのであって、ならば自分がもっと鍛えればいい。
それが俺が父と母から教えられた事だった。
極限まで鍛え上げられた空手の技は腕で受ければ腕を、脚で受ければその脚をも容易くへし折る事が可能なのだ。
そして、俺は鍛えていた。
ARCANAとかいう連中のロボットとも戦えるほどに。
『……んなアホな。ARCANAの尖兵ロボは下手な組織の現場指揮官級怪人並みの戦闘力があるっていうのに』
世界さんは驚きを通り越して呆れたような声を上げていたけれど、実の所、この1つ目ロボットは改造される前の俺や生前のお袋でもそこそこ戦えるような相手なのだ。
その俺の脳味噌を、世界さんが「奴らの技術力だけは本物」という連中が作った機械の体へと入れたらどうなるか?
俺自身、世界さんに言われるまでは僅かな違和感しか抱かなかったように、俺の作り物の体はまるで生身のように自由自在に力を振るう事ができた。
しかも、まるで重機のような人間を超越したパワー、自らが切って起こした風すら置き去りにするスピード。
恐らくは脳味噌も弄られているのか、その速さと力に俺自身が振り回されるという事もなく、俺は自分自身をしっかりとコントロールする事もできていたのだ。
ローキックは敵の膝を、ミドルキックは腰や脇腹を容易く砕く。
肘打ち、膝蹴りはロボットの装甲板の曲面に滑らされる事なく深く陥没させる。
手刀は金属のフレームを内部のケーブルごと断ち切ってみせ、指剣は敵の装甲の薄い箇所から容易く侵入して内部の機械を完全に破壊。
俺の回し蹴りはゴルフのティーショットのようにロボットの頭部を吹き飛ばす。
敵ロボットもただやられるだけではなく、前腕部の折り畳み式のカッターや、腰に取り付けていた紫電迸る電磁警棒、あるいはサブマシンガンでもって攻撃を仕掛けてくるものの、ある個体は俺の盾にされ、ある個体は俺の動きに照準を付ける事すらできずに次々と破壊されていく。
だが……。
『仁! 後ろッ! 栞奈がマズい!!』
「なっ……!?」
『ああ、もうっ! だから言わんこっちゃない!!』
すでに俺が破壊したロボットの数は20か、30か。
だが大型のエレベーターにひしめいていたロボットたちは未だ尽きる事なく、気付いた時には後ろにいた栞奈ちゃんもロボットたちに取り囲まれていたのだった。
幸いロボットたちは今すぐに栞奈ちゃんに危害を加えるつもりもないらしいが、かといって人体改造なんて非道を行う連中に彼女の身柄を渡すつもりもない。
家族たちの仇を一方的に蹂躙していく高揚感から一転、一瞬で青ざめた俺は慌てて栞奈ちゃんの元へと戻って彼女を守ろうとするものの、すでに俺はロボットの集団の只中。
手近なロボットたちを蹴散らしながら彼女の元へと進もうとするが、ロボットたちも戦法を変えたのか、時間稼ぎをするような嫌らしさが垣間見える戦い方に切り替えて、俺を包囲しながら数で押し包むような動きを取って、そのために俺は中々に上手く後ろへと下がる事ができなかった。
「ちぃっ! 世界さん、せめて栞奈ちゃんの周りのロボット連中のコントロールだけでも奪えないか!?」
焦りが詰めの甘さを生んだのか、腰部から立ち割られて上半身だけの姿となったロボットが俺の足首を掴んでそのために俺は足を止めてしまう。
例のハッキングの技術とやらで、せめて栞奈ちゃんの周りのロボットだけでもなんとかできないかと世界さんに頼むが、彼女の答えは妙にホッとしたものだった。
『……ふう。なんとか間にあってくれたか……。仁、もう大丈夫だよ』
「えっ……?」
俺が世界さんの言葉に戸惑いながら声を上げた次の瞬間、俺の周囲を取り囲んでいたロボットたちを数条の赤い光が撃ち抜いていき、まるで音楽イベントのレーザービームのような細い光線はその華やかさとは裏腹に被弾したロボットは小さな融解痕を付けて次々に機能を停止して倒れていく。
「ぬおおおおおおおお!!!!」
さらに改造人間である俺ですら立っているのも困難な地響きとともに現れた大男が栞奈ちゃんを取り押さえようとしていたロボットたちに躍りかかる。
大男というよりは、むしろ巨人といった方が近いのかもしれないような身長2メートル半、さらに頭の天辺から足のつま先まで全身が肥大化しているために体重はいかほどになるかは想像もできないような男が雄叫びとともにその巨大な腕を振り回して栞奈ちゃんの傍のロボットたちを一瞬で薙ぎ払っていたのだ。
「……この人たちが世界さんの言ってた御仲間さんかい?」
『そうだよ。間に合って良かった』
一時はどうなるかと思ったロボットたちの大群もあっという間に揃って粗大ゴミの仲間入りを果たす。
俺は救援にホッとしながらも、逃げるよう忠告してくれていた世界さんの言葉を振り切ってまで我を忘れてロボットたちに戦いを挑んだ事、そしてその結果、自分で助けると決めた栞奈ちゃんを危険にさらしてしまった事に恥じ入るしかなかった。
「ロボット、バラバラ! 仁、スゴイ! スゴイ!」
「ふむ。資料で読んだ以上の逸材じゃないか。初めまして、石動仁……」
その俺を巨人は電話帳を開いたように大きな掌を叩いて称えてくれ、さらに巨人の後ろから現れた青紫色の皮膚をした異星人と思わしき者も同意してくれていた。
その異星人はのっぺらぼうのように顔に目や鼻、口といった器官は見当たらないというのに、しっかりと視力はあるようで、どこから出ているのかは分からないが流暢な日本語を話している。
さらに異星人は着込んでいる随分とゴツいボディアーマーの前腕部に先ほど俺の周囲のロボットを薙ぎ払った2丁のビームガンを折りたたんで収納してから自己紹介をしてくれた。
「私はルックズ星人のイイイ・イイ・イイイイイ。こっちは番号無しの愚者」
ちなみに本編で登場したルックズ星人のアっ君がシュブ・ニグラス戦で使用した対香川県民用兵器はイっ君のボディーアーマーには装備されていません。
詳細は次回以降に書くと思いますが、アっ君が実体弾を使用する銃器を使うのに対して、イっ君がビームガンを使うのは……。




