13-3
便所コオロギとの舌戦、というか悪口の言い合いに勝った僕たち。
立体映像が消えると、便所コオロギの号令で一斉に襲い掛かってくるつもりだったのであろう怪人軍団が困惑する。
さて、ビルの中に入るまでは降伏勧告でもしようかと話していた僕たちであったが、さすがにこの人数はちょっと考えていなかったな。テレビで見た正月の福袋を買い求める人たちのようにごったがえしている怪人たちを見ていると「やっぱり無かったことに……」とか「次の機会に……」とでも言いたくなる。
「予に任せよ……」
エスカレーターの中ほどにいる僕たちだけに聞こえるように言うと、マックス君はゆったりと余裕を見せつけるように動かないエスカレーターを登っていく。
エスカレーターを上がりきると、くるりと身を翻しこちらを向く、優雅にマントの前を開けて左手を上げて怪人たちの注目を待つ。その目は慈母のように優しく、微笑みは全てを受け入れる王者のそれだった。
便所コオロギの消えた混乱が治まり、全ての怪人たちの視線が「異世界の魔王」へと注がれる。訪れる静寂。そして魔王は高らかに宣言した。
「許す。我が軍門に降る栄誉を与えよう! 命を無駄に捨てることもあるまい?」
は!? お前、何、言ってんの?
それで荒くれの海賊が降伏するとでも思ってんの? そういうのは少数を多勢で包囲するとか圧倒的な優位な状況で言うもんでしょ!? こっちの人数、分かってんの?
案の定、怪人たちはざわざわと騒ぎ出し、その表情は怒りに満ちている。
ヘッポコ魔王は顔面に空き缶を投げつけられて「あ痛ァ!」なんて言ってるし。
「ここは私に任せてください!」
胸の前で小さくガッツポーズを作った山本さんが僕とアーシラトさんに言うと、器用にエスカレーターの手すりに飛び乗る。
すでに怒り一色になった怪人たちはマックス君の時のように注目するような事は無い。だが山本さんは構わずにメンチを切って右拳を見せつけて言う。ヤクザガールズの組長の度胸は凄いね!
「オラァァァ! マックスの兄貴が情けかけてくれとんのじゃ!! 素直に甘えとけや! 兄ィは『魔王』と呼ばれた御人やぞ!! オォオォン!?」
山本さん? 山本さん!? 山本さーーーん!!??
ねぇ? 君たちさ。降伏勧告ってさ。「火に油を注ぐ」って意味じゃないよね? え? もしかしてヤクザとか魔族の間じゃそうなのかい?
「ふぅ……。駄目です……。あいつら、聞く耳を持ちません……」
なんて言ってるけど、むしろ説得する気あった? 今なら報奨金目当てに皆殺しにするつもりです! なんて言われても驚かないよ? 僕。
ていうかさ。マックス君は「魔王と呼ばれた御人」じゃなくて、本当に魔王なんだけど。
「わっ! わっ! わわっ! 何故だ!?」
マックス君の慌てた声で我に返ると、目の前に怪人たちから投擲された槍や棍棒などの武器が迫っていた。それは魔法使い3人の魔法バリアで全て防がれるが、階下から怪人集団が一斉に登ってくる。飛べる怪人が飛び上がって僕たちに迫りくる。
「不味い! 早く行きな!」
アーシラトさんに急かされて慌ててエスカレーターを駆ける。2階のマックス君と殿のアーシラトさんの魔法射撃に援護されて辛くも登りきるが敵の数が多すぎる。いまだ外からビル内に怪人が雪崩れ込んできているのだ。
「ちぃっ! ここは予に任せて貴公らは先に行け!」
マックス君が刺突剣を腰から抜いて指揮棒のように降ると虚空に魔法陣が幾つも現れて、その一つずつから火炎弾や氷柱弾が発射されていく。
「先に行けってマックス君は!?」
「予はここで敵を食い止める!」
「そんな……!」
「それに! この先にも番人がいる! と言っていたではないか! 挟み討ちにされるぞ!!」
走るでもなく、飛ぶでもない跳躍で一気に2階に上がってきたノミ型怪人と切り結びながらマックス君が僕たちを急かす。
不意に僕の脳内にあの人たちの事が浮かんでくる。
父さん。
母さん。
マーダーヴィジランテさん。
譲司さん。
世界さん。
そして兄ちゃん。
いずれも死んでいった人たちだ。
「行くぞ! 誠!」
アーシラトさんが僕を急かす。分かっている……。分かってはいるんだ……。
「でもマックス君を……!」
置いてはいけない。そう言おうとしたが。
「誠殿。貴公は優しいな。そういう者のためにならば予は命を懸けられる。貴公もそうであろう? 貴公のの守りたい者のため、今は行け!」
ノミ怪人を唐竹割のように両断したマックス君がこちらに笑みを向けてから背を向ける。自動制御なのか魔法弾を吐き続ける魔法陣に並び、剣を振るいさらに魔法陣を展開していくマックス君。
「死ぬなよ……」
背中にアーシラトさんが言うと、マックス君が顔だけ振り返り。
「May the force be with you」
と返す。アーシラトさんが手の平を向けて人差し指と中指を、薬指と小指をそれぞれくっつけて、中指と薬指を離した印を見せる。
うん。この2人が相容れない存在だということは分かった。
僕もアーシラト、山本さんに続いて駆けだす。
3階へと続く階段を目指して走る僕達。
その僕たちの行く手を遮ったのは巨大な怪人。天井に頭が付きそうなそれはゴリラか? 最初は行き止まりかと思ったほどに縦にも横にも巨大な怪人だった。
突如、速度を増してゴリラ怪人に突っ込んでいくアーシラトさん。
某国会議員ばりのヒップアタックで突っ込んで、それで怯みもしなかった怪人の腕を掴んで自分の体を軸にして放り投げる。
ゴリラ怪人が壁をブチ抜いた先は結婚披露宴にも使えそうなホールだった。
「お前さんが相手してくれるのかい? なんならお前ら全員、まとめて相手してやってもいいぜ……?」
ゴリラ怪人が起き上がって此方を睨みつけてくる。全身真っ黒な肉体に2つの目だけが白い。立ち上がると全身のはち切れんばかりの筋肉が毛皮越しでも自己主張していた。
そのホールは天井が高く、このホールだけ2階と3階とブチ抜きで作っているのであろう。照明も明るく真っ黒な怪人でも良く細部まで見えるのだ。
「うんにゃ! お前なんぞ、アタイ一人で十分だね!」
アーシラトさんもホールの中に歩を進める。
「勝てるとでも?」
ゴリラ怪人の見た目通りに野太い声がガランとしたホールに響く。
「やる前から負けること考える馬鹿がいるかよっ!」
シュッ! っとアーシラトさんの蛇の下半身が伸びてゴリラ怪人にビンタ! 怪人も物ともせずにボディーブローで返す。アーシラトさんも今度は逆の手でビンタ!
アーシラトさんも怪人も凄まじいタフネスだ。己の肉体を誇示するように相手の攻撃を避けようともせずに受け止める。
「あ、アーシラトさん!?」
「とっとと先に行きな!」
アーシラトさんの必殺のラリアット、アックスボンバーが怪人の喉へ炸裂する。が、ゴリラ怪人は気にせず、むしろアーシラトさんの体を掴んで放り投げようとする。だがアーシラトさんの下半身は長い蛇のそれだ。逆に怪人の体に巻き付きながら後ろからヘッドロックをかける。
「行きましょう!」
山本さんが僕の手を掴む。
「うん! アーシラトさんも御気をつけて!」
「任せとけっての!」
顎を突き出してヘッドロックから禁断のチョークスリーパーへ移ったアーシラトさん。
駆けだす僕たち2人の後ろからアーシラトさんの怒声が聞こえる。
「アタイの足を折ってみろ!」
そんなことを言ったって、アーシラトさん。足、無いじゃん? 付き合わされる怪人も大変だな。
非常階段を見つけ、3階へと上がった僕たちを待ち受けていたのは便所コオロギだった。
あの便所コオロギだ。
パンっ!
パンっ!
パンっ!
魔法短銃を連射しながら便所コオロギへ突進していく山本さん。接近して回し蹴りを放つと三角帽子が落ちてツインテールが露わになる。
弾切れになったマカロンを捨ててスカートから魔法短刀を引き抜いて斬りかかる山本さん。
便所コオロギは短銃、蹴り、斬撃と全ての攻撃をスウェーで躱す。
便所コオロギがパチンと指を鳴らすと体の周囲に3つの火球が浮かび上がる。そして火球は次々と山本さんへと襲い掛かる。
山本さんも側転しながら2つは避けて、1つは魔法障壁で受ける。
「ふむ。そういえば自己紹介がまだでしたね。私はDr.ウォルター・クラウザー。仲間内からは魔術師と呼ばれております! 理由はもちろん……」
そう言って便所コオロギは指を鳴らす。再び現れる3つの火球。
「『発達しすぎた科学は魔法と見分けがつかない』なんて言葉がこちらの世界にはあるようですが、ええ、私も同感ですな!」
「貴方、こっちの世界で産まれてたら、あだ名はきっとトイレット博士だね!」
「は?」
山本さんが楽しそうにツインテールを揺らしながら喋る。僕からは顔が見えないがきっと悪い笑顔をしているんだろうな。
「だってそうでしょう? ドクトルって『医者』とか『博士』って意味でしょう? で、ウォルター・クラウザーの頭文字はW・C。ほら! トイレット博士だ!」
「…………」
無言で火球を放り投げる便所コオロギ博士。
火球をすり抜けた山本さんの斬撃が見舞うが、敵を後ろに退かせるにとどまる。
「オジキさん! ここは私が! 先に行ってください!」
「ゴメン! 山本さん!」
山本さんの言葉に甘えて先を急がせてもらう。異次元ゲートを早く封鎖しないと!
そして、遂に僕は屋上への扉まで辿り着いた。
これで第13話は終了です。
第14話でハドー戦は御仕舞にしたいです。




