引退変身ヒーローたちは学校に行く-3
その後も何事もなく、というか、言いたい事も言えないままにアパートの前についてしまっていた。
真愛さんの自宅はアパートのすぐ隣なわけで、「遅くなったから家まで送るよ」という手も使えない。
僕はどこかホッとしたような気持ちを抱きながらも、それ以上に自分の気持ちを伝えられずに今日を終えてしまう事の焦燥感に存在しないハズの胸がジリジリと焦がされていく思いを抱いていた。
「……真愛さん?」
ふと気付くと真愛さんは振り返って僕の事を見つめていたので、心の底を見透かされたようでギョッとさせられたけど、よくよく彼女の視線を見てみると、僕を見つめているというよりは僕の背後、遠くを見つめていたようで不審に思い、彼女に声をかける。
「あ、ゴメンなさい。……アレ、何かしら?」
「アレ……?」
僕も振り返って真愛さんの視線の先を探すと、遠く東の方角、夜の薄闇に包まれた夜空に蜘蛛の糸のように細い緑や青の光が飛んでいた。
それは音楽イベントなんかで使われるレーザーのようでもあったけれど、光線は地上から空へと伸びているわけではなく、空のいたるところから空中の何かへと向かって放たれていたもののように見える。
「ううん? アレ、多分、レーザー砲とかビーム砲だと思うよ?」
「ああ、やっぱり……。いずれにしてもあれだけ遠くだと東京湾の上かしらねぇ?」
「……多分ね」
僕の2連装アイカメラのステレオレンジファインダーの機能で、光線の発射地点を電脳内地図に表示させてみると真愛さんの想像通りに複数の飛行物体はいずれも東京湾上空で戦闘起動を取って何かと戦っているようだ。
「こうして見ていると綺麗なものねぇ……」
1日の終わりを迎えつつある住宅街ののんびりとした雰囲気に飲まれてか、色とりどりの光線を呆けたように眺めている真愛さん。
僕はこれ幸いと意を決して時空間エンジンの出力モードをecoモードからコンバットモードへと切り替える。
「もう少し、見やすいところに行こうか?」
「え? ちょっ! 誠君!?」
僕は真愛さんの腰と両膝の下へと手を伸ばして抱き上げて跳ぶ。
アパートの境界線を示すブロック塀へと跳び、さらに2階立てのアパートの屋根の上へと。
「驚いた?」
「もう、誠君ったら……」
「ハハ、ごめん、ごめん!」
アパートの上は思った通りに見晴らしが良く、真愛さんも口では不平を言っていたけれど、その顔は子供が悪戯を共におこなう友達に向けるような笑顔を向けてきてくれていた。
ただ昼の日光を浴びて未だ熱を持ったままの屋根のガルバリウム鋼板は座るのには少し熱そうだ。
手元にデスサイズマントを転送して、片面を滑らないように粘着質になるように組成を変更してから屋根の上へと敷く。
「座ろうか」
「あら、紳士なのね!」
クスリと笑った真愛さんがマントの上に腰を下ろしてから僕も隣へと座ると2人の間を心地いい風が流れていった。
「誰が戦ってるのかしら?」
「片方はブレイブファイブのファルコンメカとオルカメカ、いや今はドルフィンメカか。……で、戦ってる相手は誰だろ? よく異星人が使ってるタイプの多目的戦闘機だってのは分かるんだけど……」
昔は僕も女の子に知識をひけらかすような男はどうかと思っていたのに、ついつい自分もやってしまう。
だって好きな女の子の前じゃカッコつけたいんだもの。
しかも僕の場合はガチの実力じゃ真愛さんに敵わないわけで、こういう時くらいしか落ち着いてカッコつけられないのだ!
とはいえ、異星人が乗っているのであろう多目的戦闘機はよくある量産機で、しかも様々な星系に輸出がされているようなベストセラー機であるので僕の電脳内データベースをもってしてもそれ以上の事は分からない。
まあ、特にカスタマイズされているわけでもない、売ってある物を買ってきてそのまま使っているような連中なので、昨日今日と世間を騒がしているこの街からの脱出組なんじゃないかと思う。
「アレかな? 脱出するんだからって、ついでで何かやらかして、それでブレイブファイブと戦闘になったとか?」
「ああ、なるほどね。誠君から見て、勝てそう?」
「うん。ほれ、今、地上から伸びた対空砲火、アレは犬養さんのハウンドメカ。空中戦は2対15だけど地上からの援護も厚いし、大丈夫じゃない?」
そもそも他星系に大々的に輸出されるような兵器なのだ。
当然、輸出元では敵に回ってもいいような旧式機という扱いらしいし、そもそも宇宙空間や様々な環境の惑星内で使われる多目的戦闘機では、いくら技術力が劣るとはいえ地球の環境に特化したブレイブファイブの戦闘メカ相手では分が悪いだろう。
気合の入った侵略組織なら「地球侵攻カスタム」みたいなのを作ってくるわけだけれども、そういうわけでもない。
なら、安心して見てられると言っていいんじゃなかろうか?
そうこう言っている内に地上から伸びる連射式レールガンの弾幕に追われた異星人の戦闘機がファルコンメカの翼内熱線砲の射線に入って盛大に炎上しながら墜落していく。
「こうして見てると花火みたいなモンだね」
「ホントねぇ……」
空のあちこちから飛ぶ色とりどりの光線。
空対空ミサイルの噴射炎。
対空砲火の火球。
そして時折、空中に咲く爆発という大輪の花。
もう少し盛大だったら本当に真夏の花火大会のようだったけれど、ペイルライダーとの激闘の後という事もあってか、こうしてしんみりと2人で綺麗な物を一緒に見ているというのも良いものだと感じていた。
やがて数機の多目的戦闘機が撃墜された事でフォーメーションが崩れたのを好機と見たのか、大型の戦闘攻撃機型のドルフィンメカが機関砲の弾幕射撃のように機体の各所から空対空ミサイルを吐き出しながら突撃を開始する。
そろそろ終わりだろうか?
ふと隣の真愛さんの顔を覗き見ると、風に長い髪を煽られるのも構わずに遠くの戦火をじっと見つめていた。
「……綺麗だ」
「え? 誠君はビームとか見慣れてるんじゃない?」
「真愛さんが、だよ」
驚いたようにこちらを向いた愛しい人と目が合う。
「外見の話だけじゃなく、僕は真愛さんの心の優しさが美しいと思う。僕はその優しさに救われていたんだ。だから僕は貴女が好きだよ」
真愛さんは僕の告白に答える前に、隣り合って座る2人の隙間を埋めるように動いて肩を合わせる。
「誠君、私も貴方が好きよ。たとえ勝ち目の無い相手にだって向かっていける、芯のある強さのある貴方が好き。貴方がいなくなるなんて耐えられない、誠君とずっとそばにいたいわ……」
「真愛さんが望む限り、ずっと一緒にいるって約束するよ……」
視線を絡ませ合った2人は何も言わずに互いの顔を近づけていく。
彼女の吐息が僕の顔にあたる度に確かに真愛さんがそこにいるという実感で僕の心は安心と多幸感に包まれ、さらに彼女を求めて口付けるために首を曲げてさらに近づけていった。
GYAAAAAA……!!!!
「「チッ……!」」
でも後少しで唇がくっつくという時に天をつんざく咆哮が響き渡ると、僕と真愛さんは揃って舌打ち。
「あん畜生、追いつめられたからって圧縮格納していた怪獣を投下解凍しやがったな!!」
「誠君、アレは“怪獣”じゃなくって“お邪魔虫”っていうのよ?」
一瞬だけ、怪獣の咆哮が聞こえてきた方を向いてから真愛さんの方へと向きかえると、さっきまでの熱で瞳を潤ませたような顔はどこへやら。笑顔のまま目尻をヒクヒクと痙攣したように動かして随分とお怒りのようだった。
もちろん僕だってそうだ。
「それじゃ、ちょっくら害虫駆除に行ってこようかな?」
「奇遇ね、ちょうど私も同じ気分なの」
「気が合うねぇ……」
僕と真愛さんはアパートの屋根の上に立ち上がると東の空の方を向く。
僕の左手に真愛さんの右手の指が絡んでくると、僕はしっかりと彼女の手を握りしめた。
「「変……身……!!」」
引退変身ヒーロー、学校へ行く! 完
以上で本編は完結となります。
初投稿から2年半ほど、思ったよりも長丁場になったので最後に「完」と打ち込んだ時は感無量でした。
読者諸兄にはお付き合い頂き感謝しかありません。
本編は今回で終わりですが、番外編「The beginning」投下予定です。
よろしければお付き合いください。




