H市警察密着24時 午後3時-2
「それじゃ、ちょっくら仕事してくっか~!」
「あ、おい、君!」
挨拶もそこそこにD-バスターはのんびりとした歩調で事務所入り口へとまっすぐに歩いていく。
作戦について打ち合わせたわけでもなければ、現場からの現状報告を受けたわけでもない。
当然、現場の刑事たちも彼女を止めようとするが、出入口前にいる1体と窓からこれ見よがしに事務員を人質に取っている1体のサイボーグから丸見えの状況。
警察が突入を開始したと判断され、人質に危害を加えられるのを恐れて警察官たちはD-バスターを押しとどめる前に足を止めてしまう。
「……山さん、あの顔、どっかで見たことないっスか?」
「うん? そういえば……」
事務所前の駐車場を歩いていくD-バスター1号は犯人たちに武器を持っていない事を見せつけるように両手を上げてヒラヒラと振り、途中に停まっていた1台のワゴン車のフェンダーミラーにジャケットを脱いで掛けて武器を隠し持っていない事を強調。
顔の横で右手の人差し指と中指を立てて山永刑事たちへ振って見せてから前進を再開したD-バスターを見て通信担当の巡査長がボソリと呟いた。
言われてみると山永にも見覚えのある顔である。
「そういやぁ、モグリのレスキュー・ファイターがあんな感じの顔じゃなかったか?」
「ああ、きっとそうです。でも、なんであの娘が警察に? しかも機材扱いって……」
警察で「未登録のレスキューファイター」と認識されていた女性3人組とは、長い地下での潜伏期間に暇を持て余していたD-バスターたちの事である。
山永刑事たちには知る由も無かったが、長い潜伏生活で暇を持て余したD-バスターたちは警察や消防の無線を傍受し、ヒーローたちが駆けつける前にささっと人命救助して帰るという「正義の味方ごっこ」をしていたのだ。
当然、活躍の場を奪われたヒーローにとっては報奨金を得る機会を失うわけで、「ヒーローの活動資金を奪う」という名目で「UN-DEAD」でも許可されていたその活動においては多くとも3体のD-バスターしか出動する事がなかったために警察には女性3人組と誤認されていた。
その縁もあってD-バスターは警察に非常勤職員として採用されていたのだ。
「おいっす! 相変わらずワンパクしてんねぇ!」
「お、おう。てかD子ちゃん、どうしたのよ?」
「それが先週の騒動でウチ潰れちゃってさあ! 私はとりま警察に再就職ってとこ」
D-バスターは事務所前まで行くと窓から上半身を見せている3本爪のサイボーグ怪人と出入口前に出てきている傾斜装甲のサイボーグで手を上げて人懐っこい笑顔で声をかける。
様々な組織の集合体であった「UN-DEAD」ではあったが、それ故に怪人に使われていた機械部品の規格は多種多様であった。そのため大規模な生産設備を持たない「UN-DEAD」に代わり、地球の技術力で生産できる部品の受注生産を行っていたのが「テック・マニアック」であった。
そのため、自動車整備工場に立てこもるサイボーグ3体はD-バスター1号とも顔見知りであったのだ。
「ああ、先週は大変だったみてぇだな。狩野さんは元気?」
「あの人は私らと鉄子ちゃんを逃がすために敵に突っ込んで死んだよ」
先週の邪神ナイアルラトホテプによる騒動は各メディアの報道も盛んではあったが、その後に起きたペイルライダーによる事件により報道の熱はそちらに移っていたのだ。
事件の犠牲者はペイルライダー事件の方が大きく、デスサイズの死と復活、魔法少女プリティ☆キュートの復帰といい世間の興味がそちらに移ったせいとはいえ、「テック・マニアック」の者たちにとっては自分たちの取引先である「UN-DEAD」の面々の消息を知ることができずにやきもきさせられていたのだ。
「マジかぁ……。あの人がなぁ。お宅らの怪人さんがあの黒いスライムみてぇなのに体を乗っ取られたってのは聞いてたけど、狩野さんはただの人間だから、もしかしたら生きてんのかと思ってたんだけどなぁ……」
「ナチス・ジャパン」の各種兵器で使われる銃弾や砲弾、各機材の保守管理に用いられる部品の生産を担当していたのも「テック・マニアック」であり、その発注担当を鉄子から任されていたのが狩野である。
事務所出入口前に出ていたサイボーグ怪人の全身を覆う傾斜装甲の表面硬化処理は「UN-DEAD」が有する異星技術によって行われており、そのために狩野と傾斜装甲のサイボーグは顔を合わせる機会も多かったのだ。
「それじゃ、ライノさんはどうなったんだ? やっぱり……」
「あの人も私らを逃そうと戦ってさ、ショゴスに体を乗っ取られて、あ、でも体を乗っ取られた後だけど、『テック・マニアック』に作ってもらった粘着榴弾でデスサイズを数時間、戦闘不能にしたってよ!」
窓から上半身を見せていたサイボーグがその腕の3本爪のパワーアームで事務員の顔を掴んだまま体を窓から乗り出して訪ねてくる。
片やグレネード・ランチャー、片や大型のパワーアームと両腕が異形の姿となりマトモな社会生活が営めなくなった者同士、両者は一種のシンパシーに近い友情を感じていたのだ。
ニュース映像で「UN-DEAD」所属の怪人たちが自我を乗っ取られて邪神の尖兵となった事は知っており、3本爪のサイボーグもライノ・グレネードの消息は絶望的だとは思っていたものの、D-バスターから彼の最期を聞いてわずかばかりの安堵を得ていた。
旧式もいいとこのライノ・グレネードがあの大アルカナであるデスサイズに損傷を与え、しかもそれが自分が卸した粘着榴弾によるものだとは3本爪にとっては最高の慰めである。
「……うん。悪かったな。そっち行って座っててくれ……」
感傷的になったのか、3本爪のサイボーグ怪人はその重機のような腕で挟み込んでいた人質を解放すると、その場で事務員の女性はへたりこみ、事務所の奥から姿を現した頭部が大型のカメラとなった長距離偵察用サイボーグが女性に肩を貸して立ち上がらせて椅子に座らせる。
「なんか悪いね」
「いや、良いよ。それよりD子ちゃんはなんでまた就職先に警察なんか」
「ほれ、鉄子ちゃんってナチでしょ? 今は銀河帝国の皇女サマがいるからいいけど、皇女サマが国に帰った後にイスラエルが鉄子ちゃんの引き渡しを要求してくることもあるわけで……」
現に鉄子の身柄を預かっている特別養護老人ホーム「天昇園」ではすでにイスラエルのナチ・ハンターによる襲撃を受けていた。
今の所は工作員たちによる襲撃は失敗に終わっているが、日本政府が彼女の身柄の引き渡しを決めてしまえばそれも叶わない。
「ああ、で、その前に政府に恩を売っておこうと?」
「そういうこったね。ついでに言うと私はお兄さんたちにも死んでほしくないんだよね」
その言葉は多くの仲間を失ってしまったD-バスターの本心からのものであった。
「お兄さんたちの仲間は2手に分かれて陸路を進んだ方は箱根近くで警察の追跡を振り切ってるし、マリーナでクルーザーをかっぱらった方は房総沖で潜水艦に拾われたらしいよ? もう投降してもいいんじゃない?」
「UN-DEAD」と「テック・マニアック」がいくら交流があるとはいえ、昨日設けられたばかりの撤収支援用の箱根臨時アジトの存在をD-バスターが知るわけもないし、どこの組織でもそうであるが潜水艦の運行情報などは機密情報もいいとこ。
当然、D-バスターの言葉は信憑性のあるものとして受け取られていた。
「殿としてやることはやったんだし、後は投降しても良いと思うけどな。怪人刑務所に行っても奉仕活動でいくらでも刑期は短縮できるってよ?」
「う~ん、って言ってもなぁ……」
「まさか、こんな事で死ぬ気? 逃走用のヘリを要求してるのは聞いてるけど、まさか、ホントに逃げ切れるだなんて思っていないよね?」
仮に警察が要求に応じてヘリコプターを用意したとしても、サイボーグ怪人だけではヘリが市街地上空を過ぎた時点で対空ミサイルで撃ち落とされて終わり。
仮に人質を連れてヘリで逃走したところで、ヒーローたちの最優先目標になるのは明白であるし、現代においては空からの逃走は自動車を使った地上での逃走よりも難しいのは言うまでもない。
ヘリでの逃走は空を飛ぶ事のできるヒーローが少なかった時代の手段であり、現代においてはレーダー網の発達により捕捉され続けるリスクの方が大きいのだ。
「いやあ~。そういうわけでもねぇんだけど……、まぁ、D子ちゃんが相手だからぶっちゃけるけどさ……」
「お、何でも言ってみ?」
「なんつ~かさ、サイボーグ3人も雁首並べて、ただのお巡りさんに降参するってのも、なぁ?」
「そうそう! とっととどっかのヒーローでも来てくれれば白旗上げやすいのになぁ……」
「『UN-DEAD』のD子ちゃんなら分かるっしょ? 刑務所行っても舐められたくないわけよ!」
「なるへそ、なるへそ……」
命が掛かっているのに「舐められたくない」というのもどうかと思うが、世の中にはそんな理由でウン十年に渡って地下暮らしを続ける者だっているのだ。
そして、その地下潜伏生活を送っていた者の末路を誰よりも知っているのがD-バスターだ。
ここはなんとしても穏便に投降してもらおうとポケットからスマートホンを取り出す。
「ようするに投降して面目が立つ相手が来てくれれば良いって話っしょ? なら任しといてよ!」
「うん? どうすんの?」
「パイセン呼んでみるわ~!」
「は? 誰よパイセンって?」
「うん? 石動誠、知ってるっしょ?」
「ちょ、ちょっと待て!?」
デスサイズには人質が通じない事はこの業界の誰しもが知っているところである。
その理由は諸説あり、人質に危害を加える前に制圧する事ができる性能があるからだと言うものもいれば、そもそも人質の安全など最初から考慮していないと考える者もいる。
だが、いずれにしてもデスサイズが来てしまえば投降の意思を示す前に殲滅されかねないとサイボーグ怪人たちは戦々恐々としていたのだ。
「あ……、パイセン、今日、ペイルライダーの騒動のせいで休校になった分、7時限目あるんだってさ! 同じ理由で真愛ちゃんも来れないって!」
スマホのタッチスクリーンを操作してメールを入力していたD-バスターだったが、しばらくしてメールの返信が来ると残念そうな顔を見せ、反対にサイボーグたちはホッとしたように肩を降ろす。
今度はメールではなく通話のため、スマホを耳に当てて「ちょっと待って」とばかりにサイボーグたちに頭をチョンと下げて見せる。
「あ~、私、私! 今、泊満さん暇? え、入院してる? じゃあ、井上のジーサンは? 風呂ぉ?」
「……ねぇ。D子ちゃん、実は俺らの事、亡き者にしようとしてる?」
「あ、ちょっと待って……。そんな事は無いよ! 泊満さんとか井上さん相手なら投降しても箔がつくかなって」
電話が繋がってからD-バスターの口から次々と飛び出す剣呑な名前に思わず傾斜装甲のサイボーグが呟くと、通話中のスマホのマイクを押さえたD-バスターが安心させるように笑顔を向けてきた。
「……なら、もうちょっとランクを落としてくれてもいいよ?」
「あいよ。助かるわ。……あ~、お待たせ! じゃあさ、私、今、ZIONの近くなんだけどさ、なんかこうビシッとインヅダ映えするような連中を送ってくんない? ……あい、あい、アイヨ~! それじゃ、ヨロシクゥ!!」
「いやぁ~、新聞には載るかもしれねぇけど、インヅダには載らねぇと思うよ?」
通話を終えたD-バスターから「ハドー獣人がヤクパンに乗ってくる」と聞き、それで3名のサイボーグ怪人たちは納得してヒーローがデリバリーされてくるのを待つ。
到着を待つ間、先ほど3本爪のサイボーグから解放された女性事務員が淹れてくれた煎茶を飲みながらD-バスターは青空を仰ぎ見ていた。
(……そういや、鉄子ちゃん。ちゃんとハロワ行ったかな?)
鉄子ちゃんってこれからどうすんだろうね?




