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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
最終話
502/545

H市警察密着24時 午後3時-1

 魔法少女プリティ☆キュートの復帰。

 そして改造人間デスサイズの復活とプリティ☆キュートとの共闘は変化をもたらしていた。


 ペイルライダー撃破から2日後。


 H市南部に位置する自動車整備工場を20両近くのパトカーが包囲していた。


「あ~! あ~! テス、テス……。こちらは警視庁H署刑事課の山永だ。そちらにも要求はあるのだろうが、くれぐれも人質には危害を加えないでほしい。けして悪いようにはしないから!」


 パトカーに搭載された拡声器から1人の老刑事が工場の事務所に立てこもる怪人に対して呼びかける。


 時刻は午後3時。

 都内から神奈川を通り大阪へと至る国道1号線にて別件のため張られていた検問にH市から離脱する組織「テック・マニアック」の部隊が捕捉され、その内の1台の車両がパンクにより近隣の自動車整備工場へと押し入り、工員、事務員合わせて5名を人質に取って籠城していたのだ。


 犯人グループを刺激しないように現場を包囲するパトカーのサイレンは消されていたが、それでも現場に詰めかけるパトカーとその回転灯により周辺は異様な雰囲気が立ち込めている。


 立てこもり犯が「テック・マニアック」の改造人間3名という事もあってか、警察の包囲網の外側でも危険と判断され野次馬の姿もまばらである。


「我々の要求は1つ。逃走用のヘリを用意しろッ!!」


 山永刑事の呼びかけに対し、事務所から不用心にも1体の怪人が出てきて声を張り上げる。


 シルバーのボディアーマーに身を包まれた「テック・マニアック」の装甲サイボーグだ。


 事務所の窓は開け放たれ、1名の女性事務員が別のサイボーグの3本爪のパワーアームに頭を掴まれ恐怖で顔を歪めているのが警察官たちに見せつけられていた。


 残る1体のサイボーグの姿は窓からも出入口のガラス張りのドアからも窺い知る事はできない。


「お前たちの要求は分かった! だがヘリを用意するのにも時間がかかる! けして早まらないでくれ!!」


 山永刑事は拡声器で犯人たちに答えるものの、振り返って拡声器を下したその表情は険しい。


「チィッ!! あの日和見の根性無しどもめッ、とっとと諦めて投降すりゃあいいものを!」


 SUV車型の指揮車両へと移った山永刑事は署内の本部との通信を担当している巡査長へと愚痴をこぼす。


 それは愚痴というにはいささか毒の効いた物言いであった。


 それは定年間際の厄介な事件という事もあったが、昨日、今日と似たような事件が続いた事による恨み言という意味合いも多分に含まれている。


 複数の組織が一斉にH市から離脱していく。

 プリティ☆キュートとデスサイズの共闘というのはそれほどのインパクトがあったのだ。


 片や単独でノストラダムスが予言した「アンゴルモアの恐怖の大王」を撃破した魔法少女、片や大アルカナ最後の生き残り。


 そのデスサイズがプリティ☆キュートの相棒(サイドキック)に収まるなどと誰が考えただろうか?

 特に「テック・マニアック」のような中小の組織にとっては悪夢としか言いようがないだろう。


 なにしろ「テック・マニアック」のように昨日、今日と相次いでH市から離脱していく組織はほぼ例外なくあまり好戦的ではない組織ばかり。

 この場合、「好戦的ではない」とは「非合法活動を好まない」という意味ではなく、けして表舞台には出てこないで社会の影で暗躍しているという意味である。


 なにせゴールデンウィーク初日のハドー総攻撃や先週の邪神ナイアルラトホテプの軍勢による事件で自分たちの縄張りを荒らされても沈黙を貫いていたような組織たちなのだ。

 そのような組織であるからプリティ☆キュートとデスサイズの両者を相手にするような愚を犯さずに速やかにH市からの離脱を決定したのである。

 山永の「日和見の根性無し」とはこのような性質を指していた。


「昨日からヒヤヒヤしてたが、ついに籠城なんて面倒が起きちまったかぁ……」


 指揮車に置いていたペットボトル入りの麦茶を呷りながら老刑事が整備工場へと鋭い視線を送る。


 昨日から相次いでいた事件のほとんどは警察が追跡を振り切られていたり、あるいは某警備会社の異星人3人組に制圧されたり、旧式戦車による長距離狙撃により撃破されていたり、悪魔や妖怪の集団により取り押さえられていたり。

 だが、そうそう幸運が続くわけもなく、ついに籠城事件の発生を許してしまっていたのだ。


「山さん、本部から『特殊機材を送る』との通信です」

「特殊機材? 何だ、そりゃ!?」

「そこまでは……」


 通信担当の巡査長と山永刑事は顔を見合わせたまま、互いに首を傾げてみせる。

 近くにいた刑事課の者や機動隊員に聞いてみるも「特殊機材」について心当たりのある者は誰もいない。


「うん? じゃあ、その特殊機材ってヤツの担当者も来てくれるって事か?」

「そういう事……、なんでしょうか……?」

「だとしても『技術屋』の怪人相手に人質に危害を加えないで、となると……」


「技術屋」とは「テック・マニアック」のあだ名のようなものである。

 彼らの主戦力である装甲サイボーグは戦闘能力はそこまで高くはない。せいぜい事務所に立てこもっている3体のサイボーグを合わせてもハドー怪人1体と同程度の脅威度しかもたないであろう。


 だが純地球産の技術で作られている割に損傷に対する耐久性は素晴らしく、完全に破壊するまでは動きを止める事がないと言われていた。

 警察にとってはそんな耐久性を持ったサイボーグに人質を取られるというのは非常に仕事がやり辛いと言えるだろう。


 事務所の前に出ているサイボーグも窓から女性事務員を人質に取っている3本爪もそれを理解しているからこそ狙撃を気にしないでいられるのだ。

 これが人質さえいなければ機動隊狙撃班の12.7mm対物銃に対怪人ロケットランチャー、あるいは犯人を刺激しないように後方に控えている警察戦車(ヒトロク)ですぐに決着がつく話なのだ。


「連中のサイボーグは人口神経回路が2系統、用意されてるって話じゃないか。つまりちょっと穴を空けたくらいじゃ駄目で1発で機能を停止させなきゃならねぇってんだろ? 果たして特殊機材ってヤツがどこまで役に立つもんかねぇ……」


 籠城事件の現場指揮官を任されるくらいである。山永の上司から信任は厚い。

 その山永も昨日から続く一連の騒動によって焦れていた。

 目の下には大きなクマができている。


「プリティ☆キュートが復活したくらいでこの街から出ていくなら、最初からこっち来んなって話ですよね」

「そらぁ、お前ェ、アレよ」


 疲労の色濃い山永を気遣ってわざと巡査長が話を逸らす。

 山永も部下の気遣いが分からない男ではないし、籠城事件ともなればともすれば長丁場になりかねないのだ。メリハリとばかりに部下の軽口に付き合ってやる。


「お前さん、『ひっぷほっぷ』とか好きだろ?」

「え、ええ……」

「んじゃ、アメリカ帰りのひっぷほっぱーって聞いたら、どこにいたと思う?」

「うん? やっぱりニューヨークじゃないスかね?」


 巡査長はいきなり趣味の音楽の話題となって怪訝な顔をしながらも、表情を緩めた老刑事の話に付き合ってやる。


「だよなぁ。アイダホ帰りのラッパーとか言われたって箔も付かねぇし、逆に『第一線で活躍できるほどじゃなかった』って思われちまうわな!」

「はあ……。まあ、少なくともピンとこないっスよね」

「それと同じよ。ちゃんと理由があってこの街にいる連中もいるけど、『とりあえず日本で暴れるならH市!』って連中も少なからずいるだろうよ!」

「そんな、適当な……」


 呆れたような顔の巡査長を見て山永も声を出して笑う。


「まあ、そうでなくとも非合法の兵器を売りたいから需要のあるこの街にいる連中もいるだろ。案外、『テック・マニアック』の連中もそうなんじゃないのか?」

「そっちの方がいくらかありえそうな話ですけど……」

「そういう連中もH市が綺麗になって儲からねぇ街になれば減ってくんじゃないか? そういうわけで今が正念場だ」

「……はい!」


 上司の気をほぐそうと思って始めた話でいつの間にか自分が励まされていた事に気付いた巡査長は苦笑しつつも気を引き締め直す。


「その意気だ。……おっと、アレが特殊機材ってヤツか? ……って、ううん?」

「あれって……」


 封鎖された国道を1台のトラックが現場へと近づいてきていた。

 一昔前の覆面パトカーで使われていたような取り外しのできるタイプのパトランプが屋根へと取り付けられた中型トラックだ。


 国道沿いの見通しの良い現場である。

 本来ならば犯人たちに警戒されないように視界を遮る事のできる場所、あるいは戦車隊がそうしているように距離をおいた場所へと車をまわすのが定石であろう。

 山永たちには特殊機材の正体は未だ明らかにされていないが、それがいかなるものであれ、警戒されては効果を減じさせてしまいかねないのだから。


 だがトラックの荷台に描かれた魚の絵と回転ずしチェーン店のロゴにその場の警察官たちは呆れるのも忘れて口をあんぐりと開けていた。


 そのトラックは荷台に海水と酸素供給用のポンプが納められた水槽が乗せられている活魚運搬車。


 やがて活魚運搬車は現場のパトカー群の中央に停まると、運転席から1人の女性が降りてくる。


「おいっす!」

「……よ、よお。お嬢ちゃん、特殊機材ってのは水槽の中かい?」


 グレーのスーツに黒のパンプスという出で立ちは新人の刑事か関係機関の職員にも見えなくもない。

 だが軽い調子で山永に手を上げて挨拶してきたその女性の態度はおおよそ社会人のものとは思えなかった。


「特殊機材? あ、それ、私!」

「……は?」

「『特殊機材D』ことD-バスター1号とは私の事よ! 非常勤刑事(デカ)とでも呼んでちょ!」

気合の入ってない連中が減れば、なんぼかH市も平和になるんやろか?

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― 新着の感想 ―
[良い点] >>プリティ☆キュートが復活したくらいでこの街から出ていくなら、最初からこっち来んなって話ですよね 僕もそう思う・・・。 Dバスター、お前が来ても状況が更に悪化するだけのような気がするん…
[良い点] D子ちゃんが幸せそうでなによりです。
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