Eternal Warriors 6
突如として現れたガンマン風の出で立ちの男が手にした大口径拳銃の引き金を引いたのがスタートの合図であった。
銃声は聞こえない。
44口径マグナム弾の銃声すら掻き消すような地響きが響き渡り、まるで地震かと見紛う凄まじい縦揺れが咲良を襲っていたのだ。
咲良だけではない。
廃墟と化したビル街全体が震度7クラスの大揺れに襲われて異星の軍勢も皆揃って立っていられるような状態ではない。
だがこれは地下のプレートが動いた際に発生する狭義の意味での地震ではなかった。
巨大な“何か”が上空に現れた空間の裂け目から落下したがために生じた地響きである。
一瞬で咲良の横に現れていた巨大な“壁”。
地響きによりその場にへたりこんでいた咲良が恐る恐る視線を上げていくと、その“壁”が“壁”ではなくスカートである事に気付く。
全長80メートル級の女性型巨大ロボットの下半身を覆うスカートである。
「ふぅ~ははははははッッッ」
女性型巨大ロボットの右肩の上に立つ者が高笑いを上げる。
人ではない。
少なくとも地球人ではなかった。
咲良の記憶の中にあるハドーの獣人にその者は良く似ている。
だが「超時空海賊」の名で知られたハドーは終末の騎士がもたらした災禍を恐れてこの惑星から撤退していたハズである。
だというのにその者が身に纏っている深紅の衣服に黒い三角帽は海賊船の船長のようであったし、人間と変わらない体格でありながら顔や手を覆っている茶色い体毛に三角帽から飛び出たタレ耳はウサギの獣人のようであった。
「ふぅ~はあ~!! 撃ち落とせ、ジャイアントD-バスター!! ハイパー・目がビームキャノンだッ!!」
『マ゛ッ!!』
海賊コスプレの女性型ウサギ獣人が腰のカトラスを抜いて天に浮かぶ異星人の恒星間宇宙船を指し示と女性型ロボットの口部に当たるシャッターが空いて冷却ガスを噴出しつつ、顔を上げていく。
それと同時に周囲に高周波音が響き渡り、瓦礫も独りでに震えだしていた。
咲良も高周波音に耐えかねて両手で耳を塞ぎながら巨大ロボットの動向を注視していると、やにわに目も眩むほどの閃光が巨大ロボットの双眸から発せられて、咲良の視界が回復した頃には天に浮かぶ白い月とほぼ同じ大きさの宇宙船は船体半ばからポッキリと折れてなおも崩壊を続けているところだった。
女性型巨大ロボット、ジャイアントD-バスターとは、「地球の防衛を国連下部組織である『UN-DEAD』が任されている世界」で建造された光子ジェネレーター搭載地球圏防衛兵器である。
その最大の武装である「ハイパー・目がビームキャノン」は本来、集光装置であるアイカメラに取り付けられた大出力のビーム砲であり、長々距離攻撃の際にFCSの指し示す照準位置と実際のビームの発射位置とのズレを抑える目的があった。
だが咲良がビームの閃光を見て目が眩んだように、ジャイアントD-バスター自身もビームの発射からしばらくはアイカメラが使用不能になり戦闘能力を喪失してしまう。
まさに乾坤一擲、必殺、最後の武装である。
「そりゃいくらなんでも駄目だろう」と廃棄処分が決定されていたジャイアントD-バスターのAIは他世界からの救援者たちに付いていく事を選んでいたのだ。
そして巨大ロボットの肩の上で高笑いを続ける海賊姿のハドー獣人の名は「キャプテンUSA」。
とある世界において「地球最後のヒーロー」として知られる存在であった。
その世界に名を付けるのならば「ペイルライダーの脅威によりハドーが地球から撤退を決めた時、ウサギ獣人1体が置いてきぼりを食らい、長瀬咲良がかの脅威と戦うためにひたすらにデッキの完成だけを急いだ世界」とでも言えようか?
その世界においてはペイルライダーと呼ばれる存在により地球人類は滅亡の危機に瀕しており、ペイルライダーがファイナル・デモンライザーと相討ちとなった後は彼女1人で地球を外敵から守ってきた歴戦の戦士である。
そして新たな戦士の成長を見届けたウサギ獣人は世界を渡る戦士たちに合流する事を選んでいたのだ。
長い戦いの果てに元々は白かった海賊の衣装が自らの血で赤く染まっていった事からも分かるように「キャプテンUSA」の戦闘能力はそれほど高くはない。
だが、どこまでも底抜けに明るい彼女の高笑いはその女性らしくも子供っぽくもある声質も相まって敵の注意を引く事ができた。
ちょうど強力な武器を持たないウサギがわざと注意を引いて子供がいる巣穴から捕食者を引き離していくように。
そして今も廃墟と化した街を覆い尽くす異星の軍勢たちが巨大ロボット出現の混乱から立ち直った時、まず目にしたのが高笑いを続けるウサギ獣人であった。
突如として現れたガンマン風の男でもなく、柱に縛り付けられている殺人鬼でもなく、ただロボットの肩の上で満足気に笑い続ける人畜無害のウサギ獣人を、だ。
最初に異変に気がついたのは殺人鬼を縛る柱のすぐ近くにいたサイボーグ兵士であった。
「…………ッ!」
「お、おい……、嘘だろ!?」
殺人鬼マーダー・ヴィジランテを柱に縛り付けるワイヤーは多元性特殊金属製、4次元的な手段を用いなければ破壊する事が不可能な物質である。
だが3次元の物質では破壊不能のワイヤーがほつれ、力任せにワイヤーを引き千切った殺人鬼は腹部に突き立てられた杭を引き抜いていたのだ。
自らの血で染め上げられた杭を手にした殺人鬼はロングコートの内ポケットからホッケー用のマスクを取り出して被るとサイボーグ兵士へ向かって歩き出す。
破壊不可能なハズのワイヤーを撃ち抜いていたのはガンマンの拳銃から放たれた銃弾。
長い、永遠とも思えるほどに長い戦いの旅路の果てに男の魂は概念と化していた。
ジョージ・ザ・キッドの近くにいる女性は男が行動を起こさなくともセクハラを受けたという結果に至り、その拳銃から放たれた銃弾はなんであろうと撃ち抜かれるのだ。
「ひぃっ! 来るな! 来るなぁ!!」
サイボーグ兵士が装備していた武器は両腕の折り畳み式対人高周波ブレード。
だがすでにサイボーグ兵には不死身にも思える殺人鬼に白兵戦を挑む気力はなかった。
殺人鬼のマスクから覗く殺意のこもった視線は命や魂といったものに直接ヤスリをかけてくるかのように恐ろしく、ただただ後退っていくことしかできなかったのだ。
だが巨大ロボットが着地した際に起きた土煙の中から2本の腕が伸びてきて、哀れなサイボーグ兵士の口元と顎を押さえたかと思うと一瞬で首を捻りあげられてサイボーグは絶命。
「…………」
「…………」
殺人鬼から逃れて後退る異星人の後ろから現れたのもまた殺人鬼である。
白いホッケーマスク。
黒のロングコートに同じく黒の皮手袋。
そして狂った熱い視線。
寸分違わず同じ姿のマーダー・ヴィジランテが2人そこにいた。
1人のマーダー・ヴィジランテを捕える時ですら数十名の兵士が犠牲になっていたのだ。
それが追いつめたら2人に増えたとか、考えうる限り最悪の冗談である。
だが異星人たちはその冗談のような事で死んでいくのだ。
2人の殺人鬼は言葉もなく互いに頷きあうと、2人の体は自然と発火し、火達磨と化した殺人鬼たちは競うかのように異星人たちの群れへと突っ込んでいく。
異星人たちの中には奮起して殺人鬼へと立ち向かっていこうと立ち上がる者も少なくないが、そのような者は抵抗の意思を見せた時点で首が落ち、あるいは唐竹割式、袈裟斬り式に両断されていった。
果たして木刀を担いだ魔法少女の姿をその目に捉える事ができた者はいたであろうか?
“光”属性魔法に適正を持ち、レーザーブレードを振るっていた魔法少女は長い旅路の果てに自身をも光と化すようになっていたのだ。
2人の殺人鬼に、あるいは不可視の魔法少女に次々と異星人たちの軍勢は惨殺されていくが、“上帝”を名乗る爬虫人類もまた部下たちを助けに行くことができないでいたのだ。
「フン! ハッ! シッ! セイッ! オラ、オラァ!!」
オーバーロードの目の前に降り立ったのは“悪魔”。
その姿は咲良の記憶にあるものとは大分かけ離れたものだった。
ブ厚かった装甲は薄くなり、代わりに関節の可動範囲が広がっているのだろうか?
甲冑を着込んだ騎士のようにも似ていた姿は筋骨隆々の剣闘士のように変化していたのだ。
だが高さの違う光る2つの目に、頭部に生えた長い黒髪。
間違いない。
姿は変わっていたが黒い戦士はデビルクローであった。
歌舞伎の連獅子のように頭髪を振り乱して一気呵成の連撃を敵へ叩き込んでいく闘方を見間違えるハズもない。
間違いなくデスサイズと戦って死んだハズのデビルクローである。
だが、「なんで死んだハズのデビルクローが?」と咲良が思ったのも束の間、咲良の思考は一瞬にして凍り付く。
デビルクローの機関銃の弾幕射撃のような連撃。
攻撃の慣性そのものが次の攻撃の布石となっているように思われるほどに次々と撃ち込まれていく拳、脚、肘、膝、頭突き。
なるほど万物の支配者を自称するオーバーロードは暴風雨の如き連撃を上手く捌ききり、その体表の鱗は1撃1撃が砲弾のようなデビルクローの猛攻に耐えて見せていた。
だが間合いを取ろうとオーバーロードが後ろへと下がった時、その首元に赤く輝く曲刃がかけられていたのだ。
そのまま大鎌の刃は後ろへと引かれていき、なんの抵抗もなくストンとオーバーロードの首は落ちる。
あっさりしすぎていて、それが決着だとは誰も気付かなかったかもしれない。
だが咲良にとってはオーバーロードの首を落とした者こそが問題であった。
「…………ペイルライダー……」
忘れるわけがない。
見間違えるわけがない。
積層されて深みのある色合いの青白い装甲。
大きく迫り出したハゲワシの頭部のような肩アーマー。
肩アーマーに取り付けられた2基の時空間エンジン。
「ペイルライダー……。ペイルライダー。ペイルライダー! ペイルライダー!! ペイルライダー!!!! ペイルライダアァァァァァ!!!!」
その者が振り返った時に大きく歪んだ髑髏の仮面が見えた時、咲良の心の底に救っていた怒りは一気に沸点となって肉体と頭脳を支配していた。
だが……。
「おい! この馬鹿ウサギ!! なんで初手から環境破壊してんだよ!? 大気圏内から宇宙に向けて大出力ビーム砲撃つとオゾン層に穴が空くって前に言ったよなあ!?」
「チッ! うっせ~な」
「あン!? つべこべ言ってっと、今日の晩飯のデザート減らすぞ、おい!!」
(……うん?)
その者の姿は間違いなく咲良が倒さなければならない敵であり、巨大ロボットの肩の上のコスプレ獣人に怒鳴りつけるその声は咲良が何度も夢でうなされた時に聞いたものと同じだった。
だが、その言っている内容は咲良が倒さなければならないあの敵が言うとはとても考えられないものばかり。
ペイルライダーが環境破壊?
10億以上の死者を出した世界の敵が?
しかも「晩飯抜き」でも「デザート無し」でもなく、「デザートを減らす」とは随分と手温いではないか。
怒鳴りつけられているウサギ獣人もまた怒号の勢いの割にあっけらかんとしたものである。
「わぁ~ってるよ~! ちゃんとオゾン・ホール塞いでくるからさ~、ご飯ちゃんと食べさせてよ~!!」
「なら、良いけど……」
「おっしゃっしゃ! ジャイアントD-バスター! オゾン散布モード、テイクオフ!!」
満面の笑みとなったウサギ獣人は巨大ロボットに指示を出し、ロケットに点火した女性型ロボットは一気に上空へと飛び上がっていった。
「それじゃ、僕もオゾン層の穴を塞ぐの手伝ってから帰るから、皆は先に帰ってて!」
「おう! んじゃ、先に向こうで晩飯の支度しとくわ~」
「よろしく~!」
世界の敵であり、咲良がかの者を倒すために力を蓄え続けてきたペイルライダーは咲良の事など見向きもせずに軽い調子で仲間たちに手を振って空中へと飛び上がる。
デビルクローも、姿を現した魔法少女も、ガンマンも、殺人鬼の内の1人も空を飛ぶペイルライダーへと手を振ると、現れた時とは逆に空間の割れ目に飛び込んで姿を消していった。
廃墟の街に残されたのは異星人たちの死骸と咲良、マーダー・ヴィジランテの2人だけ。
「……な、なんだったんだろう?」
咲良が誰にいうでもなく一人ごちる。
自分はこれまでペイルライダーを倒すために戦い続けてきたのだ。
たくさんの仲間が死んだ。友も、家族も、故郷もすでに無い。
それもこれもペイルライダーのせいだ。そう思うのは今も変わらない。
なのに再び目の前に現れたペイルライダーに拳の1つすら浴びせることができなかったのだ。
虚無感に苛まれて膝から崩れ落ちた咲良の肩を義母が労わるように軽く叩いた。
「咲良、来年からでも高校に行きましょうか?」
「いやぁ……、義母さん。私、次の誕生日で二十歳なんだけど……」
「大丈夫。新しくスタートを切る事に遅すぎるなんて事はないわ。私だって初めて人を殺したのは25になってからだもの」
その例えはどんなものだろうと思わずにいられない19歳小卒系ヒーローの頬を砂埃塗れの風が撫でていった。
「地球の防衛をUN-DEADが担当してる世界」とか、ちょいちょい危機になってそう……。
それはともかく、これでペイルライダーと兄ちゃん+αのその後編は終了となります。
世界の危機を潰してくれる人たちがいるので、本編世界じゃ世界の危機なんて起きなくなるのかもしれません。少なくとも「魔法少女プリティ☆キュートVSエターナル・ウォーリアーズ」なんて事は無いです。
次回は本編世界へと話は戻ります。




