Eternal Warriors 5
“誰か”にとっての最初の世界、“誰かたち”にとって100,000,000番目の世界。
その世界もまた滅びを迎えようとしていた。
かつてはH市と呼ばれ、今は3番爆心地と呼ばれるその地に異形の軍勢が蠢く。
空には雲1つ無い青空が広がっているが、夕刻も近いために朧な白い月と、月とほとんど同じサイズの葉巻型の物体が浮かんでいる。
葉巻型の物体は恒星間跳躍航行機能を有した宇宙船であり、異形たちの母船であった。
即ち多種多様な姿の異形たちは異星からの来訪者である。
来訪者たちは侵略者ではない。
かといって友好的な目的でこの惑星、太陽系第3惑星地球を訪れたわけでもない。
彼らの目的は全生命体の抹殺。
地球上の全ての生命体ではなく、全宇宙の生命体の抹殺を掲げていた集団が最初の標的に地球を選んだ理由は、この地球という惑星を支配するヒューマノイド種は他星系に比べて明確に科学技術の発達という点において遅れをとっていながらもこれまで幾度となく異星からの侵略を防いでいたからに他ならない。
地球の生命体の抹殺は彼らにとっては全宇宙に向けたデモンストレーションに過ぎないのだ。
地球の土地や財貨を略奪する事が目的なわけでもなく、そもそも全生命体の抹殺が目的である彼らは他者の権利というものなどそもそも考慮していないので地球の主権をどうこうする気などさらさら無い。
故に彼らは侵略者ではない。
だが、これまで地球に現れた数多の侵略者たちに比べてはるかに深刻な脅威といえた。
それにかつて地球が遥かに劣る科学技術で数多の侵略を防いできたというのも今は昔。
特にこの日本という国においては雨後の筍の如く乱立する侵略者たちに対応するために数多の“ヒーロー”と呼ばれる戦士たちが日夜活躍していたものだが、現在、この国で活動するヒーローは僅かに2人だけ。
そして、そのヒーローと呼ばれる者の内の1人が異形たちの集団がひしめくこの地の中心にいた。
「…………」
地に打ち立てられた地球外製金属の柱に縛り付けられて拘束されている中年の女性。
人種、年齢に見合わず長身の女性は自らを取り囲む雑多な異星人たちに臆する事もなく、目の前で凶器を構える半生物半機械の兵を睨みつけていた。
その刺すような粘っこい視線に思わずサイボーグ兵も後退る。
中年女性を金属柱に拘束するワイヤーは多元性存在金属とも呼ばれるスペース・オリハルコンで作られた物。
4次元空間で製造されたこのワイヤーロープは3次元の存在には破壊できないハズ。しかも柱に縛り付けられている女性は首、腰、両手首、両足首の4ヵ所で破壊不能のワイヤーで拘束されているのだ。
どう考えても拘束を抜け出せるわけがない。
そんな事はサイボーグ兵だって分かってはいる。
だが捕まって身動きできない状態とは思えないような、1週間の絶食をさせた獰猛な肉食獣のような血走った殺意のこもった視線に自分でも意識しない内に思わず後退ってしまっていたのだった。
「マーダー・ヴィジランテと呼ばれた女もこうなってしまっては形無しだな」
「…………」
じりじりと後ろへと下がっていったサイボーグと入れ替わるように大柄の獣が中年女性の目の前へと立つ。
その者は2足歩行のトカゲのようにも思えた。
硬質な鱗で全身を包み、その防御力に自慢があるのか体には一切の防具、衣服の類は身に着けてはいない。
「…………」
「私か? そうだな……。お前はSF小説とかは読むか? まあ、知らないならそれでいいが“上帝”とでも名乗っておこうか?」
「…………」
「そもそも全宇宙の生命体の抹殺を目的とする我々にとっては個体の識別名など意味が無い故に持ちあわせていないのだよ」
オーバーロードと名乗るこの者。
マーダー・ヴィジランテの名で知られていた中年女性がどのような存在であるか知らずに話をしているのではない。
現にオーバーロードの左腕は今も赤い炎が燃え続けている。
マーダー・ヴィジランテを捕獲する際の戦闘で、憎悪の具現化ともいえるマーダー・ヴィジランテ・ファイヤーフォームの炎が燃え移ったのだ。
だが全てを焼き尽くす憎悪の炎にもオーバーロードはマーダー・ヴィジランテを昏倒させて捕え、敵を焼き尽くすまで消える事のない炎に動ずる事なくこうして流暢に彼女へと話しかけていたのだ。
「この世界は失敗した」
「…………」
「故にリセットされなければならない。この世界のほとんどは弱者を虐げる強者と、強者に虐げられるしかない弱者しかいないのだ。だから全生命体を消去した後に新たに生命の種を蒔いてやりなおさなければならない」
「…………」
「理解しろとは言わない。理解を得る義務などないのだからな」
それはただ単に手持ち無沙汰の暇潰しの言葉でしかなかった。
中年女性は敵と断じた者と言葉を交わす事などなかったし、オーバーロードも会話によって女性を味方に引き入れたり、何か新しい知見を得ようという意思もなかったのだから。
女性が拘束され、殺されずにいるのはオーバーロードの別の目的のためなのだ。
やにわ柱に拘束された女性を取り囲む集団が色めき立って騒ぎ出す。
「……来たか」
元は公園か、何かの広場であったのであろう倒壊しかかったビル群に囲まれたその場所に接近してくる人影。
異形の軍勢たちが主の前に道を作るように脇へとよけていくと、近づいてくる者の視線とオーバーロードの視線がぶつかり合う。
無数の異星人たちの殺意のこもった視線を無視して1歩ずつ近づいてくるのは1人の女性であった。
黒いパンツスーツには似合わないゴツいブーツで瓦礫の荒野を踏みしめながら柱に拘束されたマーダー・ヴィジランテとオーバーロードを名乗る爬虫人類の元へと近づいてくる女性の手には黒と金の杖が握られていた。
「……咲良ッ!? 駄目!! 逃げなさい!!」
「駄目よ、義母さん。一緒に来年の成人式の振袖を選んでくれる約束でしょ?」
「待ちわびたぞ! 長瀬咲良、いやデモンライザー!!」
黒と金の杖を持ち、腰には古めかしいベルトを巻いて、ベルトの左脇に箱型のカードホルダーを身に付けたこの少女こそが、この国に残された2人のヒーローの内のもう1人なのだ。
彼女を呼び寄せるためだけに異星からの軍勢はマーダー・ヴィジランテを殺さずに捕えていたのだった。
だがそれも軍勢を率いるオーバーロードにとって長瀬咲良というまだうら若い、少女といってもいいような女性が脅威であるからというわけではない。
オーバーロードが未だ左腕で燃え続けている憎悪の炎を意に介さずに無視し続けているのと同様。
「ソロモン王の後継者」「今代の魔導士」「最後の希望」とも称される長瀬咲良もオーバーロードにとっては路傍の石にも等しい。
ただ、この国最後のヒーローに身を隠され、ゲリラ戦的に手勢を減らされていっては地球生命抹消計画、ひいてはその後の全宇宙の生命体の抹消計画に支障が出るという理由で咲良は義理の母を人質に取られてこの場へとおびき寄せられたのだ。
「逃げて生き延びなさいッ!! こんな事のために今まで生きてきたわけじゃないでしょッ!?」
「うるさい。もはやお前は用済みだ!!」
未知の金属で拘束されているにも関わらず中年女性が逃れようと暴れだす。
頭を柱に打ちつけ、肉が裂け骨も砕けんばかりにワイヤーによる拘束もまるでないかのように身をよじる。
オーバーロードがもはや用済みとなった中年女性の腹部へとサイボーグ兵から受け取った金属製の杭を突き刺すが、深々と突き刺さった杭にも気にせずにマーダー・ヴィジランテは陸へ上げられた大魚のように身を跳ねさせて拘束から逃れようとし続けていた。
「……どうなってんだ? ホント……。ま、まあいいか」
「…………」
「ここで死んでもらうぞ! デモンライザー!!」
母と慕う人の影響か、咲良が敵へと向ける視線は激しく熱く冷たく鋭い。
その殺意そのものの視線を浴びせられてなお、オーバーロードは怯むことなく、自らの決意を示すように左腕を振るって見せる。
それだけで炎が消える。
敵を焼き尽くすまではけして消えないハズの憎悪の炎が一瞬で掻き消えてしまったのだ。
しかも露わになったオーバーロードの鱗に覆われた左腕には焦げも無ければ、煤で汚れた様子もない。
「…………」
義母のファイヤーフォームの炎で焼く事ができない。
3次元存在の上位存在を自称するオーバーロードの言葉を裏付けるような、それだけでただならぬ敵であると分かる。
だが、対する咲良にも戦う手段が無いわけではない。
かつて、この星の人類の殲滅を掲げ、暴虐の限りを尽くした敵と戦うために手にした力が咲良にはあった。
魔杖の持ち手を変えて、杖の上部に取り付けられたカードリーダーを胸の前へと持ってくる。
左手で腰のベルトに取り付けられているカードホルダーを取り外す。
「……3分だ」
咲良がカードホルダーをカードリーダーへと近づけたその時、オーバーロードが咲良に対して左手の6本の指の内の3本を開いて見せつけていた。
「この星の時間で3分。それがお前が『ファイナル・デモンライザー』に変身して生きていられる時間だ。3分ちょうどでお前の肉体と魂は72体同時融合に耐えられずに命を落とす。ここまでお膳立てしてやったのだ。詰まらない戦いで終わってくれるなよ?」
「3分経たずにお前は死ぬ。私の……、私たちの絆は誰にも負けない!!」
咲良が叫ぶのと同時に魔杖のカードリーダーへとカードホルスターが取り付けられた。
カードに封じられた神霊、悪魔、天使、妖怪などの霊的存在たち。
その72体全てとの同時融合が「ファイナル・デモンライザー」である。
デッキ全てとの融合であるために1枚ずつカードをカードリーダーに読み込ませる必要はないのだ。
≪ALL RISE!!≫
カードリーダーから流れる電子音声が崩壊した街に響き渡り、光の渦と化した魔力、妖力、霊力の渦に咲良は包まれ肉体が変質していく。
人間である事を辞めなければならなかった。
人間である事を辞めなければ“終末の騎士”と戦う事はできない。
その“終末の騎士”の騎士がこの世界に戻ってくる前にこの力を使わなければならないのは誤算ではあったが、かといって母と慕う人の危機にあっては他の選択肢は無いのだ。
咲良は人であるが故に人である事を辞めなければならなかったのだ。
だが……。
「ひゃあっ……!?」
咲良は不意に尻を撫でられて、驚いてしまった咲良は魔杖デモンライザーを手放してしまっていた。
大地に転がる瓦礫にぶつかった魔杖のドッキングしたカードリーダーとカードホルダーは衝撃によって分離し、咲良を包み込んでいた光の渦はまるで最初からなかったように掻き消えてしまう。
「へへっ! 別にこんなトコでお嬢ちゃんが命を張る必要なんか無ぇんだよ!!」
「あ……、貴方は!?」
いつの間にか咲良の背後にいた中年の男。
ジーンズによれたシャツに革のベスト、頭にはテンガロンハットに腰には拳銃が納められたホルスターというガンマン・スタイル。
気怠い眼に日頃の不摂生が如実に表れている張りを失った皮膚と弛んだ顎。
どこからどう見ても地球人の男性である。
なのに、その中年男から咲良が受ける威圧はこれまで出会ったいかなる神霊よりも強大な存在感に満ち溢れていたのだった。
「んんと? おいおい、今回は随分とヌルい敵じゃねぇか!」
男が放つ異様な存在感に、咲良は男から目が離せないでいた。
だというのに男はいつの間にか拳銃をホルスターから引き抜いていたのだ。
本当に、いつの間にか、咲良は瞬きもせずに男の正体を探っていたというのに、気付いたら男は拳銃を抜いていた。
さらに周囲の空間のあちこちには裂け目ができて、そこから次々と戦士たちが姿を現してきていたのだった。
千の世界を越え、万の世界を渡り、億の世界へと到達した男はセクハラという概念へと昇華されていた!!




