Eternal Warriors 4
「シャアアアアアッ!! デビルクロー……」
「兄さん、兄さん……」
「あん? どうした?」
「ソイツ、もう死んでるよ……」
青白い装甲を纏った騎士が漆黒の悪魔に告げたとおり、ゆっくりと魔神の体は地上へと落ちていき、半分ほどに数の減っていた水晶のゴーレムたちもすでに動作を停止している。
ドサリ……。
宙の駆ける“悪魔”の竜巻の如き回し蹴りを受けた魔神の首はまるで新たに関節ができたかのように曲がって、大地へと落ちても微動だにすることはなかった。
それが何を意味するのか周囲の者たちもすぐには理解する事ができずに静寂が荒野を支配するが、宙に浮かぶ黒い悪魔が長い髪を風にたなびかせながら拳を振り上げて見せると最初はまばらに、だがすぐに喊声は天へ地へ轟いて荒野を覆い尽くしていく。
地響きのように勝鬨をあげながら、人族も魔族もエルフも関係無くともに戦った仲間たちの健闘をたたえ合い涙を流す。
「助かったぜ! やっぱ誠は頼りになるな!」
空に浮かぶ黒い悪魔デビルクローは地上で勝利を喜ぶ者たちを満足気に見下ろして頷くと、同じように青いイオンの光を纏って宙へと浮かぶペイルライダーへと声をかけた。
「……僕は兄さんの弟じゃあないよ」
「知ってる、知ってる! パラソル・ワールドの誠なんだろ?」
先ほどペイルライダーの迫り出した両肩アーマーの先端に取り付けられていた時空間エンジンから散布されていた金色の粒子はすでにほとんどが地上へと落ちていたが、デビルクローと魔神の戦闘に邪魔が入らないように撃ち続けられていたビーム・サブマシンガンの銃身は未だに熱が取れないのか赤熱している。
だが赤く熱を持った銃を握るペイルライダーは対称的に熱から醒めたように冷めた声だった。
突き放しているわけではない。
どのような態度を取ればいいのか分からないのだ。
この石動誠が元々いた世界が「石動誠が兄である石動仁を殺害してしまった」事で他の世界から枝別れしてしまった分岐であるならば、右腕のみに専用武装である爪付きの籠手を装備したデビルクローは平行世界の存在。
目の前のデビルクローは石動仁ではあるが、彼の兄ではないのだ。
仮に目の前の石動仁が彼の兄であったとしても、どうして普通に話ができようか?
実の兄を殺したのは自分自身であるというのに。
「……分かっているならいいさ。それじゃ僕はここで」
「うん? 折角だし、メシでも食っていこうぜ? ラーメンとかどうよ?」
「多分だけど、ラーメンとか存在しないよ。この世界……」
終末の騎士は頭を振りながら溜め息をつくものの、ふと自分の心の底に澱のように重く沈み込んでいたものが薄らいでいくのを感じていた。
「ちょっと待ってろって! あそこにジロー系とか好きそうな連中がいるから聞いてくるわ!」
オークの集団めがけて急降下していくデビルクローを見て、どこの世界でも兄はああなのだろうと終末の騎士はクスリと笑った。
最後に平行世界の存在とはいえ、兄の姿を見れて良かったと思ったのだ。
平行世界の兄が死後にこうも元気なら、自分が殺してしまった元の世界の兄もどこかできっと元気でやっているのだろうと心が晴れやかになってくる。
とっとと退散するつもりが、オークや人間たちの集団で大袈裟に喜びあう兄を見ているとついつい後ろ髪を引かれて次の世界へと行く事が躊躇われるのだ。
「ここから東の方の港町にジロー系の店があるってよ! 醤油とか味噌は無いから塩香草風のインスパイア系らしいけど!」
「……マジで?」
物思いにふけている内に兄は地上の兵たちに手を振りながら再び上空へと上がってきていた。
「……ゴメン、でも僕はもう行かなきゃ」
「んあ? どうした、用事か?」
「似たようなものだよ」
「なんだよ。教えろよ水臭ぇなあ!」
何も言わずに行く事も考えた。
だが、他の世界を救おうとも、どれほどの他人の命を救おうとも、自分が実の兄を殺してしまった罪は消えるのだろうかという思いが彼の口を滑らせた。
「……これが僕の贖罪らしいんだ」
「どういうことだ?」
兄の人懐っこい声に弟は自分の知る全てを打ち明ける。
自分の罪は地獄では償えないものであるという事。
そのために自分が死なせてしまった人と同じだけの世界を救わなくてはいけないという事。
その内に自分の魂とやらは擦り切れて消滅してしまうであろうという事。
ただ兄は弟の言葉を黙って聞いてくれていた。
もう未練も残らないように怒ってくれればいい、殴ってくれてもいい。
幻滅して、愛想をつかして自分の元から去っていけばいい。
だが最後に弟が「最後に兄さんに会えて、手伝う事ができて良かった。たとえ兄さんが本当の兄さんではないにしても」と言葉を閉めると、黙って話を聞いてくれていた兄は口を開く。
「えっ? 俺ってもしかして養子だったの!?」
「は……?」
「ほ、『本当の兄さん』じゃないってどゆこと?」
「あ、いや、兄さんと血が繋がっていないとか、そういう話じゃなくて、僕と兄さんは住んでた世界、平行世界ってのが違くて、兄さんが左手用の籠手を形見に渡してきた石動誠はまだ元の世界で元気にやってるっていうか……」
「ええい! わけわからんことを言うな!!」
「えぇ……」
某悪の組織の幹部が「馬鹿過ぎて、1周回って騙す事すらできない」と言ったと伝えられる兄に平行世界の存在についてどう説明したものかと思い悩むが、まるで理解していないというわけでもなさそう。
「ようするに誠は誠だろ!?」
「そ、そうなのかな……?」
「そうなの!! で、地獄に行かずにヨソの世界を救ってこいってのは、囚人が道路の補修とか花壇の整備とかの社会福祉作業で刑務所の外に出るようなモンだろ!?」
「あ~……、それは近いかもね」
「よし! んじゃ、俺も行くわ! 弟の更生に兄である俺が手を貸すっていうのも別におかしな話じゃねぇだろ!?」
論理の飛躍というべきか、話が上手く繋がっていないというべきか。
ただ、それでこそ石動誠の兄である石動仁。
胸一杯の懐かしさを感じながらも、それでも弟は自分の果てしなき贖罪の旅路に兄を付き合わせる事には躊躇していた。
「いやいや、兄さんの本当の弟の方の石動誠から聞いたけど、僕、父さんと母さんから勘当されたし、僕は下手したら10億以上の人を殺してるわけで、長い旅路で魂も擦り切れてなくなってしまうって話は聞いてた?」
「おう。良かったな! 10億の世界? これから人様救い放題だ!」
「すくい放題って、縁日のスーパーボールじゃないんだよ……」
「それに助けを求めてる連中がいるのに、途中で魂が擦り切れて無くなっちまったら助けてやる事もできねぇだろ? 2人でやれば負担も軽くなるんじゃね~の? 親父と御袋にかんしちゃ、アレだ。その内に会う機会があったら、兄ちゃんも一緒に謝ってやるから、なっ!?」
一度決めたらテコでも意思を曲げない兄の頑固さは弟も良く知っていた。
どうしたものかとわざとらしい大きなため息をついて見せるが、ふと2人の視界に大勢の人間に追われる者の姿が入ってくる。
「逃げんなッ!! このオッサン!!」
「人のケツ触っておいてただですむと思うなッ!?」
「フクロだ、フクロ!!」
大きなツバの帽子を被った中年男性を追いかけているのは甲冑姿の女騎士に革鎧のエルフの女戦士、さらには下半身が大蛇のようになっているラミアと思わしき者もいる。
共通しているのはいずれも地球の基準で見ても美しい女性であるという事。そして、そのいずれもが顔を赤くして目を吊り上げて中年男を追いかけまわしていた。
「おお! なぜ逃げるのです! 異界の姫よ!?」
「どうか我が妃に!」
「いやいや、かの姫の鋭い剣筋、騎士である我の伴侶にこそ相応しい!」
反対に様々な種族の男性陣に追われているのは金髪の魔法少女。
どんな敵であろうと剣戟一閃、ただ一太刀で切り捨てるヤクザガールズ二代目組長、米内蛍も男性たちに囲まれて愛を囁かれるのには慣れていないのだ。
「…………」
そして宙に浮かぶ兄弟の足元で2人を見上げていたのはホッケーマスクを被った長身の怪人。
先ほどまでの戦闘ではまるでエンジン付きの機械のように次から次へとゴーレムたちを破壊していた怪人はただ空虚に兄弟を見上げている。
「お、おい! 坊主!? とっとと逃げるぞッ!!」
「こ、この世界は駄目だッ!! とっとと次、行きましょう!!」
「…………」
「……どうすんの兄さんのツレ?」
「よ~し、旅は道連れ、世は情け! 皆で行こうか!?」
弟はこの日、何度目とも知れぬ溜め息を付きながらも兄が差し出した手を掴む。
それと同時に兄弟、中年男、魔法少女、殺人鬼の5人を白い光が包んで、彼らを求める次の世界へと誘っていく。
「大丈夫、大丈夫。何度、間違っても、その度にやり直せばいいさ。誠が間違えたら俺が正してやるし、俺が道を外れたらお前が引き留めてくれ」
白い光に視界を塞がれながらもなお聞こえてくる兄の声。
自身の手を握る確かな感触に弟もしっかりと兄の手を握り返す。
「そうだね。2人でならどんな敵だって問題ないよね!」
その声にはかつて世界を滅ぼそうという意思を持ち、その意思の元に力を振るい続けてきたものの邪気はすでになかった。
最近、暑いっすね。
体調を崩さないようにお気をつけください。




