Eternal Warriors 3
雷とともに現れた4人の戦士。
工藤、獅子神、黒井は4人が一瞬で現れた事、そして4人が見知った顔である事に驚きを隠せないでいたが、彼ら以外の者たちが感じた驚愕はそれどころの話ではなかった。
魔法が現実のものとして広く認知され使われているこの世界、一瞬で遠方へと移動する手段としては魔法による“転送”や“召喚”が知られている。
だが、それらの魔法ならば役目を終えた魔法術式は霧散し、魔力の痕跡を残すハズが4人が雷とともに姿を現した時から今まで、魔力の痕跡などというものは微塵も感知する事ができないのだ。
それどころか、この世界の者ならば当然のように大なり小なり持ち合わせているであろう体内魔力も4人の内、1人しか有していない。
そして現れた4人に驚愕していたのは混成軍を擦り潰そうと前進していた魔神の軍勢も同様であったのか、ピタリとその動きを止めて4人を注視していた。
「あっちが敵か……」
時が止まったように静寂に包まれた荒野。
その声を発したのは誰であったのだろうか?
それは分からない。
だが4人の戦士たちは互いに頷きあうと、各々が一騎当千、まるで暴風のような勢いでクリスタル・ゴーレムの陣へと飛び込んでいった。
「セイっ!! ハァァァッ!! シャアアアアっ!!」
1人はまるでデーモンやデビルのような異形の姿。
騎士の甲冑のような重厚な装甲に身を包みながらも、その身のこなしは剣闘士のごとく軽やかで力強い。
山羊の角を模した膝や肩の突起に、高さと大きさが違う緑色に輝く左右の目。
頭部装甲から飛び出た長い黒髪は宙で舞い、荒れ狂う獅子の鬣のよう。
そして右手にはめられた大型の爪付きガントレットから繰り出される拳はただの一撃でオークの重歩兵の戦棍にすら耐える水晶のゴーレムを破壊し、旋風のような回し蹴りは2体、3体とまとめてゴーレムを破壊していく。
そしてオーガの巨兵が身に纏う胸甲すら突き破るクリスタル・ゴーレムの尖った指先により刺突すらその装甲に傷を付ける事ができないのだ。
「ブレイブッ!! ブラック!!」
1人は防具すら身に着けていない、ただの人族の男に思えた。
顎やベストから覗く胸元の弛んだ皮膚から日頃の不摂生が傍目から見ても察せられるような中年の男だ。
だが、そのただの取るに足らないように思える中年男が中々に強いのだ。
クリスタル・ゴーレムの陣中ただ中へと飛び込み手にした短銃を振り回すとあの魔神の軍勢も子供があしらわれるかのように中年男に触れる事ができない。
男が手にしている武器は異世界からの来訪者、ブレイブファイブの3人が持つ魔力を使わない熱線銃「ブレイブ・ブラスター」とよく似ていたが、かの熱線銃ほどの威力は無いようであった。
だが中年男が踊るように敵の攻撃を避けながら、あるいは包囲しようと迫る敵の隙を見て跳びながら放たれる銃弾はゴーレムの脆弱な関節部を穿ち、脚部を破壊されたゴーレムはその場に倒れ、頸部を撃ち抜かれたゴーレムはその機能を停止していく。
「へへっ! ここに来る前にどこぞの神様にもらった無限装填拳銃ってのは便利だなぁ、おい!!」
敵陣に飛び込んでなおヘラヘラと笑う男が右手に持つ拳銃へと左手を持っていく。
それとほぼ同時に1発の銃声が轟く。
だれしもが1発の銃声を聞いたのだ。
だが銃声は1回であったというのに中年男の退路を塞ごうと回り込んでいた6体のゴーレム兵の首がボトリとその場に落ちて動きを止める。
男は動かなくなった6体を壁にしながらサッとどの場から退く。
「ブレイブ・ジョージ!!」
1人はうら若き少女であった。
何者にも負けないという意思のこもった力強い瞳を除けばまだ子供といってもいい。
魔女が森へ探索へ入る時に被るような日除けと雨避けを兼ねたつば広の三角帽を脱ぎ捨てた少女は敵中へと飛び込んで手にした木刀を一閃。
「ウオオオオオォォォォォ!!!!」
4人の中で唯一、魔力を持つ少女がもっとも得意とする魔法は光属性魔法。
木刀を媒体として作られたレーザー・ブレードのその切っ先は分子間構造よりも鋭く、理論上はこの世で斬れないものなどは存在しない。
それは魔神が作り上げたゴーレムであろうとそれは同様。
さらに少女が魔力を振り絞ると、前世においては「プリン」と言われていた頭頂部だけが黒くなっていた金髪が魔力に呼応して全体が金色に輝いていく。
少女の不退転の決意を示すように襟元で結ばれていたスカーフが外されると独りでに赤い布は動いていき、少女の左手と木刀を何があっても離れぬように縛り上げていった。
「ブレイブ・ヤクザ! ブチ食らわしたる!!」
最後の1人は仮面を付けた長身の人物であった。
真冬に着るような長い黒の外套を身に着け、手には黒の皮手袋。
そして顔には防具としての役割をさして果たすこともないような白い仮面。
つかつかとまっすぐに手近のゴーレム兵へと早足で近づいていき、右手に持った大柄のハンマーと左手のアイスピックで次から次へと水晶のゴーレムを破壊していく。
出来の良い害獣避けのカカシのように長い手足に細い体躯のどこにそんな力があるのだろうかと不可思議なほどに金剛石のように強固なゴーレムたちは瞬く間に破壊されていくのだ。
黒い悪魔に似た甲冑の男のような技も無ければ、中年男が関節を狙うような工夫も無い、金髪の少女のように魔力も無い。
ただ誰よりも強い殺意。
マスクに空いた2つの穴から覗く両目は狂気に染まり、後ろから戦いを見ていた混成軍の者たちは感情を持たないゴーレムも仮面の怪人の眼光に怯んでいるかのような錯覚を感じていた。
仮面の怪人はふと思い出したかのように手近のゴーレムを破壊しつくした後でボソリと呟く。
「……ブレイブ・ブラック」
長身の怪人がセリフを思い出すのを待っていたのか、怪人が名乗るのと同時に残りの3名はめいめいに宙を飛び、あるいは地を駆けて集合。
「「「「 4人揃って、ブレイブ・ファイブ!!!! 」」」」
「ブレイブ・ファイブだと……?」
雷とともに現れた4人が名乗りをあげると敵陣奥深くから1体の異形が空に浮き上がって4名を見下ろす。
重厚な魔術的な文様を刻まれた甲冑を身に纏っていながらも、その者は明らかにこの世のモノならざる瘴気を身にまとっていた。
この世界の魔法に造詣の深い者の幾人かがその甲冑に刻み込まれた文様を見て、また精霊、神霊の導きのある者はかの者たちからの囁きによって察する。
この新たに現れた宙に浮かぶ甲冑姿の者こそが世界を滅ぼそうという張本人。
復活した魔神そのものであるという事を。
かの者が魔神である事を幸運にも理解できなかった者たちも、魔神が放つ異様な存在感に飲まれて呼吸する事すら忘れてしまうほど。
「貴様らに言いたい事は『なんでブラックが2人いるんだよ!?』とか『4人でブレイブ“ファイブ”ってどういう事だよ!?』とか色々とあるが、まずは……」
「おう!!」
「えっ? ブレイブファイブってそっちの3人の事じゃないの!?」
「あん?」
悪魔のような男が魔神がその細い指先を向けた先を振り返ると、そこには混成軍の最前列で素早く何度も4人に対して手招きしている見知った顔があった。
「あ゛っ…………」
「ちょっ来い! いいから、ちょっとこっち来いッ!!」
「……うっス…………」
悪魔風の男が魔神に向けて「ちょっとゴメンね!」とばかりにペコリと頭を下げてから両手を合わせ、中年男は面倒臭そうに頭をポリポリと掻きながら手招きしている男の方へと歩いていく。
「いや、お前らから戦いの火蓋を切っておいて、それは通らないだろ?」
「タイムッッッ!!」
ゴーレム兵たちに背を向けて混成軍の方へと歩いていく2人を見て魔神も呆れたような声を上げて進軍の指示を出そうとするが、クドーとかいう異世界からの来報者が凄まじい眼光で一時停止を要求してくる。
「だから、それは通らねぇだろって話……」
「いいからタイムッッッ!!」
この世界の者が知る由も無い話ではあるが、工藤が迫真の眼光で要求するタイムのその成功率は99%。
残忍で知られる悪の組織の幹部であろうとも、工藤が両手で作る形が「Time」の頭文字である「T」を模したものであることすら理解していない異星出身者であろうとも、工藤が理不尽に要求するタイムには何となく勢いに押されて応じてしまうのだ。
工藤のタイムを無視する事ができたのは、「空気読めない」でお馴染み石動誠のみ。
当然、魔神もついつい進軍の指示を出しそびれてしまった。
「ど、ども~……、く、工藤さんたちもこっち来てたんだ……」
「おう! 久しぶり、仁ちゃん! 仁ちゃんも譲二のオッサンも死んだのか?」
「そ、そうなんだ」
「…………」
「…………」
改造人間デビルクローこと石動仁と工藤は互いに気まずさを味わいながらもまずは再会を喜ぶ。
だが、ついに工藤が気まずさの原因へと踏み込んでいった。
「え? 今、仁ちゃんたちがブレイブファイブやってんの!? 葵たちは?」
「そ、そういうわけじゃねぇんだけど……」
「うん? どういう事だよ!?」
工藤たちにとっては自分たちが死んでも彼らがやり残してきた仕事は犬養葵らがしっかりと引き継いでくれていると信じていたからこそ、異世界に来ても元の世界の事を気にせずにこれていたのだ。
それが彼らのチーム名を石動仁たちが名乗っては気にならないわけがない。
「ど、どういう事だよ!?」
「……いや、あの……、まさかこっちに本物がいるとは思わなくて……、異世界なら、はっちゃけても良いかな~って……」
「そ、そうなんだ……」
てっきり前世に残してきたメンバーも全滅して、石動仁たちがブレイブファイブの名を引き継いでいたのかと最悪の事態も想像していた工藤も安心してホッと溜め息をつく。
「まあ、おふざけも良いけどよ。良くマーダー・ヴィジランテも付き合ってくれたよな」
「おう! 話してみると意外と良い人だぜ?」
「そうかあ? 俺ら、昔、情報を聞き出そうと確保した異星人を横から殺された事とかあってよ~」
「あ~、そういうトコあるよな~!」
そこで2人は中年男がキョロキョロと周囲を見渡している事に気付く。
まるで何かを探しているようなその素振りに工藤も石動も怪訝な顔をする。
「どうした? オッサン、トイレか?」
「いや、おかしいんだ……」
「おかしいって何が?」
「剣と魔法とモンスターのファンタジーの世界なのにビキニアーマーのネーチャンがどこにもいねぇんだ!!」
「うん? そこにいるだろ!?」
中年男はお目当ての者がいると聞いて晴れやかな笑顔で工藤が指さす方を見ると、そこにいたのはゴブリンの軽歩兵。
ゴブリンの軽歩兵隊はその幼児のように小柄の体躯と素早い動きから敵陣の弱点へと強襲をかける事を主目的としているために身にまとっている物は男は腰蓑のみ、女性はそれに加えて布切れで胸を隠している程度である。
「おう、兄ちゃん。腰蓑はビキニって言わねンだわ……」
「そういや譲二さんが死んだあと、地球にマントとビキニアーマーの異星人痴女が来てたぞ?」
「……死ななきゃ良かった」
ガックリと項垂れる中年男を見て工藤はハハと笑い飛ばす。
「死ななきゃよかったって、どうせ4人の中で真っ先に死んだのって譲二さんだろ?」
「いや、俺より先にあの殺人鬼の方が先に死んでたぞ」
「はあ?」
あの殺しても死にそうな殺人鬼が真っ先に死んだなどとにわかには信じられず工藤はいつの間にか再びゴーレム兵たちの破壊を始めている長身の怪人へと目を向ける。
「おかしいだろッ!? そっちからタイムって言っておいて、お前1人で勝手に再開するのはどう考えてもおかしいだろ!?」
天に向かって吠える魔神であったが、そもそも長身の怪人マーダー・ヴィジランテは敵の言う事を聞くような者ではなかった。
さらに魔神の身を包む甲冑を銃弾が叩く。
「オラっ!! ブッタ斬ってやっから、とっとと下りて来い!!」
「こっちの女の子も何なの!?」
木刀を肩に担いだ魔法少女、米内蛍が不敵に笑い、空に浮かぶ魔神へとテキトーに魔法短銃の鉛玉を叩き込んでいく。
「なんとも頼もしいこって……、これなら敵が1万とはいえ、あと半日は持つか?」
殺人鬼とヤクザの組長の蛮行に半ば呆れながら工藤が呟いた。
その言葉に石動仁も意気揚々と体をほぐすように屈伸してみせる。
「1万? なんだ、それぽっちなら頑張りゃ晩メシ前には帰れるか?」
「いやいや、仁ちゃん、ここにいるのが1万ってだけで、敵はこの大陸の各地にいるみてぇだし、ていうか、敵の本命はアレなんだよ……」
工藤が溜め息混じりに天を指さし、つられるようにデビルクローも空を見上げる。
「うっわ……、凄っげ……」
「だろ?」
「あんなたくさんの隕石なんてはじめてみたわ」
「は? 1個だろ? 1個で十分だよ……」
だが工藤も頭上へと視線を向けると雲の切れ間にはそれこそ数えきれないほどの赤く燃える隕石群があった。
「え゛っ……」
だが工藤の記憶にある先ほどまでの巨大な隕石に比べ、現在、天にある無数の隕石は1個1個は遥かに小さい。
徐々に間隔が広がっていく隕石群を見て、工藤が想像したのは巨大な隕石が砕かれて粉々になっていく様。
でも一体、誰が?
聖魔導巨人ことブレイブガンナーは起動まであと半日はかかるという話であったし、他に隕石を破壊する手段などないからこそ、わざわざ神話の時代の聖魔導巨人を復活させようというのだ。
ただただ茫然と天を見上げる工藤につられて人族も魔族もエルフも、果ては魔神ですら天を見上げて同様に言葉を失う。
皆、同様に落ちてくる星が破壊された事の理由が分からずに思考停止しているのだ。
そうこうしている内に空に蒼い光が現れた。
箒星のように尾を引いて荒野へと迫ってくる青い光をこの世界の者は見た事はなく、ただ異世界から来た者のみがそれがARCANAのイオン式ロケットエンジン特有の輝きである事に気付く。
それは異世界のモノでありながら、この世界の者にあっても容易に“死”を連想させた。
その手に握られた巨大な大鎌は数多の命を雑草の如くまとめて刈り取るモノのように思えたし、長く迫り出した両の肩アーマーは死体に群がる死肉食性の鳥類の嘴を思わせる。
その肩アーマーの先端付近に取り付けられた円柱状の物体は死出の旅路の案内役が暗い死後の世界への道筋を照らすランタンのように感じられた。
そして何よりその大きく歪んだ髑髏を模した仮面はそのモノの憎悪を現しているようで、かのモノに狙われたならば逃れるすべなどないと誰しもが悟ったであろう。
「……やれやれ、あの馬鹿ップルに潰されたから使えない技なのかと思ったけど、なかなかに使えるじゃないか『ハイパー・ペイルライダー・キック』」
死の象徴たる青白い終末の騎士の両肩アーマー付近から放出される黄金色に輝く粒子がどのような効果を持つのかを知る者はこの世界には存在しないが誰しもがただならぬ気配だけは察しとることができた。
「貴様が“墜ちる星”を破壊したのか……?」
「いちいち言わなきゃ分かんないの? 馬鹿なの?」
ついに地上へと降り立った終末の騎士へと魔神が敵意のこもった声をかける。
憎悪の様がありありと分かる、聞いただけで心の臓が止まってしまうような恐ろしい声であった。
だが、その空から舞い降りたモノはその巨体に似合わない子供の声でこともなげに答えると、挑発するかのように首を傾げてみせる。
「おのれ! まさか貴様もブレイブファイブかッ!?」
「はあ? 小学生じゃあるまいし、戦隊ヒーローごっこなんかするわけないだろッ! いいかげんにしろ!!」




