Eternal Warriors 1
少年が気付いた時、白い部屋の中にいたように感じた。
その部屋に入った記憶も無かったのでそこがどこであるかなどは分からなかったし、自分が何故そこにいるかなども分からない。
その部屋には照明器具の類など見当たらないというのに、壁や天井自体が発光しているのだろうか? 室内には影がなく、そのために少年は自分が今いる部屋の形状すら分からないでいた。
立方体、直方体、円柱、はたまたドーム状の半球。
部屋の形はいくらでもあろうが、自分がいる部屋の形状すら把握できないという事などありえるのだろうか?
いや、そもそも少年は自分がどのような体勢でいるのかすら把握することができないでいたのだ。
立っているのならば自分の前にあるのは壁面ということになろうし、寝ているのならば天井を見ているのだろうという事は分かる。
だが少年の四肢を始めとした全身は彼の意のままにならず、首や眼球を動かして視線を動かすという事もできなかったのでただ瞬きもせずに白い部屋を見ていた。
まるで自分というモノがなくなってしまったかのような感覚。
『……気が付きましたか?』
ふと気付くと声が聞こえ、いつ間にやら目の前に女性の姿があったので少年は訝しむ。
少年の体は未だ自分の思い通りにならず、瞼を動かす事すらできなかったので瞬きもしていない。
だというのに女性はいきなり目の前に現れたのだ。
女性の声も耳に音声が聞こえてきたというよりも、まるで自分の頭の中に直接、相手の言葉を吹き込まれたかのような感覚があった。
自分の声もそれは同様。声帯を震わして声が出るのではなく、直接、自分の意思が発せられたかのように感じられる。
『ええと、君は天国への案内係?』
『……本気でそう思っているのですか?』
『まさか! 君、自分の姿が天国への案内係と勘違いされるようなものだとでも思ってんの? 自分の顔を一度でも鏡で見たことある?』
女性がこの世の者でない事だけは少年にも直感的に察する事ができた。
ミイラのように瘦せこけた体に、長い髪は死や死の季節とされる冬を連想させる白髪。
手の爪の生え際や目元などは死体が朽ちたかのように黒くヒビ割れが入っていた。
しかも女性が息をするたびに墨のような黒い瘴気が口から溢れてきているのだ。
『……なるほど、“こちら”の石動誠とは大分、違うようですね』
『なあに? “こっち”の僕と知り合い?』
『そんなに長い付き合いがあるわけではありませんが』
だがそのおぞましい外見とは裏腹、女性はあくまで理性的な態度と対応を崩す事はなかった。
『ご安心ください。死んだばかりの人間はけっこうな割合で自暴自棄になったりするものです。別にそんな言葉を投げかけられるのも珍しい事ではありませんので気にはしませんよ?』
『……というと、ここは死後の世界?』
まるで“死”が人の形を取ったかのような女性の「死んだばかりの人間」という言葉で少年は全てを思い出していた。
少年、石動誠はロキの手により平行世界へと渡り、その世界の自分自身と魔法少女プリティ☆キュートと戦い敗れ死亡していたのだ。
だが女性が次に言った言葉は石動誠の想像を遥かに超えるものだった。
『いいえ、ここはいわゆる“死後の世界”ではありません』
『うん?』
『貴方が天国とか極楽といわれるような場所に行けないというのは自分でも分かっているでしょうが、かといって地獄に行くというわけでもありません』
『……はあ?』
女性が言うように少年も天国に行けるなどとは思っていない。
だが、地獄にも行けないというのはどういう事だろうか?
『貴方が犯した罪なんですが、こういう言い方をしたら分かり易いでしょうか? 「お前には地獄すら生温い」と……』
『ああ、「地獄」っていう昔からある名前が付いているような場所じゃなく、新しい僕用の「真・地獄(仮)」みたいなのに行けと?』
少年が直接的に命を奪ってきた者、間接的に死なせてきた者たちを合わせれば数億を超えるだろう。
下手をすれば十億を超えているかもしれない。
たった1人の個人の意思において億を超える人々の虐殺が行われるなど、地獄を作った神であろうと想定外であろう。
そう思えば自分が地獄に落ちるのも、自分専用の地獄が作られると言われてもすんなりと納得はできる。
もっとも地獄に落ちるのは納得できても、地獄の責め苦に付き合ってやるかについてはさだかではないが。
だが目の前の女性は再び少年の言葉を否定した。
『いいえ。今から新しく貴方専用の地獄を作ったとしても、貴方が罪を償うよりも先に地獄の耐用年数が終わってしまいます』
『ええと、じゃあ、中身をハードモードにするとか?』
『貴方に付き合わされる地獄の獄卒が可哀そうでしょう? そもそも貴方、罪を償うつもりなんて無いくせに』
少年は女性の問いに無言で返す。
「そんな事、いちいち言葉にする必要もないだろう?」と笑い飛ばしてやりたい気持ちはあったが、そもそもこの白い部屋では肉体が無いのか女性に笑いかけることもできないのでやめておいたのだ。
『そういうわけで神々の協議の結果、貴方には異世界に行ってもらいます』
『はぁ!? 僕が異世界転生!?』
少年が平行世界に渡ってしばらくの間、長い戦いの休暇とばかりにしばらくネットカフェで暮らしていたことがあった。
そのネットカフェで読んだマンガやパソコンで観たアニメの中には異世界転生物も多く、てっきり自分もそのマンガやアニメのような展開を辿るのかと思ったのもしかたないであろう。
だが……。
『まさか! 貴方には滅びの危機を迎えている世界へと渡ってもらい、その危機を救ってもらう事を贖罪とする事になったのですよ』
『僕に世界を救え……?』
『ええ。それも1つの世界ではありません。貴方のせいで死なせた人間1人につき1つの世界。わかりますか?』
『言っている事は理解できるけど、自分だって何人殺したか憶えてないんだけど?』
『こっちだって、まだ集計中です』
女性はこともなげに言ってのけるが、少年が知っているだけで犠牲者は数億。昨日も千名前後の無辜の人間を虐殺したばかり。
いや、平行世界で暴れた結果、株価の変動によって投資家が自殺するかもしれないと思えば犠牲者はまだこれからも増える可能性があった。
さすがに少年も言葉を失うが、女性は構わずに説明を続ける。
『…………』
『別に何もしないでも構いませんよ? 何もしなければいつまでも贖罪が終わらないだけです。それはそれで良いんじゃないですか? 何度も世界の滅んでいくところを幾千、幾万、幾億と見続けていかなければならないというのも大罪人に相応しい罰なのかもしれません』
『何もしなくてもいいだなんて、君だって神サマなんだろ?』
自分がこれまでしてきた事を棚に上げて少年は呆れたような事を言うが、女性の表情は動かない。
『貴方のような大罪人でも受け入れざるをえない世界というのはよっぽど追いつめられていると考えてください。どの道、滅ぶならと「毒をもって毒を制す」の諺のように貴方を受け入れるのです。そこで貴方が何もしなくても大して意味はありませんよ。滅ぶ世界が滅ぶだけです』
淡々と語られる女性の言葉になぜか少年は心に衝撃を受けていた。
少年に肉体があれば目の前の女性を殴っていたかもしれない。
いや、確実に首を撥ねて殺していたであろう。
やや時を置いて女性の言葉が自身の心を動かした理由がなんとなく分かってくる。
何もしなくていい?
滅ぶ世界が滅ぶだけ?
それでは少年が兄を殺したあの日、兄に手を貸してやらなかった連中と同じではないか!
怒りだろうか、義憤だろうか?
少年は存在しないハズの肉体が震えているような錯覚を覚えていた。
魂が震えているのだ。
『……いいよ。やってやろうじゃないか!! 僕はお前らともアイツらとも違う。違うって事を証明してみせる!!』
『そうですか。1つ忠告ですが、貴方がこれから行く世界はその全てに“世界を滅ぼそうという敵”が存在します。滅んで当然。だから貴方が行くのです。だから1つ1つの失敗など気にしない事です』
少年の語気はどこまでも荒々しく、その魂の奥底には少年が抱え続けてきた憎悪という名の炎が暗く熱を取り戻していた。
『世界を救う事に失敗しても、戦いに敗れて死んでも。また、世界を救う事に成功してもその行く末を見届ける事なく、すぐに貴方は“ここ”へと戻って、すぐに次の世界へと旅立つ事になります。魂が擦り切れるような旅路となるでしょうが、いつか貴方が全ての罪を雪ぐ事を祈っていますよ?』
『御託はいいから、とっとと滅びかかってる世界とやらに送ってくれない?』
『……いいでしょう。それでは!』
少年の視界を白い靄がかかっていき、視界にかかったスクリーンはすぐに少年の意識全体を埋め尽くす。
次に少年が目覚めた時、そこは荒野だった。
草も木も生えていない、岩肌がむき出しとなった荒野。
右手側には地平線の彼方まで荒野が続いていて、左手側にはノコギリの刃のように鋭い山脈が連なっている。
天にはブ厚い黒雲がかかって日の光は見えず、黒い雲の切れ目からは月よりも巨大に見える赤く燃える大岩があった。
「うん? 隕石? あれが“この世界”が滅ぶ原因かな?」
巨大隕石の落下。
世界が滅ぶ原因としては十分にあり得る事だった。
現に隕石が接近したがゆえの異常気象だろうか、少年がいる荒野は熱い熱風が嵐のように吹きすさんでいるのだ。
だが、それよりも少年には気になる事があった。
遠く、少年の機械の目が拡大して見た遠くに大勢の者たちの姿があったのだ。
軍隊であろうか?
中世式の鎧兜に槍、騎馬兵などに交じって象のように巨大な鬼や翼の生えた馬にまたがった騎兵など。よく見ると人間の兵に交じって小鬼や豚顔のモンスターとしか思えないような者もいる。
「うん? いきなりファンタジー風の世界ってこと?」
だが意外なのは人間とモンスターたちが争っているのではなく、彼らが種族の隔てなく混成軍を作っている事。
そして混成軍が対峙しているのは……。
多分、ペイルライダーが転移した先はグンマではないと思います。
グンマにはペガサスはいないと思うので……。




