54-12
僕が地上へ落ちた敵を追って高度を下げると、真愛さんもちょうど駆けつけてきたところだった。
「もう逃がさないわよ!!」
「悪いけどお前を元の世界に返すわけにはいかない。ここで死んでもらう!!」
「…………」
まあ、「悪いけど」なんて言うのは枕詞みたいなもので、実の所は毛ほどにも悪いとは思っていない。
平行世界の自分という事もあるのだろうけど、コイツが元の世界に帰れば何をするのか、何をしてきたのかという事を考えれば他に選択肢は無い。
一方、ロータリー式のバス停の花壇へと墜落したペイルライダーは僕たちの言葉に応える事なく、ゆっくりと立ち上がる。
難攻不落に思えた奴のブ厚い胸部装甲は真愛さんのバッティングによって横一文字に砕かれ、僕の大鎌による袈裟斬り式の一撃で左肩から右脇腹へと抜ける切断面が刻まれていた。
真愛さんのバトンは胸部装甲の下の人体骨格を模したフレームすらひしゃげさせているし、僕の大鎌の一撃はその内部に収められている却装置に損傷を与えたのは確実。
しかも僕の一撃は胸部に内蔵された冷却システムの一部を切り裂いたのと同時に腹部にある時空間エンジンにもダメージを与えていた。
その証拠に奴の腹部からは断続的に赤い火花が飛び散っている。
白かったり、オレンジ色に見える普通の火花とは違う、学校の授業で見た金属の炎色反応とも異なる赤い火花。
あえて似ている物をあげるなら、僕やペイルライダー、その他の大アルカナが使う時空間断裂刃の赤い輝きや、「デスサイズ・キック」の時に作る時空間エネルギーのリングの赤さに似ている。
「…………なんで」
奴は破損した複合ビームガンを放り投げ、僕と真愛さんに対して向き直ると両手で大鎌を構えた。
そして、それが自分と同じ声なのかと思ってしまうほどに冷たく沈んだ声で言葉を振り絞る。
「なんで僕ばかりがこんなに理不尽な目に……」
「そりゃ、殺しても殺しても何度でも蘇る僕とか、こんなに可愛いのに引くほど強い真愛さんとか理不尽に思えるだろうけどさ」
「誠君ったら、も~、馬鹿!」
いきなり「可愛い」だなんて言ったせいか真愛さんは顔を赤くして、照れ隠しとばかりに僕の背中をバンバンと叩いてくるけれど、一見、とても可愛らしい仕草とは裏腹、僕の電脳は内部フレームが損傷を受けた事でアラームを発しだしていた。
だが、すぐに損傷個所も再生。
「そう言うお前も十分に理不尽だよ? 何だよ、時空間エンジン3基って? 存在自体が理不尽の塊の時空間エンジンを3基に増やしました? しかもアレだろ? 3基だから3倍の出力ってわけじゃないよな? 3基のエンジンを同調させる事で次元の壁の穴の復元力というか抵抗を減らして3倍以上の出力を出してるよな? 4倍か? 5倍か? タネは割れてんだよ!!」
ARCANAのアジトから某企業が回収し、後にそれをハドーが奪取する事で「ハドー総攻撃」の動力源としたあの装置と同じ事を奴は1人でやっていたのだろう。
でなければ両肩アーマーの時空間エンジンを「恋人の鱗粉」のために使っている時に、腹部のエンジン1基だけを機動力のために使っている状態ですら僕を凌ぐ機動力を発揮できる事の説明はつかない。
「おまけに倒した大アルカナの武器やら超合金Ar奪って強くなります? ハッ!? お前みたいな理不尽の塊の野郎が『理不尽だ』だって? それが一番の理不尽だろうよッ!!」
一気にまくし立てる僕だったけれど、実の所、言いたいのはそんな事ではなかった。
言いたい事が言葉となって出てこないのではない。
言ってもどうせコイツには理解できないんだろうなという事がハッキリと分かっていたのだ。
だからコイツは死ぬしかない。
確かに奴にとって僕や真愛さんは理不尽だろう。
奴自身が理不尽の塊なのも疑いようがない。
でも、それだけじゃあないのだ。
この世の中は理不尽だらけ。
両親が殺されて僕と兄ちゃんは改造人間に、なんてのも理不尽だろうし、ちょっと前まで「世界を我が手に」とか抜かしてた“皇帝”の野郎が追いつめられたら反物質爆弾搭載のミサイルで地球を滅茶苦茶にしてやるとか言い出すのも理不尽。
その反物質爆弾搭載ミサイルの誘導装置に人間の脳味噌を乗せて「最後の大アルカナだ!」とか言い出すのも理不尽。
咲良ちゃんにはアーシラトさんという面倒見の良い神様が付いていてくれるのに対して、僕はロキやらシュブ=ニグラスやらといった厄介なのに目を付けられているのも理不尽か?
その他にもまだ子供といっていい年頃の女の子が魔法少女だからという理由で戦場に行くのも理不尽だろうし、怪人たちからすれば僕の洋鉈が勝手に動くのも理不尽だろう。
ゴールデンウィークの前日だからといって夜更かしして「ハドー総攻撃」に気付かず寝てたら、ネットで「他のヒーローたちを捨て駒にして状況を伺っていた」だの叩かれるのも理不尽。
東北出身のハズの咲良ちゃんとこの河童さんが似非関西弁を離してるのも理不尽と言っていいだろうか?。
そう。僕とか真愛さん、ペイルライダーだけではなく、世の中にはかくも理不尽が溢れているのだ。
人間、生きている限りは梅雨時の湿気みたいにまとわりついてくる理不尽と上手く付き合っていかなければならないのだろう。
家族や友人に慰めてもらったり、励ましてもらったり。時には愚痴を叩き合って憂さを晴らすのも良いだろう。
そして愛しい人のために自らを奮い立たせたり。
理不尽という名の荒波に耐えながら、それでも前へと進んでいくのが人の営みなのだろうと思う。
でも平行世界から来たもう1人の僕にはそれができない。
何故か?
コイツは世界の中でたったの1人。
この惑星には80億近い人間が暮らしているというのにコイツは完全に孤立しているのだ。
コイツが来た元の世界でもそれは同じ事。
弱者のような負け犬の傷口の舐め合いすらできないし、悪党たちですら同じ目標のために手を取り合ったり、互いに利用しあったりしているというのにコイツにはそれすらできないのだ。
荒野にたった独り、向かい風のように叩きつける理不尽にいつまでも耐えられるわけがないのだ。
でも、その道を選んだのはコイツ自身。
同情する気も起きない。
今なら山羊女が言っていた「強いが弱い」という言葉の意味がなんとなく理解することができた。
同情する気もないけれど、哀れな存在であるのは確かだ。
もっとも、全てを拒絶して終末の騎士の道を選んだのはコイツ自身。
だから言っても無駄なのだ。
「うるさい!! 皆みんな殺してしまえば僕の理不尽だろうが誰も気にする奴はいなくなるだろうがッ!!」
ほらね!
「まっ、殺されても何度でも生き返るってのが僕がお前に押し付ける理不尽なんですけどね!」
もうそろそろ問答もいいだろうと僕は1歩踏み込む。
もう奴の腹部にある時空間エンジンはまともにエネルギーを絞り出す事ができないだろう。
まだ両肩アーマー先端にある2基は無事だけど、胸部に内蔵されている冷却システムがズタズタの今となってはその出力を活かしきることはできないハズだった。
僕と真愛さんの2人でなら確実に殺れる。
「ふざけるな!! 僕はもう誰からも奪われないって決めたんだッッッ!!!!」
でも僕と真愛さんが同時に駆けだした瞬間、奴は全身のイオン式ロケットを吹かして上空へと飛び去った。
「逃げる気なの!?」
「いや、違う……。これは!?」
追撃ために真愛さんは魔法弾を、僕はビームマグナムを放って空を駆けあがるペイルライダーを打ち落とそうとするものの、奴は腹部の時空間エンジンからのエネルギー供給が不安定になって脚部ロケットの推力が安定しない事すら利用して空中でクルクルと身を翻して僕たちの攻撃を回避していく。
さらに真愛さんが奴の飛んでいく先に発生させようとした「たいよう」も更なる急加速で逃れて、さらに上空へと。
あっという間にペイルライダーの姿は小さな点のようにしか見えなくなってしまう。
「チィッ! アイツ、装甲材を一時的に亜空間に飛ばす事で身軽になって推力重量比を上げやがった!!」
僕が手元に大鎌やらマントを瞬時に手元に転送するのと逆の要領で、奴は自身の装甲を亜空間へと飛ばしたのだろう。
「真愛さん!! ペイルライダーキックが来る……、よ……?」
奴がなりふり構わずに上空へと駆け上がったのは逃げるためではない。
僕ならそんな事はしない。
奴が天高く上昇したのは重力による加速をも武器に変えるため。
そこまでの予想は当たっていた。
でも真愛さんに警戒を促すために言葉をかけていた時に僕のアイカメラに飛び込んできたのは信じられないものだったのだ。
上昇しきったペイルライダーは排除した装甲を元へと戻し、時空間エネルギーで作られたリングを形成していく。
その数が問題だった。
奴の「ペイルライダー・キック」は僕が「デスサイズ・キック」の時に作る時よりも濃密な時空間エネルギーの円環を作るが、そのリングの数は1個だけのハズだった。
「……うそ!?」
「アイツ、これで一発逆転ってか!?」
赤いリングは2つ、3つ、4つと増えていき、さらにその数はどんどんと増えていく。
しかも1つ1つの円環は僕が作るリングよりも強力なまま。
半壊している冷却器も上空へと上がった事で冷たい大気を使い冷却効率を上げた事で解決したようだ。
「おい!! お前ら! 避けられるものなら避けてみろッ!!」
奴の声が拡声器によって増幅されて地上の僕たちへと届く。
「……随分と余裕みたいだけど」
「いや、アイツは僕たちが避けないって事を、避けられない事を知っているんだ」
奴が声をかけてきたタイミングからして、僕の電脳が計算を終える頃合いを見計らっていた事は間違いない。
「僕の電脳の計算によると奴の最終速度は光速の0.2%」
「0.2%? あれ? 意外と大した事ないような?」
「いやいや!! 光の速さの、だからね!? 毎秒600kmとかいう速さだよ!? 隕石の30倍以上だよ!?」
「え゛っ……」
そこでやっと事態が飲み込めたのか、真愛さんの眉がヒクついたのが見てとれる。
ついでにいうと、大概の隕石は大気圏突入時には毎秒18km~19kmほどの速度を持つものの、地球の大気がクッションとなって地表に到達する頃には減速しているものなのだ。
だが、奴は時空間エネルギーで作られたトンネルで加速する事によって地表スレスレで最大速度へと到達する。
「ペイルライダーの正確な質量が分からないからなんとも言えないけど、少なく見積もっても奴が地表に激突したら半径10kmほどの範囲は……」
つまりはそれこそが奴の狙いなのだ。
僕たちは一瞬でこの街全体を人質に取られてしまったというわけ。
当然、そんな速度で地上に激突すれば奴自身も無事では済まないだろうけど、僕たちに負けるくらいなら自滅してでも殺してやろうという事なのだろう。
「街を守る、か……。これは燃える所ねぇ」
しかし真愛さんは秒速600kmという突拍子もない数字に一瞬だけ驚いていたものの、すぐに不敵に笑って僕にウインクして見せた。
「ようするに地上に落とさなければいいんでしょ? そういう単純なのは好きよ?」
「ハハッ!! 真愛さんと一緒ならなんだってやってやれそうな気がするよ!」
秒速600km、マッハ1762という速度の物体を空中で迎撃する事のどこが単純な話だという気がしないでもないけれど、そういう計算は僕がやればいいだけの話。
幸い、僕には宇宙戦闘用のプログラムも搭載されているのでやってやれなくはないだろう。
僕はペイルライダーが作り出した赤いトンネルに繋げるように次々に時空間エネルギーの円環を作り出していく。
僕の作り出していくリングは太さも輝きも明らかに奴が作ったものに比べて見劣りするものだったけれど、真愛さんがそばにいてくれるというだけで不思議と負ける気はしなかった。
僕が光の砲身を完成させるのとほぼ同時に、ペイルライダーは身を翻して空中で跳び蹴りの姿勢を作って自身が作り出した砲身へと飛び込む。
「馬鹿めッ!! これで終わりだ!! ペイルライダー……、キックッ!!!!」
真愛さんの顔を見つめると彼女はニコリと笑って返してきてくれたので、僕もしっかりと頷いて返して彼女が差し出してくれた手を掴む。
共に飛び上がって反転し、僕は左足を、真愛さんは左足を突き出した形で跳び蹴りの姿勢を作って天へと伸びる光のトンネルへと飛び込んでいく。
「僕たちが……!!」
「貴方の死神よッ!!」
あ……。
決め台詞、取られた。
ちなみに500kgから600kgの物体が秒速600kmで地上に落下した時の衝撃について計算できる人、おる?
ワイはでけんで?




