54-9
怪しく黄金色に輝く粒子が舞い降る廃墟と化したビジネス街。
ペイルライダーは真愛さんの炎の拳で吹き飛ばされ、高層ビルの最上層付近の階の外壁に空いた大穴に姿を隠したまま。
僕は電脳をオーバークロックさせてビームの反射の軌道を演算して、ビーム・マグナムの引き金を引いた。
太い光条のビームは幾度もジグザグに折れ曲がりながらビルの大穴へと飛び込んでいく。
「同じ事は僕もできるんだから、とっとと出て来い!」とばかりに撃ったビームだったけれど、奴が大穴から姿を現す事はなかった。
代わりに夥しい数のビームの雨が僕と真愛さんへと降りかかる。
命中性を犠牲にしてただ弾幕を張る事を目的とした乱射だ。
あまりに濃密な弾幕!
細い針のようなプラズマは大半は周囲の地面へと降り注いで閃光と爆発、土煙で僕たちの視界を塞いで、さらにここへ僕たちを縫い付ける役割を果たしていた。
そして、その弾幕に圧倒されて僕はビームの発射位置の計算が一瞬だけ遅れてしまう。
「真愛さん! 後ろッ!!」
「わ、分かって……」
そう。
四方八方から僕たちへと襲い来るビームはペイルライダーが消えたビルから放たれたものではなかった。
奴はいつの間にかビルの反対側へと抜けていたのか、短時間で僕たちの背後へと回っていたのだ。
奴がビームの弾幕で僕たちの視界を封じたのも、僕に軌道を計算されて発射位置を捕捉される事を避けるためだったのだろう。
やっとの事で奴がすでにビルの大穴にいないという事を解析した時、真愛さんの背後から太いビームの光条が飛び込んできて、彼女の周囲に展開された球形の“障壁魔法”へと吸い込まれていく。
魔力を持たない僕には不可視のハズの“障壁”はビーム・マグナムによって打ち砕かれて、その割れ目にプラズマが入り込んでいく事によって僕の目にもハッキリとその惨状が見えるようになっていた。
「……チィッ!!」
“障壁”が砕かれた今、真愛さんの身を守るものはない。
僕は猛然と真愛さん目掛けてロケットの青い光をたなびかせて突進してくるペイルライダーと彼女の間へと自分の体を割り込ませる。
「邪魔だぁぁぁ!!」
「女の子を狙うだなんて、卑怯な真似を、するじゃないか!?」
僕とペイルライダー。
違いに相対する推力がもたらす慣性によって互いの質量は増大されて、そのままの勢いで激突。
当然、質量差によって当たり負けした僕の装甲はグシャグシャに砕けて、脳も設計時には想定されていなかったほどの衝撃により保護カバーにぶつかって損傷、ただちに絶命。
でも、なんとか奴の勢いも殺す事はできたみたいで“香川”からトンボ帰りしてきた僕の目の前にはペイルライダーの大きく歪んでしまった顔があった。
先ほどの真愛さんの炎を纏った拳によって奴の顎先にもヒビが入り、溶けてグズグズになってから冷えて固まった箇所には気泡が入っている。
この超至近距離では大鎌の間合いではないと左腕の爪付き籠手で殴り掛かるも、僕の大鎌よりも重厚になった奴の大鎌はその刃でも先端に取り付けられたメイスでもなく、ただその振り下ろされる柄の一撃ですら僕を破壊して殺害する事が可能なようで、僕はパンチ1発殴り掛かるだけで3度も殺されて、その度に父さんが用意して母さんがお椀に入れてくれるウドンをすすり上げて現世へと舞い戻る事になる。
「女の子ぉ? お前の目は節穴か!? どう見てもアレぁ、化けモンじゃねぇか!?」
「お前が言うなッッッ!!」
「ハンッ! お前はお前でバケモンの仲間入りかぁ!? バケモン同士仲良くやってろ!」
「そりゃ、どうも!!」
「『仲良くやってろ』って、そういう意味じゃね~よ!!」
真愛さんが僕の援護をしようと撃ってくれた火炎龍もスルリと身を翻しながらペイルライダーはその勢いで僕に大鎌の先端、棘ばったメイスを叩き込んできた。
そして僕が“香川”から戻ってくるホンの一瞬の隙を使って奴は僕の体を突き倒し、再び真愛さんへと向かっていこうとしていたところだった。
少しでも勢いを削ごうと僕は倒れたままペイルライダーの脚部ロケットのカバーへと手を伸ばして掴むが、奴は僕に目も向けないまま複合ビームガンを向けて照準用カメラを使ってビームを発射。
僕の右手首はプラズマ・ビームによって蒸発し、再生を待つ間もなく奴は突進を再開する。
「真愛さんッッッ!?」
「さっき『魔力を貸して』って言ってたって事は、コイツの魔力が無ければトンチキな再生能力は使えないってことだろォォォ!!」
僕も慌ててロケットを噴かして後を追おうとするけれど、どう考えても間に合わない。
真愛さんもペイルライダーを敢然と迎え討とうと白いバトンを構えるけれど、空中戦の時に負傷したらしい左肘を動かすと僅かに顔をしかめていた。
真愛さんの負ったあちこちの怪我を見るに、彼女の“障壁”魔法は時空間断裂斬に耐えられないであろうことは間違いない。
いや、時空間断裂斬だけではなく、次に接近戦で“障壁”魔法を破られてしまえば、“障壁”を張り直すまでの間はペイルライダーの質量そのものが凶器となるのだ。
僕も何とか敵の動きを僅かでも遅らせようとロケットエンジンを限界を超えて噴射するけれど、電脳の彼我の未来位置予測機能は無常にも1秒遅れで間に合わない事を告げていた。
(……何か、何か、手は……?)
大鎌を投げても間に合わない。
ビーム・マグナムを撃とうにも右手は未だに敵の足を掴んだまま僕の意思から離れたまま。左腕は爪付き籠手を嵌めているせいで引き金を引くことができない。
どうする事もできないまま、ただ敵へと手を伸ばしたまま飛ぶ僕の視界の中、ついにペイルライダーと真愛さんは互いの得物を振るい始める。
0.5秒にも満たない僅かな時間で互いの武器はぶつかるであろう事は間違いない。
だが、思わぬところから飛び込んできた“何か”が真っ直ぐにペイルライダーの後頭部へとぶつかっていき、そのせいで奴の意識が逸れたためにインパクトの瞬間は0コンマ何秒かズレる事になった。
当然、真愛さんのバトンも間合いを外し、代わりに真愛さんは暴れ猪のように突っ込んでくるペイルライダーの腹部へと足裏を叩き込む。
(あ……。真愛さんは僕と違ってペイルライダー相手でも当たり負けしないんだ……)
安堵のせいか、想像を超える真愛さんの能力のせいか、僕が呆然とそう考えてきた時、“何か”が僕の手元へと飛び込んできた。
先ほどペイルライダーに後頭部へと当たって意識を逸らさせた物。
魔法少女となった真愛さんに平行世界の地球を滅ぼそうという意思と実力を兼ね備えたペイルライダーの戦いに介入できる者など、死んでもすぐに蘇れる僕以外に存在できるハズもない。
「これは……、マーダーマチェット!?」
ペイルライダーの手元から離れた僕の右手は一人でに空を飛び、空中で殺人鬼の鉈を掴んで元の位置へと戻って断面は再生されていく。
「それは!? 昨日、確かに……!?」
「知るかよ! 僕だって、なんでコレが動いてんだか分かってないんだもの……」
真愛さんの前蹴りで道路の向こうへと吹き飛ばされたペイルライダーが立ち上がりながら僕の手へと収まった洋鉈を見て驚愕した声を上げる。
奴が言うようにマーダー・マチェットは昨晩の戦闘で大鎌の時空間断裂斬によって真っ二つに切断されコントロールを失って喪失したハズだった。
それが現実である事を示すように刃に斜めに入った切断痕は微妙にズレて溶接したように歪な有様となっている。
「捨てても燃やしても、何度でも手元に戻ってくる呪いの市松人形」の怪談をふと思い出したけど、まあ、理由は分からないにしても僕にとっては頼もしい限りだ。
「……アホの神様が言ってた事を思い出したよ」
「何!?」
「『僕は弱いけど強い』、『お前は強いけど弱い』。なんでかな? もう、お前に負ける気しないよ」
マーダー・マチェットだけではない。
僕は弱いけど、1人ではない実感がある。
それに対して奴はどうだろう?
ただただ敵から奪った物で肥大化して力を増しても結局、奴は一人。
奴の両親でもある父さんや母さんですら全面的に僕を応援して死んでいるにも関わらずに労を厭わずに働いてくれている。
平行世界もう一人の自分とも言ってもいいコイツは自らトチ狂った行動を起こし、そのまま突き進んで、この世界から完全に孤立してしまっていたのだ。
もはや終末の騎士と化したコイツを救おうなんて者がいるわけもない。
いや、一人だけコイツでも救ってやろうって事を言い出しかねないお人よしに心当たりはあるのだけれど、お生憎様、そのたった1人である兄ちゃんはすでに死んでいるし、その魂も異世界に行ってしまっているのだった。
こいつは何のために生きているのだろうか?
世界を滅ぼす?
それも結構。
ただ、それでコイツにとって価値のある誰かが喜んでくれるのならば、だ。
奴が地球人類を殲滅した時、自分を憎んでくれる者すらいなくなる事を奴は気付いているのだろうか?
でも、そんな悪党仲間ですらコイツにはいない。
もう滑稽なほどにペイルライダーという名で呼ばれるもう1人の僕は独りだったのだ。
でも僕は独りではなかった。
何度、命を投げ出してでも守りたい人がいるし、生きているか、死んでいるかはともかく共に戦っていた仲間たちがいた。
この場において、もっとも戦闘力的に劣っているであろう僕でも何故か負ける未来というのが見えなかったのだ。




