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音速を超えて駆ける僕の体のあちこちから押しのけられ圧縮された空気が衝撃波となって自分自身へと叩きつけられる。
不規則で耐える事のない振動に脳味噌が揺さぶられるのを感じながらも僕はさらに加速していく。
装甲表面温度はみるみる上がっていき、すでにイオン式ロケットは推力全開。
それでも僕のすぐ右には真愛さんが同じように地表スレスレを飛んでいるのだ。
あの魔法少女プリティ☆キュートがすぐ隣で戦ってくれると思えば心強いが、僕にとっては真愛さんは真愛さん。
それは真愛さんがプリティ☆キュートである事よりも遥かに重要な事だ。
「誠君、追撃は任せ……」
「先手は任せて!!」
真愛さんよりも前へと出て、敵の攻撃は僕が受けなければならない。
そうでなければ“あの世”からわざわざ戻ってきた意味がない。
そのくらいの覚悟が無ければ女の子に「君を守る」だなんて口が裂けても言えないだろう。
とはいえ、すでにロケットは全開運転。
もうこれ以上“速度を増すための行動”が取れないのなら、“速度を落とす要素”を無くす、あるいは減らすしかない。
空気抵抗を減らすため、僕は不自然なほどの前傾姿勢を取り、続いて野球のヘッドスライディングをするように前へと飛び込む。
頭が前、足裏が後ろ。
本来であれば僕のほぼ唯一と言っていいほどに残り少ない生身の部分である脳が納められた頭部から突っ込んでいく暴挙。
しかもペイルライダーの持つ武器の威力はことごとく僕の頭部装甲や脳の保護ケースを容易く貫くのだ。
死んでも生き返れるような今の状況でもなければ、けして取る事ができない選択肢だった。
でも、その甲斐もあって前方投影面積が減ったために空気抵抗も低くなり、僕はさらに加速してついに横を飛ぶ真愛さんから先んじる事ができた。
そして僕の目論見通り、ペイルライダーの攻撃は僕に集中する。
ビーム・サビマシンガンの連射は数百グラムずつ僕の装甲を溶かしていき、ビーム・マグナムの光条は真っ直ぐに頭頂部から入って股下まで貫通していくけれど、僕は2度、3度と死亡するたびに“香川”と東京を往復して蘇るとそのまま頭からペイルライダーへと突っ込んだ。
「…………ッッッ!!」
「うわっ!!!!」
ギリギリで回避しようとペイルライダーも空へと逃れようとしたけれど、1歩遅く、僕は超音速の砲弾となって敵の右膝へと激突していた。
脚部ロケットの回路に異常が発生したのか、奴の両足ロケットの推進力に乱れが生じ、空へと上がろうとしていた姿勢が崩れる。
もちろん奴も元は僕と同じデスサイズだったわけで、回路の冗長性によりすぐに予備回路を使って損傷を復旧させるだろうけど、僅かな隙は作れたというわけだ。
そして、その“僅かな隙”を見逃すような真似を魔法少女がするわけがない。
「バーニング……」
「チィッ!?」
「アッパァァァァァっ!!!!」
先ほどの空中戦の意趣返しとでも言うつもりなのか、瞬時に敵の背後へと回り込んでいた真愛さんがまるで相手が振り返る事を織り込み済みであったかのように深く腰を落としてから拳を突き上げ飛び上がる。
僕のロケット頭突きで脚部を損傷したペイルライダーがバランスを崩しながらもやっとの事で振り返った時、奴の顎下に寸分違わず真愛さんの炎を纏った拳が叩き込まれた。
「ッッッくぅっ……!?」
「……うわぁ…………」
「浅いッ!! 気を付けて、誠君! まだヤれてないわ!!」
真下から真上へと突き上げられる渾身のアッパーカットによって超重量級の改造人間であるペイルライダーですら軽量プラスチックでできているかのごとくに吹き飛ばされて高層ビルへと激突する。
僕はその光景を見て、小学生の頃に見ていた特撮ドラマの1場面を思い出していた。
真愛さんをモデルにした主役の魔法少女が、まだ悪かった頃のアーシラトさんをモデルにしたキャラクター、四ツ目婦人に対して炎を纏った拳を振り上げると、敵はロケットの打ち上げのように吹き飛ばされて星になり「キュピーン」と効果音が鳴って、その回の戦闘パートはお仕舞。
良く見た光景。
いわゆる「お約束」というやつ。
でも子供向けにディフォルメされたドラマの光景と、真愛さんの必殺の拳を実際に目の当たりにするのでは大違い。
失ったハズの臓腑にすら届いてくるのではないかと思えるほどに響いてくる重低音とともにペイルライダーの顎と真愛さんの拳の接触面に閃光が生じ、その次の瞬間には奴はビルへと叩きつけられていたのだ。
吹き飛ばされていくところすら僕のアイカメラは捉える事ができなかった。
超高フレームレートモードにカメラを切り替えていれば別だろうけど、戦闘中に動き回りながらそんな事をしていたら、いくら電脳のプロセッサをオーバークロックしていようと処理が追い付かない。
つまり僕だけではなく、ペイルライダーも今の一撃は見えなかっただろう事は間違いない。
背後に回られ、振り返ったら顎に良いのをもらって気が付いたらビルに叩きつけられていたというところだろうか?
でも、恐るべき一撃を見せた真愛さんの眼差しは険しいままで、しかもまだペイルライダーはやれていないという。
考えられるのは奴もアッパーカットのインパクトの直前に全身のロケットを吹かして、いくらかでも衝撃を弱めたという事だろう。
でも、それよりも僕は1つだけ真愛さんに言いたい事があった。
「ねえねえ、真愛さんや……」
「なあに?」
真愛さんはペイルライダーの次の一手を警戒してか、奴が姿を消したビルの大穴から視線を外さないまま返事をしてくる。
「なぁんで真愛さんは素手で戦ってるんでしょうか? ……魔法少女として、それで良いの?」
「魔法なら使ってるじゃない?」
事も無げに僕に向けて炎を纏った拳をこれみよがしに見せつけてくるけれど、僕が聞きたいのはそういう事じゃあないのだ。
「いやぁ、魔法使ってるからって素手の理由にはならないでしょ?」
「そう……、かしら?」
「ちょっと前までバトンとか魔法弾とか使ってたじゃん?」
「ああ、バトン、どっかいっちゃったのよねぇ……。誠君、後で探すの手伝ってくれない? 大丈夫、別に私、武器のおかげで“最強”とか呼ばれてたわけじゃあないから!」
そう言うと、真愛さんは拳に炎を纏わせたまま、胸の前で両の拳を打ち付けて見せる。
拳が合わされる度に炎が合成されて、一際、大きな火柱となり、それが真愛さんの闘志を現しているかのようだったけれど、僕の未だに僕の心の中のモヤモヤは晴れないまま。
死んで“あの世”に行った後に、好きになった女性が戦うのを見て「僕の知っている真愛さんは戦うような人じゃない!」と無理して現世に戻ってきたわけなのだけれど、その真愛さんは僕がちょっと引いちゃうくらいの戦闘狂だったのだ。
ここは1つ、後でラビンの奴に魔法少女に変身すると狂化というか、それに類する精神に作用する何かがあるのか問い詰めてやらねばなるまい。
でも、いくら武器がどっかいっちゃったからって素手で戦うというのは魔法少女としてどうなのだろうか? と思わないでもないけれど、よくよく考えたら知り合いの魔法少女は2丁拳銃だとか狙撃銃だとか、あるいは爆弾やらドスだとかで戦うような子ばかりだった事を思い出して、それ以上の追求は止めておく事にする。
「……まあ、探すの手伝うのは良いけどさ、“探知”魔法とかに反応は無いの?」
「たんち・まほー?」
そこでやっと真愛さんは大穴の空いたビルから目を離して僕へと視線を向ける。
口を半開きにしたポカンとした目をしながら。
……あっ、これ、“探知”魔法とか思いつかなかったって顔だ。
「ほれ、ヤクザガールズの誰だっけ? 永野さんだっけ? 彼女が得意だっていう……」
「……あ、ああ! そんなのもあったわね。……ええと、バトンよ、ど~こだ!?」
右手の炎を消した真愛さんはコメカミへと指を当てながら雑な感じにバトンに呼びかける。
そんなんで良いの? と僕が怪訝に思ったのも束の間、真愛さんは「あ!」と小さな声を上げて倒壊寸前のビルへと視線を向けた。
「やっぱり、さっき吹き飛ばされた時に瓦礫に埋もれちゃってたのね! 来なさい!!」
瓦礫に手を向け、命じると周囲の瓦礫を高熱で溶かしながら、燃やしながら純白の石材に色とりどりの宝石が散りばめられたマジカル☆バトンが一人でに飛び出してきて真愛さんの手へと吸い込まれていく。
「えへへ、やっぱり誠君は頼りになるわね!!」
「……どうも」
照れ隠しの笑顔にやられそうになりながらも、どこか釈然としない思いを抱えていた僕もすぐに異変に気付いた。
「真愛さん!?」
「ええ! 分かってる!!」
ゆっくりと僕たちの周囲へと舞い降りてきたのは土煙でもなければ、季節外れの雪でもない。
金色に輝く粒子!
プラズマ・ビームを乱反射する“恋人の鱗粉”だ。
そして、それは敵が両肩アーマーの時空間エンジンに直結されているロケットエンジンから粒子発生装置へとエネルギー供給を切り替えた事を意味し、奴の推力が低下している事を意味する。
並みの相手ならば脚部や腰部のロケットだけでも十分に機動力で圧倒する事ができるだろうが、僕と真愛さんを相手にそれが何を意味するか?
つまりは奴は“恋人の鱗粉”とそれを布石とした中距離から接近戦で勝負を決めようとしているのだろう。
うん! 誠君はサポート役として優秀だな!(視線を逸らしつつ)




