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「知っているか? タロットカードの13番目のカード『死神』の持つ意味を。正位置では死や破滅。そして逆位置では再生を意味する事を!」
「うっせ、バ~カ! いくら強力な再生能力を持ってたって、性能自体は前と変わらないってバレてんだよッ!!」
そう言うとペイルライダーはビームサブマシンガンの銃身の側面に取り付けられたビーム・マグナムを発射する。
銃口から赤いプラズマの奔流が迸り、一瞬にして僕は生身の体で麦畑に囲まれ、清らかな水が流れるあの場所へと戻っていた。
脳か、それとも時空間エンジンもろとも生命維持装置をヤられたのか。
そんな事など考える暇すらなく、僕の持っていたお椀に横から母さんがお椀を使って一口分のウドンを注ぎ込んでくる。
10年以上も盛岡に住んでいた僕にとって、持っているお椀に麺を入れられたならば反射的、瞬間的にそれを喉へと送り込むのは当然といえる事だった。
それが細く、しっかり噛まなくとも喉を通り過ぎていくお蕎麦ではなく太いウドンであっても条件反射というものは止める事ができないのだ。
たとえ、コシの強いこと他に比類するもの無きハードな歯ごたえの讃岐ウドンであっても、僕の両手はお椀を口元へ運んで箸で口の中へと白いウドンを送り込んでいく。
無理矢理に口へ餌を詰め込まれるフォアグラ用のガチョウの苦悩もこのようなものだろうかと一瞬の地獄を味わいつつもウドンが喉を通り過ぎていくと、僕の魂はH市のビジネス街の肉体へと戻っていた。
「ちょっとくらい空気読めよ!?」
「うるせッ!! 自分だって『KY』だの『空回りしてる』だの言われんだろ!?」
改造人間である僕は痛覚をオフにすることができるので死ぬ時だって苦痛を感じる事はない。
むしろ問題は太く、エッジの立つほどにしっかりと冷水で締め上げられたコシが強いウドンが喉を通り過ぎていく感覚だ。
いや、普通に噛んで食べれば良さそうなものなのだけれど、元盛岡市民である僕にとっては讃岐ウドンであっても「WANKO-SOBA STYLE」で供されては一気に飲み込もうとしてしまうものなのだ。
そうそうポンポンと殺され香川送りにされてはたまらないと腰のホルスターからビーム・マグナムを抜きながら距離を詰めようと駆けだす。
ある程度の冷却はできたのか、ペイルライダーは再びビーム・サブマシンガンを連射して僕を迎え撃つのだけれど、低出力の細いビームは僕の装甲やその下の人工強化筋肉を撃ち抜き融解し、容赦なく穴を空けていく。
でも山羊女、シュブ=ニグラスの加護とやらが働いて、周囲に垂れ流しになっている真愛さんの魔力を触媒にまるで細菌の培養実験の映像を早送りにするように損傷した箇所の周囲はモゾモゾと蠢いて瞬時に再生してしまう。
もはや僕に対してビーム・サブマシンガンは無意味と察したのか、ペイルライダーもロケットを吹かして前進。距離を詰めて右腕1本で肩に担いだ大鎌を振るった。
時空間エネルギーにより赤く輝く時空間断裂刃により、ビームマグナムを持つ右手ごと胴体がヘソの辺りから両断され、生命維持装置も破壊された僕は再び豊穣に実る小麦畑に囲まれた……、もう面倒だから香川県でいいや!
香川県民が死後に行く場所なら、もうそこは香川県と言ってもいいと思う。
また香川の小麦畑に囲まれた村落の広場に設置されたテーブルに向かい、椅子に座っていた僕の持つお椀にまた母さんが一口分のウドンを入れる。
当然、反射的に僕はお椀の中身を一気にすすり上げて喉へと流し込む。
そして、次の瞬間にはまたH市。
すでに断ち切られた胴も腕も再生し終わっていた。
そのまま左拳を眼前の敵のどてっ腹に叩き込むけれど、ペイルライダーは飛び散る火花にも臆する事なくショルダータックル気味の体当たりで僕を突き倒すとそのまま僕の頭部へと大鎌を振り下ろす。
そして、また香川……。
死ぬ。
Go to 香川。
ウドンすする。
Go back 東京。
戦う。
殺される。
そして、また香川の繰り返し。
「すご~い!! これが岩手県は盛岡の民が嗜むという『えくすとり~む・すぽ~つ』なんですね!!」
「うむ! 『わんこ蕎麦』ならぬ、さしづめ『わんこ饂飩』と言ったところか? いずれにせよ、盛岡市民が持つ椀に麺が入れられた時、食べるという行動は省略され、ただ『食された』という事実だけが残る!!」
山羊女がはたで調子の良いことを言っているけれど、冗談じゃない!
な~にが「ただ『食された』という事実だけが残る」だ、チクショー。
別に食べるという行動が省略されるわけがない。
盛岡市民が「わんこ蕎麦」をすする様子を盛岡市民以外が捉える事ができないとしても、実際には高速で食べてるだけなのだ。
幼い頃から刷り込まれた条件反射的に。
必死こいて。
幸いなのは、あのウドン屋の少女も「わんこ饂飩」を喜びながら見ていてくれるという事だろうか?
山羊女が「せっかく来たのだからウドンを食べてってほしい」という少女の善意を「ウドン食ったら帰って良いんだな!? ついでに何度でも来ていいって言ったな!?」と曲解して「わんこ饂飩」のセッティングを始めた時には「ウドンで遊ぶな!」と怒られるのではとヒヤヒヤしたのだけれど、あの少女からすればこれも新しいウドンの可能性という事なのだろう。
あるいは「わんこ蕎麦」に込められた「客人にお腹一杯、食べてほしい」という心遣いがウドン屋の少女にも通じたのかもしれない。
それに少女の作るウドンに秘められたエネルギーは凄まじく、しかも山羊女の加護とやらとの相性も抜群。
先週の金曜、ナイアルラトホテプによってH市の臨海エリアに召喚されたシュブ=ニグラスは僕を含めた数多のヒーローたちと戦い、さながら怪獣映画のような様相となっていたけれど、その戦いの終盤、相次ぐダメージに巨大恐竜のような巨体を誇るシュブ=ニグラスですら再生能力が低下していたものだ。
しかし、僕の怪人態は身長2メートルと5センチ。シュブ=ニグラスの巨大な山羊の姿とはサイズは段違い。
しかも僕は再生能力の本体ではなく、加護をもらったという身。
それが戦闘を再開して僕は一体、どれほどの損傷を負い、そして再生したのだろう?
シュブ=ニグラスの加護。
少女が作るウドンに秘められたエネルギー。
そして魔法少女に変身した真愛さんが周囲に垂れ流しにしている無尽蔵にも思える魔力。
それらを合わせて僕はペイルライダーと戦い続ける事ができるというわけだ。
まぁ、全部、他人任せというのは少し情けないけれど、そんな事は言っていられない。
再び香川から東京の戦場へと戻ると僕の体は地面に仰向けに倒れたまま、再生する機械の体が頭部に突き立てられた大鎌を体外へと押し出したところだった。
「これでも駄目か!?」
恐らくペイルライダーは大鎌の刃を僕の脳へと突き立てておけば再生を阻害する事ができるとでも踏んでいたのだろう。
でも残念。
擦り傷に入り込んだ砂粒がカサブタによって体外へと追い出されるように、僕の偽りの肉体を形作る増殖する機能をもったナノマシン、超合金Arはシュブ=ニグラスの加護を得て重量級の大鎌すら押し返して見せたのだ。
敵が明らかに驚愕した様子なのを見て僕は仕切り直しのために仰向けの状態のまま脚部と腰部のロケットを吹かして滑るようにその場から距離を取る。
(…………あっ……)
周囲の状況を探るため、アイカメラを広角にしながら地面スレスレを飛んでいくと、ふと真愛さんの脇を通り過ぎた。
体を起こしてロケットの噴射で飛び上がるように立ち上がると手元にデスサイズマントを転送して黙って真愛さんへと差し出す。
「…………」
「え? 何?」
無言で差し出されたマントにそれまで口をポカンと開けて僕の戦いを見ていた真愛さんも困惑した様子だった。
「……え、いや……」
「うん?」
「パンツ、見えそうになったから……」
「……は?」
ラビンとかいうウサギ野郎が仕事をサボっていたのか、なんでか真愛さんの衣装はまるで小学生の服を高校生が着ているようなパッツンパッツン具合。
おまけに別に太っているわけではないのだけれど、明らかに昔よりも肉付きが良くなっているであろう太ももを覆っているミニスカートも小学生の頃のままではないかと思ってしまうほどに短い。
そんな真愛さんの脇は僕が仰向けで地上スレスレを飛んで行ったら、そりゃ見えそうになるだろう。
別に僕が悪いわけではないけれど、それでも目のやり場に困るのだ。
「いやいやいやいや!! 『見えそうになった』だけでしょ!? 世の中には“パンチラ防止”魔法ってのがあって、ホントに見えるって時は火柱が立って視界を塞いでくれるようになってるから!!」
僕の言葉に真愛さんは慌てた様子で差し出されたデスサイズマントを僕へと押し返してくる。
「か、仮に見えたとしてもよ? 魔法少女の衣装はこんな見た目でも一応は戦闘服なんだから、テニス選手のアンダースコートみたいに見えてもいいヤツだから!! ていうか、誠君、紙装甲なんだからマントは自分で使いなさいよ!?」
「いや~……。なんていうか、僕、防御力とか必要なくなったっていうか? あ! そういや真愛さん?」
僕の他力本願死に戻りシステムについて説明するのも時間がかかりそうなので、話題を変えるように僕はふと思い付いた事を口にする。
「真愛さんが垂れ流しにしてる魔力って、指向性を持たせて僕に向ける事ってできる? できるんなら真愛さん、後ろに下がってていいよ? てか、危ないし、下がってたほうが良いよ?」
「……は?」
明かな失言。
何が真愛さんの逆鱗に触れてしまったものか、一見、彼女はいつものように困ったような笑顔をしているようにも見える。
でも、その目尻はピクピクと細かく動いているし、口角も歪んで奥歯を硬く噛みしめている様子もハッキリと見て取れる。
「誠君も言うようになったじゃない? ……フフフ、初めてよ。私に向かって『下がってろ』だなんて……。それも、たかが1体の改造人間を相手に?」
えぇ……。
怒るポイント、そこぉ?
ギリギリと拳を硬く握りしめる真愛さんを見て、僕はもうそれ以上、彼女に後ろに下がっていろだなんて言えなくなってしまう。
「ちょっと驚いちゃってたけど、これからは私がやるわ。誠君、付いてこれるなら手を貸して?」
「モチロン! 2人がかりだ」
何かの武術の型か、炎を宿した両の拳を構えた真愛さんが僕の隣に並ぶ。
僕も大鎌を手元に転送して高機動戦闘の用意のためにロケットを再度、運転を始める。
「……そういえば、誠君、さっきから何度も死んでるように見えたのだけれど……」
「だから、もう何度も死んでるだってば! 言ったでしょ? 『君を守る』って、『死ぬまで』だなんて区切りをつけた覚えはないよ」
「うふふ。随分と頼もしいわね!」
真愛さんが言葉を言い終わるのとどちらが先だっただろうか?
白い装甲の僕と赤い装束の真愛さん。
2人は揃って駆けだした。
音を置き去りにして、敵を目指して。
ちなみに本物のわんこ蕎麦は競技としてのものは別として、たくさんの薬味や付け合わせなどで味を変えて楽しみながら頂けるものなので、是非、盛岡にお越しの際は挑戦してみてください。




