54-6
「馬鹿なッ!! 生命維持装置も破壊したハズだぞ!?」
瓦礫の中で動き出した平行世界の自身、デスサイズを見てペイルライダーは明らかに狼狽えていた。
油の切れたカラクリ人形のように断続的に止まりながらぎこちなく動き出したデスサイズの細い腕はどこか神経を逆撫でするようなおぞましさがあり、元の世界で恐れられ終末の騎士の1柱の名で呼ばれるようになった存在もゆっくりと後ずさりしながら、真愛へと向けていた複合ビームガンをついに自らが殺したハズの“死神”へと銃口の先を動かす。
真愛には改造人間の構造は分からない。
だが敵が絞り出した言葉から察するにペイルライダーの目から見てハッキリと分かる形でデスサイズの生命維持装置とやらは完全に破壊されているのだろう。
でなければ、こうも狼狽える理由がない。
推測するに主動力源である時空間エンジンと同様に重要な装置である生命維持装置は強固な装甲で覆う必要があり、内部装甲区画の分散による重量増を避けるために時空間エンジンと生命維持装置はバイタル・パートとして一まとめに装甲化されているのだろう。
だからデスサイズの腹部に深々と突き刺さり、背へと抜けて“死神”の体をコンクリート片へと縫い付けている剣によって時空間エンジンが完全に破壊されているのと同様、生命維持装置も破壊されているとペイルライダーは判断したのではないか?
だが真愛に分かったのはそこまで。
何故、死したハズのデスサイズ、石動誠の体が動き出したのかまでは分からない。
しかし不思議と真愛は自分が安堵している事にも気付いていた。
なるほど、ぎこちなく動いて自身を瓦礫と縫い付ける長剣を引き抜こうと動く細い腕に、下半身を埋める瓦礫から脱しようと身を捩る病的に細い体は屍鬼のようにおぞましい。
顔に取り付けられた人の骸骨を模した仮面はその者がすでにこの世のモノではない事を如実に語っているようで、それが一人でに動くなど不吉としか言い表す事ができない。
それでも真愛は自身の胸の内で渦を巻いて燃え盛る熱い闘志の他に、温かく優しい何かが鼓動を始めたのをはっきりと自覚していたのだ。
やがてどうやっても長剣の戒めから脱する事はできず、瓦礫の中から抜け出す事もできないと察して諦めたのか、デスサイズの遺体は動くのを止め、その一瞬の静寂の後、爆発が起きた。
(…………ああ、途中で面倒になったのね……)
青白い閃光とともに瓦礫が飛び散り、細かい粒子状になったコンクリートとアスファルトの土煙の中で動くモノがあるのを魔力圏の動体探知機能によって知覚する。
真愛にはそれが自分を愛してくれた彼が真っ先に自分に声をかけてくれたようで胸が高鳴るのを感じていた。
「………………」
そして土煙の中から飛び出してきたのは“死神”デスサイズ。
腹部から引き抜いた“皇帝”の長剣を地面へと捨て去り、脚部や腰部のイオン式ロケットエンジンを噴射して土煙を背後の方へと吹き飛ばしている。
ロケットエンジンは最初は咳込むように断続的に噴射していたのが徐々に安定した動作となっていき、それと同時に腹部に空いた貫通痕もヒビ割れた装甲も何かが蠢くように再生を始めていった。
イオンの青白い光流はまるで意思を持つかのように不自然に流れを変えて“死神”の背後で光輪を作り、光の輪の中に模様が形作られていく。
巨大な捻じ曲がった角を持つ山羊とその周囲の数えきれないほどの子山羊たちの紋章だ。
光の紋章が完成すると子山羊たちは飛び跳ね、中央の巨大な母山羊は怪しく笑っているかのように歪む。
それと同時にデスサイズが駆けだした。
操り人形のようにぎこちなかった走り方はすぐに自然なものとなり、低く姿勢を落とした戦士のものとなって噴射を続けるロケットで加速しながら向かう先はもちろん敵だ。
「チィッ! 死にぞこないめ!?」
「誠君ッ!?」
「…………」
迫るデスサイズに対してペイルライダーも複合ビームガンの引き金を引いた。
毛のように細いプラズマ・ビームの火線が幾条も伸び、そのまま真っすぐにデスサイズへと命中してその装甲を穿つが“死神”は止まらない。
ビーム・サブマシンガンでは止まらないと悟ったペイルライダーがついに側面に取り付けたビームマグナムを発射。
先ほどまでの細い火線とは比べ物にならない大出力の赤いビームによってデスサイズの胸板にテニスール大の穴が開いて後ろの風景が見えるほど。
だが、それでもデスサイズは止まらなかった。
次から次へと穿たれるビームによる被弾痕を穴が開くと同時に再生させていき、同時に黒い装甲は徐々に色素が抜けるように薄くなっていく。
「く、クソッッッ!!」
「真愛さんから離れろ、コノヤロー!!」
やがて青白い終末の騎士の眼前にまで迫った時、デスサイズの装甲は真っ白に脱色されていた。
ペイルライダーが振り下ろした大鎌の時空間断裂斬によって白いデスサイズは袈裟斬り式に左肩から右脇腹へと斜めに切り裂かれるが、斬られるはしから再生していく“死神”はさらに懐へと飛び込んで拳を振り上げる。
「コイツはウチの父さんからの伝言だ! おらよッ!!」
右拳は真っ直ぐに顔面へと叩き込まれるが、ペイルライダーは動ずる事なく振り下ろしたばかりの大鎌を手元で持ち直して、今度は胴を横薙ぎに切り裂くが先ほどと同じように“死神”は胴体も一緒に切られた左腕も瞬時に再生して跳びあがり、バック宙返りと同時に終末の騎士の顔面へと足裏を叩き込む。
「こっちは母さんからだってよ!」
「な、何をわけのわからない事を!?」
“こちら”の世界と“向こう”の世界。
パラレル・ワールドが枝別れする地点が石動誠が兄である石動仁を殺害した時点からだとするならば、それ以前に死亡していた両親はデスサイズにとってもペイルライダーにとっても変わらないハズである。
動揺を隠せないまま至近距離からデスサイズの頭部へと放たれたビームマグナムは命中し白い“死神”の脳を保護する装甲カバーごと撃ち抜いて反対側へと抜ける風穴を作るが、「チッ、チッ、チッ!」とばかりに右手の人差し指を振りながら再び再生していく様をまざまざと見せつけられる結果に終わる。
「……お前は勘当だってよ!?」
「ば、馬鹿な!! なんで死なないんだよ!?」
「さっきから何度も死んでんだよ!! なあ! おい!! 好き勝手ポンポコ人の事を殺しやがって!!」
白い“死神”が怒気を交えて言う言葉はまるで理解できる事ではなかった。
だがデスサイズが手元へと大鎌を転送したのを見て、反射的に終末の騎士も大鎌を振るう。
「パワーは前と変わらないのか!? なら……」
「だったら何だってんだよ!!」
「何度でも殺してやるってこったよ!!」
ぶつかり合った大鎌は得物自体の質量差もあるが、振るう者の力を如実に反映して白い“死神”の大鎌は手元から弾き飛ばされ、その結果として生まれた隙を青白い騎士は見逃す事はない。
真上から振り下ろされた大鎌の赤い刃は白い“死神”の頭頂部から股の下まで真っ直ぐに抜けていき、確実に生身の脳も電脳ユニットも時空間エンジンも生命維持装置も重要な器官のことごとくを切り裂いた。
だが、それでも効果は無いのかデスサイズは再生しながら腰を落として左拳を引いていく。
「デビルクロー……、パンチッ!!」
兄の形見である爪付き籠手の指先から5本の時空間断裂刃が生じ、疾風迅雷の高速の突きが繰り出される。
その貫き手は石動家秘伝の技であった。
石動誠の母は生前、ただの地球人の身でありながら並みの組織の怪人並みとも言われるARCANAの先兵ロボを複数体も破壊し、兄も数多の敵をこの技で打倒してきた。
石動誠にとっては今はすでにいない家族との繋がりでもある必殺の貫き手。
「……チィッ」
真っ直ぐに顔面へと突き出されてきた必殺の貫き手をペイルライダーはその大推力を活かしてすんでの所で直撃は避けていたが、その大きく歪んだ骸骨の仮面の頬に引っかき傷のような線ができていた。
だが、そこである事に気付く。
「……なんで、お前は再生する事ができる?」
自身の3基の時空間エンジンから抽出されるありあまるエネルギーにより、ちょっとやそっとの損傷はナノマシンの増殖機能でペイルライダーも再生する事が可能なハズであった。
それができないというのは時空間断裂刃によって送り込まれた時空間エネルギーによってナノマシンが誤作動を起こしているとしか考えられないのだ。
だが、それならば先ほどから何度も大鎌の時空間断裂斬で切り裂いているハズのデスサイズは何故、再生する事ができるのだ?
「そりゃ、お前は理解できないだろう。この再生能力は馬鹿な神様のご加護だからな」
「神様……?」
「そう。増殖する機能を持ったナノマシンと地球人の細胞の区別もできない、増殖する生命という特性だけを持つ阿呆の神様」
再び白いデスサイズは手元へと大鎌を転送し敵へと突き付ける。
「何度、殺しても殺せないのも、その神様とやらの仕業か……?」
「だからさっきから何度も死んでるって言ってるだろ? 僕が何度も復活できるのはお前が切り捨てて生きてきた全てを僕が捨てなかったから……」
「どういう事だ?」
苛立ち紛れに終末の騎士は左手に持つ複合ビームガンを乱射するが、プラズマ・ビームの弾幕はデスサイズを殺すどころか、その紡いでいく言葉を遮る事すらできなかった。
「お前が賭けをしたロキの娘さんが『父が迷惑をかけたから』って僕の死後の魂をある世界へと運んでくれる。そこで僕は父さんと母さんの魂の助けを借りて、岩手県民、いや盛岡市民なら誰しもが嗜むエクストリーム・スポーツでエネルギーを補給しながら現世へと帰ってこれる。アホの神様の力によって体を再生させながらね」
“平行世界”の石動誠にとっても、羽沢真愛にとっても、デスサイズの言葉はにわかには信じられない話であった。
だが、事実、純白に変色した“死神”は何度、死んで機能を停止していてもおかしくない損傷を負いながらも瞬時に再生していたのだ。
「そういうわけで真愛さん……」
「えっ?」
「悪いけど、僕にも真愛さんの魔力を使わせてね。溢れ出てるやつだけでいいから!」
「え、ええ」
銃身が過熱しきってビームの連射の止んだのを見て、デスサイズが真愛の方へと顔だけ振り返る。
気のせいか、無機質さすら感じさせる骸骨の仮面が何故か真愛には微笑んだように感じられた。
「あえて名乗るなら『デスサイズ・エクストリーム』。……あ、やっぱ今のナシ! 『デスサイズ・リバース』で!」
「デスサイズ……」
「リバース……?」
敵、ペイルライダーへと向きかえった“死神”。
その髑髏の仮面に空いた眼窩に2つの小さな灯りが灯る。
赤いカメラアイの輝き。
「知っているか? タロットカードの13番目のカード『死神』の持つ意味を。正位置では死や破滅。そして逆位置では再生を意味する事を!」
なんか「どこでもないどこかにて 2-4」で誠君が兄ちゃんから自立したみたいにしたのに、再生能力に真愛ちゃんの魔力を借りなきゃいけない設定にしたせいで依存先を兄ちゃんから真愛ちゃんに変えただけに見えなくもないのはナイショ!




