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西住、栗田の直感、明智とマクスウェルの推測はそのいずれもが正鵠を得ていた。
かつて小学生のあった頃の真愛であっても街のすぐ真上に小さいとはいえ太陽を出現させるというのはさすがにマズいとは思ったのであろう。
だが「それじゃ、バリア作って、その中に敵を閉じ込めてから使えばいいか!!」で済ませてしまうような思考回路の少女に、そのあまりに短絡的な考えを完全な形で実行に移せるだけの能力、素質があった事は幸いであった。
しかし、それが高校生になった今、同じ事をやってみろと言われればさすがの真愛も躊躇する。
何せ彼女は「最強」で「無敵」のヒーローであったが故に、その6年ほどのキャリアにおいて防御のために“障壁”魔法を使った事など数えるほどしかなく、大抵の敵の攻撃は躱すなり、フレイム・エフェクトが勝手に防いでくれていた。
そうでなくとも今、こうして上空で何度もやってのけたようにマジカル☆バトンで受けるなり弾けば済んでいたのだ。
そのため魔法少女プリティ☆キュートは太陽の熱を完全にシャットアウトする“障壁”魔法を作り出す事ができるのに対して、その実、彼女は“障壁”魔法の性質についてあまりに無知であったのだ。
魔法少女の先鋭化された感覚の中であっても一瞬で作り出されるように思える“障壁”魔法。
だが、その強度はできた瞬間から完全なものなのだろうか?
一瞬で出現したように見える“障壁”も実はまだ未完成で、強度的に不十分なものであるという可能性は?
もし不十分な強度の“障壁”魔法が内部で発生した小型の太陽の超高熱に耐えられなかったらどうなるか。
一気に全体が瓦解するものならば市内全域が太陽の熱波に曝されるという事になるだろうし、どこかに穴が開いてそこから漏れ出た熱線が内部の圧力に押し出されて摂氏数千度から数十万度の水鉄砲の水流のように極めて狭い範囲へと降り注ぐ事になるのかもしれない。
真愛には“障壁”魔法が破られた経験も無かったがために、「たいよう」を閉じ込める“障壁”魔法が破られた時、何が起きるのかすら予想も付かなかった。
いや、厳密に言えば“障壁”魔法が破られた事はある。
他でもない。
今もこうして戦うペイルライダーにだ。
地上での戦闘において、ペイルライダーが放ったビームマグナムにより用心のために展開していた“障壁”は抜かれる寸前、ヒビ割れにプラズマが流れ込み、不可視の“障壁”が直接視認できるような事になっていたため、戦闘が空中に移行してから真愛は“障壁”の前面を厚くしていた。
だが、ただでさえ空中での機動のために魔力を使わなければならない状況下において、防御のための“障壁”魔法にもリソースを使いすぎるわけにもいかない。
そのために真愛は自身の身体を球形に覆う“障壁”の前面を厚くすると同時に、背面を薄くする選択をとっていたのだ。
それは自身が背後を取られるわけがないという過信ではあったのだが、かつての羽沢真愛はその傲慢が許されていた。
ペイルライダーという平行世界からの殺戮者が現れるまでは。
結果、「たいよう」の火球に姿を晦ましたペイルライダーは一瞬にして背後へと回り、“障壁”の薄くなった背面へと撃ち込まれたビームマグナムによって真愛の“障壁”は打ち抜かれていた。
“障壁”を貫通したビームもギリギリの所で収束された火線という形を維持できずに真愛は飛び散ったプラズマであちこちに火傷を負うに留まる。
“こちら”の石動誠からビームマグナムについて「重装甲のデビルクローの装甲を撃ち抜くためのもの」と聞いていなかったら、今以上に背面の“障壁”を薄くして、あるいは球形の形状から“障壁”を前面だけに展開する形に変更していたら直撃をもらっていたであろうことは間違いない。
だが、ホッとしたのも束の間、ビーム・マグナムの車線から敵の位置を探ろうといくら目を凝らしてもあの青白い装甲の改造人間の姿は見えず。
まさかと思い慌てて背後を振り返るとそこに巨大な鎌を振りかぶった終末の騎士が音も無く迫ってきていたのだ。
「音も無く」というのも正確な表現ではない。
不意を突かれた真愛が不自然な姿勢ながらもなんとか赤く輝く刃にマジカル☆バトンを合わせて首を守った時、激突音と風切り音が綯い交ぜになった爆発ような轟音が猛烈な突風とともに真愛の“障壁”っへと叩きつけられる。
ペイルライダーは音も無く潜んできたわけではない。
むしろ、その逆。
全身のロケットの推力にものを言わせて遮二無二、突っ込み音を置き去りにしてきたのだ。
故に音は後からやってくる。
だから気付けなかった。
地上での戦いにおいては目で見ずとも自身の身体から溢れ出る魔力自体が一種のセンサーと化していたのが、こうも空中で目まぐるしく動き回りながらの高機動戦では十分な量の魔力が自身の周囲に充満するという事もないのだ。
さらに大鎌の時空間断裂斬がバトンで防がれたペイルライダーは魔法少女の姿勢が崩れたのをいいことにさっと得物を引いて、右脚での回し蹴りを叩き込む。
これにはバトンで合わせる事もできず、真愛は左腕でガードするが、生身でダンプカーに突っ込まれたのかと思うような衝撃に襲われ、同時に彼女の左肘に激痛が走った。
以前、友人の三浦が石動誠からデスサイズの重量は280kgだと聞いていた事があったが、あの細身のデスサイズですらそれほどの質量を持つのだ。
他の大アルカナたちの素材を奪い肥大化したペイルライダーの重量はどれほどであろうか? 少なくとも倍以上あるであろう事は間違いない。
その巨獣のような質量から繰り出される回し蹴り。
しかもロケットで加速させながら繰り出される蹴りだ。
左腕が残っていただけでも御の字といったところだろう。
ひとまずはその場に留まるような事はせず、回し蹴りを受けた衝撃をも使って真愛はその場から距離を取る。
“障壁”を張り直し、魔法で反撃し、再び距離を詰められないようにアトランダムな軌道で大空を飛び回りながら反撃の目を待つ。
「ハハハッ!! ええっ!? どうしたデブ女!! 体が重くて息切れでもしてきたのかッ!?」
歯を食いしばり、軌道を変える時の慣性が肘にもたらす激痛に耐えながらビームの弾幕を回避しようとするが、効果は芳しくなく、ひっきりなしに周囲の“障壁”へ赤いビームは命中していた。
敵の言葉の意味するところは回避がおざなりになってきたという事なのだろうか?
焦りと苛立ち、そして左肘の痛みによって知らず知らずの内に回避行動が単純なものへと変わっていたのかもしれない。
今も軌道を変えると慣性が左腕の神経に絡みつくように激痛が襲い、そして相も変わらず牽制の魔法弾も「たいよう」も終末の騎士へ掠りすらしないのだ。
そして痛みに耐えながら飛ぶ真愛を嘲笑うかのように背後から追ってきていたハズのペイルライダーがいつの間にか再び眼前へと迫ってきており、斬りつけてきた大鎌をなんとか躱したかと思ったのも束の間、真愛の右肩から鮮血が噴き出す。
やはり、そこにある空間そのものを切り裂くという時空間断裂刃は真愛が纏う“障壁”ごと切り裂く事が可能なのだ。
先ほどもすでに“障壁”が消え失せていたが故に回し蹴りの威力を殺す事ができなかったのだろう。
あるいは「たいよう」の熱を閉じ込めるのに使う“障壁”であれば時空間断裂刃にも耐えられるかもしれない。
だが、その“障壁”を自身を守るために使った事がない真愛にはできない話。
同じ“障壁”魔法であっても性質が違い過ぎるのだ。
「たいよう」の“障壁”は小型の太陽が消え失せるまでその場に発生し続ける固定式のもの。内に閉じ込めた敵を逃さないように“障壁”の外から中へ入る事はできても、中から外へと出る事はできないもの。
一方、真愛が自身の周囲へと張り巡らせている障壁は動き続ける真愛に追従して彼女の周囲へと動き続けるもの。“障壁”の内側からも魔法を放てるように中から外へ出る事はできても、外から中へと入る事は拒むタイプ。
そのために敵の攻撃を回避する事に注意を払わなければならない現状、いきなり「たいよう」の“障壁”の強度を持ちつつ、防御のためのものと同じ性質をもつ“障壁”を張る事はできない話であったのだ。
それも真愛が“障壁”魔法に不慣れであった故だが、同じように彼女は“治癒”魔法も不得手であった。
理由は“障壁”魔法と同じ、かつて真愛は「最強」の存在であったがゆえにさした手傷を負う事もなく、あまり使った事がなかったのだ。
とても高機動戦闘を繰り広げながら左肘や右肩を治す事ができない。
とりあえずは自身が得意な炎で右肩の切り傷を焼いて止血こそできたものの、根本的な治療にはなりえない事は真愛自身も理解しており、それがさらなる焦りを生む結果となっていた。
そして真愛はビームの火線に追われて、自分でも知らず知らずの内に低空へと移っていた。
その事に真愛が気付いたのは1度、後にしたビジネス街のビル群が見えてきてから。
ビルに遮られて回避行動を阻害されてはたまらないと何とか高度を上げようとするも、上から撃ちおろされるプラズマ・ビームの弾幕にそれも叶わない。
そして真愛はついに丁字路へと追いやられる。
目の前にはどこぞの大企業の高層ビル。
道路に沿って右へと思えば、そこへビーム・サブマシンガンの弾幕の雨が降り注ぎ、左へ行っても来た道を戻っても同じならと意を決し、高度を上げようと上空を見た時、日の光とは違う赤い光が真愛の目に飛び込んできた。
上空に浮かんでいたのは巨大な円環。
そして敵は天に浮かんだエネルギーのリングよりもさらに上空にいた。
「ペイルライダー……、キックッ!!!!」
終末の騎士は自身が作り出した時空間エネルギーのリングの中へと跳び蹴りの姿勢を作って飛び込む。
改造人間自身が纏った時空間エネルギーとリングのエネルギーの斥力によって一気に加速し、巨大な砲弾と化す。
「マ・ジ・カ・ル……」
奥歯が砕けるほどに歯を食いしばって左腕の激痛に耐えて、マジカル☆バトンを両手で握り、立てた状態で構える。
さらに迫るペイルライダー必殺の飛び蹴りに対して逃げるような事はせずに体を半身にして待ち構えた。
左足を上げて体をねじり、来るべき時を待つ。
その技はかつて真愛が出会った幼女から教えられた、彼女の数ある必殺技の1つである。
七五三の時期でもないのに赤い和服にオカッパ頭と今時、珍しい出で立ちの幼女であったが、その目に真愛は同じ勝負師の匂いを感じ、彼女に教えを乞うたのだ。
そして、その技の名は……。
「ホオォォォーーームランっっっ!!」
空中でタイミングを計って、ねじった体に溜め込まれた力を一気に開放する。
かつて振り子打法を教えてくれた幼女は言った。
「ホームランはバットじゃない。ハートで打つのだ」と。
だから野球選手は投手の渾身の投球にも臆することなく、また塁へと進む事を考える事もなくバットを振り切る事ができるのだと。
「宇宙まで飛んでいけぇぇぇぇぇ!!!!」
真愛も数多のヒーロー、怪人を屠ってきたペイルライダーの必殺技に対して手にしたバトンを振り抜いた。
腕力での宇宙開拓。
魔法少女のバッティングに耐えられる人工衛星など存在しないがゆえ絵空事に過ぎないが、事実、真愛の振り子打法がもたらす力は物体を地球の静止軌道まで運ぶエネルギーを生み出す。
そして激突。
まるで弾道ミサイルが着弾したかのような爆発が起き、周囲のビルは倒壊。
直下型の大地震でも起きたかのような激しい縦揺れに周囲一帯は襲われる。
「…………か、……かはッ……!?」
気を失っていたわけではない、と思う。
いつの間にか真愛は瓦礫に押しつぶされそうになっていた。
ペイルライダー・キックとマジカル☆ホームラン。
2つの必殺技の激突の結果、生じた大爆発によって真愛の身体は吹き飛ばされ、真愛の身体は2つのビルを貫通して、やっと3つめのビルの外壁にぶち当たって止まっていたのだ。
微粒子状の粉塵によって真愛は咳込み、舞い落ちてきたどこかのオフィスのコピー用紙が額の汗で顔に張り付くのを払いながらもやっとの事で瓦礫の中から立ち上がる。
「やるじゃないか!? さすがはキャッチャー体形なだけはある」
「フン……」
目の前のビルに空いた穴から姿を現すペイルライダー。
見たところ損傷は無いに等しい。
言葉とは裏腹、口調はさきほどまでと同様、真愛を嘲笑っていた。
「さて、そろそろお仕舞といこうか?」
「なあに? 観念したの?」
「ハッ!? バトンもないのに良くもいう!!」
「……ッ!?」
敵の言葉通り、真愛の手からマジカル☆バトンは失われている。
「うん? 自分で気付いてなかったの!?」
敵の手を見るとその手には複合ビームガンに大鎌があるだけ。
そして呆れたような物言い。
どうやらペイルライダーに奪われたわけではなく、吹き飛ばされている内に手を離してしまい、今は瓦礫の中という事だろうか?
敵に奪われたのならば隙を付いて取り戻せばいいだけで、どこにあるのか分からないのでは余計に厄介だった。
だが真愛は不敵に笑って拳を硬く握りしめて構えを取る。
「もういい加減に面倒ね。来なさい!!」
「ほんと、よく口が回るモンだね……」
両の拳が炎を纏うが、明らかに負傷している左手の炎は小さく、そして揺らいでいた。
さらに言うと先ほど肩を切られたせいだろうか、右手からも絶えず力が抜けていっている感覚があった。
だが敵に突き付けられたビームガンの2つの銃口にも臆さずに真愛はゆっくりと姿勢を落として跳躍の準備をする。
どこかから瓦礫が崩れる小さな音が聞こえるが敵から目を離すという事はない。
恐らく次に両者が動き出せば、ほどなくして決着はつくであろう。
その時、最後に立っているのは自分かペイルライダーか。
そのいずれかは真愛にはわからなかったが、負けてやる気もない。
また瓦礫が崩れる音が。
今度は先ほどよりも大きく、何かがどこかで動いているかのような……。
「……はっ? な、なんで……」
真愛は物音がしても敵を見据えていたのだが、対するペイルライダーの方はというとその余裕ゆえにか左の方を向いて物音の正体を探ろうとしていた。
あからさまに驚愕した様子で真愛へとビームガンを向けたまま後ずさる敵にさすがに訝しんだ真愛も敵の視線の先を追うと、100メートルほど先にあったのはデスサイズの遺体。
遺体、つまりは死体であったハズだ。
主動力炉である時空間エンジンのある銅を長剣によって貫かれ、生命維持装置が止まってから一晩が経過しているというのにデスサイズの黒い体が動き出していたのだ。
下半身を埋める瓦礫の中から這い出そうと体をもがかせ、天に向けて伸ばしていたハズの腕を腹部に刺さった剣を引き抜こうとか震えながらもゆっくりと曲げていく。




