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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第54話 僕は君を守る
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どこでもないどこかにて 2-4

 空に浮かんだH市上空での戦闘。

 再び魔法少女になった真愛さんはまるで僕が幼い頃にテレビのニュースで見たのと同じようにビル街の上スレスレに小さな太陽を発生させる。


 だがペイルライダーは両肩アーマー先端付近の時空間エンジン直結の推進器をそれぞれ自由自在に稼働させ、あるいは脚を振っては推力線を変化させて難なく巨大な火球から逃れていた。


 ただ回避して終わるだけではなく空中を物理法則から解き放たれたかのように飛び回る終末の騎士は自らの機動に照準を狂わさせられるという事もなく左手に持ったビーム・サブマシンガンの連射を真愛さんに浴びせ続けていた。


 細いビーム・サブマシンガンの火線の中に時折、ビーム・マグナムの赤く太い射撃が加わり、そのほとんどが真愛さんが纏った“障壁”魔法へと吸い込まれている。


 “恋人の鱗粉”の粒子散布下にあって複雑なビームの反射を演算してのけるほどにオーバークロックされた奴の電脳は高機動戦闘においての射撃でも効果を発揮しているというところだろう。


「奪うだけの存在と化した奴は果たして“生命”として正しいと言えるのだろうか? 奪う事は生命の本質、だが奪い、蹂躙し、殺すだけの存在もまた生命の在り方として正しいとは言えん。何故ならば……」

「ちょっと黙っててくれる?」

「え?」

「いいから黙って!」

「……はい」


 まだ山羊女が何か言おうとしていたのを遮って、空の向こうに浮かぶ真愛さんの顔を見つめる。


 魔法少女として戦う真愛さんはいつもとは違って凛々しくて、それでいて美しい。でも辛そうだった。


 そう思うのはなんでだろうか?

 上手く言葉にはできないのだけれど、僕の知っている真愛さんは極々、普通の女の子だ。


 けしてプラズマ・ビームの雨あられや時空間断裂刃にさらされて平然としているような子じゃあない。


 もうほとんど心の中で決めかけていた事の最後の一歩を踏み出すために1つだけシュブ=ニグラスへと質問を投げかけてみる。


「……ねぇ、この映像っていつの?」

「は? 黙れと言ったり、質問してきたり忙しい奴だ!」

「いいから!」

「ふん! “外なる神”舐めんな! 1ミリ(セカンド)のタイムラグすらないんだぞ! 凄いだろ!!」


 真愛さんとペイルライダーの戦いがたった今、行われている。

 これだけ分かれば十分だった。


 目の前で腰に手を当てて踏ん反りかえる山羊女を無視して僕は兄ちゃんの方へと向き変える。


「……ゴメン。兄ちゃん、やっぱり僕は行けないよ」

「そうか……」


 僕の言葉を聞いて兄ちゃんはどこか寂しそうな表情を覗かせていたものの、なんでか、その寂しそうな色の何倍も嬉しそうな顔で返してくれる。


「兄ちゃんと異世界っていうのが嫌になったわけじゃない!」

「分かってる」

「でも真愛さんはあの街で僕が新しく生活を始めようとして不安だった時に優しい言葉をかけてくれた人なんだ」


 改造人間ではなく、元ARCANAの大アルカナや元ヒーローとしてでもなく、真愛さんは僕の事を人間として接してくれた。


「あの街で暮らし始めてまだ2カ月だけど、友達もできたし、色々と楽しい事もあったよ。でも、いつも真愛さんは僕の近くにいてくれたんだ」

「ああ」


 だから真愛さんが僕を人間として扱ってくれたように、僕も真愛さんの事を「最強」だとか「魔法少女」だとか、そういう事は置いておいて1人の女の子として扱ってあげたい。


「僕はあの子の事が好きなんだ」

「ああ、分かってる」

「だから僕は兄ちゃんと一緒に行けないよ……」


 兄ちゃんの生前はずっと兄ちゃんに頼って生きてきたのに、その兄ちゃんと真愛さんを天秤にかけて女の子を選び、その結果を直接、告げなくてはならないのは心苦しい。


 それに今までは事あるごとに兄ちゃんが天国から見守ってくれているのだろうと思えば、辛い事があっても前を向いて生きていく事ができたのだけれど、ヘルさんが“この世界”にわざわざ僕に縁のあった人たちを集めてくれた時に教えてくれたように、兄ちゃんが異世界に行き、僕が現世に留まってしまえば、そこで2人は完全に離れ離れ。

 完全に縁が切れてしまう事になるのも分かっていた。


 それでも僕は真愛さんを守りたかったのだ。


 でも、僕の申し訳なさ、寂しさを分かってか兄ちゃんは大袈裟な素振りで笑い飛ばしてくれる。


「そう心配すんなって!? ええ? 誠も男になったじゃねぇか!? 兄ちゃんも誠に不甲斐ないって笑われないように“向こう”で頑張るからよ! “向こう”と“あっち”、俺たち石動兄弟で何とかしてやろうぜ!!」

「ちょっ、ちょっと待ってください!?」


 そこで慌てた声で話に割ってきたのがヘルさんだった。


「石動さんが元の世界とは違う別の世界へと行くからこそ復活させる事ができるのです!! それですら世界の危機を救うための緊急避難なのですよ!? 元の世界で死んだハズの者が蘇るなど、とてもできる事ではありませんし、そんな許可などおりるわけがありません!!」


 僕だってそこまでヘルさんに迷惑をかけるつもりはない。

 もちろん僕だって自分が死んだ事は分かっているし、死んだ人間がそうそう簡単に生き返る事が無い事だって知っている。


「まぁ、大丈夫じゃない? あの街には“天使”に“悪魔”、“神様”に“妖怪”だっているんだし、別に“怨霊”が増えても問題ないっしょ?」

「怨霊って……」

「怨霊がおんねん! なんちって!!」

「…………」

「……あ、あれ?」


 ちょっと場を和ませようと思った軽い気持ちのダジャレだったけれど、失笑すらおきない。まるで僕たちの間を冷たい風が吹き抜けていったかのように空気は凍り付いてしまった。


「……おい、笑え」

「いや、今まで散々に無視しておいて、それが通ると思ったか?」


 山羊女ならさっきまで相手してほしそうにしてたから、貪欲に話に食い込んでくるかと思ったけれど駄目だった。


 代わりにというわけでもないけれど、米内さんが持ち前のヤンキー気質ゆえにか「アッハッハッハッ!!」とあからさまな作り笑いをしてくれる。

 でも笑っているというよりは活舌が良すぎて演劇の発生練習かと思うくらいにぎこちない笑い方はかえって虚しくなってくるほどだ。


「……女を守るか、よく言った! 坊主!!」

「きゃっ!?」

「ま、寒いジョークは頂けねぇがな!」


 僕のダジャレが滑り、場の空気が凍り付いて他の事から注意が薄れたタイミングを見計らってか、セクハラ未遂の罪で歪んだ十字架に磔にされていた譲二さんがいつの間にか拘束から抜け出して、ヘルさんの背後へと回り、目にも止まらぬ早業で彼女の小ぶりなヒップへと手を伸ばしていた。


 まさに神をも恐れぬ所業。

「日本一のガンマン」の異名で知られていた譲二さんのその早撃ちで鍛え上げた動きは北欧の冥界の神であるヘルさんですら躱す事ができない。


 てか、僕に「女を守るか、よく言った!」なんて言うわりに自分は女性の敵そのものの行動を取るのはいかがなものか?


「ッシャァァァァァ!!」

「…………ッッッ!!」


 でも僕が久しぶりに会った譲二さんの行動に呆れていたのもつかの間。


 いきなりの事でヘルさんの手から石板(タブレット)がこぼれたのが合図だったかのように2人が行動を起こす。


 米内さんが背中に隠していた木刀を取り出すと、それが真剣であるかのように石板を一刀両断。

 さらに飛び込んできたヴィっさんが左右の拳の連撃で2つに切られた石板を粉々に粉砕する。


「なっ、なっ! 貴方たちは一体、何をするんですかッ!?」

「おう! 神様みてぇに良いケツのネーチャン、日本の伝統文化を教えてやるよ! ジャパニーズ・トラディショナル・スタイル。オーケー? 『事後承認』ってヤツだ!」

「……ハァ?」


 目をパチクリとさせるヘルさんに対し、3人を代表して譲二さんがヘラヘラと笑いながら宣言する。


「悪ぃけど、坊主は用事があんだわ。そういうわけで坊主の兄貴のお守りは代わりに俺たち3人で勘弁してくれや!」

「い、いきなり何を!?」

「ハハッ!! 欧米じゃしっかり残業代もらえんだろ? んじゃ、そういうわけでもっぺん合議回りヨロシクゥ!!」


 3人が即席の連携プレーで破壊した石板は僕の異世界転生のためのもの、あえて言うなら許可証のようなものだろうか。

 名だたる神の名が記された石板を破壊して、一度は承認された内容をひっくり返して代案を再び、しかも事後承認で了承を得ろとは中々に譲二さんもエグい事を言う。


「ヘヘッ! 石動の兄ィとお別れとは寂しいですが、ヨソの世界にも調子こいてるヤローがいるってんなら腕が鳴りまさぁ!!」

「米内さん……」

「…………」

「ヴィっさんも……」


 米内さんは木刀をブンブンと振り回しながら右手の小指にはまったピンキーリングを見せつけてくる。

 ヴィっさんはこれが最後の別れになると分かっているだろうに言葉は無く、ただホッケーマスクを外した素顔で僕と視線を躱すとゆっくり、だがしっかりと頷いてみせてくれた。


「よっし! それじゃ、いつまでもこうしていても後は湿っぽくなるだけだし、とっとと行くか!?」

「シャーッ!! ブチかましたる!!」

「…………」

「賑やかな旅になりそうだな! それじゃ誠……」


 ウチの兄ちゃんは思わぬ道連れに何の不安も感じていないかのような笑顔でガッツポーズを作ると、その握りしめた大きな拳を僕に対して突き出してみせてくる。


「俺はどこに行ってもお前の兄ちゃんだしよ! “向こう”でもお前に恥じないように全力でやっから、お前も負けんなよ!?」

「うん!」


 僕も兄ちゃんに負けじととびきりの笑顔で握り拳を突き出して見せると、兄ちゃんは満足そうな表情で譲二さん、米内さん、ヴィっさんの肩を叩いて、そして4人は行ってしまった。






 ……不安だ。

 つい、その場の雰囲気に飲まれて4人を胸を熱くしながら見送ってしまったけれど、そもそも、あの4人をヨソ様の世界に行かせてよかったのだろうか?


 1人は神様にすらセクハラを働く女性の敵。

 1人はヤクザ風魔法少女の組長。

 1人は彼を題材に映画が何本も作られるような殺人鬼。


 兄ちゃんが一番マトモってどういう事だよ……。


 譲二さんは「坊主の兄貴のお守り」なんて言っていたけれど、お守りのお守りが必要な事態になるのではないかと不安でならない。

 とりあえず僕にできる事はできるだけ人が死なないように祈る事くらいなものだ。


「と、とりあえず、僕も行こうかな……」


 現実逃避ではない。

 僕は僕で何ができるかは分からないけれど、元の世界に戻らなければならないのだ。

 今もあの街で戦い続けている愛する人のために。


 不安を払拭するように残った父さん、母さんとヘルさんの顔を見ると、その時、僕の背後から切羽詰まったような声をかけてくる人がいた。


 この声は……。


「ちょっ! ちょっと!!」

「あ、ども。お邪魔してます」


 何の物音もなく僕の背後に立っていたのは割烹着姿に髪を後ろにお団子状にまとめた1人の少女。

 例のロキの被害者? であるウドン屋さんの少女だ。


 なぜかいきなり背筋に氷柱をいれられたような、あり得ないモノを見てしまったかのような驚愕した顔をして僕を見ていた。


 いつの間にか彼女の後ろには金属製の銀色に輝く屋台があって、それを引いていたのはクトゥルー君。


「どうもお世話になりました。あの、そろそろお暇しようかと思うんですが……」

「えっ!? ウドン、食べてかないんですか!?」


 え~~~……!?

 いや、もうスッと元の世界に戻る流れだったじゃん?


「あ、先週の金曜にも頂いたし、また今度で良いかな~って……」

「大変!! もう3日もウドンを食べていないだなんて!?」


 当然ながら、僕は土曜も日曜も月曜も普通に食事を摂っている。

 でも目の前の少女はそんな事は理解してくれないのか、慈しむような目は「大丈夫! お腹いっぱい食べてもいいんですよ」と語りかけているかのようだった。


 話が通じないのとはちょっと違う。自分の話を押し通していくスタイル。

 僕も良く知っている。

 アーシラトさんにシュブ=ニグラスといった神様連中と同じ感覚。

 もしかするとヘルさんの四角四面にはまった性格も場合により、このような印象になるのではないだろうか?


 ロキの奴がいずれは神へと至ると言っていた片鱗だろうか?


 でも、少し考えてみれば僕の方がおかしいのかもしれない。

 この世界を1軒のウドン屋さんだと思えば、ウドン屋さんで待ち合わせして、散々におしゃべりして何も食べないで帰ると思えば非常識なのは僕の方だろう。


 でも、流暢にウドン食べてる場合じゃないんだよな~……。


 チラリと上空を見てみると、真愛さんとペイルライダーとの戦闘は相変わらず、というか真愛さんはその攻撃を躱され続け、ペイルライダーの猛攻は止む事がないという有様でハッキリ言って徐々に真愛さんは劣勢に追い込まれていると言ってもいい。


 さて、なんといって帰ればいいものか……。


 そう思い悩んでいた僕とウドン屋さんの少女の前に立ったのは山羊女ことシュブ=ニグラスだった。


「なあ、1つ聞きたいんだが……」

「なんです?」

「コイツ、ここにまた来てもいいか?」

「ええ、もちろん! 私はウドンを求めるものを拒む事はありません!」


 いや、そういう話をしたいんじゃないだよ。

 そう僕が顔を顰めたのとは対照的に山羊女はしたり顔で僕を振り返り、それから僕の父さん、母さんへと視線を向ける。


「お前らも手伝え! ()()をやるぞ!!」

「アレ……?」

「お前ら、岩手県民、いやM市民の嗜むエクストリーム・スポーツと言えば?」

「ああ、アレか……」

「母さんや、死んでからも子供と()()ができるとは思わなかったなぁ!」


 ……嫌な予感がする。


 (盛岡)市民の嗜むエクストリーム・スポーツなんて世の中に1つしか存在しないし、“ここ”にはそれに必要なあるモノが欠けている。

 ただし、その欠けているモノの代用品ならいくらでもあるのだ。


 でも、ここにある代用品でそのエクストリーム・スポーツをやれってのはちょっと……。


 僕が悪寒を感じていたのを知ってか知らずか、山羊女は、シュブ=ニグラスはまるで舞台役者がそうするように大空をその両手を高らかに掲げ、誰に対して言うというわけでもなく言葉を紡いでいく。


「わざわざ親父が迷惑かけたからと管轄違いの冥神が魂をこの世界へ繋いでくれた。この出入りがユッルユルの世界へ! 得ようと思っても得られるような世界ではない、この場所へ!!

 そして、かの地にはあの小娘から漏れ出した魔力で満ち溢れている」


 シュブ=ニグラスのその少女の姿をした化身の影がおぞましく形を変えていく。

 あの巨大な山羊の姿へ!

 日に千匹の子を産む山羊が紡ぐ言葉はそれ自体が一種の祝詞のような、呪詛のような底知れぬ威圧に満ち満ちて僕は神の言葉を遮る事ができない


「ああ、お前は弱い。故にお前は敗れて死んだ。

 だが、それで終わりではない。

 生命の本質は奪う事だけではなく、守る事、育む事、慈しむ事、繋げる事。それら全てを合わせてこそ生命の本質」


「お前の両親は死した後もお前に力を貸してくれるという。それも、お前がこの場にこれたのも全てはお前のこれまでの行動の結果。

 だからお前は弱いが強い」


「対して奪うだけの存在、奪う事だけを研ぎ澄ましたアレはどうか!?

 アレのそばには誰もおらず、故にアレは強いが弱い。

 弱いが強い。強いが弱い。さてさて! ぶつかり合ったらどうなるものか!?」


「あえて我が名付けよう! 『デスサイズ・エクストリーム』!! お前がこれまで紡いできた全てを見せてみろ!!」

次回から舞台はH市へと戻ります。




ネタバレ:デスサイズ・エクストリームの名前は誠君は使わない(理由は山羊女が考えたヤツだから)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い風……吹いてんなぁ
[良い点] こんな臨死体験なら、いっぺん体験してみたいかな?と思ってしまいます。 僕の(父方の)祖父母は誠君の兄さんや知り合い方と違って、あんまりノリの良い人達じゃなかったけど。 さて、いよいよデス…
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