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大鎌の曲刃。
戦棍の頭部に形成されたいくつものスパイク。
左右から迫る赤く光る時空間断裂刃を魔法少女はバトン1本で受け続けていた。
拳だけで主力戦車の正面装甲を打ち抜くペイルライダーの腕力に、原型機から大きく肥大したその質量に耐え、しかも、ただ受けるのみでなく、時にはそのしなやかな身体を翻して反撃を試みる余力があるほど。
さらに戦いの中で勘を取り戻していっているというのか、魔力を持たぬ者には“不可視”の属性を付けられた“障壁”魔法を展開して大鎌や戦棍の軌道を反らすという芸当すらやり始めていたのだ。
「ハアァァァァァっ!!!!」
「……くっ!?」
横薙ぎに振られたメイスの1撃を“障壁”魔法で下へとズラしたプリティ☆キュートは空いた間隙に跳ぶ。
新体操選手のような軽やかで華のある跳躍。
地から湧き上がる火柱、フレイム・エフェクトは術者が宙へと跳び上がると同時に彼女の身体へと纏わりついて、その姿を舞い散る花弁、あるいは赤い流星の如く姿を変えるのだ。
だが、その華やかな姿とは裏腹。
魔法少女がペイルイダーの首筋へと叩き込んだ跳び蹴りは猛スピードのダンプカーがノーブレーキで突っ込んできたかのような衝撃を与えていた。
斜め上から振り下ろされる蹴りの威力が伝わり、ペイルライダーの足元の溶けたアスファルトは飛び散り、周囲のビルの外壁のタイルは割れてパラパラと落ちていく。
さらに着地と同時にプリティ☆キュートは手にしたバトンを振りかぶってペイルライダーのもっとも強固な装甲、胸板の正面装甲をカチ割ろうとする。
これがプリティ☆キュート、かつて「最強」の2つ名をもって知られていたヒーローであった。
彼女の後に「最強」の名を引き継いだ石動仁もそうであったように、いかに強大な敵が相手であろうとけして搦め手は用いず、悪を真正面から正攻法で打ち砕くその姿ゆえに羽沢真愛と石動仁は「最強」と呼ばれたのだ。
……もっとも、両者ともに搦め手を取るために必要な知性にいささか欠けていたがゆえの事であるのはあまり知られていない事実であるが。
「ふんっ!!」
「ッッッおおっと!?」
破滅がバトンの形を取ったかのような一撃。
数多のヒーローたちの攻撃を避けるのも面倒と受け続けてきた終末の騎士もさすがにこれは受けるわけにはいかないと判断してスウェーで回避するが、そんな事は魔法少女も織り込み済み。
右手のバトンが避けられた後、すぐさまプリティ☆キュートはその左拳を一際強く握りしめた。
「バーニング……」
固く握りこまれた左拳に極限を超えて魔力が流れ込んでいき、あっという間に臨界を超えた魔力はプリティ☆キュートが持つ属性へと姿を変えた。
すなわち爆炎である。
「ナッコォォォォォッ!!!!」
炎を纏った拳が迫る。
その拳速はまさに瞬速。
閃光の一撃。
ペイルライダーも当然、回避を選択。
だが先のバトンの一撃を避けるために重心を動かしたまま。
全身のイオン式ロケットを最大出力で噴射して炎拳から逃れる。
ペイルライダー、平行世界の石動誠は幼い頃に見ていた女児向け特撮ドラマの一場面を思い出していた。
『あ~、最近、ベーグルってのが流行ってるらしいけど、どこで売ってんだ? うん? そういや自動車のタイヤってベーグルに似てね? よ~し! タイヤよ、ベーグルにな~れ!!』
『こら~~~!! 四ツ目婦人! みんな困ってるでしょ!?』
『げぇっ!? お前はプリティ☆キュート!?』
『バーニング・ナックル~!!』
『ぐはぁ……!!』
その特撮ドラマでは良くあった光景。
小学生だった頃の彼はその光景を幼いながらに「これ、ドラマパートで尺を使い過ぎて、戦闘パートの時間が無くなったのか?」と思ったものだが、その技がこうして眼前に迫ってきている今ならば分かる。
あの特撮ドラマはモデルに忠実だったのだ。
彼が子供の頃に思っていたのと事実はまるで逆。
戦闘パートで時間が使えないからこそ、人間ドラマで尺を使わなければならなかったのだ。
そう一瞬で悟ってしまうほどに自身に迫るプリティ☆キュートの必殺技「バーニング・ナックル」は圧倒的で破滅的。
さらに恐ろしい事に彼女の必殺技はバーニング・ナックルだけではないのだ。
「……くぅぅぅっ!?」
思わず声が出るほどにギリギリ。
だが、なんとか回避はできそうだった。
自身でもたまに過剰ではないか? と思っていたロケットの爆発的な推進力に助けられた形。
思えば先ほど脳裏に浮かんできた女児向け特撮ドラマの一場面はいわゆる人が生命の危機の時に見る走馬灯とやらの一種だったのだろうか?
だが喉元過ぎればなんとやら。
殺戮者は再び舌なめずりして密かな手ごたえを感じていた。
時空間断裂刃をバトンを受けた時に感じたのと同様、今度は魔法少女が迫る凶刃を逸らすのに使った“障壁”魔法こそ彼にかすかな手ごたえを感じさせていたのだ。
(……魔法少女プリティ☆キュートにも防御手段があるとはな! 言い換えれば所詮はヤツも防御手段が必要だって事だろ!!)
だが、まずは追撃を潰しておかなければならない。
バトンのフルスイングの後にバーニング・ナックルがあったように、次の一手があるのだろうから。
後方に向けてロケットを噴射しながらペイルライダーは手にしていた大鎌と戦棍を亜空間へと転送。
代わりに腰の左右から銃器を引き抜く。
彼我の距離はわずかに4メートルほど。
銃を使うには極めて近い超至近距離。
だが、構わずに彼は左手のビーム・サブマシンガンの連射を浴びせる。
もちろん、これで魔法少女プリティ☆キュートが倒せるとは思ってはいない。
事実、未だ炎を纏った左拳を伸ばしたままの魔法少女の身体に着弾するその数cmほど手前で見えない壁があるかのように、プラズマ・ビームは壁に水鉄砲を撃った時のように弾かれてしまう。
当然だろう。
プリティ☆キュートのような第1期型の魔法少女の適合者が確保できなくなった後に「魔法の国」からもたらされた第2期魔法少女計画。
そのコンセプトは集団戦に対応した魔法少女。
ようは第1期型のような強力な魔法少女の適合者がそうそういるわけでもなし、第2期型ではさほど強力ではない魔法少女たちを集団で戦わせる事によって生存性を確保する計画だ。
だが、いわば万能型と言ってもいい第1期型の魔法少女たちとは違い、第2期型の魔法少女たちには己の適正によって何かしらの特化能力がもたされているのだ。
その特化能力にかけては第2期型の魔法少女は第1期型魔法少女に近しい能力を持つ。
そしてペイルライダーが元々いた世界の第2期型魔法少女の1人、コードネームを「シューティング・スター」とか「ミーティア」とか言ったか?
「流星」の名で呼ばれる魔法少女は機動力に特化した魔法少女に思わせておきながら、実の所、彼女の特化能力は“障壁”魔法であった。
“障壁”魔法で身を守れるから全力で空を加速し続ける事ができて、さらには円錐型に成形した“障壁”によって大気の壁を切り裂いていく事で音速の壁を突破できるというわけだ。
その「流星」の魔法少女の“障壁”魔法もペイルライダーのビーム・サブマシンガンを凌いでみせたのだ。
「最強」のプリティ☆キュートにビーム・サブマシンガンが通用しなくてもなにも驚く事はない。
だがビーム・マグナムならばどうだ?
ビーム・サブマシンガンの連射による弾幕で追撃を封じ、右手のビーム・マグナムでしっかりと狙いを付けて引き金を引く。
枝分かれした世界において「流星」の魔法少女の命を奪った大出力ビームガンだ。
「これでも駄目かッ!? ……いや!」
プリティ☆キュートの顔面目掛けて発射されたプラズマ・ビームはやはり彼女の“障壁”に防がれていた。
だが、それはギリギリの事であったのか、不可視であるハズの“障壁”のヒビ割れた部分に灼熱のプラズマが流れ込んでまるで空中にいきなり蜘蛛の巣が張ったようになっている。
そして長いブランクのせいだろうか?
眼前に迫ったビームに対して魔法少女が目を瞑ってしまっていた事を終末の騎士が見逃すハズもない。
地上スレスレを後方に飛んでいたペイルライダーは両肩アーマーの時空間エンジン直結のロケットエンジンを旋回させ、さらに足を振って反転。
全てのロケットエンジンは後方へと向いてその爆破的な推進力は大柄の改造人間を一気に前方へと飛び出させる。
「もらっっったあァァァァァ!!!!」
「……ッ!?」
魔法少女へと突撃しながら先ほどとは逆に左右の銃器を転送し、手元へと大鎌を呼び出す。
両手で大鎌の柄を握りしめて振りかぶった一撃は突進力と合成され、紫電の一撃と化した。
だが、長いブランクはあれど、さすがは「最強」の魔法少女と言った所だろうか?
不意を突いたビーム・マグナムによって思わず目を瞑ってしまっていたものの、すでに周囲は彼女の魔力が満ち満ちた探知圏内。
すんでの所で振り下ろされた赤い凶刃を躱す事ができていたのだ。
だが……。
「ハハッ! ハハハハハ!!!! 傷が付けられるって事はやっぱ殺せるって事だよな!!」
「はっ!? こんな掠り傷でよくもまぁ、そんなに浮かれていられるものね!」
プリティ☆キュートのふっくらとした頬に赤い線ができていた。
わずかな時間を置いて線からはゆっくりと赤い血が流れ出てきて、それが殺戮者を昂らせるのだ。
ペイルライダーの時空間断裂刃は魔法少女の“障壁”魔法を切り裂き、皮膚を、その下の肉を僅かながらも斬る事に成功していた。
「フン! 好きに言ってろ!! 僕がお前に終末を与えてやる!!」
……昔の事過ぎて不安なんだけど、
「シューティング・スター」とか「ミーティア」「流星」って誰の事だか分かるよね?




