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少女は自分に想いを寄せてくれていた“死神”の亡骸を見つめていた。
“死神”は倒れ、巨大なコンクリート片に背中を預ける形で座り込んでいたが、その右手は敵を求めて天へと伸ばされている。
怖かっただろう。
ペイルライダーに自分が勝てない事をもっとも理解していたのは“死神”だったのだろうから。
そもそもが“死神”の生来の性格は争い事に向いているとは言い難いものだった。
彼がただの人間でいられた頃、陸上部で長距離走をやっていたというのも、恐らくは長距離走が本質的には他者との闘いではなく、自分との闘いであったからなのだろう。
だが“死神”は戦った。
その歪に作り変えられた体で、マトモな戦闘能力すら与えられなかった姿で。
さして厚くはない装甲は砕け、武器も失い、下半身を押しつぶす瓦礫を払いのける力すら残っていなかったというのに少女を守りたいという言葉通りに最後の最後まで“死神”は戦おうとしていた。
その死神の亡骸の姿が少女に勇気を与えるのだ。
“死神”の黒い装甲は朝日に照らされて輝き、それが髑髏の仮面の下の少年の想いが未だに残っているようで、“死神”の伸ばされた指先は少女に行け! と言ってくれているようだった。
「誠君、ペイルライダーは私が倒すわ……」
3年振りの魔法少女への変身。
真愛の背は伸びた。
大地から魔力を媒介に湧き上がる炎、フレイム・エフェクトはかつてよりも盛んに火柱を上げている。
魔力量はむしろ以前よりも増加しているほど。
その証拠にペイルライダーの超合金Ar製の装甲すら自分が思うがままにむしり取る事すらできたのだ。
一昨年あたりから世間を騒がせていた秘密組織ARCANAといえど、所詮は自分が引退してから表舞台へと出てきたモグラのような連中だったということか。
異星人を超える技術力を持つ組織ARCANAをすら有象無象の1つとしてしか思わないような増長。
今まさに真愛は魔法少女として、“力”の頂点としての感覚を取り戻しつつあった。
だが不可能を可能に変える存在、万物の支配者に等しい力を再び手にしたというのに真愛の胸中にはどこか虚しさが拭い去れないでいた。
(……誠君)
当たり前だ。
もはや自分に好意を寄せてくれ、その言葉通りに自分を守ってくれた少年はすでにいないのだ。
いくら魔法が不可能を可能へと変えるといっても、死した者は甦りはしない。
遺体の損傷を修復する事ができても、それだけでは“器”“入れ物”が直ったに過ぎないのだ。
死者の魂が生前と同様の形で肉体へと宿らなければ意味が無い。
冥府へと旅立った者の魂は、そもそも冥府がどこにあるか生者に知る由はなく、故に“召喚”魔法の術式の座標指定を設定する事ができないのだ。
先週の金曜に長瀬咲良が死した悪魔ベリアルを召喚する事ができたのは、ベリアルが悪魔という霊的存在であり魔力によって受肉した存在だからできる例外中の例外もいいとこの話。
死者の蘇生は可能、不可能の枠外にある話と言ってもいい。
自分がもっと早く戦う意思を取り戻していれば。
悔やんでも悔やみきれないが、戦いは魔法少女へ僅かな感傷の時間すら許してはくれなかった。
ただでさえ比類無き真愛の魔力は魔法少女へ変身した事で爆発的に増大し、少女の肉体から溢れ出して周囲へ渦を巻いて満ち満ちている。
今、その魔力の中へと飛び込んできた者がいた。
誰だ?
決まっている。
敵だ。
仇だ。
ペイルライダーだ。
俗に魔法少女プリティ☆キュートは遠距離攻撃特化型の魔法少女だと言われる事がある。
だが、それは明確な間違いだ。
恐らくは彼女に近づく事すら許されなかった弱者の妄言であろう。
プリティ☆キュートに弱点は無い。
パンチラ防止魔法のフレイム・エフェクトが図らずとも生半可な敵の接近を防ぐように、真愛の周囲へと溢れ出した魔力もまた接近する者を瞬時に察知するセンサーと化すのだ。
いわばプリティ☆キュートは接近戦において敵を目で“見る”必要が無いと言ってもいい。
真愛は敵を見る事もなく手にしたマジカル☆バトンを魔力圏への侵入者へと振るう。
紫電が躍り。
溶けたアスファルトが跳ね。
周囲のビルの外壁のヒビ割れが広がっていく。
魔法少女プリティ☆キュートと終末の騎士ペイルライダーはバトンと大鎌を打ち合わせたまま、両者ともに身動ぎもせずに睨みあっていた。
ぶつかり合った意思と意思。
互いが互いを屠ろうという極限の殺意が得物へと伝わったのか、白いバトンと怪しく輝く赤い刃の大鎌のせめぎ合いは空中放電を発生させ、空気中の酸素を鼻を衝くオゾンへと変化させる。
「チィッ!? なんで時空間断裂斬で斬れないんだよ!?」
「なんでって、私がそれを許さないからよ。それよりも……」
真愛は腕力に任せてバトンを振りぬき、刃を交えていたペイルライダーを弾きとばすとバトンを突き付けて言い放った。
「その『なんとか・カッター』っていうの? それ、私の誠君の必殺技と被ってるから、貴方は名前変えてくれる?」
「ふ、ふざけんな! このデブ!!」
逆上したペイルライダーは全身のイオン式ロケットを吹かして加速しながら再び斬りこんでいくが、プリティ☆キュートも再びバトンを合わせて弾いていく。
2度、3度と斬りつけるも結果は同じ。
「大体、貴方、人の事をデブとか言うけれど、貴方は臭うわよ? なんていうか……、刺激臭?」
「ちげぇよ! 僕が臭ってんじゃねぇよ!! オゾンだよ! オ・ゾ・ン!!」
「そう。なら貴方の墓碑には『ワキガじゃなかったペイルライダー』って刻んであげるわ」
悪態を付きながらペイルライダーは舌打ちする。
自分を相手にしているというのにまるで平然としている様子の魔法少女に。
大体、あのバトンは何だというのだ?
時空間断裂斬は時空間エンジンから供給されるエネルギーによって斬りつけた物体もろとも、そこにある空間そのものを切り裂く時空間兵器なのだ。
時空間断裂刃を防げるのは同種の時空間兵器だけではなかったのか?
それが何故、何度も赤く輝く時空間断裂斬を受けて傷1つ付かない。
(……いや、そういうわけでもないのか?)
目まぐるしくバトンと大鎌で撃ち合う闘いの最中。
ペイルライダーは発想を転換して、ある考えへとたどり着く。
(なんでコイツは時空間断裂斬をバトンで受けているんだ?)
彼の脳裏に浮かんでいたのは少年マンガでよくあるシーン。
様々なマンガで使い古されたチープな表現、手法といってもいい。
少年マンガでは新たに表れた強敵、あるいは既存の敵キャラクターが隠していた実力を露わにする時、その強大な力と主人公サイドとの対比を表現するためにわざと攻撃を防御もせずに受けるという展開がある。
真正面から必殺技を受け、首筋で刃を受け止める。
避けられなかったわけではない。
先手を取れなかったわけでもない。
ただ「面倒だから」とか「実力差を思い知らせるために」という理由で攻撃を無傷で受けて見せるのだ。
対して目の前のプリティ☆キュートはどうだ?
圧倒的な実力差に見えて、律儀に大鎌の時空間断裂斬を全てバトンで受けているのだ。
試しに、フェイントを入れてから大鎌の柄の先端に取り付けてある“教皇”のメイスを取り外し、二刀流で攻め立ててみる。
大鎌の曲刃とメイスのスパイク。
左右からの時空間断裂刃。
果たして先ほどよりも軽いが手数の増えた連撃に対しても魔法少女は1撃ずつ確実に捌いていた。
フェイントの混じった左右からの連撃、1本のバトンで受けきるには無理があるにも関わらずだ。
(殺せる! 殺せるぞ!! “最強”“無敵”であっても“不滅”ではないってことか!!)
朝日に青白い装甲を照らされながら、大きく歪んだ仮面の下で殺戮者は舌なめずりをしていた。
真愛ちゃんに弱点は無いって書いたけどさ。
火力が過剰過ぎて人質の救出には向いてなくね?
多分、仲間になった後のアーシラトさんがそのへんを上手く担当してくれたんじゃないかと思います。




