53-10
真愛はしばらく液晶テレビの上のラビンの赤い瞳を見つめ、ウサギが目線を逸らすどころか瞬きすらしないので逆に彼女自身が目を伏せてしまう。
「魔法の国」からの使者はどこか人間らしさが欠如していて、そのせいか彼が嘘を付いているとはどうしても思えなかったのだ。
いや、ラビンとは魔法少女として活動していた期間、6年間もの付き合いがある。
彼が嘘を付かないのは戦いへと追いやってしまった少女たちへのせめてもの誠意であると真愛は知っていた。
「……そう、……ね……」
それは自分自身でも分かっていた事なのかもしれない。
中学校に入学してしばらくの頃、自分のクラスでいじめがあった。
校区の違いで出身小学校と同じくする多数派と別の小学校から入学してきた少数派の諍いのようなものが発端だったように思える。
多数派に属していた真愛はいじめには無関係でいられた。
いじめに加わる事もなかったが、いじめを止める事もできなかったのだ。
結局の所、いじめは三浦が道化役を買ってでた事により終息していったのだが、その1件は真愛の心に大きな傷跡を残す事となった。
いじめに参加していた者は真愛と同じ小学校だった者、彼女が良く知る者たちで、それは人の善性と信じて疑わなかった真愛の価値観を根底から揺るがし、いつの間にか真愛は戦う力を失っていたのだ。
自分の周りにいたのは“良い人”ばかりではなかったのか?
“悪い人”というのはこれまで自分が戦ってきたような限られた連中だけではなかったのか?
何故、そんな事をしなくとも平穏に暮らしていけるというのにハイエナのように、餓鬼のように大勢で罪の無い者をよってたかって吊るし上げる事ができるのだ?
そして何より自分は何故、こんなにも無力なのか?
その事が真愛の精神を蝕んでいた。
魔王アスタロトとの数多の戦いにおいてただ一度の敗北も無し、地球に迫る遅刻大王も自分独りで滅した。
「最強」の銘を冠して呼ばれるただ独りの魔法少女。
それが何故、級友たちを窘める事すらできない?
この星の最後の切り札である最強のヒーロー。
それが何ですぐ近くにいた子すら救ってやれなかった?
「真愛、君の優しさは臆病さの裏返しだと知っているかい?」
「そうね……」
「きっと、君の優しさによって石動誠は救われたのだろう。長瀬咲良も君の助力によって邪神に打ち勝つ事ができた。それは確かだ」
まるで真愛の心を読んだかのごとくラビンは続ける。
確かにラビンが言うように、真愛にとって人に優しくする事こそがかつての贖罪であった。
次こそは同じ過ちはしまいと真愛は戦う力を失ってもなお誰かの力になりたかった。
家族を失い、この街に流れてきた少年に親身になったのも。
ヤクザガールズの少女たちに魔力を分け与えるために市内全域が戦場と化しても僅かな護衛で空を飛んだのも。
本来ならば魔法の使えぬ身でただ魔力で邪神ナイアルラトホテプの魔法弾を防いでみせたのも。
すべては次こそは上手くやるという呪縛にも似た決意によってである。
「でも、その君の優しさのせいで石動誠は死んだ」
「……ッ!?」
「結果的に2人の人命も救う事はできたけど、それは想定外の事で、君はただの機械であるD-バスターを助けるためにほとんど脳味噌だけとはいえ人間の石動誠を危険に晒して、その結果、オジキさんは死んだ」
思わず耳を塞ぎたくなる事実であった。
今でもDーバスターを見捨てれば良かったとは思わない。
だが自分が言い出した事の結果、石動誠は死んでしまったのだ。
「ペイルライダーにデスサイズでは勝てないとは分かっていただろう? まさか奇跡が起こって逆転できるとでも? まさか! 君じゃあるまいし!」
真愛は何も言い返す事ができない。
事実、彼女もさすがに勝てるかもなどとは思っていなかったものの、何とか戦闘から離脱してくれるだろうと思い込んでしまっていたのだ。
「君は石動誠の好意に甘えて、自分を基準に彼の事を考えて、けして戻れぬ死地へと彼を追いやった。石動誠が死んだのは君のせいだと言って、何の支障があるのかな?」
「……本当にそうね」
「それだけかい? 石動誠は君に死んでほしくなかっただろうけどね。そう考えていたのは彼だけじゃない。石動誠に死んでほしくないと思っていた者たちだって大勢いたんだよ?」
真愛にはラビンの赤い紅玉のような目が自分を責めたてているように思えた。
だが不思議と今度は先ほどのように彼の目から視線を逸らす事ができない。
「それなのに君は何だい? 『自分が死ねば皆は助かる』? それじゃ本当にオジキさんは無駄死にじゃあないか!!」
「で、でも、私には……」
「やれやれ……。自分が、自分が、そこまでは一緒でもかつての君ならこう答えたハズだよ? 『私がヤるから皆は下がってて!』ってね!」
そこで真愛は初めて理解する。
ラビンは石動誠を死に追いやった事を責めたてるために来たわけではなかった。
戦いに向かう山本組長たちに付いていかずにガレージに現れたのは、彼が思う最高の勝算のためだったのだ。
「私にはもう戦う事なんて……」
「君は知っているハズだよ? 『魔法とは不可能を可能に変える力』だって」
「不可能を……」
「君の優しさは美徳だ。君は臆病になって少し大人に近づいた。でも臆病になっても卑屈にはならず、弱さに流される事もなかった。昔と変わらず心優しい女の子でいてくれた事を僕はそれを嬉しく思う。……でも、でもね。優しさよりも激しさが大事な時があるものさ」
不可能を可能にする力。
その言葉は真愛自身、幾度となく口にしてきた言葉だった。
石動誠に語った事もあれば、長瀬咲良に語った事もある。
だが、その事の意味を自分自身でも理解できていなかったのではないかという思いが真愛の胸の中に湧き上がってきた。
「それに考えてみなよ? 君がペイルライダーを倒せば石動誠の名誉は守られるんじゃないかな? 『石動誠は羽沢真愛が力を取り戻すための時間を作った』ってね! 逆に君がペイルライダーに殺されてしまえばどうかな? 『やっぱり兄貴の方が生きててくれば……』とか『あの時、兄貴に代わりに弟の方が死んでれば……』とか好き勝手に言われるんじゃないかな? どう? 君はそんなの許せるかい?」
「許せるわけないでしょう!?」
思わず真愛の口から大きな声が出る。
石動誠が死んでしまったというのは事実だ。
それが自分のせいだと言われても仕方がない。
しかし、本来は争い事を好まないであろう少年の死を、戦いを無意味で他人に悪し様に言われるのは我慢ならなかった。
ならば彼の死を無駄にしないと言えるのは誰か?
石動誠の名誉を守れるのは誰か?
自分しかいないのだ。
真愛は自分でもハッキリと分かるほどに胸の中に闘志が湧き上がってくるのを感じていた。
「……ところでラビン大佐? 貴方、今、兵隊はどれほど動かせる?」
「ああ。今すぐなら即応1個大隊。明朝まで待ってもらえれば1個連隊くらいは……」
過程をすっ飛ばして始められた話にラビンもいささか面食らいながらも彼が「魔法の国」地球軍事援助団団長として動かせる兵力を告げると真愛は不敵な笑みを返してよこす。
「そう。でも1個中隊で構わないわ」
「正気かい? 相手はペイルライダー、兵力はいくらでも多い方がいいんじゃない?」
「魔法の国」の主力である戦列歩兵、通称メェ~メェ~兵は魔法小銃を使う魔法戦士である。
だがペイルライダーが来た“向こう”の世界においても魔法使いはいたハズであり、魔法が使えると言ってもそれはアドバンテージにはならないのだ。
難色を示して目を細めてみせるラビンに真愛は大げさに溜息をついてみせた。
「ラビン。貴方、歳のせいでボケたの? 貴方に借りる兵隊はペイルライダーと戦ってもらうんじゃなくて明智君たちを抑えてほしいだけよ」
「うん。……えっ!?」
そこでラビンは目をパチクリさせる。
ラビンの地球軍事援助団の兵力は地球人ではどうしようもできない事態が起きた時のための兵力ではあるが、当然ながらその軍事力が向けられる先は地球の体制側ではない。
真愛が言い出した事は「魔法の国」軍事規定を大幅に逸脱、あるいは完全に無視したものである。
「あ、あの……、真愛さん?」
「なあに?」
「僕、母国で家のローンとかあるんだけど……」
「なによ! 2階級降格は初めてじゃないんでしょ!?」
ラビンは真愛の視線に射竦められながら思い出していた。
彼女の現役時代の異名の1つが「全てを焼き尽くす、爆炎の魔法少女」であった事を。
……まさか自分のキャリアまで焼き払われる事になるとはまるで思っていなかったのだが。
「わ、わかったよ! やればいいんだろ!?」
自分が焚きつけた少女が核兵器よりも危険な存在であった事にラビンは気が遠くなりそうになりながらも、もはや破れかぶれと召喚用の魔法陣を空中に描き始める。
「そぉ~れ! メェ~メェ~兵! そこのハドー獣人を取り押さえろッ!!」
「ほぁッ!? わ、私ですか!? そんな今まで私の事ほっぽといて話を進めてたのに~!」
哀れ、宇佐は魔法陣から次々と飛び出してきた赤い軍服を着た30cmほどの2足歩行の羊たちに取り付かれ、あっという間にロープで雁字搦めにされてしまった。
そして「53-11」へと続き、次回は「53-12」となります。
ところでかつては将軍だったハズのラビンがいつの間にか大佐に……?
一体、誰のせいなんだ……?




