53-9
「……みんな、行っちゃいましたね」
ガレージに残されていたのは真愛の他に宇佐、そして背広姿のセールスマン風の男だけ。
「Ω-ナンバーズ」の一員であるという背広男は外傷こそなかったものの、その白かったワイシャツを真っ赤に染め上げるほどに鼻血を流していて体内になんらかのダメージがあった事は明白。
幸いにして鼻からの出血は止まっていたものの、男は今もマットレスの上で死んだように眠っていた。
ふと心配になった真愛が男の手首に手をやって脈をとってみると弱々しいながらも確かに男の心臓は脈を打っていてホッと一安心したところで窓の外を見ていた宇佐が呟く。
「そうね。宇佐さんは行かなくて良かったの?」
真愛も宇佐が明智と涼子から勝手な事をしないように自分の事を監視する役目を受けているのは百も承知だ。
だが、この宇佐というハドー獣人。
なんとも憎めないというか、クリクリと大きな目に動くたびに揺れる大きな垂れ耳とまるで何かのマスコットキャラクターのように可愛らしい外見。
とても戦いに向いた者とも思えず、宇佐が死地へと行かなくていいと分かった時に涼子が思わず安堵した表情を見せたのも納得である。
しかし、それでも宇佐はハドー獣人である。
どれだけ真愛が全力で走ったとしてもウサギの脚力を持つ宇佐から逃れられるものではないのだ。
だから真愛は何とか宇佐を言いくるめて、あるいは騙して自分から目を離させる事はできないかと考えていた。
「私は真愛さんを見てなきゃいけないので!」
「そ、そう……」
だが鼻息も荒く力強く胸を拳で叩いて見せる宇佐の様子にそれも難しそうだと悟る。
今は体力を温存して、時間が経ち、宇佐の熱が冷めてきた頃、気が緩んできた時こそが頃合いであろうか?
「それに私は涼子さんを信じていますから!」
「西住さんを……?」
思えば西住涼子という女性も不思議な人物である。
「虎の王」こと泊満の後継者として期待されているという事だろうか。涼子は「鷹の目の女王」という2つ名で知られているし、事実、彼女のデビュー戦である「ハドー総攻撃」においてはそれなりの戦果を上げていたのも確かであった。
それでも真愛には涼子が普通の少女にしか見えなかった。
まるで何かの間違いで戦いの場に放り込まれてしまった少女。
週末のショッピングモールや渋谷や原宿のストリートにいくらでもいそうな少女だ。
むしろ西住涼子という少女の強さとは、地球人以外とも分け隔てなく仲良くなれるという事にあるように真愛には思えていた。
“魔法”や“霊能力”“超能力”といった類の超常の力は西住涼子には見受けられず、その点においては「虎の王」の後継者に足りうる器ではない。
だがハドー獣人のような異次元人にミナミたちに銀河帝国の皇女のような異星人が西住涼子と親交を育んでいる以上、彼女が戦場で先鋒となれば、その姿に鼓舞されて涼子を慕う者たちも我先にと後に続くだろう。
そういう意味で、戦場に打ち込まれた“楔”としてならば「鷹の目の女王」は「虎の王」の後継者になりえるのだろうと真愛は思っていた。
しかし、それでは足りないのだ。
それだけではペイルライダーの足元にも辿りつけるものではない。
「大丈夫ですよ! 涼子さんは凄いんです! 涼子さんならきっと奇跡だって起こせますよ!」
いかにも楽観的な宇佐ですら薄々とは気付いているのか、それとも無意識なのか、「奇跡」という言葉を口にしていた。
つまりは宇佐ですら涼子たちには勝ち目は無いと感じているのだろう。
涼子だけではない。
たとえH市に長瀬咲良が残っていたとしても結果は同じだろう。
涼子は異次元人に異星人。
咲良は悪魔に妖怪などの霊的存在。
両者はともに仲間と共に戦う事によって力を発揮するタイプのヒーローだ。
だがペイルライダーという圧倒的な“個”に立ち向かうには同じく圧倒的な“個”、あるいは集団を1つの力としてまとめ上げる“中心”が必要なのだ。
かつては真愛の戦いをもっとも近くで見てきたと言ってもいい明智ならばその事を分かっていてもよさそうなものであるが、彼は圧倒的な力を持つ“個”を得られず、巨大宇宙怪獣であるミナミを戦力の“中心”として戦う事を選んでいた。
ミナミに火力を発揮させるため、他のヒーローたちを使い捨ての盾とするような作戦。
その作戦で運良くペイルライダーを元の世界へと引かせる事ができたとして、果たしてそれは勝利と言えるのだろうか?
「それに、前に涼子さん言ってましたよ! 涼子さんって、昔、真愛さんに憧れてたそうですよ!?」
「…………ッ!?」
涼子だけではない。
山本たちヤクザガールズの少女たちも、いや、この街、この国の少女という少女がかつては魔法少女であった頃の真愛に憧れていたのだ。
真愛は大H川中学校のヤクザガールズ事務所を訪れた時の事を思い出していた。
熱病に浮かされたような表情で自分に握手をせがんできたり、物怖じしながらサインを頼んできたまだ幼い少女たちの事を。
「ハドー総攻撃」の際にヤクザガールズの子たちの支援のために大H川中学校へと赴いた時の事を思い出していた。
つい1月ほど前までは小学生であった新入生たちですら目の下に大きなクマを作り、雨に打たれてまるで全身に血が通っていないのではないかと思われるほどに青白い肌の少女たちが真愛が駆け付けたと同時に熱を取り戻したように瞳に力が戻っていく様を。
そのように自分の事を慕ってくれる少女たちが死にに行こうとしているという事実に真愛は眩暈を覚える。
「……今の私にそんな価値なんか無いのにね」
「価値の無い人間なんていませんよ!!」
「そうだね!」
思わず零れた自虐の言葉を宇佐は必死に手振りを交えて否定してくれるが、どこからともなく飄々とした物言いで真愛の言葉を肯定する言葉を投げかける者がいた。
「あれ? ウサギさん……?」
「君もそうだろう?」
「……ラビン」
いつからそこにいたのか、いつの間にそこにいたのか、1匹のウサギが液晶テレビの上に座っていたのだ。
山本組長の趣味だろうか? デニムのズボンをサスペンダーで吊るし、ゆったり目のボーダーのシャツは縞の間隔が広めでガーリーな印象を受ける。そんな服装を着込んだ白いウサギ。
「やれやれ、オジキさんも詰まらない死に方をしたものだ」
「そんな言い方をする事は無いでしょ!?」
そのまるでヌイグルミのようないでたちからは予想もできないほど辛辣な言い方をするラビンに思わず真愛もムッとして言い返すが赤い目のウサギはどこ吹く風。
「そう思うのは勝手だろうけど、事実、彼は君のために死んだんだ。それで守られた君は何をしているんだい?」
今度は真愛は何も言い返す事はできなかった。
「何をしているのか?」と問われても、そもそも何もしていないのだ。
ただ守られて、自分を慕う者たちを死地へと見送るだけ。これでは何もしていないのと一緒だろう。
「……ラビン、お願い! 私に力を! もう1度、魔法少女に変身する力を頂戴!」
代わりに彼女の口から出たのは懇願であった。
かつてないほどの渇望が口から思いつくままに溢れだしていく。
「お願いッ!! あと1度だけでいい! 私に戦う力を!!」
少なくとも真愛が知る限りぺイルライダーと戦えるだけの力があるのは魔法少女へと変身した自分だけなのだ。
第1期型と呼ばれる魔法少女は自分の他に後1人だけ残っているが、地蔵院節子、今は「ZIZOUちゃん」として知られるG型魔法少女ではその戦い方からして地力に勝るペイルライダーと戦うには相性が悪すぎる。
そもそもZIZOUちゃんと羽沢真愛ではその内包する魔力量に差があり過ぎるのだ。
だが無常にも異世界「魔法の国」からの使者は旧知の少女からの懇願に対してにべもなく首を横に振ってみせる。
「残念だけど真愛、それは無理だ」
「お願い! このままじゃ皆が……」
「だって僕は君から何も奪ってはいないんだもの。君が変身できなくなったのは君自身の問題さ!」
「53-10(仮)」を「53-11」に直しといたぜぃ!




