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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第53話 闘志を燃やせ! 復活の最強ヒーロー!!
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53-11

 朝焼けに包まれた空は燃えているようで、血を流しているようにも思えた。


 夕焼けとは違う朝焼け独特の赤さ、青さ、明るさ、暗さの入り混じった光景は少年の心象風景を現しているかのようで、ビルの屋上からただ黙って赤く染まった雲が流れていくのを眺めている。


 こうやって静寂の中でただ朝焼けを眺めていると世界に人間は自分ただ1人なのではないかと思うほどで、その孤独こそが少年の心を安らがせてくれるのだ。


 夜間には人の少なくなるビジネス街のド真ん中である。

 昨日のデスサイズとの戦闘の時点でビル街に残っていた者はとっとと退散して周囲には人の姿は完全に消え去っていたし、少なくとも日付けの変わる頃までは近隣の病院から入院患者を避難させるために救急車がサイレンも鳴らさずに数本向こうの道路を走り回っていたが今はそれも終わったのか周囲には車輛の音も無い。


 少年が救急車を攻撃しなかったのは「攻撃再開は夜明け」と宣言していた事もあったが、乗客を乗せた旅客機とは違い、救急車1台を破壊したとしてもそれで殺せるのは僅か数名にしかならなかったから。

 つまりは効率が悪いと判断したからだ。


 もちろん少年が来た元の世界であればその数名の命を奪う労力を厭う事はなく、藪蚊を潰すように車輛群へと攻撃を加えていただろう。


 だが“こちら”の世界においては少年は理由も無い殺戮を行う必要もなかった。

 殺戮を好まないというわけでもないのだが、ただただ面倒であったのだ。


 蹂躙し、破壊し、命を奪う。

 その決定権を持つ圧倒的な存在であると実感する事。

 それが奪われ続けてきた少年の精神の平穏を保つための手段であった。


 実の所、「兄を助けなかった」と言って“向こう”の地球人類の殲滅を行っていたのも、ただの理由付けに過ぎない。


 奪われ続けてきたのは“こちら”の世界の石動誠も同様ではあったが彼が彼の思い描くごくごく当たり前の生活を取り戻そうと1年遅れの高校生活をスタートさせたのとは対象的に、“向こう”の石動誠は奪う側に回る事を選んだのだ。


 無論、奪うだけの生き方がそう続けられるわけもないのは織り込み済み。

 彼にとっては幸い、他の者にとってはこれ以上ないほどの不幸な事に“向こう”の石動誠は理不尽の極致ともいうべき3基の時空間エンジンを得る事ができていたし、やがて彼の周囲には誰も、敵すらもいなくなるという事も理解していた。

 むしろ、それこそが彼の最終的な目標であったのだ。


 世界に存在する者が自分1人であれば誰からも奪われる事はなくなる。


 “向こう”の石動誠が辿り着いた答えはシンプル極まりないものであった。




 6月の日の出は早い。


 時刻は4時半を回ったばかり。

 本来ならばすでに数分前に日の出の時刻となったハズだが少年の姿は未だビルの屋上にあった。


 予想していたヒーローやあるいは自衛隊、警察の襲撃は無く、車輛1輌、航空機1機のエンジン音すら聞こえてこないのだ。


 さすがにこれは予想外。


 予想外と言えば、“こちら”の世界の連中がすでに自分の存在を知っていたのも予想外ではあったが、結局は誰も自分とマトモに戦う事はできなかったのだ。

 精々が昨晩、最初に戦う事になった忍者が執拗に変身する事を妨害してきて、そのせいで随分と対処に悩まされたが、結局は忍者も自分にロクなダメージを与える事すらできずに退場。


 ならばと、いきなり核ミサイルでも撃ち込まれる事を考えてもみたが、昨晩から少年は終末の騎士と自他共に認める怪人態のまま。

 原型機であるデスサイズならばともかく、今の少年、ペイルライダーには核ミサイルの1発くらい直撃でもしない限りは十分に耐えきれるのだ。


(……え~と、大陸間弾道ミサイルを使われたとして、飛来するミサイルを探知してから離脱するのに……、う~ん、やっぱり何度、計算してみても大丈夫だよなぁ……)


 ならば核爆発の熱線の効果範囲内から離脱できないように数十発、数百発の核ミサイルで飽和攻撃をしてくる可能性も考えてみたが、さすがにアホらしくて途中で計算を止めた。


 いくらなんでも都心ではないにしても東京でそんな数の核兵器を使うだなんてありえない。


 少年がいた元の世界での東京で使われた核兵器は少年自身が使ったものであったし、そのような暴挙に出た後でも少年に対して核攻撃という手段が取られる事はなかったのだ。

 ましてや“こちら”の世界においてはそこまで人類は追い詰められてはいないだろう。


(う~ん、どうしたものかな?)


 すでに日の出の時刻は過ぎていたものの、周囲のビルに阻まれて太陽の姿がまだ見えないのを言い訳に少年はまだ動かなかった。


 少年と戦うために集結してきたヒーローたちを一網打尽に殺害し、羽沢真愛を追い詰めるつもりであったのだが、全くの無反応では困ってしまう。

 少年から動いて各地のヒーローたちを虱潰しにしていく事も考えたのだが、いくらなんでもそれは面倒だ。


 結局、少年は生来の優柔不断さ、“向こう”の世界で繰り返し行ってきた殺戮の日々に飽きかけていたという事、そして何より圧倒的な力を持つ者のみが許される決定権を行使するという快感に酔いしれて少女が姿を現すまでただ黙って雲を眺めていた。


「……あれ?」


 ビル街にセーラー服姿の少女が現れた時、さすがに少年も思わず声を上げる。


 野生の本能ゆえかビジネス街をエサ場とするカラスたちですら逃げ出したコンクリートの街にただ1人現れた少女は少年の標的である羽沢真愛その人であった。


 物音の消えた街中を歩く少女の姿は未だ残る朝焼けに照らされて幻想的ですらある。


 だが無意味であった。


 少なくとも少年にとっては無意味にしか思えなかったのだ。


 戦う力を失った羽沢真愛が自分を相手に何ができるのだという思いが頭脳を何度も巡る。

 だが幾ら電脳で計算してみようとしても無意味。ただの少女である羽沢真愛が何かできるわけもないのだ。


 むしろ無意味を通り越して少年は困ってしまったと言ってもいい。

 何しろヒーローたちや無辜の民間人を大量に殺害して羽沢真愛を追い詰めて戦う力を取り戻させようとしていたのに、当の羽沢真愛が真っ先に来られては思い描いていた絵図の順序が狂ってしまう。


(……ったく、何しに来たんだよ!? 自殺でもしにきたのか?)


 とりあえずは屋上から降りて、羽沢真愛に一言かけてから彼女が何かする前にどこなりに飛び立ってしまおうと少年は考えた。


 一方の少女は向かいのビルの屋上にいる青白い終末の騎士に気が付かないわけもないのだが、一瞥もくれる事なく彼女の“死神”の亡骸へと歩いていく。


この時、少年はまだ知らなかった。

自分と同じ事を、「最強のヒーロー」を復活させる事を企んでいた者がいたという事を。






「…………誠君……」


 少女を守ると言ってくれた男の亡骸である。


 死神を模したその姿、無機質な骸骨の仮面も、異様に細い体も、凶器のように尖った指先も恐ろしくはなかった。


 ただ悲しかった。


 ヒビの入った仮面も、ところどころが砕けてしまった甲冑のような装甲も、最期まで戦おうと敵に向けて伸ばされていた指先もただ少女の心を打つのだ。


 あまりに痛々しいその姿にせめて腹部に突き刺さったままの剣を抜いてやろうと柄を両手で持って力を込めてみるものの、少女がいくら体重をかけてみても“死神”を貫通して背後のコンクリート片に深々と突き刺さった長剣は微動だにする事なく、剣を抜く事を諦めた少女は代わりに身を屈めて死した改造人間の頬をそっと撫でてやった。


 赤く輝いていたハズの両の眼窩の奥のアイカメラもすでに輝きを失い、すでに装甲は熱を失って少女の手にひんやりとした感触を与える。


 自分を守りたいと思いの丈をぶつけてきてくれた少年が死んでしまった事が悲しい。

 あの保護欲を掻き立てるような可愛らしい少年がロクに戦う力を持たないというのに戦って死んでしまった事が悲しい。

 そして自分が少年を死に追いやってしまった事が悲しかった。


 真愛は自分を愛した改造人間の骸骨を模した仮面にゆっくりと顔を近づけていく。

 “死神”が生きていたならばきっと大げさに声をあたふたさせて驚いていただろうが、やはり物言わぬ躯は微動だにしなかった。


 そのまま骸骨の仮面の額へそっと口付けした時、ふと風が吹いて朝の冷たい冷気が真愛の火照った体を包む。


 熱で火照った真愛の体はその体を心地良いものとして受け取り、まるで自分の知る石動誠が抱きしめてくれたようにも感じたのだった。


「やあ、君が来るとは意外だったよ!」


 真愛も良く知る懐かしい声が背後から聞こえてきた。


 ガチャリ、ガチャリと硬い足音を響かせて迫る声の主に対して、真愛の中の熱は闘志へと昇華を始める。


「それにしても、まさか君1人で来るとはね! 誰も君のために戦ってやろうって奴はいなかったのかい?」

「……随分と察しが悪いのね」


 真愛の知る石動誠は死んだ。


 それは悲しい。

 だが、いつまでも悲しんでばかりでいいのだろうか?


 いや、そんな事で良いわけがない。


 石動誠は自分を守るために戦って死んだ。


 ならば彼の死が無駄ではなかったと証明しなければならない。


 それをするのは誰か?


 自分以外にいるものか!


「私以外に誰も来ないって事を何か勘違いしてない?」

「なにッ!?」

「ペイルライダー、貴方は私が倒す」


 愛しい“死神”から離れるのは名残惜しかったが、後ろ髪を引かれる思いで真愛は背後から迫る者へと振り返る。


 その目はすでに力の無い少女のものから戦士のものへと変わっていた。


 その秘めた闘志に対して真愛の口調はあくまで平静そのもの。

 別の世界を滅ぼそうとする意志と力を持った終末の騎士を倒すと宣言するも、それは真愛にとっては決意でもなんでもなく、決まりきった事実を告げたに過ぎない。


「ここに私だけが来たのは他の人がいたら邪魔にしかならないから。貴方が私から逃げる時に人質にでもされたら困るしね」

「……言ってくれる!」


 自分しかいないハズの圧倒的強者。

 その風格を漂わせる者の出現にペイルライダーは語気を荒げるが、彼も自分自身で気付いていた。


 先ほど核ミサイルへの対処を考えていた時ですら感じなかった戦慄を目の前の少女の言葉からハッキリと感じていた事を。


時系列が前後するので今回は「53-10(仮)」となります。

次回はガレージでの話「53-6」の続きに戻ります。


(仮)がついているのは「53-8」「53-9」で真愛ちゃんが戦う意思を取り戻すのが間に合うか分からんので後でズラせるように(仮)付けときました!

後で回数を調整した後で(仮)を外します。


※追記

結局「53-11」になりました\(^o^)/

メンゴ、メンゴ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『もう奪われたくないから、奪う側に回った』か・・・なんだか虚しい選択だな。 もう少しポジティブに考えられなかったのか?と思わずにはいられないです。 まさかの真愛さんの復活! 吉と出ますか…
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