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「お前たちも聞いてくれるか?」
明智は榊原から視線をヤクザガールズや涼子たちへと移す。
言葉は少ないがその目には有無を言わさぬ圧力があった。
彼の先の「確実に支払われるであろう多数の犠牲で」という言葉と合わせて彼女たちは明智の圧力を「無駄死にする事は許さない」という意思表示だと受け取る。
「色々と状況は変わっているが、それでも変わっていないものもある。まずは状況を整理しよう」
恐らくは異星人3人組がネット動画配信サービスを利用しているのに使っているのであろうテレビのHDMIポートに接続されているスティックPCを起動させ、自身のスマホと無線で繋ぎワープロソフトを立ち上げる。
「まず俺たちはペイルライダーは羽沢だけが目標で、奴の邪魔をしない限りは“こちら”の人間には手を出さないだろうと思っていた。だがもう1人の自分を殺した事で心変わりがあったのか、奴はすでに“こちら”の世界の人間に被害を出す事をなんとも思っちゃいない」
「つまりは戦いは避けられないって事でしょ?」
山本組長の言葉に頷きながらも明智はまだワープロには何も打ち込まない。
「ああ。だが“向こう”で起こった『第二次浜松会戦』の動画を見た事が無い者もいるだろうから説明しておくと、奴は元の世界で数多のヒーローや怪人の連合部隊をまとめてあっという間に撃破しているんだ。マトモにやり合って勝てる相手じゃあない」
「あ、それなんだけどさ……」
そこで呑気そうな声をあげて話に割って入ったのはD-バスター1号。
「多分だけどさ、アイツ、なんか強くなってるわ」
「うん? それは……?」
「いや、別の動画で『虎の王』の脳波で動くように改造された私たちがいたじゃん? その動画だとペイルライダーは私たちのビームガンを必死こいて避けまくってたのに、さっき奴は私のビームガンを平然と受けていたんだよね」
「……チィ、恐らくだが“向こう”で“皇帝”を倒して装甲材を奪った時になんらかの変化があったのか? いや、さっきテレビで見た時は見てくれに変化はないようだったが……」
そこで明智はブツブツと呟き、なにやら考え込みながらスマホを操作してテレビ画面に「ペイルライダー(強化されている?)」と表示させた。
「さらに言うと“向こう”でヒーローたちに協力した『UN-DEAD』は“こっち”じゃすでに先週の騒動で壊滅済み。『第二次浜松会戦』のような兵力は揃えられないんだがな」
続けて明智はスマホに「×兵力は“向こうの世界”より揃えられない」と入力。
「少なくとも明日の夜明け、奴が攻撃を再開するまでに揃えられる兵力という意味でだけどな」
そこで明智はスマホの画面をワープロソフトからインターネットブラウザへと切り替えAISの情報を表示させる。
「戦力の集結を待てばいいと思うかもしれないが、今現在、日本近海にはこれだけの船舶がひしめいているんだ。石油タンカーだけ狙われたって深刻な被害が出るだろうな……」
AISとは船舶自動識別装置(Automatic Identification System)の略語であり、無線により船舶の位置情報を把握し、海難事故を未然に防ぎ、あるいは事故が起こった際の迅速な救助活動に用いられるためのものである。
だが、その位置情報を知らせるというシステムはペイルライダーのような脅威を誘き寄せる可能性もあるのだ。
明智の言葉どおり、テレビ画面に映し出されたAISには数えきれないほどの船舶が日本を取り囲むように映し出されていた。
「ま、アイツにそんな頭が回るかは分からんが、アイツは何も船やら航空機やらを襲う必要もない。ここに行けば俺たちは行動を起こさざるをえないんだがな。分かるか? 奴がここでマイムマイムでも踊り出せば、俺は胃に穴を開けて血を吐いて死んでしまうかもしれん」
明智は地図アプリに「東京都千代田区大手町一丁目2番1号外」と打ち込んで出てきた結果を一同に見せつけるが誰も彼のジョークに笑うという事はなかった。
「……おほん、ま、悲観してばかりもいられん。じゃ、次に我々が有利な点を2つほど、まずは『羽沢が奴の最終的な目的ではない』という点は以前と変わらないという事か?」
ワープロソフトの画面に戻した明智は「〇ペイルライダーの最終的な目的は“こちら”の世界にはない」と打ち込む。
「そして次に、『UN-DEAD』の連中は壊滅したが、“こちら”には“向こう”にいない者たちがいるという事だな……」
明智は「〇異星人たちはまだ地球にいる」と打ち込んだ。
“向こう”の世界では地球在住の異星人たちは宇宙テロリストに占拠された銀河帝国の宇宙巡洋艦が接近したのをこれ幸いと、西住涼子の指揮の元、巡洋艦を奪取して遥か宇宙の彼方へと脱出していったのだという。
「異星人といっても、ようするに頼るのは例の3人組だ」
「え? あの人たち、ペイルライダーより強いんですか?」
「少なくともミナミさんならペイルライダーを殺すだけの力は持ってるだろ。ミナミさんもペイルライダーの攻撃には耐えられないだろうけどな」
「ああ、つまり『多数の犠牲で、か細い勝機』って……」
不承不承ながらといった様子で明智は頷いてみせる。
「こう言うしかないのは情けないし、申し訳ないとは思っているんだ。先代の組長がまだ生きていたならブン殴られていたところだろうな。本当に申し訳ない。お前ら、どうせ死ぬならミナミさんを援護して死んでくれ? なんて……」
これが明智に考えられる唯一といっていい勝機であった。
だが口に出して言った後も明智は自身の中に渦巻く疑念を振り払う事ができないでもいたのだ。
“向こう”の世界の明智はナイアルラトホテプの親戚とやらを当てにして、その結果「第二次浜松会戦」での惨敗を喫していたのだという。
先週、H市の臨海エリアに現れた巨大な山羊型の怪獣と巨大化したミナミとでは明らかにミナミの方が大型で強力そうではある。
だがペイルライダーの前には五十歩百歩ではないかと思わざるをえなかったのだ。
そもそも“向こう”では彼が頼みにするミナミも涼子とともに地球を脱出していたのだとか。
「しかも話に聞くにミナミさんの最大火力は荷電粒子砲らしい……」
「かでん? りゅーしほー?」
「ようするに敵にあたっても外れても放射線撒き散らす禁忌の兵器だな」
「ええ、それは……」
「日本に人間が住めなくなるか、東京に人間が住めなくなるかで選べば選択の余地はないだろ?」
明智にとって唯一といっていい明るい判断材料はミナミの荷電粒子砲は別に直撃させなくてもいいという事。
夜明けまでにかき集めた東京周辺のヒーローたちにその身を盾にミナミを守ってもらい、ミナミに荷電粒子砲を発射させればそれでいいのだ。
無論、粒子ビームを直撃させて倒す事ができれば後腐れがない。
だが例えペイルライダーに直撃させる事ができなくとも、粒子ビームは何にも当たらないという事はないのだ。
地球上には空気がある。
荷電粒子砲は空気の酸素や水素、窒素といった原子を分解して放射線を撒き散らし、その反応は雪崩式に連鎖反応を起こしていくだろう。
その爆発的な反応と放射線障害によりバタバタと命を落としていく周囲のヒーローたちが織り成す光景は石動誠をビビらせて元の世界へと逃走させるのに十分な地獄絵図と化すハズだ。
“向こう”の石動誠の目的である「羽沢真愛を殺して“向こう”のロキからトールハンマーを貰う」事が最終的なゴールではなく、彼の本来の目的が“向こう”の地球人類の殲滅である以上、ミナミの荷電粒子砲でペイルライダーを倒す事ができなくとも、奴が羽沢真愛を諦めて元の世界へ帰ってくれればそれはそれでいいのだ。
「ふむ。夜明けまで時間があるなら真愛ちゃんを逃がす時間はあるか……」
「ちょっ! ちょっと待って!!」
榊原が顎に手をやりながら呟くと、当の羽沢真愛が大きな声を上げる。
「え? 皆、一体、何の話をしているの!? そんな事しなくても私が行けば良い話じゃない!?」
それは彼女の持つ優しさ故に生まれ育った東京を潰し、なおかつ無数の人命を使い捨てる作戦に耐えられなかったからなのか、それともかつて“最強”と呼ばれた者としての矜持からなのか。
羽沢真愛の瞳は涙で大きく揺れ、死地に向かおうとする者たちを見渡していたが、誰も彼女を咎めるような素振りすら見せないのがかえって少女の心の平穏を奪っていた。
「東京都千代田区大手町一丁目2番1号外」の住所をググってみたら、グーグルマップには「24時間営業」とか書いてあって「えぇ……」って気持ちになりました\(^o^)/




