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テレビ画面からペイルライダーが消えてからもしばらくはガレージの面々はただ呆然としていた。
かの敵の脅威、危険性こそ認識していたものの、ペイルライダーが彼らが知る石動誠そのものの声、口調で話す光景はまさに悪夢としか言いようがない。
しかも“こちら”の世界の石動誠本人はすでにこの世の者ではないのだ。
ヤクザガールズの少女たちにとって、昨年の埼玉派遣組の生き残りにとっては石動誠は先代組長の信頼も篤く、いつも彼女たちの最前列で戦ってくれていた力の象徴であったし、今年になってから初めて彼と会った者も「ハドー総攻撃」の際に彼女たちの救援に駆け付け、その後に敵本陣へと乗り込んでいった彼の実力を疑おう者などいるハズもない。
西住涼子、宇佐にとっては石動誠とはまさに暴力の象徴。
彼と先週になって初めて会ったばかりの涼子にとっては未だ昨年の春に超巨大空母に乗って日本に迫ってきていた“死神”の大アルカナの記憶もまだ薄れていなかったし、宇佐にとっては「ハドー総攻撃」の際に石動誠のチームの虜囚となり命の危機を感じていたのだ。
そして明智元親にとっては石動誠とは頼み甲斐のある1人のヒーローであると同時に大事な友人であった。
今年の春に再開した石動誠は照れ笑いを浮かべながら「あの時は荒んでいたから……」なんて言っていた昨年の埼玉でも、あの年下のようにしか思えない少年は自らの精神をギリギリまで追い込まれながらもヒーローとしての矜持を受け継ごうとしていたのだ。
昨年の石動誠に苦手意識を持っていながらも明智が今年、高校でクラスメイトとなってすぐに友人となれたのも彼の精神性に敬意を抱いていたからである。
だが、すでに石動誠は死んだ。
少女たちの先駆けとして数多の敵の群れに平然と飛び込んでいく力の象徴は破れ、世の理不尽が死神の形となったかのような暴力の象徴はそれ以上の理不尽にぶつかって砕けて散った。
孤高の少年の理解者、自ら戦う力を持たぬ少年の憧れ、なによりかけがえのない心を許せる友人は死んだのだ。
そして石動誠と同じ声、同じ口調で喋る最悪の敵の脅威は未だ去ってはいない。
「……世話になったね。お礼はまた今度、と言いたいところだけど……」
ガレージにいた者の中で最初に行動を開始したのはタクシードライバー風の男だった。
まだ顔色はドス黒く、目の下には大きなクマが浮かんで顔中が脂汗に塗れている。
だがヤクザガールズたちの“治癒”魔法の効果があったものか、よろよろとながら自らの血で汚れたマットレスの上から起き上がって立ち上がるとそのままガレージの外へと男は出ていこうとしていた。
「すまないが彼の事はしばらく寝かせておいてやってくれないか?」
「貴方はどこへ?」
タクシードライバーは人間が出入りするためのアルミ製のドアの前まで足を引きずりながら行くと、ふと思い出したように振り返ってセールスマン風の背広の男の事を頼んでからドアノブへと手をかける。
男へ声をかけたのは明智だった。
「どこにって、明智君、君らしくもない。言わなくても分かるだろう?」
「貴方たち2人以外の『Ω-ナンバーズ』は?」
「……知っていたのかね?」
その言葉に男は驚いたように明智の方へと向きかえる。
一瞬だけ、目を丸くしていたものの、すぐに満足そうに眼を細めて深く頷く。
「5年ぶり、ですかね? 貴方たちに会うのは。『Ω-ナンバーズ』という集団の正体については何となくですが察しはついていました。そして貴方たちが現れペイルライダーに戦いを挑んだ。後は貴方たちと『Ω-ナンバーズ』を結びつけるのは簡単でしょう?」
「……ふむ」
榊原にとっては納得の洞察力であった。
彼は明智のこの洞察力により、かつては幾重にも擬装を施していたハズの本陣を見破られ奇襲を受けていたのだ。
「質問に答えよう。『Ω-1』は下半身不随の車椅子生活でね。主に情報収集や指揮を担当している。『Ω-2』は『Ω-X』……、アーシラトを呼びに行っているんだが、今どこにいるかまでは……」
「アーシラトさんなら今は熊本のハズですが……」
「ハァッ!? そりゃ都合の悪い……。まあ良い、それはともかく『Ω-3』と『Ω-4』は今は南極。『Ω-5』と『Ω-6』はコロンビア。私が『Ω-7』で、そこで寝ている彼が『Ω-8』。『Ω-9』はモザンビークだったかな? 外国に行ってる連中は今もきっと戦っているよ」
仲間たちの事を語っている内に少しだけタクシードライバーの男の顔色が明るくなった。
かつて「最強のヒーロー」と呼ばれた羽沢真愛の唯一と言ってもいい欠点。
それは彼女が小学生ながらヒーローとして活動していたため、絶大な力を持ちながらも詰めが甘いという事。
もちろん、そうであればこそ榊原も福田も今こうして生き延びている事ができているわけなのだが、同時に羽沢真愛の甘さは数多の組織の残党を生み出していた。
彼女の力を恐れて日本国外での再起を選んだ残党たちは世界各地へと散らばり、榊原たち「Ω-ナンバーズ」のメンバーもまた戦う力を失った羽沢真愛へ危害が加えられる事を危惧して世界へと散らばり戦いの日々を送っていたのだ。
「それじゃ、私はそろそろ……」
「止めても無駄なのでしょうね」
「そりゃあね。私にもプライドがある」
「プライドとは?」
「真愛ちゃん以外の誰にも負けぬ事……」
「……え? わ、私!?」
未だに榊原の事が思い出せていないのか、当の羽沢真愛本人が困惑した声をあげる。
その姿に思わず榊原は苦笑し、この光景を仲間たちにも見せてやりたかったと強く思った。
かつて“冥王S”と呼ばれた自分ですら羽沢真愛にとっては記憶の片隅にも残らない路傍の石も同様。
それが良い。
一切の悪意すらない。圧倒的強者だった者特有の鈍感さ。
誰しもが子供の頃には持っていたであろうに大人になる頃にはすり減らして無くしてしまう根拠の無い万能感。
「え? 明智君はもしかしてこの人たちを知ってるの?」
「ほら。小五の頃の遠足の……」
「ああ! グンマの……、焼き饅頭を売ってたオジサン?」
「……誰だよ、そいつ」
明智と真愛の漫才めいたやりとりをクスリとしながら聞き、榊原はやはりこの少女を守る事に命を懸ける事ができる事に満足していた。
羽沢真愛は誰しもが大人になる時に憶えるであろう臆病さを持ちながらも、子供の頃と同じく今も純粋なのだ。
だから、たかが機械の人形に過ぎないアンドロイドを助けるために自身と友人の命を危険に晒す事も躊躇する事はなく、その結果として石動誠は命を落としたのだろう。
ある意味では羽沢真愛は狂人と言えるのかもしれない。
だが彼女の圧倒的強者だったが故に何者にも侵されずに残った純粋さは他者への掛け値なしの優しさともなり、その優しさを受けてD-バスターと榊原、福田は今こうして生き延びているのだ。
もしかすると石動誠も彼女の無限の優しさの虜になっていたのかもしれない。
ならば、きっと彼も彼女を守って戦う事に悔いは無かったのだろう。
悔いがあるとするならば、敵を残して散り、羽沢真愛の安全を見届けられなかったという点か。
「……気が変わった、というわけではないがね。明智君、君には何か良い案でもあるのかい?」
1人でペイルライダーとの再戦に赴こうとしていた榊原が明智の腹積もりを訪ねてみたのは、明智が石動誠の友人であったから。
世界各地で戦っている仲間と同様に羽沢真愛のために命を懸けた少年の遺志を継いでやろうという気持ちが湧いてきていたのだ。
そして榊原の期待に応えるように明智もまた確かに深く彼へと頷いて見せる。
「良い案とまではいきませんが、確実に支払われるであろう多数の犠牲で、針の先ほどのか細い勝機なら……」
「ジャッカー電撃隊vsゴレンジャー」って観た事ある?
あれ、終盤でV3とかアマゾン、キカイダーも救援に来ると思わなかった?
誰だってそう思うでしょう。ワイだってそう思う。
というわけで世界各地で戦っているという設定のΩ-ナンバーズは助けに来ません!




