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その後もペイルライダーは東京湾上空の旅客機を数機撃墜し、その犠牲者は1000名を超える事が確実視される事が報道されていた。
空港の定点カメラに月の無い夜空に妖しく尾を引いて飛ぶ青白い光が伸びたかと思うと空中に紅蓮の花が突如として咲き乱れる様子が繰り返し映し出される。
無論、東京湾に接近中の民間旅客機のパイロットたちも迫りくる終末から逃れるべく踵を返して東京から離れていく。
だが燃料切れによる海面への緊急着水をも辞さない覚悟の離脱も無意味であった。
蛇の舌のように夜空を伸びてくる赤いプラズマの奔流はいとも容易く旅客機を貫いて燃料に引火し誘爆させる。
「……チィっ!」
呆然とテレビのニュース番組を眺めていた明智が眉間に皺を寄せて舌打ちした。
空港に設置されていたカメラが上空を飛んでいく3機のV字編隊を映し出したのだ。
「無駄だ。……連絡が行っていないのか?」
3機変態の軌跡は赤い炎と青い炎の入り混じったジェットエンジンの噴射炎によって夜空にハッキリと映し出されていた。
その噴射炎は戦闘機のものにしては小さく、しかし、その機動は戦闘用の兵器そのものである。
V字編隊の正体は航空自衛隊の自立機動型空陸両用戦闘ロボットの「3Vチーム」であった。
昨年の埼玉での騒動での際、戦闘力を持たない明智は幾度となく3Vチームの護衛を受けていた。
彼が石動誠と初めて会った時も3機の護衛があったものだ。
そして、その時に石動誠が言われた事は……。
青白いイオンの光条へと接近したV字編隊は編隊を解除して攻撃態勢へと移る。
だが……。
「レーザー兵器は効かないんだ……」
3Vチームの主兵装は3機揃ってレーザー兵器であった。
都市でのゲリラ戦に特化した、いわゆる「怪人」という人間兵器と戦うため、3Vチームは人間よりも幾らか大きい程度のサイズ。しかも人型形態と航空機形態への可変機構を有しているために必然的に武装は重量的な制約が大きい。
故に3機はレーザーライフルなどの他は対人用の小口径機銃に翼下吊下式の携帯対空ミサイル程度の武装しか持たされていないのだ。
明智が初めて石動誠と会った時、ARCANAの尖兵ロボに襲撃された際には石動誠は「レーザーは効かないから3Vチームを下がらせろ」と言っていたのだ。
当然、尖兵ロボットに効かなくて大幹部格である大アルカナに効くという事はありえないだろう。
もちろん元は大アルカナであったペイルライダーでも同じ事だ。
明智の予想どおり、3Vチームは攻撃を開始した直後に空中に咲く爆炎の花と化して消失する。
呆気ない。
日本の航空軍事技術の粋を集めて製造された3Vチームの最期としてはあまりに呆気なさすぎる最期であった。
フェリー。
新幹線。
長距離バス。
その後も東京周辺を飛び回るペイルライダーの攻撃は続く。
テレビやネットの報道では「無差別攻撃」と言われていたが、明智の推測では攻撃対象は「羽沢真愛が乗っているハズもない交通機関」という事であった。
確かに先に攻撃された民間旅客機も、フェリーも新幹線も高速バスも出発地はバラバラだが、目的地は東京。
東京H市に確実にいたハズの羽沢真愛が乗っているハズの無い便であったし、なにかしらのトリックを使ったとしても東京へと向かう交通機関に乗り込むわけもない。
すでに犠牲者は数千を数えるだろうか?
今の所、テレビやラジオの公共放送期間はペイルライダーの脅威によるショックから抜け出せず、ただ続々と入ってくる被害を読み上げるだけに終始している。
だがインターネット上のニュースサイトのコメント欄や匿名掲示版では早くもヒーローたちへの非難の論調が強まっていた。
曰く「迎撃に出たのはデスサイズと3Vチームだけなのか?」「ヒーローたちは何をしているのか?」「一斉にかかればペイルライダーとかいうのもなんとかなるんじゃないのか?」
デスサイズが敗北する敵というのがどれほどのモノであるのか考える事もしない、あまりに無責任で自分勝手な論調。
事情を知る者ならば例え東京中、いや日本中のヒーローたちが集結してもペイルライダーには勝てないという事など一目瞭然。
「……どうだった?」
「市長や室長でもいつまで抑えきれるか……」
終始、険しい声と表情で電話をしていた明智が通話を切ると同時に真愛は彼に尋ねる。
「何を」とは口には出さないし、「何が?」とも彼も返さない。
無責任で自分勝手しかも明確に間違っているが、大衆の意見は“多数派”というだけで正しい。
少なくとも民主主義国家においては、だ。
今の所、H市のヒーローたちは彼らを主管する災害対策室室長の抑えが聞いているが故にペイルライダーが暴れ回っていても待機を命じられたままとなっている。
だが、それもいつまで持つか……。
すでに政治家たちからヒーローたちを出撃させてペイルライダーを迎撃させるべきだという圧力が強まっているのだという。
このままペイルライダーが暴れ続ければ先の3Vチームとまったく同じ状況どころか、D-コマンダーⅤが持ち込んできた動画にあった「第二次浜松決戦」と同様の事が“こちら”の世界でも起きかねない。
ヒーローたちとて、その全員がペイルライダーの脅威を認識しているわけではなく、仮に認識する事ができていたとしても彼らは戦いへと赴かざるをえないのだ。
それがまるで崖から次々と身を投げていくレミングスの群れとさして変わらないとしても。
『……そ、それではここで明日のお天気を見てみましょう。渋谷スクランブル交差点前の原木さ~ん、ソラタロー!』
引きつったままの顔でスタジオのアナウンサーが野外ロケのスタッフを呼び出すと画面は切り替わり、渋谷の町並みが映し出される。
この番組の天気予報のコーナーお馴染みのマスコットキャラクターに気象予報士が夜の交差点の前に現れるがやはりいつもの陽気な表情とは違いどこか強張った表情だった。
ガレージでテレビをただ呆然と見ていた面々も最初は次のペイルライダーの襲撃場所はどこかと思い、天気予報などとっとと終われと思っていたものの、すぐにそうは言っていられなくなった。
天気予報のコーナーが始まってすぐに上空からゆっくりと当のペイルライダー本人が現れてカメラに向かってメッセージを伝えはじめたのだった。
定額給付金、入ってきたぜぇ!
何に使おうかな\(^o^)/




