53-2
明智が振り絞るようにして言った「誠が負けた」という言葉にガレージ内にいた誰しもが凍り付いたように動きを止める。
「……オジキが」
「負けた……?」
「……う、そ」
ヤクザガールズの面々にとっては石動誠は強者の象徴であった。
記憶もまだ鮮やかであった「ハドー総攻撃」の際には数時間にも及ぶ戦闘によって疲弊し、窮地に陥っていた彼女たちの元へ颯爽と駆け付けた石動誠はわずか数人の仲間を引き連れてハドーの軍勢が支配する街をまるで無人の荒野を征くが如く悠然と飛んでいたのが思い起こされる。
宇宙テロリストに占拠された銀河帝国の巡洋艦が地球に迫った時、計画では宇宙攻撃機に乗り込んで敵艦に突入するのは山本組長と栗田本部長の役目であった。
栗田の“障壁魔法”によって対空砲火をくぐり抜け、艦内に突入した後は山本の“召喚”魔法によって組員たちを地球上から艦内へと呼び寄せる計画であったのだ。
だが当日まで作戦担当の明智は悩みぬき結局、彼がアサインしたのは山本たちではなく引退を表明していた石動誠。
そして石動誠も明智の信頼に応え、いとも容易く宇宙巡洋艦を轟沈せしめていたのだ。
さらに先週の「風魔軍団」アジトへの突入作戦の時にもヤクザガールズたちは敵アジトへ突入する事なく周辺地域の敵勢力の殲滅にあたっていた。
アジトの中へと入り長瀬咲良とシスターの救出にあたったのは石動誠と「鷹の目の女王」にその手下のみ。
敵中枢にわずかな人数で突入する事にヤクザガールズが何も言わなかったのはそれだけ彼女たちが石動誠に対して絶対的な信頼をおいていたからだった。
その石動誠が敗北したと明智は言う。
誰しもが動きを止め、時計すらも時を刻むのを止めたかのような静寂の中、最初に動き始めたのは組長の山本だった。
「あっ! 組長……」
「手空きの人は付いてきて!」
山本は白木の鞘から魔法短刀を引き抜いて刃こぼれが無いのを確認すると箒を手に取る。
組員たちも呆気に取られたように山本の様子を見ていたが、すぐに皆、魔法短銃や狙撃銃、短刀の確認を手短に終わらせて慌ただしく動き始めた。
「明智さん! 私たちはオジキの撤退の支援をします。離脱のルートは掴んでますか!?」
「……いや」
山本や他の組員たちもそこで明智の様子を訝しむ。
明智といえば戦いの時のみならず、普段から石動誠と友人と呼べるような間柄である。
その彼が石動誠の敗北を伝えるという誰にでもできるような事をして時間を潰しているというのはどういう事だろうか? いつも明智ならば石動誠が負けたとして、こうしてまごまごと時間を浪費するような事はせず、すぐさま次善の策をもって石動誠の撤退支援をしているであろう。
栗田の他、数人の頭によぎったのは石動誠はペイルライダーと上空での戦闘の末、撃墜されて行方不明になってしまったのではないかという事。
ならば箒で空を飛べるヤクザガールズたちに捜索を依頼するためにこの場を訪れたものの、ペイルライダーの脅威と板挟みの状態になって、それを言い出せないのかと考えたのだ。
だが、それにしても大きく肩を落として沈み込んだ明智の様子はいくらなんでもおかしい。
カツ、カツ、カツ、カツ……
ガレージの床面のコンクリートを明智が歩く音が響き渡る。
いつもの彼の足音ではない。
まるで「ゆっくり歩いても時間の無駄だ」とでも言うかのような、合理的な明智の性格を現しているかのような明智の足取りではなかったのだ。
何かを恐れているような、躊躇っているかのような。
そんな足取りだった。
明智はガレージの中央に置かれていたガラスのテーブルに置かれていたリモコンを取るとテレビに向けて電源ボタンを押してガレージの面々へとニュースの映像を見せつける。
「ひっ……!」
「そんな……」
「嘘だろ!? おい……」
「石動君!?」
液晶テレビに映されていたのはヤクザガールズが救出に向かおうとしていた石動誠その人であった。
まるで小学生のように小さな体にコロコロと変わる表情の可愛らしい少年石動誠ではなく、悪の組織によって作り替えられた機械の体の死神デスサイズ。
本物の悪魔だ神様だのが暴れ回るこの御時世、彼以外の他の者が「死神」などと名乗ったところで「ただの改造人間じゃないか」と鼻で笑われるだろうにもかかわらず、石動誠は“死”の象徴であり続けた。
敵対者に死を強要するその力はただの改造人間に“死神”としての畏怖を感じさせるに十分だったのだ。
その死神が、デスサイズが画面の向こうで絶命していたのだ。
「誠君!? 誠君、なんで!?」
「真愛さん!?」
コンクリートに背中を預けるようにして座り込んだデスサイズは天へと右手を伸ばしたまま微動だにする事はなく、そしてその腹部には長剣が突き立ち、背後のコンクリートへと死神の肉体を縫い付けている。
デスサイズの他を圧倒する機動性を生み出す病的に感じられるほどに軽量化された痩身を包む装甲は至るところがひび割れ、砕けて激戦があった事を誰しもが察する事ができた。
何より骸骨を模した仮面の眼窩の赤いカメラアイと天へと向けられた右手は同じ場所へと向いているようで、ガレージでテレビを見ていた者たちはきっと石動誠は最期の最後まで敵と戦おうとしていたのだと確信する。
誰かが唾を飲み込む音が鳴る。
誰かが歯を噛み締めて軋ませる音が響く。
テレビのスピーカーから出てくるアナウンサーの上ずった声も無機質にどこか薄ら寒い。
石動誠の名を幾度となく叫びながら真愛の肢から力が抜けていったかのように倒れかけるが、すぐそばにいた西住涼子に支えられる。
「……宇佐、職場に電話して」
「はい?」
自らの腕の中で身を震わせて泣く少女の姿は涼子の闘志に火を付けた。
あの日、チハに乗る事を選んだのはこうして泣く子を黙って見ていられなかったからではなかったか、と。
「六号を、ティーゲルを借りましょう。電話して暖気運転と弾薬と燃料の積み込みを!」
「はい! 私もお供します!」
ペイルライダーの目をこのガレージから反らすため、今晩「天昇園」は警戒態勢にあった。
だが先週の戦闘によって損傷を受けている六号戦車は修理中のため戦力外。
しかし幸いにもティーゲルの動力にも主砲にも問題は無い。
チハ改の47ミリ砲ではさすがに心元無いが、ティーゲルの主砲ならばたかが改造人間の1体くらいという気持ちが涼子にはあった。
涼子が石動誠と会ったのは先週が初めて。
だが1度会えば分かる。あの少年は善良な人間だったハズだ。けして無残に殺されて良い人ではない。
風魔のアジトから悪魔ベリアルを救い出してきたデスサイズは、悪魔が主の目の前で消滅する時、まるで背中で泣いているように見えたものだったのを思い出す。
「組長、私らも……」
「もちろん。涼子さん?」
「ええ、仇討ちといきましょうか」
「私も行くぜッ!」
山本組長が涼子と目配せしながら互いに頷きあうとD-バスターも手の平に拳を打ち付けて闘志を露わにする。
だが……。
「やめろ、馬鹿ッ!!」
突如として明智の怒声が鳴り響く。
身を震わせながら拳を鉄骨の柱へと打ち付けた彼の声もまた震えていた。
「誠が殺されたんだぞ!? 万に一つの勝ち目もあるものか!!」
「ティーゲルの8.8cmなら……!」
「無駄だッ! そんなんで殺れたら誰も苦労しねぇよ!! そもそも大砲なんてペイルライダーに1発当てるまでに何人死なせるつもりだ!?」
明智もどうしたらいいのか分からなかったのだろう。
友人を失った悲しみ、自らの手で仇を取ってやれない歯痒さ、そしてまた知己の人間が死地へと飛び込んでいこうとする恐怖。
そういったものがないまぜとなって叫びとなって彼の口から出ていた。
「……でも、そんな事を言ってる場合でも無さそうだよ?」
明智の背後から声をかけたのは例のタクシードライバー風の男だった。
意識を取り戻したばかりで中年男の額には脂汗が浮かび、顔色はドス黒く目の下にはクマができている。
男はテレビの画面を顎で示して見せる。
テレビの画面はデスサイズだったモノから変わり、夜の海面を映し出していた。
波が何かの光を反射し、水面に浮かぶ何かの残骸が盛大に燃え盛っている。
『東京上空から飛び立った未確認飛行物体は東京湾上空で民間航空機を撃墜。恐らくは着陸寸前で消息を絶った大日航1988便と思われています。……あ、続報です。航空機を撃墜したのは通称「ペイルライダー」と呼ばれている存在のようです。
ペイルライダーは東京都H市にてデスサイズと戦闘、殺害後、東京湾へと移動して航空機を撃墜したようです!』
画面はテレビ局のスタジオへと切り替わり、引きつった顔の女性アナウンサーが幾度も手渡された原稿を確認しながら自分でも信じられないといった様子がありありと見える声で読み上げる。
「……なんで? ペイルライダーは“こっち”の世界じゃ無関係の人を殺さないんじゃなかったの……」
「平行世界のとはいえ、自分自身を直接殺したんだ。心境の変化があってもおかしくはない」
もし、この場に石動誠がいたなら「も~、そんなだから明智君は他人の気持ちが分からないって言われるんだよ?」とでも言っていたであろうか?
だが、石動誠はいない。
戦いに負けて死んだのだ。
「ペイルライダーにとって羽沢を殺せないのと同じくらいに困るのが『死んだかどうか分からない』って事なんだろうな。だからこの街に絨毯爆撃を仕掛けるような事はせずに羽沢が乗っていない事が確実な旅客機を撃墜してみせたんだ」
「……というと?」
「かくれんぼはゴメンって事だろ? 奴は羽沢に出てこいって言っているのさ。これ以上に余計な犠牲者を出したくなければな」
最近、新しくパソコン組みたいな~って思ってるんだけど、その内Zen2のAPUが出てくるんじゃないかと思ってズルズルと引き延ばしてます。




