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冷たく硬いコンクリートを喧噪が震わす。
まだ子供である事が十分に許されるだろう幼い少女たちは己を戦士と定めていたがためにその声には一切の甘えというものは無く、めいめいができる事の全力を尽くす。
「“治癒”をかけます! “鎮静”と“鎮痛”を!」
「OK! 私が“鎮静”を、古賀さん“鎮痛”をお願い!」
「了解ッ!」
ミナミたち異星人3人組のガレージに逃げ延びてきた西住涼子の軽自動車から降ろされた中年男性2名の治療のため、ヤクザガールズの少女たちは“治癒”魔法の特化能力を持つ宇垣を中心に慌ただしく動き始めていた。
「組長ィ! 追手が無いか見てきます!」
「お願い! でも空には上がらないで!」
「分かってます!」
「小沢さん、永野さんに付いてってあげて!」
「へい!」
“探知”の特化能力を持つ永野がガレージから飛び出していき、その護衛のために小沢も続く。
2人は少しでも高い場所を求め、ガレージのすぐそばの町工場の屋上へと向かった。
普段ならば上空から“探知”魔法を用いて警戒と偵察の役割を果たす永野が空を飛ばないのは“敵”から発見されない事を第一に考えているから。
魔法の力を使う魔法少女集団、ヤクザガールズとて今度の敵には勝ち目が無い事を理解していたのだ。
「おい! 有賀も体を押さえつけるの手伝え!」
「は、はい! すいません井上センパイ!」
軽自動車の荷室から降ろされた2人の男性の内、セールスマン風の背広姿の男の方は未だ意識が戻らない以外は容体が安定しているように見える。もっとも鼻からの出血の後は尋常ではなく、外傷が見受けられない事を考えると鼻孔の奥、すなわち脳になんらかのダメージを受けているのかもしれない。
だが中学生であるヤクザガールズの面々には判断が付かず、とりあえずは介護職員である西住涼子の指示で安静の状態でマットレスに寝かせ、栗田が“治癒”魔法をかけておく事にした。
問題はタクシードライバー風の男性の方である。
男の左腕の前腕は肉も骨もまとめてミンチにしたかのようにグチャグチャに砕けていて、左脇腹も同様の有様、おまけに砕けた肋骨が肺に突き刺さっているのか、吐血を繰り返している。
“治癒”の特化能力を持つ宇垣もこれ以上の出血は危険だと判断し、全力での治療を開始。
“鎮静”と“鎮痛”の魔法を他の者に任せたのはそのような事情からだが、宇垣とは違い、他の者の鎮痛鎮静魔法は極めて低レベルであり、おまけに宇垣の施す“治癒”魔法とバランス調整を欠いていたためにタクシードライバーは暴れるように体を跳ね上げ続けていた。
“治癒”魔法によって再生され本来の位置へと動こうとする肉や骨が神経に触れ、それが男を苦しませていたのだ。
叫び、手足を振り回そうとし、体を跳ねあがらせる。
男の上半身を押さえつけていた宇佐はハドー獣人の膂力を持つがゆえに難なく抑え込む事ができていたが、両足を押さえこんでいたヤクザガールズ1年の有賀はまるで手負いの獣のように暴れ続ける男の異様さについ怯えて拘束を弱めてしまう。
両脚の自由を得たタクシードライバーは苦痛から逃れようとさらに大きく体を震わせて拘束を振りほどこうとするものの、飛び込んできた2年の井上によって再び両脚を抑え込む事に成功する。
井上の叱咤によって有賀も再び拘束に加わり、“治癒”魔法の施術は着々と進んでいく。
「オッサン! 気を強く持つんだ! オッサン!!」
何故かズブ濡れのD-バスターが気付け代わりのつもりか、男に呼びかけながら顔面に拳を打ち付けるとやっとの事でタクシードライバーは静かになる。
(……余計な仕事を増やしやがって)
安静になったはいいが、明らかに損傷の増した男を見て宇垣は恨めしそうな目でD-バスターを見るものの、当のD-バスターはどこ吹く風で、それどころか一仕事終えたようなしたり顔でその場を後にする。
タクシードライバー風の男も施術が進むにつれて落ち着きを取り戻していき、額は脂汗まみれながらも呼吸はしっかりと確かな調子を取り戻しつつあった。
「ところでD子ちゃん、この人たち誰?」
「さあ? 誰なんだろ? てかペイルライダーに喧嘩売ってたんだから真愛ちゃんの知り合いじゃないの?」
「……そう言えば、どこかで見たような気はするんだけど……」
羽沢真愛は確かに頭のどこかに引っかかりを感じていたものの、しばらく考えても男たちの事を思い出せないので諦めてガレージの小さな窓から夜空を見上げる。
「……心配ね」
「……ええ」
どこか落ち着かない様子の真愛に対して、ガレージの壁面に背中を預けている西住涼子は随分と落ち着いているように思えた。
いや、鋭い目付きで周囲を忙しなく見回している様子もどこか堂々としていて、なるほど確かに「鷹の目の女王」と呼ばれているだけはあると思わせるのだ。
(……やっべ、ちょ~帰りてぇ……)
一方の西住涼子はいかにこの場から逃れるかという事を考えていただけ。
ガレージに背中を預けて大人しくしているのも、涼子には魔法を使って治療を行う能力も、宇佐のように膂力で治療のサポートに回るだけの力も無かったから手持無沙汰で隅っこで邪魔にならないようにしていただけである。
第一、D-バスターの話では平行世界から来たペイルライダーとやら、ミサイルやら無反動砲やら対戦車兵器ですら一切のダメージが無かったという。
仮にこのガレージに九七式中戦車があったとしても涼子に何ができるというのか。
羽沢真愛にかけた言葉も落ち着き払っていて相手を安心させるようなものであったが、それも意識してそうしたわけではなく、胃袋がひっくり返りそうになるような緊張に耐えながらやっとの事で絞り出した声が結果的にそうなっただけ。
「西住さんはなんでヒーローになろうと思ったんですか?」
「私? 私はならざるをえなかっただけ……」
「そう、ですよね……」
何を思っての問いだったのか、羽沢真愛から投げかけられた質問に涼子はその真意を理解しきれずただ思ったままを答えるも、真愛は顔を青くしたまましみじみと深く2度、3度と頷き返してきた。
「皆、そうなんでしょうね。きっと誠君も……」
「それはどうかしらね?」
涼子は子供の泣く姿が見たくなかったから、ただその場の状況に流されてチハに乗り込み、気付いたらヒーローとして祀り上げられていたのだ。
その後、弱気になった友に迫る異星人の兵器を前にヒーローとして戦う事を覚悟しなければならなかっただけ。
少なくとも自分ではそう思っている。
対してあの石動誠という少年はどうだろうか?
悪の秘密組織ARCANAに拉致され、体を作り替えられ、兄を失い、少年はヒーローとなった。
少年はヒーローにならざるをえなかったのだろうか?
彼は自分の因縁に決着を付けた後、この街に越してきて幾度となく自分の意思で戦いに赴いている。
石動誠ほどの力があれば彼に戦いを強制できる者などいようハズもないにも関わらずだ。
もちろん自分があの少年の全てを理解しているとは言うつもりはない。
それでも涼子には真愛の言葉に同意してやる事はできなかった。
「そう……か……。誠君は……」
いつの間にか羽沢真愛は涼子の横顔を見つめていた。
その瞳はどこか思いつめたようで、血が滲むほどに下唇を噛み締めて耐えている少女の姿は見るからに痛々しく、胸の下で両の肘をそれぞれ反対の手で握りしめるようにしながら肩まで伸びている栗色の髪を小さく震わせている姿はまるで迷子になった幼児のようで、これが羽沢真愛だとはにわかには信じられない。
涼子だけではない。
この街に住む少女たちが、いやこの国のほとんど全ての少女が憧れた魔法少女プリティ☆キュートの天真爛漫さを知る者ならば誰しもがこの小さく震える少女とあの魔法少女が同一人物だとは思えなかっただろう。
ガチャ……
不意にガレージの脇の人間用の出入り口が開き、ガレージ内で起きている者全ての視線が集まるが、声も無く入ってきたのは学生服のズボンにワイシャツ、眼鏡の少年だった。
「どうしたンすか? 明智さん?」
「…………」
明智元親は大きく肩を落とし、何度も言葉を振り絞ろうと大きく深呼吸するものの、言葉は彼の内から出てくる事はなく、まるで過呼吸の症状のようにただ少年は肩を上下させるだけ。
「明智君……?」
「…………」
不審に思った真愛も明智の表情を窺いつつ彼に先を促すものの、彼はただ顔を横に振って見せるばかり。
どれほどの時間が過ぎただろうか?
その場にいる者にとって無限とも思える沈黙の後に、やっとの事で明智は顔を上げて言葉を振り絞りながらも出す事に成功した。
「誠が……」
「え……?」
「誠が……、負けた……」
さあて、ぺイルライダー相手にどうやったら勝ち目があるのでしょうか?
こっちの誠君はどうなるんでしょ?




