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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第52話 デスサイズ、死す!!
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どこでもないどこかにて

 それは原始にして起源。

 そして終焉にして終着。


 監獄の中、あるいはその世界全て、もしくはそのモノそれ自体。


 極彩色の色どりは目まぐるしくゆったりと絶えずその姿を変えていき、しかもけして規則的になるという事はない。


 熱病にうなされた幼子の見る悪夢か、はたまた気の狂った老人が今際の際に見出した救いか。


 浮かび上がっては分裂して消えていく泡のようなモノたち。

 不協和音のみで奏でられる狂ったフルートは研ぎ澄まされた真理への導き。

 腐乱しているのに踊り続けて汚汁を撒き散らす無数の神々は“ソレ”を讃えているのか、鎮めているのか。


 そのモノは単一の存在でありながら、この世界そのものであった。

 時という概念すら超越して微睡み続ける“ソレ”が見ている夢が周囲に浮かんでは消える泡の正体である。


 そして今、その世界に異物が現れる。


 その異物を白いワンピースを着た少女のように捉える者もいるだろう。

 黒く長い髪は癖が強く山羊の体毛を思わせるような、華奢な体付きの幼い少女。


 だが、その少女をまるで別のモノとして捉える観測者とているだろう。

 漆黒で巨大な、数えきれないほどの副肢を持つ4足獣の神格として少女を受け取ったとしてもなんら不思議な事ではない。


「パパ上~! おるか~~~!! パ~パ~う~え~~~!!」


 少女は四方八方、耳元から世界の果てまで至る所から鳴り響く狂ったフルートの音にも負けじと叫ぶが反応は無い。


「……うん?」


 少女の視線はその世界の壁を飛び越えて「時という概念すら超越して微睡み続ける“ソレ”」という箇所を目ざとく見つけて「パパ上はたった今、スッキリと目覚めた所だったマル」と書き換えた。

 ……クソが!


≪おお、我が身を分けた娘よ! 久方ぶりではないか? 1億年ぶりか? それとも先週も会ったか?≫

「ハハッ! そんなん我が覚えているわけもなかろう!」


 少女が腰に手を当てて快活に笑い飛ばすと釣られて、世界そのものが大きく揺れる。

 その余波によって幾つもの泡が弾け、その周囲にいた神々が幾柱も巻き込まれて悲鳴をあげるも父娘は一瞥すらしようとしない。


≪うん、どうした、娘よ? そんな毛無直立猿の恰好なんかして……≫

「おっ、聞いてよパパ上!」


 白痴にして全能なる神といえど娘の我が儘には勝てないというべきか、空間全体に戦々恐々とした空気が流れる。


 たしか娘が前に2本足の猿の姿で現れた時は彼ピッピとやらが猿と浮気したとクダを巻きに来たのを思い出したのだ。


 父親としては娘が可愛い気持ちはあれど、自分は男をとっかえひっかえしておいて、男には無上の愛を求める独占欲はいくらなんでも擁護しきれるものではない。


 ところが父が予想した怒気など娘には見られず、それどころか微笑みまじりにどこからか取り出した白く薄い袋を目の前に差し出して見せたのだ。


「ジャ〇コ連れてってもらったからさ、パパ上にもおすそ分けに来たってわけだ!」

≪お、おう。そ、そうか……。ジャ〇コというと太陽系の第3惑星。XXXXXXの世界か?≫

「そ、そ!」


 少女は適当に腰を下ろして座ると地球でよく使われているポリ袋から幾つか品物を取り出すと、父親の言葉に相槌を打ちながらイカの塩辛と紙パックの日本酒を包装に包まれたまま近くの泡へと放り込む。


 父が言う「XXXXXXの世界」とは、いくつも存在する平行世界の内、ZIONではなく未だにジャ〇コの屋号が残っている世界の事であり、娘が訪れていた世界とは厳密には異なるのだが、そもそも細かい事には無頓着な親子である。


 むしろ父親の方も愚痴に付き合わされるために来たわけではないと分かってホッとしたのか、捧げられた供物を楽しむ事にする。


 至る所にある大小の泡は父神が見ている夢であると同時に、目であり耳であり脳であり、そして口であり消化器官であり祭壇でもあった。


≪うむ。やはり地球の物は美味いな! しかも我々好みだ。この味が作れる世界などそうそうはない≫

「ああ! なんと冒涜的な愉しみに溢れた物たちであろうかの!」


 娘の方も父に酒とツマミを捧げた後はレジ袋の中からコーラの1.5Lペットボトルを取り出してラッパ飲みで喉を潤した後にポテトチップスの袋を取り出す。


 袋を開けるのに苦労していると脇から1本足5本腕の腐乱した神がハサミを差し出してきたので、それで封を開け、ハサミを返しつつお礼にポテチを数枚ほど口の中に放り込んでやった。


 娘もかの地では邪神と呼ばれる存在。

 その娘が「冒涜的」と評するだけあってそのポテチはただのポテトチップスではない。


 薄切りにしたジャガイモを油で揚げた物に塩などで味を付けたポテトチップスは香ばしい芋の味に塩気が良く合う後を引く逸品である。

 だが娘が太陽系第3惑星で買ってきたのは、片面にチョコレートが塗されたポテチであった。


 チョコの甘さと塩辛さが互いを引き立て合い、しかも芋の味がそれらに負けていない。


 美味いモンに美味いモンを掛け合わせたらもっと美味いだろうという安直の極み。

 まさに邪悪!

 まさに冒涜的!


 そして父神が食しているイカの塩辛もまた同じく邪神好みの一品であった。


 生物から生きたまま皮を剥ぎ、内蔵を引き抜いてから身をこれでもかというほどに切り裂く。

 それはもう邪神たちでさえ「え? そこまでしなくていいんじゃない……?」と引くほどに執拗に。

 さらに切り裂いたイカの命を嘲笑うかの如く、切り裂いた肉を内蔵と合わせて漬け込むのだ。


 そして包装もまた彼ら好みであった。

 殺したばかりのイカで作り出した殺戮の芸術品を透明な太古の生物の成れの果てで包むのだ。


≪ところで娘よ。お前、太陽系第3惑星の通貨など持っていたか? 万引きは駄目だぞ?≫

「万引きなどするか! いや、なに、親戚に呼ばれかの星へと行ったらの、そこで出会った者に金銭で取引を持ち掛けられてな! その者にジャ〇コにも連れてってもらったのだ!」

≪ほう。良き出会いがあったようだな≫

「うむ。バス代も昼メシ代も出してもらったぞ!」


 娘は新たに足元へ出現した泡へと1口サイズのカルパスとカレー煎餅を放り込み、あの星で出会った者たちの事を思い出しては心を弾ませていた。


≪ほうほう。我々とマトモに付き合えるような者とはな、得意先となりうるのか?≫

「それはモチロン。……あ、いや、どうだろうな……」


 少女は思い出していた。

 散々に少女の事をボコボコにしておいて、面倒臭そうに「1万円あげるから帰ってよ」といった少年の声。続けて「2万円だったら?」と期待を込めた目で自らの顔色を窺っていた少年を。


 二本足の類人猿にそのような目で見られた事など少女には無かった。


 大抵は恥も外聞もなく取り乱して泣きわめくか、いきり立って襲い掛かってくるか。


 思えば、あの少年は程よく狂っていたのだろう。

 いきなり地獄に叩き込まれ、地獄から出てきてもわざわざ地獄の縁でウロチョロしているような少年だ。


 かのような者でなければ少女のようなモノたちとはマトモに付き合えないのだろう。


≪うん? どうした。お前が言い淀むなど珍しい≫

「いやな、これからも良い付き合いを続けていきたいのは我もそう思うのだがな……」


 邪神は思い出していた。

 少年が執心していた少女に漂う濃密な死の匂いを。


 あの少年にとって少女はただの繁殖相手の候補というわけではない。

 地獄の底から這いあがってきた少年を日のあたる場所に繋ぎとめていた者こそがその少女であろう。


 故に少年、石動誠にとってあの少女、羽沢真愛は失う事など許容できようハズもない。

 たとえ自分の身が破滅に向かうとしても、石動誠は羽沢真愛の盾とならざるをえないのだ。


「我の彼ピッピ連中にも見倣ってほしいくらいなのだがなぁ……。ま、大丈夫だろう! 我が加護をくれてやったからな! 百人力という奴だな、うん!」

≪お前の加護というと……?≫

「そのままズバリだ! もはや奴は死にたくともそうそう簡単に死ぬことなどできぬよ!」


 娘は「日に千匹の子を産む山羊」とも呼ばれるように増殖する生命の化身であった。


 殺し、食らい、増える。

 命の本質の暗い面。

 故にシュブ=ニグラスは生命を司る神でありながら邪神とされているのだ。


 暴食し暴殖する。

 少女の加護を単一の生命体が受けたならば、損傷は命を脅かす事はなくなり、たとえ少年の魂が冥府へと旅立っていたとしても再生する肉体は彼の魂を離す事は無いだろう。


≪なあ、娘よ……≫

「なんだねパパ上、次の買い出しのおねだりかね?」


 少女は自分の加護が役に立ったのなら少年も無碍にする事はないだろうと取らぬ狸の皮算用を始めていた。


 父神の泡へとストロング系の缶チューハイを缶ごと放り込み、次にジャ〇コに行ったら、何を買おうかとあれこれ考え始めてさえいたのだ。


 だが有頂天になっていた娘へ父が水を差す。


≪娘よ。お前の加護って魔力が無いと発動できないのではないか?≫

「あ……」


 シュブ=ニグラスの加護の本質とは魔力を生命力へと変換する事にある。

 丁度、魔力の尽きた魔法使いが己の生命力を魔力へと変換し、最後の魔法を行使するのと正反対の理屈だ。


≪あの世界の住人って突然変異的な者以外は魔力を持たなかったハズでは……?≫

「…………」


 父神の懸念は当然至極。

 当たり前だが石動誠も毛ほどの魔力すら帯びてはいなかったのだ。


 さらに父は追い打ちをかけるように続ける。


≪あと、お前は「死んでも生き返る」とか思ってるかもしれないけど、太陽系の第3惑星の連中が行く冥府はそうそう簡単に出ていかせてくれんぞ?≫

「……そ、そうだっけ?」


 娘は父から目を反らしてコーラをラッパ飲みするがこの世界、空間そのものが父神なのだ。

 どこを向いても父の咎めるような視線が目に入り、大して入っていない脳味噌をこねくり回して考える。


「あ、ほれ、オルフェウスとかイザナギとか冥府から帰ってきてるじゃん?」

≪人にできん事をするから“英雄”なのだ。で、お前の御得意様候補は?≫


 石動誠の顔を思い出してみる。

 表情に感情が出やすいが、基本的には可愛らしいノホホンとした少年だった。

 とても伝説級の英雄と肩を並べられるとは思えない。


 まあ、例え石動誠の魂が冥府から帰ってくる事ができたとしても、彼に魔力が無い以上は肉体の再生ができないのだが。


 そして、いくら考えてもそれ以上に名案が出てこないので娘は考えるのを止めた。


「テヘペロッ!!」

≪おま、加護を与えられた人間がかわいそうだよ!?≫

これにて第52話は終了となります。


ちなみに今回、登場したパパ上の名前ですが、……うん?

なんだ? あれは……

ああ! 窓に! 窓に!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 何でクトゥルフ系の邪神が普通に家族団欒しているんすか!? 『邪神の加護』・・・あんまり貰いたくないな・・・。
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