52-18
ペイルライダーの大鎌と長剣、左右の連撃をなんとか躱しながら夜空を駆ける。
逃げ続けるだけでは駄目だ。
別に接近戦なら勝機があるというわけでもないのだけれど、僕はまるで焚火に飛び込んでいく夏の羽虫のように凶刃の間合いへと飛び込んでいかざるをえない。
そうでなければアイツもすぐに“恋人の鱗粉”を使用して僕を四方八方から攻め立てるだろうし、そうなったらただでさえ機能を喪失しかけている僕の推進器はデスサイズマントの爆発反応装甲の衝撃に耐えられず地上へと真っ逆さまだろう。
僕は幾度目とも思い出せないほどに繰り返したようにロケットを噴かして大鎌で斬りかかっていく。
それにしても本当に戦い難い相手だった。
これまでだって攻撃能力や機動性、あるいは再生能力など僕よりも強力な能力を持つ敵と戦った事は幾度かある。
でも、そういう時はいつも何かしら僕だって相手を上回る能力を持っていて、自分の長所を活かして戦う事ができていたのだ。
ところがペイルライダーはありとあらゆる全てが僕を上回っていた。
攻撃力も、防御力も、機動性も。
同じなのは中身の脳味噌くらいか?
……いや、“向こう”の世界で繰り広げてきた戦いの数を考えれば戦闘経験という点でも奴は僕を凌駕しているのだろう。
「いい加減、ウザいんだよッ!!」
空中で接近して斬りつけると思わせて実際には振らずに迎撃の大鎌を回避。
さらに宙返りするようにして続く長剣も間一髪の所で躱す。
その時点ですでに僕の大鎌の刃の間合いよりも懐に飛び込まれていたために柄の方で殴りつけようとしたけれど、奴は僕を上回る推力を活かして蹴りを入れてくる。
「があああぁぁぁぁぁッ!!!!」
胸部の装甲版がペイルライダーの大重量が乗った蹴りに耐えきれずに陥没し、そのまま奴は両肩アーマーの時空間エンジンに直結された推進器を上向きに稼働させ全力噴射、僕と自分自身を流れ星へと変えた。
全身を襲う猛烈な振動に思わず声が漏れる。
僕もロケットを噴射して逃れようとするものの、奴の足が胸部装甲にガッチリと食い込んでしまったのか離れる事はなく、また壊れかけのロケットでは奴が支配する急降下に抗う事はできない。
そして僕は地上へ縫い付けられた。
背中と後頭部を襲う衝撃によって僕の脳は意識を飛ばされるほどに揺さぶられ、続く衝撃によってなんとか意識を取り戻すという有様。
どうやら衝突したのは地面ではなくどこかのビルだったようで、壁面を突き破った僕の体はそのままビルの中を抜けていき、反対側の壁を抜けてさらに隣のビルへと追突。
今度はビルの構造を支える強固な鉄骨にぶつかったようで、そこで僕の体はやっとの事で止まり、ペイルライダーも僕の胸部装甲から足を引き抜いて離れる。
「……ホント、僕って戦いに向いてないのな。スペック差だけでこうも戦いようが無くなるなんて」
ビルへの衝突の衝撃は全て僕が受けたわけだし、奴も関節部は強化しているだろうし、当たり前だけれどもダメージを受けた様子はない。
当たり前のように呑気な声を僕に投げかけてきさえしていた。
「…………ッッッ!!」
一方の僕はそれどころではない。
ついにというべきか、それともよくもここまでもってくれたというべきか。
ついに僕の主動力炉である時空間エンジンの出力が低下し始めたのだ。
殴られ続け、冷却器も半壊しながら無理をさせ続けていたのだ。
無理もない話だろう。
真愛さんはどこまで逃げられただろうか?
ペイルライダーの頭上に見える看板、某大手保険会社のイメージキャラクターの笑う顔。
確か住民票を移す際に市役所へ行った時にあの看板を見た事があったハズだ。
するとここは市役所近くのビジネス街だろうか?
D-バスターを探しにきた宇佐さんと西住さんの車でなら、そう時間はかからずにミナミさんたちのガレージへ逃げ込む事はできるだろう。
勝ち目の無い敵相手に僕なりに上手くやれたといったところかな?
でも、半ば笑いたい気持ちで最後の時を迎えようとしていた僕の心に、最後の炎を灯したのは他ならぬもう1人の自分だった。
「……君の気持は分かったよ。そもそも君と羽沢真愛に恨みがあるわけでもないしね」
「…………」
「何も僕だって平行世界の自分を苦しめたいわけじゃない。せめて安らかに眠りなよ。約束する」
「……約束?」
「羽沢真愛は確実に苦しませずに殺す」
奴が僕の声でそう言った時、僕の体は再び上空へと駆けあがっていた。
ロケット自体がすでにほとんど壊れているのもあるけれど、ロケットにエネルギーを供給しているエンジン自体がマトモに出力を絞り出せない事もあって速度は出ない。
代わりに頭上に時空間フィールドのリングを作って、その中へと飛び込み時空間エネルギーの斥力で一気に夜空へと跳ね上がる。
「やらせるかッ!! お前に真愛さんは殺らせるものかッ!!!!」
すでに姿勢制御もマトモに行う事もできず、僕は空中で両腕を広げてなんとか姿勢を保つ。
その姿は十字架のようにも見えるだろう。
月の無い夜空に作られた十字架は誰のものだろうか?
僕の?
真愛さんの?
それともペイルライダーの?
それを考えている暇は無い。
考えなくとも後、数十秒で決まるのだ。
冷却器に航法装置、生命維持装置にビームマグナムのエネルギーチャージ。
その他、必要の無い全ての機能を停止。
もう僕には必要が無い。
そうしてやっとの事で捻出したエネルギーのほとんどを使って僕はトンネルを作り出した。
時空間フィールドで環状に形成したリングを幾つも並べたトンネル。あるいは僕という砲弾を敵へと叩き込むための砲身。
「なんで、この技を編み出す前に可能性は別れたというのに、ほとんど同じ技ができたんだろうなぁ!」
「知るかッ!!」
気が付くと、地上にも光のリングが作られていた。
僕が作ったのと同じ赤い、時空間エネルギーで作られたリング。
違うのは僕が幾つものリングを並べて敵までの砲身を作っているのに対し、もう1人の僕は大きく、そして見るからに強大なエネルギーを込められているリングが1つだけという事だけ。
僕が最後に残ったエネルギーでロケットを噴かし飛び蹴りの姿勢でトンネルへと飛び込むと、奴も跳びあがって蹴りの姿勢で上空へと跳びあがる。
「食らえッ!! デスサイズ! キィッッック!!!!」
「ハアァァァ! ペイルライダァァァ! キィッッック!!!!」
天から堕ちる光と空へと駆けあがる光。
激突までは一瞬の事だった。
「……ッ! ……ぁ……!」
気が付くと僕はコンクリートの瓦礫の上に仰向けで倒れていた。
損傷は甚大。
時空間エンジンは機能停止寸前。
全身の人口筋肉のほとんどが断裂しているのかロクに体を動かす事だってできやしない。
その割りにエラー報告が来ないと思ったら、ポンコツ電脳はすでにシャットダウンして再起動待ち。
「なんで勝てると思ったのかな? 上空に上がって重力を味方にすればイケると思った?」
僕は最後の賭けにも負けてしまったようだ。
すでにアイカメラは敵に焦点を合わせる事すらできず、声が聞こえてくる方へ顔を向けてみるものの夜空に浮かぶ青い光をボンヤリと捉える事しかできない。
(……まだだ。まだ……)
体が重い。
300kgを超える僕の質量自体が僕の敵となり、超合金Arのメインフレーム自体が大きく歪んでしまっているのか何とか動いてくれる人口筋肉をもってしても体を起こすのもやっとだ。
僕がまだ生きているのはデスサイズキックの際に体に纏った時空間エネルギーがペイルライダーの同種のエネルギーをいくらかでも防いでくれたからだろう。
とはいえまだ生きている機能があるのなら、僕はまだ戦える。
やっとの事で瓦礫に背中をもたれかける形で上半身を起こし、3発分はエネルギーが溜まっていたビームマグナムを抜こうと腰のホルスターへ手を伸ばすも、下半身を大きな瓦礫に潰されていたためにそれも叶わない。
左腕はすでにピクリとも動かず、今の右手だけでは瓦礫をどかす事もできず、僕はビームマグナムを抜く事を諦めた。
左腕だけではない。脚部もすでに一切の信号が反応を返さないし、脚部、腰部、背面のロケットも全滅。
(まだだ……。まだ諦めるわけにはいかない……)
唯一、といっても僅かにだけれども動いてくれる右手を終末の騎士へと向けるも、先ほどまでは青白い光だけが見えていた夜空に赤い輝きが混じっていた。
赤い光はグングンと僕へと近づいてきて、すぐに僕の腹部へと突き刺さる。
その光は僕も良く知るもので、ありとあらゆる物を切り裂く時空間断裂刃の輝きだった。
(“皇帝”の長剣……。よりにもよってコレで……)
僕の腹部に突き立ち、瓦礫に僕の体を縫い付けていた長剣は寸分違わず時空間エンジンを破壊していた。
誘爆しなかったのは僕の時空間エンジンがほぼ機能を停止し、ロクにエネルギーを生み出していなかったからだろう。
夜空に浮かぶ敵へ手を伸ばしたまま僕の視界が暗転する。
動力を喪失してついにカメラアイも機能を止めたのだ。
「もういいから寝ちまえよ……」
自分の弱さを突き付けられた人間がそうするように終末の騎士は苛立ちを隠しきれない声で喋る。
まだ何か言っていたのかもしれないけれど、生憎と僕が全ての機能を停止したために続きを聞く事は叶わなかった。
(……真愛さん…………)
そこ!
「ペイルライダー・キック」だ! 「ぺイル・ライダーキック」じゃないぞ!
ワイが怒られちゃうからな!!




