52-14
「ちょっ! 宇佐さん!? 待っ、誠君!? 誠君!!」
ここに来るまでに打ち合わせていたように宇佐さんが茂みの中から飛び出してきて、真愛さんを肩に担ぎ上げてから一目散に駆けだしていく。
「D-バスターもそこの2人を連れて早く逃げろ!」
「お、おう! すまねぇ!!」
なんでかビショビショ全身濡れネズミのD-バスターも宇佐さんに倣うようにオッサン2人を担ぎ上げて走り出す。
「待って!? 誠君も一緒に……!!」
宇佐さんの背で真愛さんが僕にすがるような目を向けてくるけれど、僕まで逃げたらもう1人の僕を食い止める者がいなくなってしまう。
そんな事を説明しても真愛さんは納得してくれないだろうから、代わりに僕はそっと彼女から視線を逸らした。
「ハハ……、『誠くぅ~ん!』だってさ! 何? 彼女?」
「まだそういうわけじゃないんだけどね……」
「『まだ』、か……」
ペイルライダーは駆け去っていく宇佐さんとD-バスターを黙って見送っていた。
それにしても目の前にいるのが僕と同じ存在だっただなんてにわかには信じられない。
それほどの威容だった。
見た目はD-コマンダーが持ってきた動画に映されていたものとさして変わりがない。
“皇帝”の超合金Arも取り込んでいるハズなのだけれど外見に変化が無いというのはつまり、奴はすでに新機能の搭載を必要としていないと考えているというところだろう。
あるいは時空間エンジンを新たに手に入れられなかったためにイタズラに重量を増す事は機動性を落とすと判断したのか。それとも同じ大アルカナから構造材を奪っても現在の延長線上から飛躍する事はできないという事か。
北欧の雷神の武器を欲しがるという事は新機軸の何かを求めているという表れとも取れる。
いや、それらとも少し違うかな?
先ほど真愛さん自身を囮にする形で背後から奇襲を入れたわけなのだけれど、装甲のもっとも薄いハズの背後からビームマグナムを直撃させても奴はまるでダメージを受けたようには見えない。
僕たちの装甲材である超合金Arはただの金属板ではなく、それ自体がナノマシンの集合体だ。
だから時間さえあればカロリーを消費して勝手に損傷を回復してくれるメンテナンスフリーの素材なわけなのだけれど、同時にそれはメンテナンス性以外にも高い防御性能を誇る。
実体弾に高い耐性を示す分子間構造に、レーザーやブラスター、ビーム兵器に対しても極めて高い防御力を示すのは熱を受けたナノマシンが自動的に熱を逃がす働きをしてくれるため。
この空間が周囲に比べて異様に気温が低いのはあのオジサン2人の内、どちらかが冷凍兵器でも使った名残りなのだろうか?
だとしても超低温環境下ではナノマシンたちが運動をする事で発熱するために大した意味は無かっただろう。
そして恐らくペイルライダーは“皇帝”から奪った超合金Arを使って装甲の密度を増す事を選んだのだろう。
見た目こそ変わりがなくとも防御力は向上していると見ていい。
もしかすると僕が手元に瞬時にビームマグナムなどの武器を転送できるように、奴は装甲材の予備として超合金Arを隠していて、瞬時に転送しているのかもしれない。
ビームを受けた時、熱っせられた超合金Arを亜空間に転送して、予備の超合金Arで薄める。
ちょうどカップ一杯の熱湯を半分捨てて、代わりに水を入れるように。
それを思いついた所で僕に同じ事はできないし、そもそも僕の場合は装甲が薄すぎて超合金Arの高い防御特性もだいぶスポイルされているのだけれど。
「いつから気付いてたの? 今朝、会った時にはもう?」
「……うん」
やがて姿が見えなくなった真愛さんたちから僕へ視線を移したペイルライダーの赤いカメラアイを見ていると背筋が凍るような気がして、それを悟られないようにするのにやきもきさせられる。
それにしても真愛さんには悪い事をした。
真愛さんなら後で謝れば許してくれるんじゃないかという気はするのだけれど、きっと彼女に謝る機会はもう無いだろう。
宇佐さんに真愛さんを連れてとっとと逃げてもらうように伝えたのは人間の可聴域外である超音波で話したため、真愛さんには聞かれていない。
真愛さんも抵抗するだろうとは予想していたし、実際、彼女は宇佐さんの肩の上で暴れていたっけ。
でも宇佐さんもハドーの獣人、高校生女子1人の抵抗なんか宇佐さんは気にせず走る事ができていたし、その彼女が聴覚に優れたウサギ型の獣人で会った事も幸いだった。
あの時、彼女を殺さない良かった。
皮肉にも僕は殺す事に固執したもう1人の自分を前にそう考えていた。
「ふ~ん、まぁ、いいや。やるんでしょ? 早く変身しなよ?」
「自分の邪魔しにきた相手に随分と親切だね?」
自分で軽口を叩いておいてなんだけど、奴が僕に変身を促す理由は分かっている。
奴が宇佐さんに担がれて逃げていく真愛さんを追わなかったのは僕に奴を殺す能力があるから。
でも、それはあくまで理論上は可能といった程度のもので、ちょっと注意を払えば万に一つも負ける可能性は無いと思っているのだろう。
「赤子の手を捻る」という言葉はあるけれど、赤ちゃんの手を本気で捻り上げて圧し折るような奴なんてそうそうはいない。
そして僕と奴の間には大人と赤ちゃんと同じくらいには力の差があるのだ。
「ちょっと前に忍者ヤローに変身邪魔されて、とても嫌な気分になったんだよね」
「そ、そう?」
予想とはちょっと違ったけれど「ねぇ、ねぇ! 今、どんな気持ち?」と煽ってやりたい気持ちが湧きあがってくる。でも真愛さんたちが逃げる時間を稼ぐためだ。
ここは衝動を抑えて、その忍者を雇ったのは僕だというのは黙っておく事にしよう!
「……そういえば1つだけ聞いていい?」
「うん? 何? とっとと君を始末して羽沢真愛を追わなきゃいけないんだ。そんな込み入った話は止めてよね?」
時間稼ぎついでに僕は前から気になっていた事を聞いてみる事にする。
「お前さ、“世界”さんはどうした?」
「“世界”? ああ、あのミサイル。“エンド・オブ・ワールド”だっけ?」
僕の言葉はペイルライダーにとって予想だにしていないものだったようで、ただただ不思議そうに首を傾げてみせた。
「何? なんで、あのミサイルに『さん』付けて呼んでんの?」
「いいから答えろよ!?」
「ブッ壊したに決まってんだろ? 僕が銀帝とやらに行く手はずが整う前に地球を壊されても困るしね!」
大アルカナの1体“世界”は僕や兄ちゃんのような改造人間ではない。
ICBM、大陸間弾道ミサイルとも言われているけれど、それも正確ではない。他に“世界”をカテゴライズする言葉が地球には無かっただけだ。
ちょうど僕の足元に転がっている壊れたP90が開発元ではPDWと称されていたのがSMGとして呼ばれる事もあるように。
“世界”は地球を破壊するだけの性能を秘めた反物質爆弾を搭載したミサイルだった。
“こちら”の世界では僕と兄ちゃんに自分以外の全ての大アルカナが地球まるごと無理心中を計ろうとスイッチを押されてしまったものの、そもそも地球をまるごと破壊するような爆弾で地球を爆破しようという時、わざわざミサイルに乗せる必要などない。
“世界”が反物質爆弾を搭載するミサイルであったのは、恐らくは銀河帝国のような大規模な宇宙艦隊を有する敵から自分たちの世界を守るため。
「だからどうしたって言うのさ?」
「……質問を変えるよ。お前んチの兄ちゃんは自分1人でARCANAのあの迷路みたいなアジトから脱出できるような脳ミソ持ってたのか?」
「……は?」
宇宙空間の敵に向けて使われる時のため、“世界”には生体コンピューターとして人間の脳が組み込まれていた。
肉体も自分の本当の名前を含めたほとんどの記憶すら奪われた人間。
兄ちゃんの話から聞くと女性らしいけど、その脳だけとなった“世界”さんが電脳を介してネットワーク上からアバターを送って手助けしてくれたからこそ兄ちゃんはARCANAのアジトから逃亡する事ができていたのだ。
なにせARCANAのアジトは「これが様式美でござい!」とでも言いたいのか、通路は意味も無く曲がりくねって同じフロアの別の部屋に行くのにもわざわざ階段を上り下りして別のフロアに行かなければならなかったりするくらいで、対してウチの兄ちゃんは遊園地の屋外巨大迷路ですら「わけ分かんねぇ!」と通路の壁面の上に上がって、その上を走って一直線にゴールを目指すような人だ。
「“世界”に搭載されていた脳の持ち主が兄ちゃんを助けてくれてたって事だよ! ようするにお前は兄ちゃんの協力者すら殺していたんだよ!!」
「…………」
そして“こちら”の世界では“皇帝”が反物質爆弾の起爆スイッチを押した時、“世界さん”さんが抵抗したが故にミサイルは地球外へと飛び立ち、彼女が電脳に抗しきれなくなった時に兄ちゃんが“世界さん”もろともミサイルを破壊したがために2人は星屑となり、そして地球は被害を被る事なく助かったのだった。
「『誰も兄さんを助けてくれなかった』だっけ?」
ていうか、僕がまだARCANAの支配下にあった頃。
東から西へと日本へ向けて進む空母“審判”に乗りながら「兄さん、遅いな~……」って思ってたら、やっと来た兄ちゃんが「なんか間違ってニューギニアに行っちゃった」とか言ってたっけ。
そんな意味不明、理解不能の行動を取る男、助けようにも助けようが無いだろ。
「兄ちゃんを助けてくれていた人まで殺しておいてよくも言えたもんだ。お前は復讐者ですらない! ただの殺戮者だ!!」
「……だから何?」
自分でも時間稼ぎに始めた話だと分かっている。それでもいくらかでも動揺を誘えるのではないかという期待はあったのだ。
でも僕の声で話す青白い殺戮機械はまるで動じず、まるで呆れて溜息でもつくかのように僕を見ていた。
「なんで“こっち”の世界の連中が僕の事を知っているかは分からないけどさぁ、僕が自分で立つ事もできないような赤ん坊やら年寄りとか殺す時にも一々、復讐だからとか考えてると思った? 残念でした、殺すと決めたから殺してるんだよ?」
「そう、か……」
本当にコイツは僕なのだろうか?
邪悪。
心の底から捻じ曲がって邪悪に染まり切った存在が“平行世界の自分”だとはとても思えない。
あの“皇帝”ですら配下の者には見せていた鷹揚さのような最低限の人間らしさすら欠いているように思えるこの青白い改造人間。
今朝、ネットカフェで会った時にはチョロそうな相手にも感じられたものだけれど、一皮剥いてみれば醜悪極まりない汚物にも等しい存在であったとは。
「問答はもう十分だ。僕がお前を殴るのに何の躊躇もいらない相手だと分かれば十分」
僕は左手を胸の前に突き出して“回る運命の輪”を顕現させる。
「変……身……!!」
「ふん、やっと変身したか」
僕が死神の姿になると、そこでやっと奴は嘲笑うように顔を動かしてみせた。
まるで僕が自嘲する時にする時のような仕草で。
「ペイルライダー! 僕がお前の死神だ!!」
「行くぞ、デスサイズ! 僕がお前に終末を与えてやる!!」
世界ネキについては過去に1度だけちょろっと言及した事はあったのよ?
(露骨な閲覧数稼ぎ)




