52-12
今回は前回の幕間を榊原さんが回想してたって形で始まります。
5年前の記憶が榊原の脳裏に思い起こされていた。
「最強」の2つ名で呼ばれる少女との出会い。
後に「最強」の名はと改造人間デビルクローへと引き継がれる事となったが、そんなもの榊原からしてみればあくまで石動仁が最強と呼ばれるのは当時すでに羽沢真愛が現役を退いていたからにすぎない。
榊原は直接的に石動仁と出会った事はなかったのだが、それでも彼は一辺の曇りもなくそう信じていられたのは羽沢真愛との出会いがあまりに鮮烈であったからだ。
変身する前、ただの小学5年生の少女に過ぎないハズの羽沢真愛ですら暴風の如き魔力を身に纏っていたのだ。
それが魔法少女へと肉体を作り上げた瞬間、魔力の量自体は変身前よりも圧倒的に膨れ上がっていたというのに無秩序に吹き荒れていた彼女の魔力は理路整然とまるで世界はこうあるべしと決められたかのように少女を覆っていたのだ。
榊原はその姿を美しいと思った。
傍若無人に自らが良しとした事を為し、己の法を己の力でただ実現する。
かの“中つ国”で冥王と呼ばれた自分にすら辿り着けなかった魔導の神髄がそこにあったのだ。
榊原と福田、D-バスター1号の前に現れた“モノ”を見て、その時の事を思い出すのは何故だろうか?
“それ”は魔力などは微塵も持たない。
機械に人間の脳を生体部品として組み合わせたイカれた科学の産物なのだ。
そうだというのに5年前のあの日の事が思い出されるのはその“モノ”が持つ強大な力に比類するモノを榊原があの魔法少女以外に知らないからだ。
「……これが」
「ペイルライダー……」
平行世界から来たという石動誠が姿を変えた“モノ”は確かに世界に終末をもたらすという黙示録の存在の名で呼ばれるにふさわしい威容だった。
原型機である“死神”の髑髏を模した仮面は無機質で見る者に不気味さを感じさせるが、ペイルライダーの顔の髑髏は憎悪で狂ってしまった存在である事をまざまざと示しているように大きく歪んでいる。
デスサイズの機動力を追求するために局限まで軽量化され病的なまでに痩せて見える体形は重厚な装甲に覆われていて、それが少年が世界を相手に戦い抜く決意のように思われた。
脚部や腰部のロケットエンジンも大型化し機動力が損なわれていない事をハッキリと示していたが、そんな事よりも榊原はペイルライダーがもつ不吉さに目を奪われていた。
荒野で人間や動物の死骸を啄むコンドルのクチバシのように伸びた両の肩アーマー。
左右の肩アーマーのそれぞれ先端付近に取り付けられた円筒状のポッドはある種の神話に語られる死神が暗い冥府への道を往く時に使うとされるランタンを思わせる。
そして黒かったハズの機体色は積層される内にどのような光の反射の悪戯を引き起こしたのか血の通わぬ死体を思わせる青白さ。
情報収集担当のΩ-1から話を聞いた時は大アルカナを超越した改造人間など「いくら何でも大げさに騒ぎすぎだろう」と鼻で笑ったものだが、こうして実際に目の前に現れてみると確かに言うだけの事はあると思わざるを得ない。
「これではまるで羽沢真愛の再来じゃあないか……」
榊原が震える声で振り絞った言葉を福田もD-バスターも否定しなかった。
それどころか己の無力さを悟ってしまったのか福田もD-バスターも銃口こそペイルライダーを向いているものの、そのまま時が止まったように固まっていたのだ。
「分かった? これが最後の警告だよ。とっとと帰ってよ?」
その声はあくまで変身する前と変わらず少年の珠を転がすような声が響く。
人が羽虫にまとわりつかれた時のような、どことなく面倒臭そうな声。
だが榊原も福田もD-バスターも自分たちをあからさまに軽んじている少年の声に心を荒げるという事はない。三者ともに圧倒的な実力差をハッキリと認めてしまっていたのだ。
「……分からないな」
「何が? 警告した事? 生憎と僕は戦いが得意じゃなくてさ、性能でゴリ押すしかなくて大概は相手を殺しちゃうんだ。でも面倒が省けるなら誰だってそうするんじゃない? だからオジサンみたいな特に因縁も無い相手には戦う前には警告しとこうかな~って」
「いや、そうじゃない」
ハッキリと口に出された「面倒」という言葉。
だが、その言葉の裏にはどこかふつふつと湧きあがるような怒りの色を感じさせる声だった。
「君のその姿、見ただけでハッキリと分かる。魔法こそ使わないもののまるでプリティ☆キュート並みに危険な相手だって。なら何故、わざわざ別の平行世界まで出張ってくる必要がある?」
「ああ、そこまでは知らないのか……」
「君の力なら元の世界で思い通りに生きていく事だってできるだろう?」
歪んだ髑髏の眼窩で赤く光るカメラアイが凶兆のように榊原へと向けられる。
「思い通りに!? 僕にはもうそんな生き方なんてできないんだよ!! だから僕は僕の人生を奪った全てに復讐する事に決めたんだ! たとえ何を犠牲にしたとしたって!!」
ペイルライダーの両肩アーマー先端付近に取り付けられていた円筒状のポッド、その下部が展開してシロッコファンのようなパーツが高速回転を始める。
それと同時にポッドから金色に輝く謎の粒子が猛烈な勢いで噴き出され始めた。
「マズい……!」
平行世界の石動誠に情報を隠匿するため、ペイルライダー襲来の情報は伏せられていた。
情報封鎖が解禁されたのは石動誠と機動装甲忍者が戦闘を開始してから。
故に榊原と福田の2人はこの金色の粒子がどのような性質を持つ物であるかは知らない。
だが“恋人の鱗粉”の根幹である金色の粒子の特性を知っている者が石動誠の他にもう1名だけいた。
「っシャッ! 先手必勝!!」
「ファッ!? お前、馬鹿か!? ……馬鹿だったな!!」
ビームを反射する金色の粒子の存在を知っていたハズのD-バスターだったが、かといって特に深い事を考える事もなく両腕のビームガンを発射。
軌道計算など一切行われる事無く放たれたビームたちは四方八方へと散らばっていき、地を焼き天へ走り、自動販売機を撃ち抜き、福田の手にしたP90を溶かして液体となった金属を飛び散らせる。
だが1発はペイルライダーの青白い胸部装甲へと命中。
「うわっ!?」
「あっつ! 熱ッ! てか痛ッ!!」
「おっま、帰れよ! マジで!!」
幸運か被害を免れた榊原も思わず声を上げ、ビームで溶けた金属によって手を火傷した福田は必死になって手をスーツになすりつける。
だがぺイルライダーの胸部装甲は一瞬だけ赤熱したように見えたものの、すぐに熱はナノマシンの作用によって周囲へと分配されて元通りに戻る。
「……ドヤァ」
「おま、どう考えても自分の味方の方が被害デカいじゃね~か!? ……あ~、お前はそういう奴だったな!!」
“こちら”の世界では5機が製造されたD-バスター。その中でビームガンを装備するD-バスター1号はその武装で味方へ誤射を行わないように5体の中でもっとも慎重な性格に調整されている。
慎重な性格に調整されてこの有様なのだ。
当然144機も製造され性格の調整などおこなわれていなかった平行世界において、数十機のD-バスターが“恋人の鱗粉”影響下でビームガンを撃ちまくるなど“向こう”の石動誠はすでに経験済みである。
D-コマンダーⅤが“こちら”の世界に持ち込んだ3本の動画。
その中の「虎の王」が操る脳波コントロール対応型改造D-バスターとの戦闘において、ペイルライダーが“恋人の鱗粉”を使用していなかった理由について、“こちら”の石動誠は「両肩の時空間エンジンを粒子散布機ではなく推進器として使用するため」と推測していたが、理由はそれだけではなく複数のD-バスターを相手に“恋人の鱗粉”を使用すると収拾が付かないくなるからという要因も大きい。
それはD-コマンダーⅤが実際に経験した「第2次浜松会戦」の動画内、無数のヒーローや怪人たちが力を合わせてペイルライダーに決戦を挑んでいたにも関わらず、D-コマンダーⅤが“恋人の鱗粉”影響下にも関わらず、ろくすっぽ狙いも定めずにビームサブマシンガンを撃ちまくっていたのもそのようなD-バスターの精神性による。
「フン、でもお前にはビームの軌道の演算もできないだろう!!」
久しぶりのD-バスターの突拍子も無い行動に面食らったペイルライダーだったが、直撃したビームで損傷を負わなかった事を確認できたのか、再び金色の粒子を散布しはじめる。
「やらせるか! ≪カラッカ≫!!」
「続いてのご案内はコチラ!!」
榊原も福田も歴戦の戦士である。
先のD-バスターの行動により、すぐさま金色の粒子の特性を理解し、それぞれ自分が最善手であると導き出したアクションに移った。
榊原の右人差し指に嵌められた金の指輪に流し込まれた魔力は苛烈な狂飆を生み出して敵を包む。
ぺイルライダーの大重量はもはや風如きで微塵も動く事はなかったが、2基の時空間エンジンから散布されたばかりの粒子はそのまま宙へと巻き上げられる。
福田は壊れた短機関銃を放り投げて異空間から次々と新たな武器を取り出していた。
RPG-7。
RPG-29。
RPG-30。
AT-4。
カールグスタフM3E1。
FGM-148。
FIM-92。
次々と携帯ロケット砲やらミサイルやらを異空間から取り出して、左右の手で2基ずつ撃っては発射機を放り投げて次の得物を取り出す。
乱射のような状態だが、至近距離という事もあってそのほとんどはぺイルライダーに命中。
だが効かない。
効かないのだ。
対戦車榴弾が生み出す超高圧のメタルジェットであってもブ厚く積層された超合金Arに傷を付ける事すらできず、タンデム弾頭形成炸薬弾であっても粘着榴弾であってもそれは同じ事。
むしろ福田も携帯対空ミサイルであるスティンガーすら構わずに使っているあたり、攻撃のためというよりは爆風によって金色の粒子を吹き飛ばす事を主眼としているのかもしれない。
「……こんなモンか」
その声は榊原たちに届いただろうか?
爆炎とメタルジェットの閃光に包まれていたペイルライダーは動ずる様子もなく、腰部装甲の左脇マウントラッチに取り付けられていたビーム・サブマシンガンを掴むと天へと向けた。
「帰れば良かったのに……。本当に……」
引き金が引かれると同時に稲妻のようなビームの連射は天へと伸びる。
当然、そこに榊原たちはいない。
だが、月の無い夜空には風の魔法と爆風によって巻き上げられた金色の粒子が漂っていた。
タンデム弾頭って説明、いる?
HEAT弾はスティンガー・タイタンがカメのハドー怪人に使ったし、粘着榴弾はライノ・グレネード(ショゴス)がデスサイズに使ったし。
特に大事なわけでもないから本編で説明省いたけど、タンデム弾ってのはHEAT弾を2つ前後に並べた構造で、1発目で爆発反応装甲を使わせて2発目が本装甲に突入するみたいな?




