幕間 魔法少女プリティ☆キュート 5thシーズン 第××話 Cパート
野太い太鼓の音が響き渡り、オークが月に向かって吠える。
悠然とした羽ばたきの音が聞こえてきたかと思えば、翼の主であるワイバーンの甲高い鳴き声が轟く。
海の無い陸に囲まれたその環境ゆえに“中つ国”とも呼ばれるグンマの地。
オークたちの軍勢は高崎エルフたちの本拠地たる城塞を取り囲むように陣を敷いていた。
夜となった今も場内の者たちへ圧力をかけ続けるためにオークたちは太鼓を叩き、口にするのも憚られるような言葉でエルフたちを侮辱していたのだ。
明日、総攻撃が始まれば瞬く間に闇の軍勢たちは城を攻め落とし、高崎エルフたちの実質的な指導者であるカ・カー殿下を虜囚とする事すら容易いであろう。
「それもこれも貴公のおかげよ。のう、所長?」
「いえいえ、冥王様のカリスマの賜物かと……」
陣幕に覆われた闇の軍勢の本陣。
そこに月見酒を楽しむ2人の男の姿があった。
日昼の戦闘の熱は未だ引かず、夜風に吹かれながらの冷酒は格別の味わい。
篝火の赤い炎は昼の勝利を祝うように、明日の戦勝を約束するように燃え盛り。満月に近い月の灯りは明るく、たとえエルフたちが夜襲を企てたとして夜目の利くダークエルフたちにたちまち見つかってしまうだろう。
全ては自分の思うがままに進んでいるようで冥王と呼ばれた男は高らかに笑って杯を煽る。
その右手の人差し指から小指までの4本の指にはそれぞれ金色に輝く指輪が嵌められていた。
だがこの冥王Sと呼ばれる闇の軍勢の首魁。
わずか一代でオークやダークエルフを糾合して一大勢力を作り出しただけあって、圧倒的に有利な戦局に驕る事はなく、むしろ詰めであるからこそ細心の注意を払う男であった。
冥王たちがいる本陣も同様の作りをした空の物がいくつも陣中には作られており、仮にエルフたちが奇襲を仕掛けたところで彼らの居場所に辿り着く可能性は低いであろう。
「殊勝なものよのう」
「それに我々も冥王様のおかげで随分と儲けさせておりますゆえ」
冥王が共に杯を酌み交わしていたのは彼の配下ではない。
糸目が印象的である男は東京に本社をおく「悪徳商会」のグンマ営業所所長である。
この営業所所長の差配により闇の軍勢はチタンやジュラルミンといった軽量合金、ケブラー樹脂や特殊ポリカーボネート、あるいは異星由来の技術により新素材を調達し、その戦力を大幅に増強する事ができていたのだった。
「……それにしても、1つ気になっている事があるのだが、聞いてもよいか?」
「はぁ、私に答えられる事ならばなんなりと」
ふと、オークたちの太鼓が乱れ、喚声が湧きあがったために高崎エルフたちの夜襲かと思い冥王は耳を研ぎ澄ます。
だが次に叩かれた太鼓は確かに敵襲を告げるものであったが、それは一ヵ所の敵襲を示すものであり、しかも高崎城を包囲する陣のもっとも戦力が厚い真正面へのものであったために混乱は限定的。
陣幕の向こうから聞こえてくる伝令のものと思わしき足音も慌てた様子はなく、冥王は配下の動きに満足して所長との会話に戻る。
部下からの報告で極少数のホビット族がエルフたちに加勢したという話は聞いていたが、小人族とも呼ばれるホビットがいくらか増えたところで何になるというのだろうか。
決戦を前に気弱になっていると思われないか気恥ずかしくなった冥王は話題を変えるために前々から疑問に思っていた事を口にした。
「貴公を通じて行っている人身売買なのだが……」
「ええ、それが何か?」
「あれ、日本じゃ人材派遣業って言うのではないか?」
「…………」
グンマから派遣されたオークたちは人間の数倍の膂力を活かして日本各地の土木工事や建築の現場では「重機要らず」として重宝され広く親しまれていた。
また魔法を使い術式の構築に慣れたダークエルフはコンピュータ言語にもわずかな期間で習熟し、いわゆる「IT土方」として活躍している。
闇の軍勢では彼らの派遣によって給与の一部をピンハネして「悪徳商会」から装備品を購入していたのだ。
「あの、冥王様? ウチの会社じゃマトモな方法でお金を稼ぐ事は他の連中に鼻で笑われちゃいますので……」
「そ、そうか。なら我々がやっているのは人身売買で間違いないな!」
「ご理解頂けると幸いです」
「悪徳商事」の経営理念は「清く正しく悪行を追求する」というものである。
ただし所長からすれば会社の経営理念を無視するのもまた悪行といったところであろう。
彼は同僚たちならばけして行わないであろう人材派遣業によって冥王軍の御用商人の地位を確立し、私腹を肥やしていた。
もっとも仕事が忙しすぎて稼いだ金を使う機会がないのが玉に瑕であるのだが。
「そういえばウチから派遣してるオークでAV男優がいるだろう?」
「ええ」
オークの派遣先として工事現場と双璧をなすのがAV業界である。
驚くべきことに日本でオーク系AV男優といえば、その8割がグンマ出身の者であった。
これもまた冥王Sと所長の暗躍の結果と言えよう。
「で、ダークエルフの女の子もAVに出てチヤホヤされたいとか言い出してる子がいるんだけど?」
「……ダークエルフですかぁ」
「うん? どうした? 黒ギャル物とか人気あるのだろう?」
「いえ、ダークエルフの方って耳が尖ってるじゃないですか? そういう人体改造っぽいのはコア過ぎて需要無いんですよねぇ……」
「そ、そうか……」
なお聡明なる読者諸兄にはとうに説明の必要などいらないであろうが、2人が言うAVとはArmored Vehicle、すなわち装甲車の事である。
「ダークエルフと言えば、時間停止物ならいけそうなんですがねぇ……」
近年、ニッチながらある程度の存在感を示している時間停止物のAVは魔法を使えるダークエルフの独壇場と言えるだろう。
そのせいかファンの間では「男優の耳が尖っていればガチ」と言われるほどであり、それも元は冥王Sが自分の立場を脅かしかねない時間操作魔法の使い手であるダークエルフをグンマ外へ追放したのが始まりとされている。
所長の話を聞き、冥王は配下のダークエルフ女子をどう言いくるめようかと考えていたところ、どこからともなく声が聞こえてきた。
「ひと~つ、人が遠足の時に面倒起こしてどういうつもり? ふた~つ、2人まとめてボコボコにしてやる! みぃっ~つ、え~と、何だっけ?」
「何者だッ!?」
曲者に対して所長が怒声を上げた直後、冥王の向かい側、所長の背後の陣幕が倒れて4人の闖入者の姿が露わになる。
「うん? エルフにホビット、オーク? ……いや人間の子供か?」
いつの間にか手元に顕れた短機関銃を構えて所長が訝しむ。
4人の組み合わせが珍妙であったのもあるが、何故か4人は組体操の「扇」を作っていたのだ。
「フン、冥王とやら、戦上手と聞いていたが、この程度のものか……」
「扇」の右端にいた人間族の少年が犬歯を剥き出しにして笑う。
彼の名は明智元親。
眼鏡のせいか一見、冷めた印象を人に与えるが、誰にも負けない闘志を秘めた少年である。
グンマの地に遠足に訪れていたH市立第3小学校5年生に勝手についてきたアーシラトを闇の軍勢に真正面からぶつけ、陣内の反応から首魁たる冥王の居場所を探り当てた手腕は後の時代に「黄金の頭脳」と呼ばれる片鱗を感じさせるものがあった。
「いやぁ~、てか、紛争地帯に遠足に行くってウチの学校も大概だよね~」
組体操の左端にいたのは三浦浩二。
オークに間違われるほどの肥満体でありながら、友のために死地に飛び込む事も辞さない熱い男である。
子供の中に長身の大人が混じっているアンバランスな編成のため三浦がいなければ「扇」を完成させる事はできなかったであろう。
「な、なぁ。私、ついてくる必要、あったか?」
「扇」で三浦を支える位置にいたのが高崎エルフに援軍に来た富岡エルフの女戦士、クッコロさんである。
明日をも知れぬエルフたちの窮状につい最近は悲観がちになり、事あるごとに「くっ、殺せ!」と口癖のように言うようになっていた彼女であったが残念!
人間の子供たちは日頃からアーシラトと付き合いがあったせいで「殺せ」というクッコロの言葉を「どこからでもかかってこい!」という闘志の顕れにしか受け取らなかったのだ。
そして、先ほど陣幕を倒したのもクッコロさんの風魔法によるものである。
「餓鬼どもが何を考えて……、まぁ、いい。飛んで火に入る夏の虫。貴様らと捕らえて明日、城内の者たちへの見せしめとしてやろう!」
P90を構える所長はエルフ族の戦士に銃口を定めつつも子供たちから目を離したりという事はない。
彼は商人でありながらもまた一門の戦闘員でもあった。
だが……。
「黙りなさい! 貴方んトコの本社に“茶道家”と“尼さん”送りつけてやるから覚えてらっしゃい!!」
明智とクッコロさんの間にいた少女が叫ぶ。
オーバーオールを来た少女はプルプルと震えているが別に怯えているわけでもなければ怒りに震えていたわけでもない。
組体操「扇」の無理な姿勢に耐えかねていたのだ。
とはいえ、登場は組体操で行こうと言い出した者こそこの少女、羽沢真愛である。
これまで自身と敵対していたアーシラトが何でか昨年のクリスマスから協力的になり、彼女の見た目のインパクトから注目を奪われていた羽沢真愛は登場シーンの演出に凝っており、それがマイブームであったのだ。
明智、三浦、クッコロさんは彼女に付き合わされた形である。
「来なさい! “マジカル☆バトン”!!」
「チィっ! 貴様、魔法少女かッ!!」
所長が手にした短機関銃の引き金をフルオートで引き続けるが、銃弾が4人に届く事はなかった。
一瞬にして衛星軌道上から舞い降りた宝玉付きの魔法杖が放つ光のヴェールによって全ての銃弾は一瞬にして蒸発させられていたのだ。
これが異世界“魔法の国”による第1期地球支援計画によって少女たちに与えられたマジカル☆バトンの力であり、中でも“B型魔法少女”羽沢真愛がもっとも得意とする魔法である。
「マジカル・ラブリー・マーチン・バトンでピルパルポ~ン!」
扇の組体操を崩してバトンを手にした少女が魔法杖を振りながら高らかに自らを作り替える呪文を詠唱していくと徐々に服装は赤を基調としたものへと変わっていく。
それはマーチングバンドのような華やかなものでありながら、同時に戦うためのものだった。
「変身したか! だが、ここが日本と一緒だと思うな! グンマの地には貴様の他にも魔法を使う者がいるのだ! 冥王様ッ!」
現代兵器では魔法少女に有効打を与えられない事を察した所長は瞬時に方針を変更して冥王のサポートへと動く。
だが冥王Sは動く事がない。
思えば少女が姿を現してから一言も発してはいないのだ。
「冥王様? アレ、ちょっと、冥王様……?」
「…………」
所長は魔法を使わぬ故、魔力を持たぬ故に知らなかった。
羽沢真愛がその肉体に内包する魔力はただそこにいるだけで暴力的で、暴風雨のただ中に放り込まれた羽虫のように冥王S、榊原には為す術がなかったのだ。
羽沢真愛の姿を見ただけでポッキリと心が折れてしまったと言っていい。
これまで意図的に避けていた現役時代の真愛ちゃんが出てきました。
作者としては感慨深いものがあります。
ちなみに「クリスマス特別編」の翌年の出来事となります。




