52-10
「はっ!? 私ぃ、悪の組織の『UN-DEAD』製なんで~、卑怯とか良く分かんな~い!」
茶化すように大振りに手を振って見せるD-バスター1号。
対する平行世界の石動誠は苛立ちを隠す事もなく再び長剣で斬りかかる。
「大体、『北〇の拳』とか何年前のマンガだよッ!? お前が北〇神拳とか使っても、僕には元ネタとか分かんないんだよ!!」
「君が分かろうが分かるまいが、私たちは作られて1年ずっと地下のアジトでマンガ読んで過ごしてきたんだ! そして外の世界で初めて出来た友達を君は殺そうとしているって、許せるわけないだろッ!」
なお平行世界の石動誠に知るよしは無いが、D-バスターは地下アジトに潜伏していたのは事実であるが、何もずっと地下にばかりいたわけではない。
食料品や日用品の買い出しや、D-バスターたちが「正義の味方ごっこ」と称するヒーローたちの収入源を断つ作戦。あるいは年に2度の慰安旅行など彼女たちは存分に外出していた。
だがD-バスターたちがマンガばかり読んでいたというのも嘘ではない。
「UN-DEAD」には人間の姿に戻れない怪人たちも多く在籍していて、彼らのほとんどはその異形の外見を気にして外に出る事は稀であり、D-バスターたちは彼らによりそうために休憩室の壁際に取り付けられた本棚にズラリと並べられたマンガを共に読んで過ごしていたのだ。
そのマンガに登場した技で戦う事はD-バスターにとって、すでにいなくなってしまった仲間たちと共に戦う事であり、無限の勇気を与えてくれるのだ。
どんな困難にあっても抗う事を辞めない者たち「UN-DEAD」の魂は今、勝ち目の無い戦いに挑むD-バスターと共にある。
「ハッ? 1年? ふん、僕はジャ〇プ読み続けて10年だッ!!」
「何……だと……?」
剣を構えたままD-バスターの懐に飛び込んできた石動誠の姿が消える。
鈍銀色の長剣の刃に駐車場の街灯の灯りを反射させ、D-バスターのカメラが一瞬だけ視界を失った隙を狙っての事だった。
カタン……
長剣がアスファルトの上に落ちる音が周囲に鳴り響き、その音がD-バスターの聴覚センサーに届いたのとどちらが早かっただろうか?
石動誠はD-バスターの背に飛び乗っていたのだ。
少年の体躯は小学校高学年程度の身長152cm。だが改造人間ゆえに人間態でも体重は152kgもある。
その改造人間の重量と不意を突かれた事によりD-バスター1号の上半身は大きく前のめりになり、背から伸びてきた少年の脚はD-バスターの太腿へと内側へと伸びていき両脚をガッチリとロックする。
さらに少年の両手はD-バスターの両の前腕部を掴み、天を向けて曲げられていく。
「パロ・スペシャル!!」
「がっ……!?」
悲しいかなD-バスターには完全に極まった関節技を外す術はない。
いかに動力を振り絞ろうと機体の性能差ゆえに少年の技はビクともすることはなく、仮に力をかけ続けても先にD-バスターのフレームが破断してしまうのが先だろう。
背後の石動誠にビームガンを向けようにも、少年の手はビームガンの射界に入らないようにD-バスターの腕を掴んでいたために照準器用カメラには星空が映るばかり。
倒れ込んで技を解除させようとしても膝を大きく曲げた状態でロックされているために後ろに倒れ込む事はできず、前に倒れ込めばD-バスターは顔面からアスファルトに突っ込んでしまう事になる。
はたして膝をロックされ転倒の勢いを殺す事のできない状態で改造人間と自身の重量を合わせた衝撃にD-バスターの顔面に集中配備されたセンサー類は耐える事ができるのだろうか?
(こうなったら自爆するしか……)
体をガッチリと固定され、なおも関節の可動範囲外へと腕を捩じり曲げられ、D-バスターの各間接部は次々とエラーを吐き出していた。
そして動力部のモニターは刻一刻と危険域まで温度を上げていき、D-バスターは人口筋肉の断裂を上手く誤魔化しながら捻り上げられていく腕に力をかけて耐えながら、自身の肉体が自壊するまでのカウントダウンを待つしかない状態に陥っていた。
かくなる上は敵がそこにいないのを分かった上で両腕のビームガンを撃ち続けて動力炉に負荷をかけ、自爆の時を早める事くらいなもの。
天に伸びるビームの連射を誰かが見てくれれば平行世界の石動誠がここにいると察してくれるかもしれない。
(……いや)
D-バスターのメモリーに思い浮かんでいたのは在りし日の「UN-DEAD」での出来事。
「……もう止めたら?」
「いや、もう悪いがあと1回……」
その日、『UN-DEAD』山中アジト内の休憩室において改造人間ライノグレネードと内原は定番ボードゲームのリバーシで遊んでいた。
その頃の内原がすでに邪神ナイアルラトホテプになり代わられていたのかは分からないが、すでにライノは内原に10連敗。
両腕がグレネードランチャーとなっているライノのために変わりに石を動かしていたD-バスター1号もいい加減に勝ち目が無いと呆れていた。
だがライノはもう1ゲームと勝負の再開をせがむ。
「……私は大丈夫ですけど」
「いやいや、どう考えてもライノさんに勝ち目は無いっしょ?」
いつも研究室に閉じこもっている内原が休憩室で仲間と戯れるのは珍しい事ではあった。
だが研究が煮詰まっているがゆえに研究室の外へと出てきたのだろうか。内原はイージーゲームの10連勝を楽しんでいるようでどこ吹く風。
これにはさすがに付き合わされるこちらが堪らないとD-バスターが声を上げる。
しかしライノは「ハハハ!」と笑い飛ばし、製造されたばかりにD-バスターへまるで子供に言い聞かせるような穏やかな声で語ったのだ。
「いいかい? D子ちゃん。勝ち目が無いから何だって言うんだい?」
「えっ?」
「それを言ったら俺たち『UN-DEAD』の存在意義を否定するようなものだろう?
俺なんか特にそうだ。『Re:ヘルタースケルター』が潰れて10年以上。ヒーローたちの技術革新によって旧式もいいとこなのに、その上、空中ガタがきてやがる……」
自分を否定するような事を言い出すライノグレネードにD-バスターは心中で彼の精神状態を心配するが、言葉を続ける彼の言葉に悲哀のようなものはなく、そこには未だ燃え続ける闘志があった。
「だからと言ってそれが何だい? 俺たちは諦めが悪いから地下に隠れてるのさ。『諦めない事』その点においてだけは俺たち『UN-DEAD』はヒーローたちに負けてはいない。負けてはいけないんだ」
事実、ライノたちは邪神の軍勢の襲撃を受けた時も最後まで戦い抜き、結果的にD-バスター2体と鉄子は撤退に成功していた。
(そうだね、皆、最後まで諦めちゃ駄目だッ!!)
平行世界から来た終末の騎士、ペイルライダーに対してD-バスターが勝ち目が見えないのは純然たる事実である。
D-バスターはあと僅かばかりの時間で自壊してしまうのに対して、終末の騎士は力をセーブして変身すらしていないのだ。
おまけに現在、D-バスター1号は両足はガッチリと固められて両腕は僅かでも力を抜いてしまえば肩関節が破壊されてしまうほどに捻り上げられている。
だが、それが何だというのだろう?
友である羽沢真愛と“こちら”の石動誠のために時間を稼ぐと決めたのならば、たとえ1分でも1秒でも時間を稼ぐまで。
平行世界の石動誠に組み付かれているこの状況。言い換えるならばD-バスターがこの場に敵を拘束しているという事でもあるのだ。
そう思えば愉快ですらある。
「このままお前の時間切れスレスレまで待たせてもらう。諦めろッ!!」
「フン! 誰が諦めるものかッ!!」
平行世界の石動誠からすれば、このD-バスターは想像以上の相手であった事は確か。
電脳の予測を遥かに凌駕するパフォーマンスを発揮し、幾度翻弄されたか数えるのも面倒なほど。
だが、それも後少しで終わるのだ。
熱探知カメラはD-バスターの動力炉の温度が上がり続けているのを捉えている。
こうして身動きできない状態で時間を浪費しなくてはならないのは癪ではあるが、所詮はD-バスター如き敵ではなかったという事だろう。
「強がりを! でも、それも後少しで終わる!」
「“我ら”は死せず。我らは『UN-DEAD』、すでに死しているが故に……!」
すでにD-バスターの自爆まで後1分ほど。
D-バスターは未だ戦う事を考えていた。
D-バスターシリーズを100体以上も倒してきた平行世界の石動誠である。当然、自爆の前兆を察知して、その寸前に技を解除して離れていくだろう。
タイミング次第では動力炉が融解を初めていたとしても最後にビームガンを発射する機会があるかもしれない。
その時はどこへ向けてビームを撃つべきだろうか?
もはや連射の利かないビームガンで石動誠を狙うべきか?
それとも、後に続く“誰か”に向けて合図となるように空へと向けて発射するべきだろうか?
自爆に巻き込まれないように急いで退避していくであろう石動誠相手ならばワンチャン命中弾を与える事もできるだろうか?
それとも夜空に伸びるビームの閃光とその後の爆発音で、誰かにペイルライダーが移動を始めた事を伝えるべきか?
だが、その時は不意に訪れた。
「……チィッ!」
「……ふが!」
D-バスターの想像よりも遥かに早く石動誠が背から飛び降りたためにD-バスターはバランスを崩して地面に顔面から突っ込んだ。
そして顔を上げるよりも先に聞こえてきたのは石動誠が地を蹴って駆ける足音に、連続した銃声、風切り音、アスファルトが砕けていく軽い音。
そして中年らしき男性の声。
「風よ! 水よ! 氷よ!」
その声が聞こえてきた瞬間、D-バスターの全身を四方八方から不自然な突風が覆いつくし、風に含まれた水と細かい氷は自壊寸前のアンドロイドの温度を容赦無く奪い去っていく。
「貴方は……」
「やあ。久しぶり! といっても数時間ぶりか……」
「こっちは初めましてだね」
D-バスターが立ち上がった時に見たのは石動誠と対峙する2人の男だった。
1人はスラックスにワイシャツ、ベストに制帽。
ベストでは隠し切れないビール腹とは裏腹に手足は細く日頃の不摂生が容易に想像できる典型的なタクシードライバー。
そして、もう1人は灰色のスーツの上下を洒脱に着込んだ中肉中背の男。
目尻の垂れている糸目のせいか常に笑顔を浮かべているように見える男だった。
だが、その笑顔には不釣り合いの短機関銃を小さく構えて石動誠へ向けている。
糸目の男が短機関銃を石動誠に向けているように、タクシードライバー風の男もまた握り締めた拳をD-バスターへと向け右手首を左手で握り固めていた。
「……まさかオジサンが魔法使いだったなんて、となると例の?」
「ああ。昼の話した『Ω-ナンバーズ』、私がその一員の『Ω-7』だ」
「で、私が『Ω-8』ね!」
不可思議な風と水と氷によってすっかり体中の熱を奪われ、むしろ適正稼働温度よりもさらに冷却されてしまったD-バスターは歯をガチガチと鳴らし、体を小さくして両手で体中をさすっているのを見て、タクシードライバーの男はホッとしたように表情を緩めて右拳を石動誠へと向きを変える。
「ざ……、さ゛む゛い゛!!」
「ハハッ! それは済まなかった。それよりも石動君。降伏してくれないかな? 私の“1つの指輪”の魔法はあのハドー怪人ですら凍死させる事ができるんだよ?」
タクシードライバーの男の右拳、その人差し指に嵌められていた金色の指輪が妖しく輝く。
ちなワイはジャ〇プ読み続けて20年くらいなので誠君の2倍くらい強い(暴論)




