52-8
D-バスターたちに僕と真愛さんの行動を教えないのは偏にD-バスターを戦わせないためだ。
明智君の計画ではD-バスターには鉄子さんやルックズ星人と一緒に「天昇園」で待機してもらう事になっていた。
僕の性格からして、“向こう”の僕も“こちら”の世界の人間に恨みは無いとしても邪魔する奴に容赦はしないだろう。
そしてD-バスターとペイルライダーが戦った場合、万に1つの勝ち目すら無い。
しかも仮に何かの間違いでD-バスターが勝ったとしてもリミッターを解除してしまったD-バスターは僅か10分程度で自壊してしまうのだ。
負けたら死ぬし、勝っても結局は死んでしまう。
そんなD-バスターに戦えと誰が言えるだろう?
今、D-バスターが「壊れる」ではなく「死ぬ」と考えてしまったように、僕は彼女たちが人間ではなくアンドロイドだと知っていてもとても機械のように扱う事はできない。
彼女たちが血の通わぬただの機械であれば話は簡単だった。
1発の銃弾のように、撃ちっ放し式の誘導装置を組み込まれた1発のミサイルのようにアンドロイドを使い捨てるだけと誰もが考えただろう。
でも、そうではない。
血の通わぬ涙を流す事もない機械でありながら、D-バスターはあまりに人間臭過ぎた。
他に知り合いがいないからって自分が作られた理由である相手である僕にメシをタカリに来たり、高田さんを助けるため、ついうっかりでリミッターを解除してしまったり、悪の組織である「UN-DEAD」の料理同好会で作った手作りのお菓子を何の気負いもなく「仔羊園」の子供たちへ持ってきたり。
あるいは仲間たちを犠牲にしながら邪神ナイアルラトホテプの手勢たちがひしめく「UN-DEAD」のアジトから鉄子さんを助け出したりもしていたそうだ。
もっとも、あの黒い粘液質の生物と融合した3体のD-バスターを見るにホントに犠牲なのかは分からないけど。
……まぁ、それはともかく、D-バスターは戦闘用のアンドロイドとしては取るに足らない粗悪品であるかもしれないけれど、友人として付き合う分には気持ちの良い奴らなのだ。
「あの、宇佐さん。D子ちゃんがいなくなったってやっぱり……」
「伽羅さんの話だと、今日の日中にD子ちゃんの1人が『北〇神拳でペイルライダーを倒す!』的な事を言ってたみたいなんですよ!」
「Oh my God……」
ワケ分かんねぇ……。
うん。このワケの分かんなさ。まさにD-バスター。
宇佐さんから「D-バスターがいなくなった」と聞いて、まさかペイルライダーに戦いを挑みに? と思ったのだけれど、理解不能の彼女の言葉でその予想が間違いではなかった事を確信する。
こんな状況でコンビニ行ってたとかレンタルビデオ借りに行ってたとかがありうるのがD-バスターなのだけれど、間違いない。アイツらペイルライダーと戦うつもりだ。
「伽羅さんもその時は『天昇園』でペイルライダーと戦闘になった時の話だと思っていたらしいんですけど……」
そりゃあ、誰だってそう考えるだろう。
伽羅さんや宇佐さんたちを責める事はできない。
何せ明智君が市内に幾つも仕込んだ時間稼ぎの一環として、「天昇園」では今晩、戦車や大砲をガレージから出しておいてもらう事になっている。
当然、老人ホームにそんな旧式とはいえ大型の兵器があれば“向こう”の僕も気を引かれる可能性があるだろう。真愛さんがそこに隠れているから迎撃態勢を取っているのではないか、と。
もし「天昇園」に奴が行ったとして、詳しい事情を知らないハズの“向こう”の僕は「先週の金曜にナイアルラトホテプの手先と戦って整備が必要だから」と説明すれば僕の性格からしてすごすごと帰っていくハズ。
ただ、先に何件も空振りした後だったりすると奴もどう出るか分からないところがある。
何せペイルライダー、奴の行動理由それ自体が癇癪を起した子供みたいなものだ。
ここに真愛さんはいないと言われた時にいきなり奴が暴れだす危険性が無いわけではない。
そんなわけで「天昇園」の高齢者、あるいは周辺の施設の子供たちや障害者たちの避難のために西住さんに宇佐さんたちハドー獣人、鉄子さんやルックズ星人は「天昇園」に詰めてもらっている。
D-バスターが北〇神拳云々言い出した時に伽羅さんがその時の事を言っているのだと思ったとしても無理はない。
むしろ同型機を百ウン十機も撃破している相手に自分から戦いに行くだなんて誰も思わないだろう。
D-バスターの奴、ワンチャンあるとでも思ったのかな?
実際はワンチャンすら無いのに。
「…………」
「…………」
「…………」
僕も、真愛さんも、そして宇佐さんも言葉を失ってしばらく口をパクパクさせていた。
D-バスターを探しに行こうか、助けに行こうか。
それを言うのは簡単。
でも、それは真愛さんの身を危険に晒す可能性を意味していた。
真愛さんには言っていないけれど、あの山羊女シュブ=ニグラスは真愛さんを指して「あの小娘、死神に憑かれてるぞ?」と言っていたのだ。
「死神に憑かれている」とは言ったものの、真愛さんが死ぬとは明言されていない。
それは僕の救いではあったけれど、さりとて「真愛さんは死なない」と言われたわけではないのだ。
「……行きましょう」
「……え?」
先に口を開いたのは真愛さんだった。
喉を鳴らして口の中に溜まった唾を飲み下して、ゆっくりと目を閉じて深呼吸をした後に開かれた瞳には迷いはない。
「たとえD子ちゃんがアンドロイドだとしても、私のために戦ってくれる人をただ黙って見殺しにはできないわ」
僕も気持ちは分かるけど、両手放しで賛同できるわけではない。
地底帝国から迎えが来てくれるのが明日の昼頃。
今、ここで真愛さんがD-バスターの救出のために動いてペイルライダーに接近してしまえば一体、どうやって真愛さんを守り通せばいいと言うのだろう?
「お願い。誠君、力を貸して! D子ちゃんを担いで逃げられるのは貴方だけなの」
「……分かった。分かったよ」
確かに以前、真愛さんの前でリミッターを解除したD-バスター1号を冷やすために羽交い絞めにして成層圏まで飛んでいったっけ。
ようするに真愛さんはそうやって僕にD-バスターと一緒に逃げろと言っているのだ。
僕は真愛さんの言葉に頷きなながらも別の覚悟を決めていた。
D-バスターは助けたい。
それは僕も真愛さんも一緒。
でも僕がD-バスターを担いで飛んだところで真愛さんはどうするというのだろう?
D-バスターとペイルライダーが戦っている時に僕が割って入ってD-バスターと真愛さんの2人を担いで飛んだところでペイルライダーは黙って逃がしてくれるだろうか?
ようは真愛さんは自分を囮にしてD-バスターと僕に逃げろと言っているのだ。
本当に優しい人だ。
だから僕は彼女の事が好きなんだ。
でも僕が真愛さんの事が好きだからといって、何でも彼女の言う事を聞くというのも違うと思う。
「恋は化かし合い」なんて言うけれど、真愛さんは僕を騙すなんて事はなかった。僕だけ一方的に真愛さんに嘘を付くのは気が退ける。
「それじゃ、行こうか。宇佐さんも手を貸してもらっていい?」
「……ええ」
「アイアイサー!」
真愛さんをこのガレージに残して僕だけ行くというのも考えたけれど、一応は神様であるシュブ=ニグラスが「死神に憑かれている」と言っているのだ。どこにいようが大差ないような気もする。
なら僕がその死神を振り払ってやるまでだ。
一方で真愛さんは真愛さんで覚悟を決めたのか顔を青くしている。
「大丈夫。僕が守るから」と言ってあげたい。
でも、そう言えば、その言葉の真意を聞かれるだろう。
代わりに僕ができるのはガレージのドアを開け、彼女に手を差し出す事だけだった。
そういえばさ、ネットに真愛さんの命が狙われているって情報が流れてるってやつ。
流出元について一応はヒントは出してるけど、犯人いる?




