52-7
「でさ~、そん時に援護してもらったお礼をしにいったらさ~、『言葉はいいから態度で示してくれでゴザル』って機動装甲忍者さんに言われてさ~、そんで僕やヤクザガールズの子たちでせっせとフレンド招待の特典のためにやらないゲームをスマホにインストールする羽目になっちゃってさ~!」
僕は自分でもハッキリと空回りしていると分かる陽気さで真愛さんに話しかけていた。
ミナミさんたち異星人3人組が自宅代わりにしているガレージは鉄骨とコンクリート、ガルバリウム鋼板が剥き出しの酷く寒々しいもので、東京とはいえ6月初めの夜は肌寒い。
前に海外ドラマの話をしていた3人はそれでドラマを視聴しているのだろうか? 一画には大型の液晶テレビとホームシアターセットが据えられていて、そこだけが唯一と言っていいくらいの生活感のある場所で、テーブルの上には缶ビールやチューハイ、大容量ペットボトルの甲類焼酎の空きボトルが並んでいる。
大量の稲藁が積まれている場所がミナミさんの寝場所かな?
所々に穴の開いたソファーベッドがカニ型の異星人、ジュンさんの寝床で彼の甲羅のトゲに引っかかって穴が空いたのだろう。
となるとコンクリートの上に無造作に置かれたシーツもかかっていないマットレスがチョーサクさんの寝場所なんだろう。
そういう意味では生活感に溢れた場所かもしれない。
ただ僕みたいに機械の体でもなく、本当に自分の体1つで宇宙空間で戦えるような異星人の生活感を地球人に理解できるかというと無理な話。
特に命を狙われているせいで精神的に追い詰められているであろう真愛さんはどこか思いつめた目をしていて、そんな彼女がガランと広いガレージの冷たいコンクリートの上に置かれたパイプ椅子に座っている姿は酷く痛々しく僕の目に映っていた。
ミナミさんたちはここにはいない。
明智君の提案で3人はH市総合運動公園で待機してくれている。
総合運動公園の陸上競技場。
先週の金曜に咲良ちゃんとベリアルさんがナイアルラトホテプが戦った時に陸上競技場の天然芝は張替えが必要な状態になっていて、それならと“向こう”の目を眩ますためにミナミさんに陸上競技場で巨大化してもらっているのだ。
全長80メートルほどに巨大化したミナミさんの、その全長の2倍から3倍はありそうなほどに大型の2対の太陽帆は虹色に月明りを反射して嫌でも目を引くだろう。
当然、市内に現れた巨大怪獣が暴れるでもなく、ただ黙って陸上競技場でじっとしていればペイルライダーも何かあると考えて陸上競技場を訪れる可能性もある。
そしてミナミさんたち3人にD-コマンダーⅤが“向こう”から持ってきてくれた動画を見てもらったところ、「戦うのではなく、逃げるだけならなんとかなる」という返事が返ってきていた。
ジュンさん、チョーサクさんの2人に守られたミナミさんが全速力で空を飛んで逃げればペイルライダーを振り切る事ができるだろうということだ。
ただオゾン層に穴が空くかもしれないというちょっとだけ不穏な事を言っていたのは気になるけれど、この際だから細かい事は考えない事にしておく。
そういうわけで陸上競技場で待機している3人の住居代わりのガレージを借りて僕たちの一時的な避難場所とさせてもらっているというわけだ。
ミナミさんだけではない。
市内各所には明智君が考えた時間稼ぎの策がいくつも張り巡らされていて、それらで明日の正午まで時間を稼ぐ腹積もりだ。
「おっ! 噂をすればってヤツかな? 真愛さん、機動装甲忍者さんからメールが来たよ!」
「無事だったのね!?」
僕はふとメールの着信に気付いて真新しい白いスマホを真愛さんに見せる。
このスマホは今日の放課後にゼス先生に買ってきてもらっていたプリペイド式スマホ。
僕や真愛さんのスマホは電波から辿られて居場所が探られる恐れがあるので、逆にそれを利用するために明智君に預けてある。
電源を切った状態で預けて、災害対策室の職員さんに頼んで市内のどこかで電源を入れてもらう事で僕たちの居場所を擬装してペイルライダーに無駄足を踏ませる事ができるのではないかという、これも時間稼ぎの策の1つだ。
機動装甲忍者さんから来たメールのタイトルは「悲報!」というもの。
その文字を見た瞬間に真愛さんはハッとしたような顔をして、僕の手からスマホを奪い取るようにしてスマホを操作し、メールの本文を見る。
でも、すぐに呆気に取られたような顔をして、それから思い出したように久しぶりに穏やかな顔で僕にスマホの画面を見せてきた。
≪仕事上がりの10連ガチャ、大爆死でゴザル!≫
メールには動画も添付されていて、その動画はゲームのガチャ画面をキャプチャーしたものだった。
明らかに低レアリティと思われるキャラクターが9人現れた後、最後はこれまでとは違った派手な期待を煽る演出からSSRレアリティのキャラクタ-が現れるものの、そのキャラクターはすでに持っていたのか、リザルト画面では強化アイテムへと変わっていた。
「……うん。あの人、仕事上がりにはガチャを引くんだ」
「へ、へぇ~……」
「譲司さん、生徒会長のお父さんが煙草に火を付けて、機動装甲忍者さんがスマホを取り出すと『あ~、この1件も終わりか……』って感じになったものだよ」
「そ、そうなんだ……」
個人的には良い歳こいたヒーローなんだから後味の悪い事件の時なんかは未来に希望が持てるような事でも言って〆てもらいたいとこなんだけど、彼らにそれを言っても無駄な話。
機動装甲忍者さんからメールが届いてしばらくは真愛さんもいつものように穏やかな顔をしていたものの、次第に全身を押しつぶそうとする重圧に耐えかねるように表情は強張っていっていた。
気を紛らわそうとテレビをつけるもこんな状況ではバラエティ番組も妙に寒々しく、やがて真愛さんはリモコンに手を伸ばしてテレビを消してしまう。
「……ゴメン、見てたかしら?」
「いや、いいよ」
僕はパイプ椅子に座って項垂れるようにしていた真愛さんを後ろから見ていた。
何かあってもすぐに対処できるように立ったままガレージの鉄骨に背中を預け、壁面の鋼板に手を触れて鋼板を振動センサーに使えるようにしながら。
「大丈夫、きっと明日の昼には安全な所に行けるよ」
「私って、こんなに弱い人間だったかしら?」
僕がかけた気休めの言葉は、まるっきり予想だにしていない言葉で返ってきた。
「私も死ぬのは怖いわ。でも、それ以上に私のせいで誰かが死ぬほうがよほど怖い。でも、誠君たちの好意を振り払う事もできない。私って、こんなにズルい人間だったかしら?」
「真愛さんのせいじゃないよ……」
強いて誰かが悪いとするなら、それは“向こう”の僕、ペイルライダーが悪いのだろう。
ついでにロキのせいにしてもいい。
「そうだ! “向こう”の僕もその内に諦めて帰るだろうからさ、真愛さんが地上に帰ってきたら、ロキの奴を2人で殴りにいこうよ! 新宿2丁目に奴のヤサがあるからさ!」
「し、新宿2丁目?」
きっと、そんな日はこないであろう事は忘れて僕は笑い飛ばす。
いつか地下帝国に逃れた真愛さんが地上に戻ってこれる日が来たとしても、その時には僕は生きてはいないだろう。
今日か、明日。
僕は死ぬ。
神様2柱のお告げだ。
でもアイツらも真愛さんの死は予言していない。
それだけが僕の救いだった。
「新宿の帰り、どう? 原宿かどこかで服でも見てかない? 表参道とか代官山とかも行ってみたいけど、最寄り駅ってどこだろうね?」
「そうねぇ……」
「おっ! その顔は『黙って子供服でも着てろ』って顔かな?」
「……そんな事、思ってないわよ?」
僕の詰まらない冗談に付き合うように真愛さんはクスリと笑うものの、彼女の目から重苦しいモノが消える事はない。
できれば最後に真愛さんの満面の笑顔を見ておきたかったのだけれど、それは僕の我が儘だっただろうか?
ココン、コン、ココン……。
ガレージのアルミ製のドアをノックする音が聞こえてきて、2人の顔からは一瞬で笑みが消え失せてしまう。
それがまるで僕たちが暮らしていた平穏な日常は吹けば飛ぶような薄氷の上に立っていた事を思い知らされるようでただ悲しかった。
「……出るね」
「……ええ」
繰り返されるノックの音は事前に取り決めていたように某SF映画のテーマ曲を真似したものだ。
未来世界から殺人マッチョロボがやってくるというB級映画。
思えば今現在、僕らは平行世界から来た改造人間から身を潜めているわけで明智君の選曲は悪趣味極まりないと言わざるをえない。
そりゃ特徴的な曲はノックでも真似しやすいだろうけど、よりにもよってその映画のテーマ曲を使うか? と言いたくもなる。
……まぁ、未来世界から来たマッチョロボと平行世界から来た改造人間、こっちの方が汗臭そうじゃないだけマシと言ったところだろうか?
それはともかく、周囲の物音から何か異変はないか探りつつ僕はゆっくりと動いてドアを少しだけ開けてみる。
「どうも~!」
「あれ? 宇佐さん?」
そこにいたのはウサギ型のハドー獣人、宇佐さんだった。
いつもはぬいぐるみのようにクリッとしていて可愛らしい黒い瞳が今日は何故か強張っているように見える。
「どしたの?」
「大変な時にすいません。あの、D子ちゃんたち来てませんか?」
「……え?」
泊満さんや西住さん、宇佐さんたち「天昇園」の人たちには明智君経由で僕たちの時間稼ぎ作戦については伝えてある。
でも、彼らやルックズ星人、鉄子さんたちにはセキュリティーホールとなりうるD-バスターへ情報を教える事は止めてもらっているハズだ。
だというのに、今日の夕飯後からD-バスター2体の姿が「天昇園」から消えてしまったというのだ。
相変わらずマスクが売ってないのでペストマスクを買いましたが、残念!
ペストマスクを着用して外を歩けるだけの度胸は持ってなかった\(^o^)/




